第79話 王都の夜
「団長、各隊準備完了です。いつでも行けます」
「よし、始めよう」
「はっ」
新月。月は出ていない。皆が寝静まった夜更け、王城周辺には深い闇の中をうごめく者達がいた。
この日エクスウェルは番号付きの精鋭達とプルーム支部所属の団員達の、総勢九百名にも
本来であれば入国後、すぐに各国境などの任地へと
エラグニウス城より東側、国の高官や貴族の屋敷が建ち並ぶエリア。その一画にあるトークスの屋敷。
「トークス様、始まったようです」
ドアの外から執事が報告する。
「そうか!」
トークスは思わず声を上げた。待ちに待った
が、この時点ではまだ気付いていなかった。全てが終わったら予定通り王位は自分の足元に転がり込んでくる、そう信じて疑ってはいなかった。よもや騙されているなどとは、欠片も頭の中にはなかったのだ。
◇◇◇
「マスター、拘束完了しました、連行します」
ゾーダ・ビネール率いるジョーカー二番隊は、貴族やエラグ重臣達の屋敷の制圧を担当していた。捕らえた貴族や家人達は一ヶ所に集められている。
「急げよ。軍の状況はどうか?」
「まるで反応がありません。軍の機能はすっかり麻痺しているようです。しかし、一体どうやって軍を沈黙させたのか……」
「薬だそうだ。眠らせたらしい」
「薬で? それはまた古典的な……」
「案外そんな単純な方法の方が効果があるんだろうな。とは言え……」
「……? 何ですか?」
「ああ、いや……とは言え、過信は出来ないからな、さっさと済ませてしまうに越したことはない」
違う。思わず漏れそうになった言葉はそれではない。
〈とは言え、あまりに抵抗が少な過ぎる〉
そう言いそうになったのだ。軍の動きを止める手立てが上手くいっているのならそれでいい。しかし、まるで
だが、ここまで進めておいて今さら
ゾーダが感じていた違和感は他の部隊のマスターやベテラン団員達も感じていた。何かがおかしい気がする。だが
「ゾーダ、まだかかりそうか?」
ゾーダに声を掛けたのは五番隊マスターのサリオム。五番隊もまた、このエリアの担当だった。
「まだかかる。早いとこ終わらせたいが……」
ゾーダのその返答にサリオムはピンときた。
「ゾーダ、やっぱり変だと思うか?」
「サリオムもそう思うか……あまりに抵抗がないのでな。だがエクスウェルが何も言ってこない以上……」
「ああ、続行するしかない。ただ、引き際は見極めないとな。エクスウェルと心中はゴメンだ」
◇◇◇
「城はどうだ?」
「はい、現在一番、六番隊が中心となり攻略中です。騎士団の抵抗を受けていますが問題ないかと……」
「そうか……そろそろ良いか」
エクスウェルは本陣に定めた教会の窓から外を眺める。真っ暗な
「よし、二番、五番隊に伝えろ、トークスの屋敷に取り掛かれ。俺も城へ向かう」
◇◇◇
「トークス様、ジョーカーが……」
「来たか!」
ドアの外から聞こえてくる執事の声が上ずっていることに、トークスは気付かなかった。本来慎重な性格のトークスである、あるいは
バン!
ドアが急に勢い良く開いた。そして書斎に数人の男が入ってくる。トークスは少し面食らったが、すぐに気を取り直し男達を迎え入れた。
「待っていた、待ちわびていたぞ! さぁ、案内を……どうした?」
話の途中でトークスの視界に入ったのは、廊下で後ろ手に縛られている執事の姿だった。何だ? 何が起きている?
すると男の一人がトークスの首筋に剣の切っ先を向ける。トークスは思わずのけ反った。
「な、何だ! お前達は! おい、エクスウェルはどうした! エクスウェルを……!」
怒鳴り散らすトークスの首に剣の刃が当たる。ひぃっ……と声を上げるトークスを、男達は縛り上げる。
「貴様ら……騙したのか? おい! くそっ、エクスウェルはどこだ! ここへ連れて……もがっ、もがぐが……!」
男達はトークスの口に布をかませ後頭部で縛る。
「お静かに、その団長の指示です」
◇◇◇
ゾーダは
「マスター、トークスを連れてきました」
部下がトークスを連行してきた。トークスはこちらを
「よし、ご苦労。じゃあすぐに……」
「ゾーダ!」
突然後ろから自身を呼ぶ声。振り返るとビー・レイ、そしてその部下と思われる数人の男達がこちらに向かい走ってくる。
「どうした、ビー・レイ?」
「そいつはトークスだな? こちらで預かる。エクスウェルからの伝言だ、二番、五番隊は城に来い、だとよ」
「城に?」
何だ? そんな話は聞いていない。事前の打ち合わせでは、この
「なぜ城に?」
「お前らにも見せたいそうだ、歴史が変わる瞬間ってやつを」
(やれやれ、またいつもの気まぐれか)
ゾーダは
「分かった、サリオムにも伝えておく。部隊をまとめて城へ行こう」
ゾーダはいつもの事、と思い承諾した。しかしこの判断が
◇◇◇
「将軍、準備完了しました」
エラグニウス城の北側、広い敷地にいくつもの宿舎が建っている。エラグ軍、エラグニウス駐屯地だ。トークスの手配により夕食に睡眠薬を入れられ、城内で夕食をとった当直の兵以外は皆ぐっすりと眠っている、はずだった。
大会議室には多くの兵が集まっている。しかし外にバレないよう、
「うむ。ふぅ、しかし本当にこのような馬鹿げた騒ぎを起こすとは……お主にも詫びねばならん。今の今までお主の話を半信半疑で聞いておった」
そう言って将軍は横に座っている男の肩を軽く叩く。
「何を仰いますか、クライール将軍。このような
クライール・レッシ。エラグ王国建国時より王家に仕えるレッシ家が
「エクスウェルは油断ならぬ男です。人々を
クライールの横の男は痛烈にエクスウェルを批判する。と、話の途中で部下がやって来て男に耳打ちする。
「よし、分かった。クライール将軍、役者が
老将はゆっくりと立ち上がる。
「ふむ。ではそのエクスウェルの顔でも拝みに行こうかのぅ。全軍、反撃だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます