第180話 快感
「何だその……
「おじさん、正解! 彼が
商人に問い掛けるブロスの言葉を
「おお、やはりそうですか。しかし雷とはまた……恐ろしいですなぁ」
「だから何だよ、その迅雷ってよ!」
話を
「コウの事だよ。リザーブルとの
ビッグ・キャッスル。アルマドの東地区にある老舗パブだ。アルマドを訪れる多くの商人達は、この店に集い酒を楽しみながら情報交換に
「ビッグ・キャッスルに行ったって事はベルーナさん、コウの名を広める気満々だったってこった。随分とコウの事気に入ったみたいだな」
軽く笑いながら話すホルツ。対して毒を吐くブロス。
「ハッ! くだらねぇ。勝手にあだ名付けられて広められてよ、奴にしてみりゃいい迷惑って話だぜ。しかも雷使うから迅雷って……
「いやいや、いいんじゃねぇかぁ? 迅雷……うん、覚えやすいし言いやすい。俺やライエのなんかよりよっぽどいいぜ。なぁライエ? 大体よぉ、
「バカッおい!」
ブロスに怒鳴られハッとするホルツ。瞬間ヤバい、という表情を浮かべる。ついうっかり、
「シュ…………
瞬間、空気が凍りつく。「いや……あの……その……」と、目を泳がせながらしどろもどろのホルツ。ブロスは近付き耳打ちする。
(バカ野郎! 何でもいい、
「あ……あの~……あれだ、あの……ライエみたいな……しゅ、しゅしゅ……
顔をひきつらせながらホルツは必死で
(あっっっぶねぇぇぇ! ヤバい、今のはヤバかった……!)
(バカ野郎ホルツ! 気ぃ付けろ! いらなく血ぃ見るとこだったじゃねぇかよ!)
焦りながらも
「あの、ひょっとして……あの方がライエ様ですか? 罠師で有名な、
「バカッおっさん!」
「ひっ! 何です……?」
ブロスに怒鳴られ驚く商人。バッとブロスは慌ててライエを見る。と、ライエは再びギギ……ギギギギ……と横を向くと商人に狂気の視線を向ける。
「シュ…………何デスカ……?」
得体の知れない圧が商人を襲う。「え……あ……いや……」と、恐怖のあまりしどろもどろの商人。ブロスは商人にも耳打ちする。
(バカ野郎おっさん! 誤魔化せ! 何でもいいから誤魔化せ!!)
「は……はひ……あの……その……ライエ様と言えば……その……しゅ、しゅしゅ……
(おお、かぶせてきた……やるなおっさん……)
感心するホルツをよそに再び場を包む沈黙。「ソウ……」と呟きライエは前を向いた。「は……はぁぁぁ~……」と
(な……何ですか……何なんですか、あの人!? めちゃくちゃ怖いんですけど!?)
(ああそうだな、あれはおっかねぇ女だ。たがな、今のはあんたが悪ぃ。いいか、この世にゃ触れちゃいけねぇもんってのがある、言っちゃいけねぇ言葉ってもんがある。あの女の前で狩猟蜘蛛って言葉は絶対のタブーだ、死にたくなけりゃあ口が裂けても言うんじゃねぇ。他の商人共にも言っておけよ)
(うう……やっぱりジョーカーだ……恐ろしい……)
商人はフラフラと仲間達の下へ歩いて行った。そんな商人の後ろ姿を見ながら、ホルツは腕を組み話し出す。
「しかしまぁ、これでコウの名は広まるぜ? なんせ商人達の情報網に乗っかっちまったからな。いいのかよブロス、押さえとかなくてよ。抗争終わったらあいつ、どっか行っちまうんだろ? この先敵として出くわすなんて事も……あるかも知んねぇぜ?」
「しょうがねぇよ。マスターとも話したがな、あいつの人生にゃ干渉出来ねぇだろ。コウにはコウの進む道がある、俺達が口を挟む筋合いじゃねぇ」
………………
(ん?)
