第139話 秘密
「ああ? なんだぁ急に?」
「相手を殺す時、何を考えて殺す?」
「何って言われてもなぁ……」
眉間にシワを寄せるブロス。予想もしていなかった質問に若干の戸惑いを見せる。
「殺したあとは? どう思う? 殺した相手の事は覚えてるか?」
「待て待て、何なんだよ気持ちの悪ぃ……まるでこれから戦場に出る新兵がするような質問だな。そんなもん今さらだろうがよ? アウスレイ吹き飛ばして何人殺した? その前にも、エリノスでハイガルド兵まとめて殺ったんだろ? 聞いたぜ、マスターからよ。何で今さらそんなん気になるんだ?」
「…………」
少しの沈黙。果たして話しても良いものか? いや、俺はもう話すつもりでいるのだ。だからこその質問だ。話すつもり……と言うより話すべきなのだ。
「ブロス……秘密は守れるか……?」
一瞬きょとんとするブロス。しかしすぐに笑いながら話し出す。
「おいおい、今度は秘密だぁ? 一体どうしたってんだ? まぁいいぜ、聞いてやんよ。てめぇごときがどんな
そこまで話すとブロスは俺の視線に気付いたようだ。じっ、と自身を見つめる視線に対し「チッ……」と舌打ちする。そしてその顔からは小馬鹿にするようなニヤけた笑みが消えた。
「分かった。ご要望とあらば墓まで持ってってやる。いいぜ、話せよ」
俺は意識が戻るまでの間に見ていた夢の事を話した。顔のない死人達の事だ。そしてそれに付随して、もう一つ重大な秘密も話した。終始黙って聞いていたブロスも、さすがにその秘密を耳にした途端
その秘密とは俺が他の世界から来た人間だ、という事である。
全てを話し終えるとブロスは呆れたように少しだけ笑いながら、まるで独り言のように小さく呟いた。
「さすがによ、
「おとぎ話ね……サミー・クラフトだっけ? 案外実話を元にした話しかもしれないよ。現に俺は世界をまたいでここに飛ばされたんだ。荒唐無稽な事を話してる自覚もある。けど、事実だからどうしようもない」
今度はブロスが俺の顔をじっと見る。俺が嘘を言っているのではないか? 恐らくブロスはそう考えているのだろう。見ているというより、様子を
「俺を
「ここでお前を
「ま、そりゃそうだ……」
そう口にするとブロスは無言になった。そしてしばし考え込むような表情を見せた後、「なるほどな……」と呟いた。
「ブロス?」
「ああ、いや……何となく
「どういう事?」
「てめぇから感じていた違和感の正体が分かったっつうか、
「違和感……」
「ああ。俺はずっとてめぇに対してある種の違和感を感じていた。
「実体がない!?」
「たまにな、そんな感じがするんだよ。こいつは本当にこの世界に実在する存在なのか、ってよ。だがその違和感の正体が分かったぜ。俺とてめぇの常識の相違、ってヤツだ。てめぇはまるでこの世界の事を理解していねぇ、言ってみれば産まれたてのガキみてぇな感じだ。そしてそれこそが、俺が感じていた違和感なんだろう。てめぇの言動にムカつく事もあった。理屈は通ってる、筋も通ってる、でもどっか青臭くてガキ臭ぇ。支部を吹き飛ばそうなんてムチャクチャな提案したりよ。でもその正体が分かりゃあ、なるほど確かにって感じだぜ。」
「常識の違い……」
「そうだ。さっきの話じゃ、てめぇのいた世界じゃ殺しはタブーなんだろ? て事は、元の世界で人を殺した事は……」
「ある訳ない。例えどんな理由があったにせよ、人殺しは重罪。捕まって裁判にかけられ、牢に入れられる。懲役だ。場合によっちゃ死ぬまで出られない、死刑になる可能性だってある。」
「人を殺すなって言ってんのに死刑かよ。命をもって命を償う、まぁ理屈だが」
「死刑に関しては賛否両論あるさ。ともあれ人を殺しちゃいけない。これはどんな小さな子供だって理解している俺のいた世界のルールだ」
「そうかよ。だがこの世界じゃ実に簡単に人は死ぬ。殺し、殺される。てめぇの大切な物を守る為には、時として相手を殺す必要がある。その判断が許されてる世界だ、誰だってためらわずにそうするだろうさ。だが……思うに、てめぇはまだ割きれてないんじゃねぇか? だからそんな夢を見た……今までは一方的に殺す側だったんだろ? アウスレイでもそう、エリノスもだ。だが殺すって事は殺されるって事でもある。今回アイロウに殺されかけて、死にかけて、てめぇの中で生き死にってヤツが急に現実感を持ち始めた。だからそんな夢を見た、とかな。要は……」
