第72話 金夜亭
「領主様の屋敷に行く途中、すぐにおかしい、ってことに気付いたんだ。街がな、アルマドの街が気味悪いくらいいつも通りだったんだ。始まりの家があんなことになってるなんて、誰も気付いてなかったんだよ。だから西の連中、南門からは入ってない、って思ったんだ。街に面した南門から入ったんだったら、絶対に街の中を通って来るはずだからな」
ゼルは終始腕を組み、険しい表情でベトンの話を聞いていた。
「なるほど、てことは北門から侵入したか、それとも別のルートをこじ開けやがったか……で、領主はどうだった?」
「ああ。領主様の屋敷に着いたらな、門の鉄格子越しに領主様と一人の男が話をしてた。領主様はえらく興奮していてな、でけぇ声を張り上げてたよ。その男ってのが、西支部のもう一人の支部長だったんだ」
◇◇◇
「どういうことか、分かるように説明せよ!!」
領主は周りの目を気にするでもなく大声で怒鳴った。それだけ今のアルマドの状態を
「落ち着いて下さい、ご領主様。なぁに、簡単な話ですよ。それこそ子供でも理解できるような、
男は落ち着いた様子で領主に語りかける。その落ち着いた口調が何とも鼻につき、さらに領主の怒りを呼ぶ。
「そのエクスウェルが問題なのではないか! 非道な手段で金儲けをした結果ジョーカーの名声は地に落ちた、そしてジョーカーだけではなく、本部があるここアルマドの評判も落ちている。それを正そうとするゼルにこそ大義があるであろう? そもそもお主ら西支部はゼルについていたのではないのか!」
「確かに我々はゼルの側に立っていた。しかし気付いたのです、ゼルではジョーカーをまとめられないと。いくら大義があろうと、ジョーカーが弱体化しては意味がありません。そしてそれはそのまま、アルマドの防衛力にも関わってくるのですよ? この街を思えばこそ、ゼルには任せられないという判断になりましょう?」
領主の
「ではなぜエクスウェルは本部機能を東に移したのだ? なぜこの街から番号付きの連中を移動させた? クラフよ、そなたの話は
「ですからそれは一時的なものに過ぎません。どうか我らバウカー兄弟にお任せ下さい。決してこのアルマドを悪いようには――」
◇◇◇
「クラフの野郎、好き勝手言ってやがんな……」
ブロスは湧き上がる怒りと戦っている。
「全くだ、俺も後ろで聞いてて腹立ってよぅ。とにかく、俺が知ってるのはここまでだ。その後皆がどうなったかは分からねぇ。上手く脱出してくれてたらいいんだけどな……」
「そうか……助かったぜぇ、ベトン。多分もう網張ってるだろうからなぁ、このまま
ゼルはベトンの肩を叩き礼を言う。
「役に立って何よりだ。俺はそろそろ行く、くれぐれも気を付けろよ?」
「ああ、恩に着るぜ。始まりの家を取り戻したら、またお前んとこの商会に注文するからよ」
「待ってるぞ、じゃあな」
ベトンは林の外に停めてある馬車に向かう。
「さて、聞いた通りだ。始まりの家を襲撃したのは西支部、バウカー兄弟が裏切りやがった。で、案の定残った奴らは脱出を考えてた訳だ。脱出が成功したとして、じゃあどこへ向かう?」
「そりゃ〈
「ああ、
「了解だ」
「分かったよ」
「コウ、お前は土地勘がないだろうからな、俺と一緒に
◇◇◇
俺を乗せたゼルの馬はミラネルの国境を越え、隣国ジノンに入る。
「この分じゃ夜には着くからよ、それまで辛抱してくれよぉ!」
「なぁゼル!」
「なんだぁ!」
「ライエがスパイだったら……どうなる?」
「そりゃお前……このまま逃げるだろ。俺だったらそうするぜぇ? 大体戻ってくる意味がねぇ。つまり戻ってきたらライエはシロだってことだ。ま、今話してもどうしようもねぇことだ、それについちゃあ後で考えるさ」
「そうか……そうだな」
◇◇◇
ジノン王国南西の街、パドラの繁華街、その一角にあるパブ兼宿泊施設だ。一階がパブ、二階、三階が宿になっているこの店は、元ジョーカー三番隊のメンバーが始めたそうで、この店で過ごす夜は金にも等しい価値がある、との意味が込められている。安くて旨い酒と料理を提供し、キレイなベッドでゆったり休めると評判の店だが、同時に不測の事態におけるジョーカー三番隊の集合場所であり、隠れ家としても機能している。
とっぷりと日が暮れ夜の街が賑やかになった頃、俺とゼルはようやくこの店にたどり着いた。
ガチャ、とドアを開け店内に入るとすでにテーブルは満席状態、沢山の人で賑わっていた。
「はっはっは、相変わらず繁盛してんなぁ」
するとすぐに女性の従業員がやって来て、申し訳なさそうな顔で話し出す。
「すみません、只今満席となっておりまして、もう少々お待ちいただければ……」
「あ~、いやいや、客じゃねぇんだよ。サブライにゼルが来たって伝えてもらえねぇか? 外にいるからよ、頼むぜぇ」
「あ、はい。分かりました」
そう言って従業員は店の奥に消えた。
「よし、外行こうぜぇ。邪魔しちゃ
二人で店の外に出る。するとすぐに店のドアが開き、
「マスター!」
と大きな声。振り返ると
「サブライ! 久々じゃね~か! 相変わらず人気あるなぁ、お前の店は。しかしちょっと見ない間にまた丸くなったんじゃねぇか?」
「ははは、絶賛ダイエット中だ。それより聞いたぞ、災難だったなぁ」
「んん? もう知ってんのか? てことは……」
「ああ、来てるぞ、こっちだ」
店の脇、一人通るのがやっとのような細い路地を抜けると、店の裏は小さな裏庭のようになっていた。その奥には扉があり、扉の隣には男が座っていた。
「マスターが到着したぞ」
サブライの言葉に男はバッと立ち上がる。
「いよぅ、待たせた」
「マスター! よかった、無事だったか」
男は三番隊の団員だった。見張りをしていたのだ。すぐにドアを開けゼルに入るよう促す。
「マスター、腹減ってないか? 何か食い物運ばせるから待っててくれ」
「おう、済まねぇなサブライ」
ドアの奥には下へ降りる階段があった。階段を降りその先にあるドアを開けるとそこは広々とした空間。そしてジョーカーの団員達がいた。
「ゼル!」
「ようビーリー、お、エイナ! デームもいるな。皆無事で何よりだ」
「ゼル、あなたもね。それにしても大変な目にあったわ。生きているのが不思議なくらいよ」
エイナは疲れ果てた表情を見せる。
「まったくだな、さすがに今回はしんどかったぜ」
ビーリーもかなり参っているようだ。
「何だぁ? そんなキツかったかぁ?」
「ええ、カディールのせいでね。死にかけたわよ……」
「……あ~、何となく察しはついたなぁ。あいつまたやらかしたか……」
「この場にあのバカがいたら、穴という穴からワインを流し込んで溺死させてやるわ……」
ボソッと呟きワインをあおるエイナからは、異様な圧が伝わってくる。
「はっはっは……はは……」
(エイナのやつすげ~怒ってんじゃねぇか……あいつ何やったんだ?)
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