話し終わると妙な間が空いた事に気付いたブロス。「んだぁ? どしたよ?」と、ジトッと自分を見ているライエに問い掛ける。
「何あんた……いつの間に仲良くなったのよ?」
「は? 何言ってんだ?」
「コウって、名前で呼んでんじゃん。ちょっと前までクソ魔ぁ、とか呼んでたのに」
「んな!? いやそれは……」
「おう、それな。俺も引っ掛かった」と、ホルツはニヤッとする。
「何だぁ? ダチにでもなったかぁ?」
「は……はぁ!? 何言ってんだお前ら!? 誰がダチだ!」
「照れる事ないし」
「はぁぁ!? 照れてねーし! バカかライエお前! 本当お前……そういう……バカかお前! おぅ!?」
「
「うっせぇ! うっせぇ! うっせぇ! 黙って見てやがれ!!」
(チッ、また……)
胸の真ん中辺りに魔力を感知したアイロウ。前面に大きくシールドを張る。しかし……
(……クソッ! 撃ってこないのか!!)
雷撃は放たれなかった。だが移動しようと足を踏み出すと……
(……! また地面に……しかも複数か!)
地面にばらまかれている魔力を気付いた。次の瞬間、パァーーーーン! と轟音。アイロウは
(クソ……まずい状況だ。雷撃は封じた……はずだった。だが奴はそれを逆手に取った。発想力……いや、そこに気付けなかった俺が間抜けなだけか……しかし、どうにかしないと……)
あの様子では、どうやらこちらの意図に気付いたのだろう。まぁ当然か。こちらを睨むその顔には明らかな焦りの色が見える。しかしそんなアイロウとは対照的に俺は密かにほくそ笑んでいた。
(はは、こりゃ良い!)
当たれば一撃でその命を奪うであろう雷撃。しかしアイロウには当たらない。雷の
だがそれでも良い。計画通りだ。
雷撃は撃たなくても良いのだ、撃つと思わせる事が出来ればそれで良い。的をぶつけられたら否応なく対処せざるを得ないだろう。的をばらまかれたらどうしたって動き
(フ……フフフ……おっと、いかんいかん……)
戦いの最中だというのに、気を抜けば自然と笑みが浮かんでしまう。雷撃は撃たなくても良い、そう気付いた時には正直身体が震えた。とてつもなく大きな存在に思えたアイロウが、途端に小さくなり俺の手の上で踊り出した。果たしてその
そして溢れ出る凄まじい快感に酔いしれる。
敵味方、戦場の地形などあらゆる情報を集め、戦争のストーリーをゼロから作り上げるという時間と手間の掛かる大変な作業。しかも下手を打つと大敗、全滅というとんでもない重圧を背負わなければならない。だがそれがガシッとハマッた時の高揚感と
(攻め時だ……一気に押し切る!)
シュシュシュ……と魔弾を射出、と同時にマーキング用の極小魔弾をそこに混ぜ込む。
自身を目掛け飛んでくる魔弾はバババっと無数に分裂する。本来なら動き回り迎撃したい所だが、恐らく周囲の地面には
(クソ……しかし大したものだ……俺より明らかに若い。経験も少ない、それは見ていれば分かる。にも関わらずこの強さは何だ? そして俺は……一体何をしている? 身を守るしかないなどと……)
そこでアイロウはハッとした。
あの魔導師は強い、そう認識していたはずだ。決して気を抜いて良い相手ではない、それも理解していたはずだ。だがどこかで自分の方が上だと、改めて力を測ってやろうなどと、愚かにも勘違いをして上から見ていた事に気が付いたのだ。
(ジョーカー最強などと呼ばれるようになり慢心したか……お前
徐々に沸き上がる怒り。それは自分自身に向けてのもの。怠慢への失望、後悔と反省。
(身を守るしかないだと? 考える事を放棄してどうする! 頭を使え、振り絞れ! あの魔導師の、思考の……予測の……)
怒りと共に、アイロウの目に光が戻る。
(先を行く……!!)