ビビってんだよ。そう言おうとしたがブロスはその言葉を飲み込んだ。ブロスなりに気を使ったのだ。
「……ま、いいや。さて、てめぇ話を聞いた上でだ。改めててめぇの質問に答える。殺す時は何も考えねぇ。ただ殺す、それだけだ。殺したあともどうも思わねぇ。次に殺すヤツの事を考えるだけだ。殺したヤツの事は覚えちゃいねぇ。そもそも覚えられる訳がねぇ。傭兵なんてやってちゃよ、今まで何人
期待……果たして俺は期待していたのだろうか? ブロスも俺と同じように殺す事への罪悪感を抱えている、とかそういう答えを………
「んでぇ……その秘密、他に知ってるヤツは?」
「え? ああ……知ってるのは四人だけ。魔法の師であるドクトル・レイシィ、ドクトルが仕えるオルスニアの国王、オルスニアの英雄ラムズ・アドフォント、んでブロス、お前だ」
「……はぁぁ、マスターにも話してねぇのかよ……」
「あ~……そう言や話してないな」
「何だか要らなくドデけぇ荷物背負わされた気分だぜ」
「別に、それについて何をどうこうして欲しいとは思わない。邪魔だったら忘れてくれても構わない」
「忘れられる訳ねぇだろ、そんな嘘みてぇな秘密……でもまぁ、てめぇにしてみたら話してよかったんじゃねぇか? さっきより表情が柔らかくなってやがる。俺に話した事でちっとはスッキリしたんだろ?」
「ん? そうか……? さっきはどういう……?」
「
◇◇◇
「呆れたな。こんな所にまで潜り込んでくるとは……」
「潜り込むのは得意なもんでね。しかし久しぶりじゃねぇか、旦那」
時間を一週間程戻す。ここにも一人、秘密を抱えた者がいる。その男は秘密を共有する者を訪ね敵地へと潜入していた。
「で、こんな敵地に一体何の用か、ベルバ。エイレイ兵に見つかったら大変な事になるぞ」
部屋に入るなりドカッ、と椅子に腰を下ろすベルバ。足を組み、ついでに腕も組み、ベルバはゆったりと話し出す。
「な~に、旦那から頼まれていた例のアレ、いい方向に進みそうなんでな、その報告だ」
「ほう……それは吉報。お前が殺るのか?」
「まさか。自慢じゃないが、俺と奴とでは奴の方が数段
「……確かに自慢ではないな」
「キュールに動いてもらう」
「キュール? 副支部長……だったか?」
「そうだ。バルファじゃテグザに対する不満がとぐろを巻いている。それを
「そうか。良くそこまでこぎ着けたな」
「全く、苦労したぜ。一体何人殺したのやら……けどこの戦が終わらなきゃキュールは動けねぇぜ?」
「ああ、心配するな。恐らく戦は終わる……そろそろな」
「ふ~ん……ま、それならいいんだが。しかし、何だってこんな回りくどい事を? バルファにゃ六番隊が向かったんだろ? よもやアイロウがしくるとは思えねぇが……」
「万が一、という事もある。念には念をだ。絶対に団長とテグザを引き合わせてはならない。団長はあれで情に厚い所があるからな」
「……なるほど。いざテグザを目の前にしたら仏心が生まれるかも知れねぇと……エクスウェルにそんなぬるい一面があるとは知らなかったぜ。しかしアレだな、エクスウェルの為にここまで骨を折れるってのは、まさに鉄の忠誠心ってヤツがあってこそだ。俺も旦那みたいな部下が欲しいもんだぜ」
「ふん、茶化しおって……まぁいい。このまま残るなら面倒をみてやるが、どうする?」
「いや……一旦戻るぜ。事の
「ほう意外だな、仕事熱心ではないか」
「おいおい、これでも仕事にゃ真面目な方だぜ? そうは見えないかも知れねぇけどな。それよか報酬……頼むぜ?」
「心配するな、約を
「そりゃなにより。んじゃそろそろ行くぜ。またな、ラテールの旦那」
そう言ってベルバはラテールの部屋を出た。
(使える駒とは思っていなかったが……奴の話の通りだとしたら案外良い仕事をするという事か。これで万が一にもテグザに先はないだろう)
しばし静かに考え込むラテール。おもむろに席を立つと部屋を出る。エバール砦内は騒然としていた。劣勢に追い込まれているエイレイ軍の反抗作戦、その準備の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます