第78話 国盗り

「あれがエクスウェル……噂は当てにならんな、立派な御仁ごじんではないか」


「評判などはどうでも良い、力があることに変わりはない」


「うむ、しっかりと仕事をこなしてくれればそれで良い」


 王城の長い廊下を貴族達に噂されながら歩くエクスウェルとラテール。いつものローブとは違い正装に身を包んだ二人は、さながらどこかの貴族かのような雰囲気をかもし出している。今の格好だけ見たら、この二人が悪名高い傭兵団の団長と参謀であるなどとは誰も気付かないだろう。


「どうぞ」


 案内役の騎士が豪華なドアを開き、二人は部屋の中へと入る。


「お疲れ様でございました。無事、滞りなく式を終えられたこと、心よりお喜び申し上げます。すぐにお茶をご用意させていただきます、少々お待ち下さい」


 そう言うと騎士は部屋を後にする。エクスウェルはソファーに深く腰掛け、ふぅ~、とため息をつく。


「団長、お疲れ様でした」


「おう、シャナ。ありがとうよ」


 部屋の中にはエクスウェル、ラテールの他、シャナ、アイロウの姿もある。


「ん? ビー・レイはどうした?」


 エクスウェルは一緒に来ていたビー・レイの姿が見えないことに気付いた。


「ビー・レイなら部屋の外を警備していましたよ。お気付きになりませんでしたか?」


 ラテールの返答に驚いた表情を浮かべるエクスウェル。


「そうか、気付かなかったな」


 無論、ビー・レイが部屋の外にいることに驚いた訳ではない。それに気付かなかった自分に驚いたのだ。


「さすがの団長も慣れぬ式典で気疲れしたのでしょう」


「ふぅ、そのようだな……しかし、いい国じゃないか。王は小国だ、なんて卑下ひげしていたが……豊富な鉱物資源に恵まれ、山々に囲まれた天然の要塞。本当にいい国だ……」


 トントン、とノックの音。


「団長」


 部屋の外から呼び掛けるのはビー・レイだ。


「どうした?」


宰相さいしょう殿がお見えになった」


「お通ししてくれ」


 エクスウェルはスッと立ち上がりドアの前まで出迎えに行く。ドアが開き部屋の中へ入ってきたのはこの国の宰相さいしょうだ。


「エクスウェル殿、ご苦労でしたな」


「なんの、トークス殿こそ。良い調印式でした」


 トークスは部屋の中に執事やメイドを招き入れ、お茶や菓子等を準備させる。


「晩餐会まで時間があります、それまでゆるりとおくつろぎ下さい」


 ニッコリと微笑むトークス。


「お心遣い、痛み入ります。堪能たんのうさせていただきます」


 エクスウェルも微笑みを返す。


「時にエクスウェル殿。ジョーカーの皆様の入国はいつくらいになりそうですかな?」


(フッ……せっかちな……)


 エクスウェルは心の中で笑った。が、当然表情には出さない。


「そうですな……あらかた編成は済んでいますが、私がプルームに帰ったあと出立しゅったつ、でしょうな」


「そうですか。いや、実に待ち遠しい。出立しゅったつりには是非ご連絡いただきたい。国境までお迎えにあがりたいと思いますゆえ」


「なんと! 宰相殿にそこまでしていただいては、さすがに申し訳が……」


「何を仰る、そのくらいのこと、どうということでは――」





「ではエクスウェル殿、また夜に」


 中身があるような、ないような、上っ面だけの会話を繰り広げトークスは部屋をあとにした。


「やれやれ……」


 疲れきった表情のエクスウェル。すると部屋の隅からクククク、と押し殺した笑い声。


「何だよ、アイロウ?」


 笑い声の主はアイロウだった。


「いえ、政治は大変ですね」


「言うなよ、がらじゃないってのは俺が一番良くわかってる。でもま、それも今日で終わりだ」


 話ながらエクスウェルは、菓子が盛られている皿に敷かれたナプキンの下から、封筒の角が顔を覗かせていることに気付いた。おもむろにその封筒をスッと引き抜き、中に入っている紙を取り出し確認する。


(これを伝えたかった訳か……)


「ハッ……」


 思わず呆れとも嘲笑ちょうしょうとも取れる笑い声が漏れる。そして「何ですか?」と、気になる様子のラテールにその紙を渡す。ラテールが確認するとその紙には


 〈軍部が何やら嗅ぎ回っているが私の方で押さえておく。案ずることなく計画を進めて欲しい〉


 との文言。ラテールは苦笑いする。


「これは……案じてしまいますね」


「まぁいいさ、任せよう」


(ここまで来て動きを止める方が不自然、かえって警戒されるだろう。計画を進めつつ対処する方が安全だ)



 ◇◇◇



 五日後、ジョーカープルーム支部会議室。


 こんな時間に? と思うような夜更け、しかも会議室前の廊下を封鎖するという厳重な警備の中、三十名にものぼる指揮官クラスの団員達が召集されていた。皆何も聞かされておらず一体何事かと話ながら、しかし心のどこかで相当重要な発表があるのだろう、と身構えてもいた。


 ガチャ、とドアが開きエクスウェルとラテールが会議室に入る。


「皆、こんな時間に呼び出して済まないな、パパッとやっちまおう」


 エクスウェルは正面の椅子に座り、そのかたわらにラテールが立つ。


「さて、すでに周知と思うが先日エラグ王国との間でとある契約が成立した、派手な調印式まで行ってな」


 エラグ王国。大陸中東部に走る山脈の中に位置する小国である。


「内容は我々ジョーカーがエラグの国境及び王城周辺の警備を請け負う、というものだ。ここ最近のエラグの発展には目を見張るものがあり、それに誘われるように他所よそから流れてきた盗賊などの無法者達や、いまだエラグを小国と侮る近隣諸国がバカな考えを起こさないよう、我らジョーカーがそれを守る、ということだ。これはいくさやそれに伴う治安維持のような単発の依頼ではなく、永続的に履行りこうされる契約であり、報酬的には相当な旨味がある。今この場にいる金が大好きな諸君らにとっても、やりがいを感じる仕事だろう」


 ハハハハ……と笑い声が広がる。


「が、それは表向きの依頼だ。裏がある」


 このエクスウェルの言葉で会議室の空気は一転し引き締まる。


「エラグは今急成長を遂げている勢いのある国だ。外から見ると順調そうだが中は案外ドロドロしているようでな、王への不満が渦巻いているらしい。今回の依頼はエラグ王国の宰相さいしょう、トークスからもたらされたものだ。依頼の真の内容は、さっき話した契約の履行りこうのためと偽りエラグ国内に入国したのち、王城及び周辺の重要施設を速やかに占拠、同時に王を含む王族、並びに国王派の貴族達を拘束しトークスに引き渡す。その後はトークスが王位を継承、という流れになるだろう」


 会議室に集まった一同に衝撃が走った。重要な発表、どころではない。これは……


「……クーデター……という……ことですか?」


 団員の一人がエクスウェルに質問する。


「そうだ。クーデターの手伝いだな。トークスが王位を継承したあとは俺らが国内の警備を行う。そこは変わらない。それと、成功したらトークスから相当な額の金が入るのは言うまでもないな」


「しかし……軍は……エラグの軍はどうなんですか? 抵抗されたら……」


「無論、そうならないよう手は打つ。軍内部にトークスの内通者がいる。その内通者を通して軍の動きを一時的に麻痺させその隙をつく訳だ。もっとも、いざ交戦となっても問題ない。俺達の方が圧倒的に強いからだ。あの程度の軍に遅れをとることはないだろう。そこは自信を持ってもいいぞ?」


 会議室は静寂に包まれる。皆、各々考えているのだ。果たして本当に実現可能なのか? ということを。しかし、エクスウェルはさらに追い打ちをかける。


「ただなぁ……トークスのいた絵の通りに計画が進む、ってもの面白くない。そこでトークスには内緒で少し計画を変更する」


 これ以上何があるのか?


