第179話 殴り合い

(さて………………どうする……?)


 早速行き詰まってしまった。


 アイロウとの戦いが始まりの程なくして、早くも打つ手がなくなった。正確に言えば打つ手自体はあるのだが、そこに至るすべが見つからない。これは完全に俺の経験不足からくる選択のとぼしさ。持っている引き出しの数が少なく、つ中身が薄いのだ。


 戦うたびに自分は成長しているのだと実感する。しかしこんな強敵を前にすると自分は如何いかに未熟なのかという事を痛感してしまう。こんな事ならもっとレイシィと模擬戦をやっておけば良かったと後悔したりもするが、しかしラスカにいたあの頃の俺がいくらレイシィと戦った所で、得られる物など少なかっただろう。何故なぜならそもそも実力差が有り過ぎるからだ。レイシィはとにかく凄い、それしか分からなかった。どこがどう凄いのか、凄さの中身が分からないので真似する事すら出来ない。そして強くなったと実感すればする程、魔法というものを深く知れば知る程、ドクトル・レイシィがどれ程の高みにいるのかが少しずつ理解出来る様になってくる。今の俺ではどう足掻あがいても辿り着く事は不可能な、それ程のいただきに彼女は立っているのだ。

 例えば普段何気なにげなく放っていた魔弾まだん一つを取ってもそうだ。必要な分の魔力の取り出し、その魔力の圧縮、そして射出に至るまで、彼女の所作しょさには全くの無駄がないという事が、今になってみると良く分かる。使用される魔力は良く練り込まれた上質の物であり、少ない量でも充分な効果を期待出来る。俺が放つ魔弾まだんよりも数段質が良いと言えるだろう。


 いつの日か、そんな規格外の大魔導師と本気で戦ってみたいと漠然ばくぜんと考えたりするのだが、今の自分の状態ではそれがいつになる事やらまるで見当も付かない。そのくらい彼女との力の差を感じている。


 では目の前のこの男はどうか。悪名高き傭兵団、ジョーカー最強と呼ばれる魔導師、アイロウ。とてつもなく強い、それは間違いない。こちらの攻撃のそのことごとくを完璧に防ぐ。反応が良くシールドの張り方が上手いのだ。前回戦った時、他の者よりも周囲の魔力を感知する能力にけていると、アイロウはそう話していた。大して使える能力ではないと、そうも話していたがとんでもない。この防御の上手さはその能力による所が大きいのだろう。

 しかしそれでもレイシィと比べればやはり下。アイロウとレイシィが戦ったとして、アイロウが勝つイメージなどまるで湧かない。それくらい我が師である狂乱、ドクトル・レイシィは凄まじい。つまりアイロウに勝たずして、レイシィ近付く事など出来やしない。





(えぇい! 待っていてもしょうがない!)


 そう、ただ待っていてもどうしようもない。現時点では明らかに俺の方が格下だ。自分より強い相手に受けに回っていても勝てはしない。こちらからどんどん仕掛けるのだ。頭の中でプランを練る、どう攻撃を組み立てればアイロウに届くのか……


(よし!)


 魔弾を放とうと右手を前に出す。しかし出鼻をくじかれた。右手を前に出した瞬間アイロウが動いた。シュシュシュシュ……と連続で魔弾を繰り出されたのだ。


(クソッ、上手い……)


 アイロウは明らかにこちらの動き出しを狙ってきた。これが経験の差だ。単純で簡単な作業ではあるが、確実に効果はある。こちらの攻め気をぐには有効な牽制けんせいだ。すぐさま分厚いシールドを張りアイロウの攻撃を防ぐ。が、すぐに気が付いた。


(これ…………牽制けんせいじゃない!)


 ババババシバシバシバシとシールドに当たり続ける魔弾。いつも聞く様なパシィという乾いた音ではない。ひどにごった嫌な音、シールドが負けているのだ。スピードが、硬さが、威力が、そのどれもが先程までの魔弾とはまるで違う。突如として牙をいたアイロウの攻撃に、早くもシールドは喰い破られようとしている。


(クソッ!)


