第180話 快感

「何だその……迅雷じんらいっての……」


「おじさん、正解! 彼が迅雷じんらいだよ」


 商人に問い掛けるブロスの言葉をさえぎりライエは声を上げた。


「おお、やはりそうですか。しかし雷とはまた……恐ろしいですなぁ」


「だから何だよ、その迅雷ってよ!」


 話をさえぎられ怒鳴るブロス。ライエは説明を始める。


「コウの事だよ。リザーブルとのいくさね、エイナとベルーナが観戦してたらしいんだ。で、アルマドに戻ったあとベルーナね、真っ直ぐビッグ・キャッスルに行ってそこにいた商人達相手にお酒片手に演説・・してきたんだって。抗争はゼルが勝つ、雷を操る魔導師がいるからだ、あれぞまさに迅雷だ、って」


 ビッグ・キャッスル。アルマドの東地区にある老舗パブだ。アルマドを訪れる多くの商人達は、この店に集い酒を楽しみながら情報交換にいそしむ。まさに商人御用達ごようたしの店である。ちなみにビッグ・キャッスルという店の名には、城を建てられるくらい稼いで稼いで稼ぎまくれ、という元商人だった店主の同胞どうほう達を応援する気持ちが込められている。


「ビッグ・キャッスルに行ったって事はベルーナさん、コウの名を広める気満々だったってこった。随分とコウの事気に入ったみたいだな」


 軽く笑いながら話すホルツ。対して毒を吐くブロス。


「ハッ! くだらねぇ。勝手にあだ名付けられて広められてよ、奴にしてみりゃいい迷惑って話だぜ。しかも雷使うから迅雷って……安直あんちょくすぎんだろ」


「いやいや、いいんじゃねぇかぁ? 迅雷……うん、覚えやすいし言いやすい。俺やライエのなんかよりよっぽどいいぜ。なぁライエ? 大体よぉ、しゅ……」


「バカッおい!」


 ブロスに怒鳴られハッとするホルツ。瞬間ヤバい、という表情を浮かべる。ついうっかり、迂闊うかつにも、禁断の語句を口にしかけてしまった。聞いていたか? 気付いているか? 反応しているのか? 恐る恐るライエに視線を向けるホルツ。ライエはギギ……ギギギギ……とゆっくりホルツの方を向く。




「シュ…………ナニ……?」




 瞬間、空気が凍りつく。「いや……あの……その……」と、目を泳がせながらしどろもどろのホルツ。ブロスは近付き耳打ちする。


(バカ野郎! 何でもいい、誤魔化ごまかせ!)


「あ……あの~……あれだ、あの……ライエみたいな……しゅ、しゅしゅ……しゅごいすごい魔導師……そうそういねぇよなぁ……なんて……な……」


 顔をひきつらせながらホルツは必死で誤魔化ごまかす。そしてしばしの沈黙。「ソウ……」と呟くとライエはすぅ~っと前を向いた。


(あっっっぶねぇぇぇ! ヤバい、今のはヤバかった……!)


(バカ野郎ホルツ! 気ぃ付けろ! いらなく血ぃ見るとこだったじゃねぇかよ!)


 焦りながらも安堵あんどするホルツを叱責しっせきするブロス。しかし空気の読めない男が一人。


「あの、ひょっとして……あの方がライエ様ですか? 罠師で有名な、しゅ……」


「バカッおっさん!」


「ひっ! 何です……?」


 ブロスに怒鳴られ驚く商人。バッとブロスは慌ててライエを見る。と、ライエは再びギギ……ギギギギ……と横を向くと商人に狂気の視線を向ける。




「シュ…………何デスカ……?」




 得体の知れない圧が商人を襲う。「え……あ……いや……」と、恐怖のあまりしどろもどろの商人。ブロスは商人にも耳打ちする。


(バカ野郎おっさん! 誤魔化せ! 何でもいいから誤魔化せ!!)


「は……はひ……あの……その……ライエ様と言えば……その……しゅ、しゅしゅ……しゅごくすごく……しゅ、しゅてきすてきなお方だと……あの……有名ですし……あの…………」


(おお、かぶせてきた……やるなおっさん……)


 感心するホルツをよそに再び場を包む沈黙。「ソウ……」と呟きライエは前を向いた。「は……はぁぁぁ~……」と安堵あんどし力が抜けた商人はもたれ掛かる様にガシッとブロスの腕を掴む。


(な……何ですか……何なんですか、あの人!? めちゃくちゃ怖いんですけど!?)


