第71話 襲撃の日

 早朝より馬を駆り日が天に昇る頃、アルマドまで目と鼻の先の街道で一台の馬車とすれ違う。


「ゼル!」


 すれ違いざまに聞こえてきた自分を呼ぶ声。その直後、ゼルは馬の足を緩めきびすを返すとその馬車の元へ向かう。馬車に乗っていた御者ぎょしゃもそれを待っていたのか脇に馬車を止めた。


「ベトンか!?」


「ゼル! あんたどこ行ってたんだ? 大変なことになってるぞ? 取り敢えず、ここじゃ目立つ……あの林の中に行こう」


 そう言ってベトンと呼ばれた御者は左手に見える林を指差す。


「おいおい、そんな余裕ねぇんだが……」


「いいから、こんなとこウロウロしてたら見つかっちまうぞ! ほら、全員だ!」


 ベトンは馬を操り馬車を林へ向ける。その後を追うように俺達も林へ進む。


「見つかっちまうってことは……まぁ、そういう・・・・ことなんだろうな」


 ブロスはポツリと呟く。


 そう、見つかるということは、当然ながら見つける奴がいるということだ。誰が俺達を見つけるのか? なぜ見つかったらまずいのか? それはつまり、始まりの家はすでに敵の手に落ちているということを物語っている。


「なぁブロス、あの人誰?」


「ああ、ありゃベトンって言ってな、始まりの家に出入りしてる商会のもんだ。食材から日用品まであの商会に頼んで入れてもらってる」


 ふ~ん、出入り業者って感じか。


 林の近くまで来るとベトンは馬車を降り、林の中へ分け入っていく。


「中まで入るのかよ……」


 ゼルの言葉にベトンは軽く後ろを振り返り、右手でついてこい、のゼスチャー。少し歩くとベトンは立ち止まり振り返る。


「この辺でいいだろう」


「なぁベトン、始まりの家は落ちたんだろぉ? まぁ、それは予想してたが、問題は数だ。南支部の連中、どのくらい連れて来やがったんだぁ?」


 ゼルのその言葉にベトンは怪訝けげんそうな表情を浮かべる。


「南って、何言ってんだ? 始まりの家を占拠したのは南支部の奴らじゃないぞ?」


「はぁ? じゃあ、どこだってんだぁ?」


「西だ。西支部の連中だよ。あの兄弟も来てたぞ、それぞれ支部長だろ? 」


「はぁぁ!? ちょっと待てよ、西は俺達の……」


「ああ、あんたについてたんだろ? 裏切られたんだよ、あんた」


「何だよ、それ……」


 そう呟くとゼルは黙った。ショックだったのか、それとも今後の展開を考えているのか……


「なぁベトン、どんな状況だったのか教えてくれ」


 重苦しい沈黙の中ブロスが口を開く。


「ああ、七日前だったか? 俺はいつも通りおたく始まりの家に荷を届けて――」



 ◇◇◇



「ビーリー、頼む」


 始まりの家、本部棟に入るとすぐにカウンターがある。ベトンはカウンターにいるビーリーに納品書を手渡す。


「おう、待ってろ」


 ビーリーはタンッ、タンッ、と納品書と控えに判を押し、控えをベトンへ返す。


「なぁビーリー、ジョーカーは今どうなってんだ? 随分人も少なくなったし……くならないよな、始まりの家?」


「おいおい、縁起でもねぇ。そうならねぇように、ゼルが頑張ってるとこだよ」


「本当頼むぞ? ここがどうにかなっちまったら、うちの商会は大打撃だからよ。給金減っちま……」



 バンッ!



 不意に本部棟のドアが勢いよく開いた。そして入ってきた一人の男。男は右手に持った剣を肩に担ぎ、ニヤニヤ笑いながら大声で話す。


「一般人! 非戦闘員! もしくはエクスウェルと仲良くしてぇってヤツがいたら、巻き込まれる前に外に出ろ! 残ったヤツは……敵だぁ!!」


 一瞬でビーリーの表情が堅くなる。


「セイロム、お前支部長だろ? アウスレイ支部ほったらかして、こりゃ一体何の騒ぎだ?」


「う~ん、事務かたの内勤者は非戦闘員扱いだが……ビーリー、お前の場合は微妙だな。どうすっか?」


「質問に答えな。何でお前がここにいる?」


「何でもかんでも、いくさに決まってんだろ。攻略目標は始まりの家、ってな。お~し、お前らぁ! 入ってこい!」


 セイロムの号令で本部棟内部に武装した者達が続々ぞくぞくと入ってくる。


「分かってんな! 抵抗するヤツには容赦すんな! ただし、参謀部の連中には手を出すなよ! 後で使い道があるからよ!」


 ビーリーは事務所内にいる団員達に一ヶ所に集まるよう指示を出す。そしてセイロムを睨み付ける。


「お前がいるってことは兄貴も来てるんだろうな。お前ら……揃って裏切ったか!」


「おいおいビーリーちゃん、一体いつの話をしてる? 状況は刻一刻と変わっていく、今はゼルよりもエクスウェルとの方が仲がいい、そんだけのことだぁ。

 よ~し、お前ら全員外に出ろ! ビーリー、お前もだ。特別に見逃してやる。大人しくしてりゃ何もしない、死にたくなかったらいい子にしてなぁ!」


 事務所内にいた者は皆本部棟の外に出された。ベトンは不安に駆られビーリーに話しかける。


「なぁビーリー、これ……」


 しかしビーリーの耳には届いていないようだった。ビーリーは周りをキョロキョロと見回し様子を伺っていた。


「あの数の部隊が中に入ったってことは、門番やってた連中もエクスウェルについたってことか……」


「ふざけんなよ! ビーリー!」


 ボソッと呟いたビーリーの言葉を聞き逃さない者がいた。南門の門番を担当していた三番隊の団員達だ。彼らも拘束され一ヶ所に集めまれていた。


「俺達はマスターに言われた通り、人の出入りには充分注意を払っていた。例え味方であってもだ。門だって基本閉めっぱなしだしな。あの数の武装した連中を中に入れるなんてとんでもねぇ、俺達はセイロム一人しか中に入れちゃいねぇよ!」


 怒鳴り気味に説明する門番に、ビーリーはなだめるように問う。


「分かった、分かった。じゃあ、北門か?」


「南じゃねぇってなると、そういうことになるな。でも……あいつらが裏切るか……?」


 始まりの家の門は二つ、南門と北門だ。西側は森が広がっており移動には不向き、東側は眼下二十メートルはあろうかという崖。南と北の門の管理は三番隊が請け負っていた。


 本部棟から次々と内勤の団員が拘束され外に連れ出されてくる。抵抗したのだろう、血を流している者もいる。


「離しなさい! 一人で歩けるわ!」


 一際大きな声を上げながらエイナ他、参謀部の者達が連行されて来た。


「おい! 丁重に扱えよ、コラ! いやぁ、済まないなぁエイナ。あんたらに手荒な真似はしねぇからよ」


 セイロムはまるでエイナに媚びるかのような柔らかい口調で話す。そんなセイロムをエイナは睨む。


「バカな真似をしたものね、セイロム。やっぱりなかったことに、なんてもう出来ないわよ」


「心配してくれるとはありがたいねぇ。でも大丈夫だ、こうなったらもうゼルは何も出来ねぇよ。大人しく待っててくれ」


 カツ、カツ、と義足を鳴らしながらビーリーはエイナに近付く。


「大丈夫か、エイナ?」


「ええ。ビーリー達もね、無事で良かったわ」


「中の様子は?」


「……酷いものよ。抵抗したのでしょうね、外に出るまでに倒れている者を何人も見たわ。あの様子じゃ多分もう……確実に犠牲者は出ているわ」


 説明をするエイナは眉間にシワを寄せ、辛そうな表情を見せる。が、すぐに気を取り直し、参謀としての顔に戻る。


「そうか……やっぱりゼルの不在を狙ったんだろうな」


「でしょうね。確実に情報が漏れてるわ」


「誰が漏らしてるかは置いといてだ、どの道このままじゃどうしようもねぇ、何とか脱出しねぇと……」


「そうね。でもそのためには、カディールに頼らないと……」


「あ~……急に無理な気がしてきた。三番隊は誰が残ってる?」


「確か……ホルツと……リガロもいたかしら?」


「そうか。カディールよりは大分だいぶ期待できるな」


「いずれにしてもよ、番号付きに動いてもらわなければどうにもならないわ」


「なぁビーリー、脱出って……始まりの家はどうすんだ?」


 二人のやり取りを聞いていたベトンは、たまらずビーリーに話しかける。脱出ということは、始まりの家を放棄するということではないか?


「ああ、これ以上味方の数が減るのはまずい。だから無理に戦わないで脱出し、態勢を整えてから反撃しよう、ってとこだ。戦略的撤退ってヤツだな。それよりベトン、お前を外に出してやらねぇとな。済まねぇ、すっかり忘れちまってた」


「いや、構わねぇよ」


「でだ。外に出たら領主んとこに走ってくれねぇか? 今の状況をせたいんだ」


「分かった、任せろ」


「頼むぜぇ。お~い! セイロム! こいつを外に出してやってくれ、こいつは一般人だ!」


 本部棟の入り口で仁王立ちしているセイロムは、面倒くさそうに振り向く。


「あぁ? どいつだぁ?」


「こいつだよ、コム商会のもんだ。ほら、ベトン。納品書だ、控え出せ」


「あ、おう。ほら、確認してくれ」


 ベトンは慌ててポケットから納品書の控えを出す。セイロムはバシッと奪い取るように控えを受け取る。


「どれぇ? ……あ~、あれか、納品に来て巻き込まれちまったってか? そりゃ災難だったな。いいぜ、外出な。お~い! こいつは一般人だぁ! 出してやれぇ!」



 ◇◇◇



「て訳でな、俺は外に出て領主様の屋敷に走ったんだ」

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