第4話 異世界

 ここに住む? このまま?


 突如レイシィから驚きの提案が飛び出した。こことは、勿論ここ、レイシィの家だ。この家にこのまま住めば言うというのだ。


「部屋は空いている。昨日泊まった客間を君の部屋にすればいい。必要な物は街でそろえて……あ、家事は分担だぞ。それと……」


「いやいや、ちょっと待ってください!」


 どんどん話を進めて行くレイシィ。俺はさすがに一旦その話を止める。するとレイシィはハッ、と何かに気付いたようで、


「あ、すまん……嫌……だったか?」


 と、申し訳なさそうに一言。


「いえ、そういう訳では……すごくありがたい話です、大体行く当てなんてどこにもありませんし……けど、どうして昨日会ったばかりの人間に……」


 するとレイシィは急に真面目な表情になり話し出す。


「私は希望的観測で物事を話すのは好きではない。なのでまぁ……はっきり言うと、君を元いた世界に帰せるかどうかなど正直分からないんだ。ただ、事実あのオークは二つの世界を行き来した。だから不可能ではないのだろう。だが絶対に帰れる、とまではとても言えない。

 どこの誰があんなものを作ったのか、調べるにしても時間がかかるだろう。なにしろ手がかりはあのランタンと魔法石だけだ。魔法石はかなり特殊な物だからそこから探れば、とは思うが……どうだろう? 他の手がかりは燃やしてしまったしな」


 あ……


「朝、買い出しに行く途中に昨日のオークを調べてきた。だが手がかりはなにもなかったよ。あまり悲観的なことばかり話すつもりはないんだが……

 もちろん、私の過去の研究が絡んでいるかも知れない以上、全力で当たるつもりだ。だがそれでも一体いつになるのか……君が生きている間には間に合わない可能性だってある」


 またしても、現実という冷たい刃は容赦なく心をえぐる。


 俺はどちらかというと楽天家だ。今回のこともどこかで、きっと何とかなる、と思っていた所がある。でも彼女の言う通りだ。帰れるかどうかなんて分からない。仮に帰れるにしても、今すぐ帰れるなんて都合のいい話、どこにもないのだ。可能性があるとすれば……


「あの魔法石、使うことは出来ないんですか?」


 そう、魔法石だ。オークはその石を使い、俺を巻き込みこの世界へ飛んできた。方法があるとすれば、それしかない。


「そうだな。確かにあの魔法石を起動させる事が出来ればあるいは……だが起動出来たとして、問題は空間の指定方法だ。これが分からなければ使うことは出来ない。どこに飛ぶか分からないからな。一発勝負でそんな危険な賭けを打てるか?」


「…………」


 何も答えられなかった。


「冷たい言い方に聞こえるかも知れないが、帰れるかどうか分からない以上、君はこの世界で生きていかなければならない。しかしそれには、君はこの世界の事を知らなすぎるだろう。だからウチに住めばいい。この世界で生きる為に必要な事、生きる術を私が教える。どうだ?」


「本当に……いいんですか?」


「昨日言っただろ? 遠慮はいらない」


「……では、あの……よろしくお願いします!」


 俺は深々と頭を下げた。


「ああ、よろしくな」


 レイシィはニコッ、と微笑む。しかしすぐにその微笑みはイタズラっぽい笑顔に変わる。


「ま、それはそれとして、だ。教えてくれないか、君の世界のことを。どんな人がいて、どんな物があって、どんな国が? 魔法はないんだったな、ではどうやって生活している? 灯りは? まさかろうそくで……なんてことはないだろ? オークもいないって言っていたな、では何がいるんだ? 君が昨日の言っていた、ばいと? だったか? それは何だ? それから……」


 ……俺をここに置いておきたい理由って、単に興味ってだけじゃ……


「や……ち、違うぞ、何をするにしても色々知っておく必要があるだろ? お互いの文化とか、生活様式とか、そういうのが分からなければなんかこう……まずいだろ?」


 俺の疑惑の視線に気付いた彼女は、取りつくろうように話した。いや、言い訳した。


 まぁ、いいけど……





 レイシィはあちこちを転々としたのち、この国に流れ着いたそうだ。そして宮廷魔導師として王に仕えていたという。宮廷魔導師というのがいまいちよく分からないが、王に仕えるってことは公務員みたいなもんか?

 三年前、宮廷魔導師を辞めてからはこの家にこもって魔法研究三昧の日々だそうだ。


 そしてその魔法。この世界のありとあらゆるものに魔法が関係している。


 まずは昨日レイシィがオークを倒した時のような、攻撃と自衛の手段。当然それは戦争にも活用されており、大抵どの国にも魔法を駆使して戦う軍人たち、魔導兵団なるものが存在するそうだ。

 そして魔法は日常生活にも深く関わっている。火を起こす、灯りを点ける、食物を冷して保存する、等々などなど。なのでこの世界には、ライトや冷蔵庫といった家電製品はない。と言うより、科学技術が発展していないようだ。魔法や魔法石でそれらの事をまかなえるため、科学に頼る必要がないのだろう。ちなみに今こうしてレイシィと会話出来ているのも、翻訳魔法と呼ばれる魔法のおかげだ。どういう原理かは知らないが、この魔法を使うと違う言語同士で話しても意思疎通が出来るようになる。


 本当にどんな原理だ? なんか気持ち悪いわ。


 あと、なぜ〈魔導師〉なのか? 魔法を使うならば〈魔法使い〉でいいのではないか?

 こんな、言ってしまえばどうでもいい疑問にも、レイシィは丁寧に答えてくれた。魔法は扱い方を間違えると、大変な事故に繋がってしまう本来危険なものだ。故に正しく扱わなければいけない。〈魔法を正しく使う〉という事は〈魔法の効果を正しい方へ導く〉という事。〈魔法を正しく導く人〉で〈魔導師〉なんだそうだ。


 へぇ~。


 他にもこの世界の事、この国の事、俺の事、俺の世界の事、日本の事等々などなど、実に様々な事を時間を忘れ話し合った。



 ◇◇◇



「あぁ、もう日が暮れるか。楽しい時間というのは過ぎるのが早いな。」


 そうですか、えらい疲れましたが。


「あ、すまない、昼食を食べるのを忘れていたな……」


 そうですね、えらい腹減りました。


「よし、夕食は街に食べに行こう。ついでに君の着替えなども買って、あぁ、風呂にも入らないとな」





 こうして俺の異世界生活が始まった。


 異世界生活って……


 こちとらスライムでもなけりゃ、死に戻りもしませんけど!?


 いや、それは死ななきゃ分からんか……

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