第21話 急襲

 夜。今日も一日が終わる。いつものように地下に潜り、ひたすら魔法を試す一日。いつもと変わらない日常だ。


 盗賊団毒盛りの討伐戦から二ヶ月が経っていた。初めての実戦だった。初めて人を……

 俺は持つ事が出来ただろうか? 示す事が出来ただろうか? あの時レイシィに話した、この世界で生きていく覚悟というものを。果たして俺は何か変わったのだろうか? 変える事が出来ただろうか?


 変わった事と言えば今まで独占状態だった地下の実験場を、レイシィと一日置きに交互に使うようになった事だ。


 毒盛り討伐戦を経て、何やらレイシィに火が点いたらしい。久々に実戦を経験し血が騒いだ、と言っていた。今まで覚えた魔法を一通りおさらい・・・・し、新な魔法にもチャレンジするとか。同時に「魔散弾まさんだんもらうぞ」と言っていた。

 まぁいいけどね。こっそり練習してたの知ってるし。レイシィ程の魔導師がそう言うのだから、かなり効果的な攻撃方法である事に間違いはないのだろう。そもそもこの家はレイシィのものだ。今まで地下を独占していて若干の申し訳なさもあった訳だし、居候の俺が提供出来るものと言えば本当に掃除くらいなものだ。俺が考えたものでレイシィの役に立つものがあるのなら、いくらでも使ってくれて構わない。


 ついでに雷も覚えたら? と提案した所、即却下された。レイシィ曰く、「あんなもの扱える魔導師はお前くらいだ」そうだ。マーキング用の極小魔弾というのが相当な曲者くせものらしい。極限まで小さく、極限まで魔力の少ない魔弾を作るには、魔散弾まさんだん以上に繊細な魔力コントロール能力が必要だそうだ。魔散弾に関しては、レイシィは出来ると判断したのだろう。だが雷は試そうともしなかった。大魔導師と言えども真似が出来ない、それくらい難度が高いという事だ。

 ということは、雷の魔法はこの世界において俺だけしか使えないオリジナル魔法、と言って良いのではないだろうか? と、密かにほくそ笑み優越感に浸っている。


 さて、明日はどうしようか? 明日はレイシィが地下を使う番だ。新しい魔法を考えつつ、外で魔弾の制御でも練習しようか? などと考えながらベッドに入る。


 俺の部屋からはラスカの街が見える。レイシィの家は森の中にあるが、森自体が街に向けて緩やかな下りの傾斜になっており、俺の部屋からはちょうどいい具合にラスカの街を眺めることができる。

 さすがに元いた世界より圧倒的に灯りが少ない為、きれいな夜景とはいかないが。すると、


 ポッ


 と街の東側、門の辺りで火の手が上がったように見えた。火事か?


 火なんて魔法ですぐに消せるだろう、と思うかも知れないが決してそんな事はない。魔法で水は出せないのだ。ウォーターボール! なんて魔法がありそうだがそんなものはない。火は出せる、雷も出せた。でも水は出せない。なぜか? レイシィに聞いたところ「水は物質だろ」との答え。


 そう、魔法で物質は出せないのだ。


 腹が減ったからといって食べ物を出す事は出来ない、喉が乾いたからといって水を出す事は出来ない。どんな大魔導師でも何もない所からは、豆粒一つ生み出す事は出来ないのだ。


 どんなに便利な力でも限度はある、という事だ。


 ただしそこに水があれば操作する事は出来る。魔力シールドをおけのような形に展開し、それを操作し水を汲み上げるのだ。あとはそれを移動させ、シールドを消せばバシャッ、と水は落ちる。火災が起きたらそうやって消火するそうだ。なので大抵どの街にも貯水槽が一定間隔で設置されている。


 東門付近で上がった火の手は消える様子がない。それどころか徐々に燃え広がっているようにも見える。


 (大丈夫か?)


 と思っていたら、少し離れたところからも、ポッ、と火の手が上がる。


 (なんだ?)


 火の手は次々と上がり、見る間に街の東側が明るく照らし出された。


 (これ……まずいぞ!)


 俺は部屋を飛び出しレイシィの部屋のドアを叩く。


「お師匠! 起きてくれ! 街がヤバい!!」


「……なんだ、どうした……?」


 眠そうにドアを開けたレイシィの手を引っ張り、俺の部屋へ連れていく。レイシィの部屋からは街が見えないからだ。


「何なんだ、一体?」


「見ろ、お師匠……あれヤバくないか?」


 レイシィを俺の部屋まで連れてくる間にさらに火は燃え広がったようで、街の東側一帯が赤く染まっていた。その光景を見たレイシィはさすがに目が覚めたようだ。


「……コウ、着替えろ……街に行くぞ!」


 そう言いながらレイシィは俺の部屋を出る。すぐに着替えて二人でラスカの街へ走った。



 ◇◇◇



 南門。


 詰所に衛兵はいない。街の中に入ると大勢の人が街の西側へ向かって移動していた。避難しているのだ。衛兵達は人々を誘導していた。


「おい、何があった?」


 レイシィは衛兵の一人を捕まえ話し掛けた。


「あ、レイシィ様! 敵襲です! 東門付近に突如オークの集団が現れ、暴れながら火を放ち始めました」


「オークだと!?」


「はい、オーク達は街の中央へ向かい移動を始めました。現在我々衛兵隊はオークを東地区から出さないよう防衛線を張り、連中を押さえ込んでおります。南側はここから五ブロック先に防衛線を張っています。今の所はなんとかなっていますが……」