 このままここに留まっていたら被弾する、とにかく動かなければ。俺はすぐに走り出す。しかしまるでマシンガンの弾のごとく連射される凶悪な魔弾は、逃げ回る俺を追い掛ける様に次々と襲い掛かる。


(急にギア上げやがって……!)


 俺は少しばかり困惑していた。戦闘は比較的ゆったりと展開されていたのだ、それが急にこの猛攻である。この急激な緩急の付け方は戦い慣れたアイロウのテクニックなのだろう。現に俺はしっかりとそれにまり後手ごてに回っている。


(クソ……どうする……)


 瞬間、思案しあんする。ほんの一瞬。すぐに答えは出た。いや、答えは最初から持っていた。俺は足を止め二重三重にシールドを張るとアイロウの魔弾を真っ向から受け止めた。バシバシと嫌な音を立て魔弾がシールドに当たる。直撃すれば致命傷、身のすくむ様なそんな状況で覚悟を決めた。力や経験の差があるのは分かりきった事。にも関わらず綺麗に戦い、あまつさえそれで勝ちを拾おうなんて虫の良い話だ。俺の勝ちはこういう展開の先にあるはず、いや、こういう展開の先にしかない。身を切り骨を砕き、血に染まり泥にまみれ、つまりガチガチの殴り合いは……


(望む所!!)





 シュン……と飛んでくる一発の魔弾。バババババッと無数に分裂しスピードを上げて迫り来る。


(チッ……何だ急に……開き直ったか?)


 逃げる素振りを見せていた若い魔導師の反撃。元よりこのまま勝てるなどとは考えていなかった。出来るのなら押し切ってやろう、ぐらいは思っていたが。まぁ物事そう上手くは行かないという事か。

 咄嗟とっさにシールドを張ったアイロウだったが、すぐに回避の決断をする。無数の小さな魔弾はその一つ一つが高速で旋回していた。余程よほどしっかりとしたシールドでなければ容易にズタズタにされる。


(相変わらず器用な……どうすればこんな真似が……)


 前回戦った際に実際に試してみて分かったが、魔弾をいくつも分裂させるだけでも一苦労なのだ。更にそれらを制御するなど並の魔導師には出来ない芸当。それを事も無げにやってのけるあの若い魔導師は、やはり強敵なのである。そしてもう一つ身をもって理解した事。あの若い魔導師との戦いは、長引かせればろくな結果にはならないと言う事だ。追い詰めたはずがひっくり返され、目の前で信頼を置いていた腹心ふくしんを失った。筆舌ひつぜつくしがたい屈辱。アイロウが急に攻撃の圧を強めたのにはそんな理由があった。決して勝負を急いだ訳ではない。しかしズルズルと戦っていても良い事にはならない、そんな予感があったからだ。


 シールドを残したまま右へ飛び出す。応戦しようと前を見るとそこにはすでに次の魔弾が迫っており、今まさに分裂する瞬間だった。


「チッ!」


 舌打ちをして更に右へ。しかし予測されていた。移動しようとした先にはすでに無数の小さな魔弾が飛んできている。


(っ! ……野郎!)


 瞬間、アイロウは分厚くシールドを張り無数の小さな魔弾にぶつける。パパパパパ……と魔弾が消し飛ぶ音と共に前へ出るが、目の前には第二波の弾幕。シールドを張りつつ回避すると、当然のごとく第三波。


(ええい! 厄介な!)


 第三波の弾幕を防いだ直後、アイロウは右腰当たりに妙な違和感を感じた。何かが当たった様な、触った様な、そんなかすかな違和感。この違和感には覚えがある。アイロウは前面にシールドを張った。その瞬間、




 パァーーーーン!!