 とてもじゃないがまともとは思えない計画、しかもその先があると言うのだ。すでに団員達の腹の内はエクスウェルによりガタガタに揺さぶられている。その先を聞きたくもあり、聞きたくないとも思う。ゆえに肯定も否定もない、ただ耳を傾けるしかなかった。


「エラグ国内に入り王城や王族達を拘束、ついでにトークスとその一派も捕らえちまおう」


「……え?」

「はぁ……!?」

「…………」


 疑問、驚き、はたまた思考が追い付いていないのか、きょとんとした顔。想定した通りの反応が返ってきたためエクスウェルは少し楽しくなった。


「あの……依頼主であるトークス……を拘束して、一体……そのあとは……」


 戸惑いながらも当然の疑問をぶつける団員。


「俺達がエラグ王国をべる」



 ……!!



 声も出ない。


 当然である。俺達が、ということは、ジョーカーが、ということ。ジョーカーが国を持つ、それは傭兵が国を持つ、傭兵の国を創る、ということだ。


「……国家……簒奪さんだつ……」


 団員の一人から思わず言葉が漏れる。それを聞いた他の団員達はようやくエクスウェルの言葉の意味を理解した。


「その通りだ。俺は常日頃考えていた。ジョーカーを今よりでかくするにはどうすればいいか、今より潤わせるにはどうすればいいか。歴史や伝統は大切だと思うが、それが足枷あしかせになってはならないと考える。いつまでもアルマドにこもっていて先があるのか? 今までと同じ事をしていて生き残れるのか? そんな時に舞い込んできたのがトークスからのこの依頼だ、これを利用しない手はない。考えてもみろ、傭兵が国を持つ、なんて古今ここん聞いたことがあるか? ないだろう? 俺達が初めてだ。初めての事をやる訳だから当然困難は付きまとうだろう。だが俺達ならやれる、問題ない。詳しく説明していこう。

 まず、傭兵業は今まで通り続ける。まぁ傭兵というより軍、ということになるか? 今より人の数が増えるだろうから、当然今とは比べ物にならないほど規模はでかくなるな。しかしその分、入ってくる報酬もでかくなる。

 それと豊富な鉱物資源。いまだ手付かずの鉱山も沢山あるだろうし、恐らく向こう三百年は枯渇こかつしないだろう。王は鉱物をそのまま輸出しているが、国内で武具や魔道具に加工すれば価値は何倍にも膨れ上がる。これだけで相当な商売になるな。それに……」


「あの! しかし、あの……国の運営など……出来るんですか……?」


 団員の一人が、楽しそうに話すエクスウェルをさえぎる。当然の疑問である。しかしエクスウェルはその問いの答えも持っていた。


「出来る。と言いたいが、いきなりは難しいだろうな。なのでエラグの内務、金融大臣とその一派、さらに有力貴族家のいくつかをこちらに引き込んだ。当面はそいつらに運営を任せる。俺達は徐々にやっていけばいい。

 最初はそいつらの誰かを王にえて傀儡かいらいにしようかと考えたんだが、あの国の重鎮達は野心がないようでな、王などという面倒くさい役職はゴメンだ、なんてぬかしてなぁ――」


 その後もエクスウェルは丁寧に、出来るだけ事細かく説明を続けた。その内に会議室の空気は少しずつ変わって行く。およ荒唐無稽こうとうむけいとも思える印象の作戦のはずが、出来るかも知れない、どうすれば成功するか? と、段々と前向きにとらえられるようになってきたのだ。その要因には、エクスウェルの弁舌家としての優秀な才があった。金儲けが上手い、というのはすなわち弁が立つ、という事なのだろう。団員達はエクスウェルの説明に引き込まれるように耳を傾けていた。


「ちなみに当然ではあるが、こん作戦の概要がいようは諸君らの上官である各隊のマスター達も承知だ。その上でマスター達は諸君らを推薦した。諸君らにはそれだけの力がある、なんの問題もなく作戦に従事じゅうじ出来るだろうとの判断だ」


 この言葉が決め手だった。


 エクスウェルのこの言葉を聞いてもなお、この作戦をいぶかしがる者はいなかった。自分達は力を認められてこの場所にいるのだ。団員達の眼には力強さが宿る。


「ハハハハハッ、皆いいつら構えになったな。ジョーカー史上最大の仕事だ、派手にやろうぜ! 国りだぁ!」

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