(何だ……?)
静か過ぎる。
何の抵抗もない。
アイロウは次々と新しいシールドを張りながら、ただひたすらにこちらの攻撃を受けている。
「ふぅぅっ!!」
強く息を吐き出す様に声を上げたアイロウ。同時にその身体からバァァァッ……と何かが放出された。それは最初、アイロウの全身をすっぽりと包み込む
(なん……だ…………? マーキングを消された……魔力? 魔力を放出した? 違う。あれは魔力ってより……シールド……シールドを身体の周りに? しかも全周囲に張って…………広げたのか!?)
大量の魔力を瞬時に取り出し圧縮、シールドを形成して身体をすっぽりと包み込む。それだけでも相当な高等技術だ。それを更に押し広げるなど……例えば一方向に展開したシールドを操作するのなら
(いや……違う! そこを否定してどうする! アイロウは実際やって見せた……それが全て…………なっ!?)
そんなに長い時間ではなかったはずだ。
(何を俺はボケッと……戦闘中だぞ!)
(クッ……)
反射的に身体を左へ向けると左側の地面もまた燃え上がる。そして左右の炎は後方まで回り込む。俺をその場に釘付けにしようというアイロウの意図が明確に見て取れた。
(何を狙ってる……?)
バシバシと途切れる事なくシールドに当たり続ける魔弾。が、特段変わった所は見受けられない。あるとしたら、先程にも増して凶悪な威力である事か。しかしこの程度ならシールドを次々と張り続ける事で対処出来る。そしてそれはアイロウとしても当然折り込み済みだろう。では一体何をしようとしているのか?
(…………ん?)
それは
(……何だ、この音?)
こんな音は今まで聞いた事がない。アイロウは一体何をしようと言うのか、嫌な感じがする。念の為もう一枚シールドを追加で張ろうとしたその時、我が目を疑う事態が起きた。
ピシッ!
とりわけ高い音がした直後、ヒュウッ、と音を立て身体の右側を何かが孟スピードで通り抜けて行った。
それは魔弾だった。シールドが裂けたのだ。
(なっ!?)
慌てて両腕で顔と頭を守る。その腕の隙間から見えたのは、ピシッピシッピシピシピシッという不気味な音と共に無惨にもズタズタに切り裂かれるシールドと、その亀裂から次々と飛び込んでくるいくつもの魔弾だった。ザクザクザクッと魔弾は俺の身体を刻む。
「っぐうぅぅぅっ!!」
思わず声が出た。腕や太腿、腰辺りに激痛が走る。当たった、ではない。切られた。魔弾は薄く平べったく、そして回転していた。まるで丸ノコの刃だ。魔弾を薄く変形、回転させて、シールドを破壊するというよりまさに切り裂いたのだ。いずれの魔弾も身体の中心から外れていたのは運が良かった。当たり所が悪ければきっと腕ごと身体を真っ二つにされていただろう。
(シ、シールドを……)
とにかくシールドを張り直そう。
(!?)
振り上げた剣を斜めに斬り下ろすアイロウ。俺は
ガギィィィン!
「がっ……! ぐぅぅ……」
剣がぶつかった瞬間の、ビリビリと
(チィッ……!)
俺は魔喰いを振り下ろしアイロウの剣を下へ弾こうとする。しかしズキンと痛む右脇腹がその反応を遅らせた。
(やば…………)
胸の真ん中に向け真っ直ぐに飛んでくる剣の切っ先。全くの無意識ではあったが、反射的に僅かに上体を左へ
が、代わりに左肩を貫いた。
「グッ!?」
ザクッ、というよりガツッ、という方が擬音としては適切か。そんな激しい衝撃。アイロウに突かれた勢いで俺はそのまま後ろへ倒れた。しかしアイロウは手を緩めず、倒れた俺の肩に
「ッガアァァァァ!!」
激痛に叫び顔を歪める俺とは対照的に、俺の身体を
それは
自分の考え通りに事が運び、策がハマり、相手が事態に
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