(ああそうだな、あれはおっかねぇ女だ。たがな、今のはあんたが悪ぃ。いいか、この世にゃ触れちゃいけねぇもんってのがある、言っちゃいけねぇ言葉ってもんがある。あの女の前で狩猟蜘蛛って言葉は絶対のタブーだ、死にたくなけりゃあ口が裂けても言うんじゃねぇ。他の商人共にも言っておけよ)


(うう……やっぱりジョーカーだ……恐ろしい……)


 商人はフラフラと仲間達の下へ歩いて行った。そんな商人の後ろ姿を見ながら、ホルツは腕を組み話し出す。


「しかしまぁ、これでコウの名は広まるぜ? なんせ商人達の情報網に乗っかっちまったからな。いいのかよブロス、押さえとかなくてよ。抗争終わったらあいつ、どっか行っちまうんだろ? この先敵として出くわすなんて事も……あるかも知んねぇぜ?」


「しょうがねぇよ。マスターとも話したがな、あいつの人生にゃ干渉出来ねぇだろ。コウにはコウの進む道がある、俺達が口を挟む筋合いじゃねぇ」


 ………………


(ん?)


 話し終わると妙な間が空いた事に気付いたブロス。「んだぁ? どしたよ?」と、ジトッと自分を見ているライエに問い掛ける。


「何あんた……いつの間に仲良くなったのよ?」


「は? 何言ってんだ?」


「コウって、名前で呼んでんじゃん。ちょっと前までクソ魔ぁ、とか呼んでたのに」


「んな!? いやそれは……」


「おう、それな。俺も引っ掛かった」と、ホルツはニヤッとする。


「何だぁ? ダチにでもなったかぁ?」


「は……はぁ!? 何言ってんだお前ら!? 誰がダチだ!」


「照れる事ないし」


「はぁぁ!? 照れてねーし! バカかライエお前! 本当お前……そういう……バカかお前! おぅ!?」


語彙力ごいりょく死んでるし」


「うっせぇ! うっせぇ! うっせぇ! 黙って見てやがれ!!」






(チッ、また……)


 胸の真ん中辺りに魔力を感知したアイロウ。前面に大きくシールドを張る。しかし……


(……クソッ! 撃ってこないのか!!)


 雷撃は放たれなかった。だが移動しようと足を踏み出すと……


(……! また地面に……しかも複数か!)


 地面にばらまかれている魔力を気付いた。次の瞬間、パァーーーーン! と轟音。アイロウはかろうじて雷撃を防いだ。が、狙ってシールドを張った訳ではない、それは全くの勘だった。


(クソ……まずい状況だ。雷撃は封じた……はずだった。だが奴はそれを逆手に取った。発想力……いや、そこに気付けなかった俺が間抜けなだけか……しかし、どうにかしないと……)






 あの様子では、どうやらこちらの意図に気付いたのだろう。まぁ当然か。こちらを睨むその顔には明らかな焦りの色が見える。しかしそんなアイロウとは対照的に俺は密かにほくそ笑んでいた。


(はは、こりゃ良い!)


 当たれば一撃でその命を奪うであろう雷撃。しかしアイロウには当たらない。雷の道標みちしるべたるマーキング用の極小魔弾まだんの、そのことごとくに気付いてしまうからだ。思い付いた時にはこれだ! と手応えを感じた地面に極小魔弾まだんをばらまく方法も、拍子抜けする程いとも容易たやすく察知された。


 だがそれでも良い。計画通りだ。


 雷撃は撃たなくても良いのだ、撃つと思わせる事が出来ればそれで良い。的をぶつけられたら否応なく対処せざるを得ないだろう。的をばらまかれたらどうしたって動きづらくなるはずだ。食らえば致命傷となる雷撃、警戒せずにはいられない。虚実きょじつ入り交じったこの攻撃は、牽制けんせいにもなりフィニッシュブロウにもなる。更に、ここから打てる手はまさに無限。雷撃に意識を向けさせ魔散弾まさんだんを叩き込む、時間的余裕が生まれれば呪文を詠唱えいしょうし古代魔法だって発動可能……


(フ……フフフ……おっと、いかんいかん……)


 戦いの最中だというのに、気を抜けば自然と笑みが浮かんでしまう。雷撃は撃たなくても良い、そう気付いた時には正直身体が震えた。とてつもなく大きな存在に思えたアイロウが、途端に小さくなり俺の手の上で踊り出した。果たしてその思惑おもわく通りに、まんまと事が運んでいるのだ。