「他は不利か?」


「北側は分かりませんが、中央は押され気味のようです」


「援軍は?」


「すでにエルビ、ジャルマスには使いを送っています。しかし……」


「時間は掛かるな。コウ、中央広場に行くぞ!」


「レイシィ様!どうか……」


「分かってる。ラスカを落とさせはしない!」


「……お師匠、ひょっとしたら……」


「ああ、私もお前と同じ事を考えている。お前にとっては因縁浅からぬ相手、ってとこか。さぁ、行くぞ」



 ◇◇◇



 中央広場は騒然としていた。


 いつもは多くの屋台が出て賑わっている広場、今は衛兵隊の守備拠点となっている。多くの衛兵が走り回り奥の方では負傷者の治療も行われている。


「責任者はどこだ!」


「レイシィ様!? 私です! サマルです!」


 衛兵の一人が名乗った。彼はサマル。ラスカ衛兵隊隊長だ。


「戦況は?」


「当初敵は北側に向かいましたが、北地区の部隊が上手く押さえ込みました。南も今の所は問題なさそうです。現在はここ中央付近が主戦場となっていますが、押されています。三ブロック先に第一次、二ブロック先に第二次、そしてこの広場が最終防衛線です。ここより後方、西地区には避難民や領主公館、街の有力者達の屋敷もあります。ここは絶対に死守しなければなりません」


「敵はオークと聞いたが、数は?」


「百前後との報告です。数は多くありませんが、オークと我々人とでは単純な膂力りょりょくが違い過ぎます。確実に仕留めるには敵一体に対し二、三人で当たらなければならない為、どうしても人員的に無理が出てきます」


「火災はどうだ?」


「すでに東地区全域に燃え広がっているようです。風向きが頻繁に変わる為に、燃え広がるのが早いのかと。現在魔導衛兵が消火班として、敵の攻勢が弱い南と北から回り込むように移動中です。可能であればそのまま消火活動を開始します」


「そうか……いずれにしても、敵を殲滅せんめつする必要があるな」


「レイシィ様、指揮権をお譲りします。いかようにも我らをお使い下さい」


「分かった。とりあえず前線の様子を見る。コウ、行くぞ!」


「あ、もう一つ! レイシィ様、連中話が一切通じません。まるで正気を失っているような……」


「ああ、分かってる」


 俺とレイシィは三ブロック先の第一次防衛線に向かった。





「様子はどうだ?」


 レイシィが防衛線の拠点にいる衛兵に尋ねる。


「レイシィ様!? 加勢に来て下さったのですね! 現在いちブロック先で交戦中です。ですがジワジワと押されています。仮にこのまま敵を押さえ続けてもいずれ炎にまかれてしまいます。正直……ジリ貧です。

 しかし、連中の行動が理解出来ません。あんな無計画に火を放てば自分達にも被害が及ぶというのに……」


 衛兵は赤く染まる空を眺める。炎はじわじわと迫っているようだ。


「隊長より指揮権を預かった。第二次防衛線の部隊を前線に集める、ここで押さえ込むぞ。衛兵隊は正面から迎え撃て。一対一にはなるな、必ず複数人で当たれ。衛兵隊が押さえている間に、私とコウが左右から敵を削っていく。魔導衛兵達にはそのまま消火活動を継続させろ」


「了解しました、すぐに伝令を送ります!」


「よし、私は北側へ行く。コウ、お前は南側から回り込め。敵を根絶やしにするぞ。いいか、出し惜しみはなしだ、全力でやれ。お前のスタミナ、当てにしてるぞ!」


「ああ、分かった」


 俺は南に走った。


 スタミナ……俺の豊富な魔力量の事だ。これ以上火災が広がる前にオークを片付けなければならない、時間との勝負でもあるのだ。オークを全て倒すまでは立ち止まれない。


 南側からぐるりと回り込み、東門と中央広場を繋ぐ大通りへ向かう。東側の空は炎で明るく照らされている。火の手は二ブロック程先まで迫っているようだ。あまり時間は掛けられない。


 大通りに向かう途中、視界の端に一瞬入った影。



 ……いた。



 路地の奥、のっそりと動く大きな身体。そして赤黒い皮膚。


「グフゥゥゥ……」


 不快なうなり声をあげながらゆっくりとこちらを向く。オークだ。


 そう、こいつ……こいつらだ。


 あの日の夜、こいつらに出会ってしまったが為に俺の運命は変わった。大きく変わった。右も左も分からないこの世界で生きて行く羽目になったのだ。そしてこいつらは今、この世界での故郷とも言えるこの街を焼き尽くそうとしている。



 許容出来るはずがない。



 許せるはずがない。



 少しずつ視界が狭まってゆく。少しずつ周りの音が遮断されてゆく。冷静さを失ってゆくのが自分でも良く分かる。落ち着け、落ち着けと、繰り返し頭の中で唱えるが、沸々ふつふつと沸き上がって来るドス黒い感情に操られるがごとく、ゆっくりとオークに右手を向ける。


「ラスカに……何してくれやがる!!」




 バーーーーーーン!!




 轟音と閃光。オークはその場に倒れ、発火した。右手がビリビリとしびれている。雷が強すぎたのだ、加減が出来ない。気を付けなければ……燃やしてはダメだ、火災を助長してしまう。しかし、そう自身にいましめた事はすぐに頭の中から消えてしまった。目の前で燃えているオークが現れた路地から、二体三体と新なオークが現れ、こちらを見るなりドスドスと駆け寄って来るのだ。右手には斧や剣などの得物を構え、左手には松明を握っている。


 もはや何も考えられない。


 頭にあるのはただ一つだけ。


「全部……狩り尽くしてやる……!」

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