 鳴り響く乾いた轟音と、切り裂く様に走る青白い閃光。


「あまりナメるなよ、それは……前に見た!!」


 雷撃を防ぎ、怒鳴りながら飛び出すアイロウ。魔弾を放ちながらぐんぐん距離をめる。と、再びの違和感。今度は左肩だ。


 パァーーーーン!!


 だがこれも防ぐ。


「だからナメるなと……っ!?」


 アイロウの動きが一瞬止まった。踏み出した右足、その足の裏に魔力を感知したのだ。


(何だ……これは……)


 その瞬間、アイロウの脳裏には様々な事柄が浮かぶ。そして行き着いた思考の先。そこには自身にとって決して楽観視出来ない未来が待っていた。


(こいつ……動きを封じるつもりか!)





 パァーーーーン!! と、三度みたび鳴り響く激しい音。そして四方へ散る様に地面へと走る何本もの閃光。当たったら一溜ひとたりもないだろう、それは間違いない。当たったら、だ。


(クソ……これもかわすかよ……)


 そう、かわされた。正直当たったと思った。しかしアイロウの姿は地面へと走った雷撃の後方にあった。こちらの意図に気付き後方に飛び退けた様だ。何という勘の良さか。


「ふぅ、強い……」


 思わず口からこぼれた。アイロウが仕掛けてきてくれた事で、こちらとしては都合良く立ち回れた。そして上手く下準備が出来たのだが……いくらアイロウの守備が硬いとはいえ、まさかかわされるとは思っていなかった。前回戦った時、雷撃は完璧に防がれた。マーキング用の極小魔弾もアイロウに掛かれば容易に感知されてしまうからだ。つまり、これから雷を放ちますよ、と丁寧に教えてやる様なものだ。えてアイロウに極小魔弾をぶつけて確認してみたが、やはり簡単に気付かれてしまう。

 普通に雷撃を放っても防がれる。ではどうすれば良いのか? 考えたすえに辿り着いたのが、雷撃の無差別射出だ。身体に当てるから気付かれる、ならば当てなければ良い。魔散弾まさんだんを隠れみのにマーキング用の極小魔弾を適当に地面にばらまく。そして極小魔弾と俺との間、その射線上に対象がいるタイミングで雷撃を放てば、わざわざ対象にマーキングせずともおのずと雷撃は当たるはず、そう考えたのだ。そしてその考え方自体は正しかった。並の相手であれば地面へと走る雷に巻き込まれていただろう。しかしただ一つ誤算があった。それはアイロウが地面にばらまいた極小魔弾にも気付いてしまった事だ。


(周囲の魔力を感知する能力にけている……だったっけ。周囲……確かに地面も周囲だな)


 こちらを睨み付けるアイロウの顔には明らかな動揺の色がうかがえる。そんなアイロウの様子を見て確信した。手も足も出ない程の力の差がある訳ではない。立ち回り方次第では充分に戦える。





「チッ……」


 ブロスは苦虫を噛み潰した様に顔をしかめる。周りで見ている仲間達は「おお……」と驚嘆きょうたんの声を上げ、ホルツは相変わらず「すげぇ……何だあれ……」などと呟いている。しかしブロスには苛立ちの感情しか生まれなかった。かつて自身が食らい、そして死にかけた雷撃。あの時の忌々いまいましい記憶がよみがえっていた。


「あのぉ~……」


 不意に背後から声を掛けられた。「あぁん?」とブロスが振り返ると、そこには初老の男の姿。更にその後ろには二十名程の男達が立っていた。


「三番隊のブロス様でしょうか?」


(ぷふ……様て……)


 横にいたライエは思わず吹き出しそうになる。ブロスは顔をしかめたまま答えた。


「そうだけどよ。何だ、あんたら?」


「はい、あの……戦いを見学させてもらおうかと……」


「ああ、商人か何かかよ。あんま近付くんじゃねぇぞ、どうなっても責任取れねぇぜ?」


「はい、それはもう……それであのぉ~、あの人がひょっとして、迅雷じんらい……様ですかねぇ?」


「……あ? 何だそりゃ?」

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