 そして溢れ出る凄まじい快感に酔いしれる。


 はたから見るとこんな規模の小さな戦いでも、それでもこれ程の快感にひたれるのだ。もっと大きな戦いや戦争で味わうそれは、果たしてどれ程のものなのだろうか。世の作戦参謀と呼ばれる者達を包み込む快感とは……

 敵味方、戦場の地形などあらゆる情報を集め、戦争のストーリーをゼロから作り上げるという時間と手間の掛かる大変な作業。しかも下手を打つと大敗、全滅というとんでもない重圧を背負わなければならない。だがそれがガシッとハマッた時の高揚感と恍惚こうこつ感は、きっとも言われぬものなのだろう。戦略中毒者ストラテジーホリックと呼ばれる参謀部マスター、エイナさんの気持ちが少し分かった。


(攻め時だ……一気に押し切る!)


 シュシュシュ……と魔弾を射出、と同時にマーキング用の極小魔弾をそこに混ぜ込む。






 自身を目掛け飛んでくる魔弾はバババっと無数に分裂する。本来なら動き回り迎撃したい所だが、恐らく周囲の地面には仕掛け・・・が施されているだろう。動き回るのは危険だ。ならば取るべき手段は一つしかない。前面に何重にもシールドを張り、亀の様に硬くなってやり過ごす。消極的な策だが今はこれしか打つ手がない。「チッ……」と小さく舌打ちをすると、アイロウは屈辱のシールドを張る。パパパパパ……と魔弾がシールドに当たる音を聞きながらアイロウは考えていた。


(クソ……しかし大したものだ……俺より明らかに若い。経験も少ない、それは見ていれば分かる。にも関わらずこの強さは何だ? そして俺は……一体何をしている? 身を守るしかないなどと……)


 そこでアイロウはハッとした。


 あの魔導師は強い、そう認識していたはずだ。決して気を抜いて良い相手ではない、それも理解していたはずだ。だがどこかで自分の方が上だと、改めて力を測ってやろうなどと、愚かにも勘違いをして上から見ていた事に気が付いたのだ。


(ジョーカー最強などと呼ばれるようになり慢心したか……お前ごときが……何を偉そうに……!)


 徐々に沸き上がる怒り。それは自分自身に向けてのもの。怠慢への失望、後悔と反省。


(身を守るしかないだと? 考える事を放棄してどうする! 頭を使え、振り絞れ! あの魔導師の、思考の……予測の……)


 怒りと共に、アイロウの目に光が戻る。


(先を行く……!!)






(何だ……?)


 静か過ぎる。


 何の抵抗もない。


 アイロウは次々と新しいシールドを張りながら、ただひたすらにこちらの攻撃を受けている。何故なぜだ? 違和感しか感じない。こちらのプランがハマッたのなら上々。もはや打つ手がないと言うのならそれで良いのだが……本当にそうなのか? などと考えていたら、それは突然起きた。


「ふぅぅっ!!」


 強く息を吐き出す様に声を上げたアイロウ。同時にその身体からバァァァッ……と何かが放出された。それは最初、アイロウの全身をすっぽりと包み込むまくの様な物だった。しかしそれを認識した瞬間に、そのまくの様な物はまるで風船が膨らむがごとく一気に巨大化。アイロウの身体を中心にその周囲五、六メートル程の範囲に広がったのだ。一瞬、何が起きたのか分からなかった。しかしその結果、何がどうなったのかはすぐに理解出来た。アイロウの周囲にばらまいていた雷撃マーキング用の極小魔弾、その魔力反応が消えた。


(なん……だ…………? マーキングを消された……魔力? 魔力を放出した? 違う。あれは魔力ってより……シールド……シールドを身体の周りに? しかも全周囲に張って…………広げたのか!?)


 大量の魔力を瞬時に取り出し圧縮、シールドを形成して身体をすっぽりと包み込む。それだけでも相当な高等技術だ。それを更に押し広げるなど……例えば一方向に展開したシールドを操作するのなら容易たやすい事だ。しかしそれが全方向となると難度が格段に上がる。意識を全身とその周囲全てに向けるなど……そんな事が……


(いや……違う! そこを否定してどうする! アイロウは実際やって見せた……それが全て…………なっ!?)


 そんなに長い時間ではなかったはずだ。あるいはほんの一瞬だったのかも知れない。しかし確実に俺はほうけていた。目の前で起きたそれが信じられなかったのだ。そしてその様子が余程よほど無防備に見えたのだろう。アイロウはすかさず魔弾を連射してきた。今度はこちらの番だと言わんばかりに。


(何を俺はボケッと……戦闘中だぞ!)


 咄嗟とっさにシールドを張り魔弾を防ぐ。そのまま移動しようと右へ一歩踏み出すと、ボウン! とその先の地面が火を噴いた。


(クッ……)


 反射的に身体を左へ向けると左側の地面もまた燃え上がる。そして左右の炎は後方まで回り込む。俺をその場に釘付けにしようというアイロウの意図が明確に見て取れた。


(何を狙ってる……?)


 バシバシと途切れる事なくシールドに当たり続ける魔弾。が、特段変わった所は見受けられない。あるとしたら、先程にも増して凶悪な威力である事か。しかしこの程度ならシールドを次々と張り続ける事で対処出来る。そしてそれはアイロウとしても当然折り込み済みだろう。では一体何をしようとしているのか?


(…………ん?)


 それはかすかな異変だった。シールドに当たる魔弾の音が違って聞こえたのだ。気のせいかとも思えるが……などと考えていたら、その音はどんどんはっきりとしてゆく。バシバシと鳴っていたその音は、徐々にビシビシという音に変化してゆく。


(……何だ、この音?)


 こんな音は今まで聞いた事がない。アイロウは一体何をしようと言うのか、嫌な感じがする。念の為もう一枚シールドを追加で張ろうとしたその時、我が目を疑う事態が起きた。



 ピシッ!



 とりわけ高い音がした直後、ヒュウッ、と音を立て身体の右側を何かが孟スピードで通り抜けて行った。


 それは魔弾だった。シールドが裂けたのだ。


(なっ!?)


 慌てて両腕で顔と頭を守る。その腕の隙間から見えたのは、ピシッピシッピシピシピシッという不気味な音と共に無惨にもズタズタに切り裂かれるシールドと、その亀裂から次々と飛び込んでくるいくつもの魔弾だった。ザクザクザクッと魔弾は俺の身体を刻む。


「っぐうぅぅぅっ!!」


 思わず声が出た。腕や太腿、腰辺りに激痛が走る。当たった、ではない。切られた。魔弾は薄く平べったく、そして回転していた。まるで丸ノコの刃だ。魔弾を薄く変形、回転させて、シールドを破壊するというよりまさに切り裂いたのだ。いずれの魔弾も身体の中心から外れていたのは運が良かった。当たり所が悪ければきっと腕ごと身体を真っ二つにされていただろう。


(シ、シールドを……)


 とにかくシールドを張り直そう。なかばパニック状態の頭ではそれしか思い浮かばない。と、気付けば眼前に迫る人影。剣を抜いたアイロウが間合いを詰めていた。


(!?)


 振り上げた剣を斜めに斬り下ろすアイロウ。俺は魔喰まくいを抜くとアイロウの剣にぶつける様に下から斬り上げる。が……


 ガギィィィン!


「がっ……! ぐぅぅ……」


 剣がぶつかった瞬間の、ビリビリとしびれる様に腕に伝わるその振動と共に、右脇腹に激しい痛みが走った。アイロウの魔弾に削られた箇所だ。弱々しくも、それでも斬り上げた魔喰まくいで何とかアイロウの剣筋をずらし直撃はまぬがれた。しかし直後、返す刀でアイロウの二撃目。突きだ。


(チィッ……!)


 俺は魔喰いを振り下ろしアイロウの剣を下へ弾こうとする。しかしズキンと痛む右脇腹がその反応を遅らせた。


(やば…………)


 胸の真ん中に向け真っ直ぐに飛んでくる剣の切っ先。全くの無意識ではあったが、反射的に僅かに上体を左へらしたお陰で、アイロウの剣が胸に突き刺さる事はなかった。


 が、代わりに左肩を貫いた。


「グッ!?」


 ザクッ、というよりガツッ、という方が擬音としては適切か。そんな激しい衝撃。アイロウに突かれた勢いで俺はそのまま後ろへ倒れた。しかしアイロウは手を緩めず、倒れた俺の肩にねじる様に深く剣を突き刺す。


「ッガアァァァァ!!」


 激痛に叫び顔を歪める俺とは対照的に、俺の身体をまたぎ剣を突き刺したまま見下ろすアイロウの顔には、不気味とも思える笑みがうっすらと浮かんでいた。さっきまでは俺も、きっとこんな顔で笑っていたのだろう。


 それは愉悦ゆえつひたる表情。


 自分の考え通りに事が運び、策がハマり、相手が事態にきゅうする様を眺め、沸き上がる快感を堪能している、そんな顔だった。

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