第32話 悪名高き傭兵団

「荷台、狭くてすみません、大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫……ですよ」


 そう言いながら、荷物の隙間に身体をねじ込む。


「じゃあコウさん、出発しましょう」


 昨日、偶然出会ったユージスの荷馬車に乗り、ヒルマスの王都フェルクリスを出発する。


 ユージス・ロイ。

 大陸中央にあるミラネル王国出身で、その王都ミラネリッテに自身の商会〈ロイ商会〉を立ち上げた青年実業家。社長ではなく、こっちでは会頭かいとうと言うらしい。しかし、まだまだ小さな商会で、会頭自らあちこち商売に出掛けなければならないそうだ。


「ユージスさん、積み荷って何ですか?」


「今回は魔石がメインなんですよ。原石がそこの木箱に入ってますよ」


 目の前には大きな木箱が二つ。


「中、見ても?」


「どうぞ」


 木箱の蓋を開けると、いくつもの麻袋の中にびっしりと魔石の原石が詰まっていた。削って形を整え術式を施すと、各種魔法石として使用できる。


 あ……


「これ、大丈夫なやつですよね? 魔力干渉とか……」


「はい、大丈夫なやつですよ。魔力干渉を受けるくらい高濃度の魔力を帯びた魔石は、大抵地中深くに眠ってるんです。これらは地中の浅い箇所だったり、山肌にある魔石鉱山で採掘されたものですから、心配ありませんよ」


 そうか、良かった。あのオークみたいになったら、シャレにならないからな。


「今、中央では魔石が不足気味でして、このくらいの量でもかなりの取引になるんですよ」


「不足気味、ですか。どこにでもありそうですけど?」


「ははは、それは東側だからですよ。魔石は大陸東側では豊富に採れるんです。でも中央は鉱山も少ないし、さらに採掘量も微々たるもので……中央で流通してる魔石のほとんどは、昔から東側との交易でまかなっていたんです。

 けど、主要交易ルートだった南方で戦争が始まっちゃいまして、そのルートが使えなくなっちゃったんですよ。だから中央の国々の商人達は、新たなルートの開拓に躍起やっきになってるんです。

 うちは今まで、魔石を扱ったことがなかったんですが、これはチャンスかなと思いまして」


 へ~、知らなかった。


「でも需要が多い物ほど、輸送は危険です。この辺はまだ大丈夫ですが、中央に近付くほど危険度が増します。護衛なしで魔石を運んでる商人なんて、賊からしたら格好の的でしょうからね。大きな商会は自前の警備団なんかを持ってますけど、うちはまだまだ……」


 なるほどね。


「他の積み荷は?」


「他には鉱石が何種類か、あと油ですね。健康にいいとかで、中央のご婦人達に人気なんですよ。石と油はミラネルまで持って行きます。あとは……皮と薬草、香辛料に織物とか。これらは途中の街で売って、他の物を仕入れます」


「ん、了解です。しっかり守りますよ」


「ははは、お願いしますよ」



 ◇◇◇



「あ……」


 と言ってユージスは荷馬車の足を緩める。フェルクリスを出発して七日、ここはエイレイ王国西の国境付近だ。


「どうしました?」


 少し緊張気味にユージスに聞く。まさか……賊か?


「いえ、あれです……」


 と言ってユージスは前方を指差す。ユージスが指差す方を見ると、五十メートルほど前方に北から南に向かい移動する集団が見えた。賊……ではないな、エイレイの軍か? でも、それにしては装備がバラバラだ。


「あれは?」


 と聞く俺に、眉をひそめてユージスは答えた。


「ジョーカーです。悪名高き傭兵団、ジョーカー……とうとう東側まで出てきたのか……」


 ジョーカー? 初めて聞いたが……にしても、悪名って……


「有名なんですか?」


「はい。中央では知らない者はいません。戦場でジョーカーと鉢合わせたら、何をおいてもすぐ逃げろって言われてます。そのくらい強い。でもそれ以上に、何をするか分からない連中なので、そっちの方で恐れられてるんです。目的を達成させるためなら、手段を選ばない。めちゃくちゃなんですよ、連中。口にするのもおぞましい事件を、いくつも起こしてるんです」


「そんなに……ひどいんですか?」


「ええ。昔はこうじゃなかったんですよ。あ、ほら、あの金髪の男、あれが現団長のエクスウェルです。彼が団長に就いてから、おかしくなってしまったんです」


 エクスウェル……遠目だから良く分からないが、何と言うか、集団の中にいても目立ってる感じがするな。華がある、と言うか……


「十年ぐらい前は、人気があったんですよ。傭兵団って言うと、あんまり良い印象がないでしょう? でも当時のジョーカーは戦場でも正々堂々、国を攻めるより国を守る依頼の方を多く受けていて、子供達も目を輝かせてジョーカーの武勇伝を聞いていたんです。ちょうど、ドクトル・レイシィがいた頃ですね」



 …………は?



「ん? どうしました、コウさん?」


「いや……あの、ドクトル・レイシィって……」


「はい、ドクトル・レイシィ……知りませんか? 狂乱って言われていた大魔導師です」


 ……めちゃくちゃ知ってます……


「……ドクトル・レイシィが、あの……ジョーカーにいたんですか?」


「ええ。何でも、知り合いがジョーカーにいたとかで、短い期間ですがジョーカーに在籍していたんです。当時、ジョーカーは内部に色々な問題があったそうで、それを片っ端から解決させて、その後訪れるジョーカー黄金期の礎を築いたんですよ」


 身振り手振りで、熱っぽくジョーカーとレイシィを語るユージス。


「……ユージスさんも、ジョーカーに憧れてたクチなんですね」


「え? あ、いや……だって本当にカッコ良かったんですよ、当時のジョーカーは!」


 しかしお師匠、ホントにいろんなことやってたんだな……傭兵って……



 ◇◇◇



「あ、コウさん! 見えてきましたよ、ミラネリッテ!」


 ユージスとフェルクリスを出発しておよそ一ヶ月、とうとうユージスの目的地であるミラネル王国の王都、ミラネリッテに到着だ。

 そして、それは同時に、俺の荷馬車生活の終了でもある。狭かったスペースをじわじわと広げ、あまりの座り心地の悪さに、途中の街で敷物を買い、少しずつ改良されていったこの場所に座るのも、あと少しだ。

 予定より時間がかかったが、行く先々の街でうまいものを食べ、ユージスの取引を見学し、何より話し相手がいるっていうのが本当に良かった。一人旅だったら、こんなに楽しくなかっただろう。


「賊に襲われることもなく、安全な旅で良かったですよ。コウさんに同行してもらえたおかげで、護衛料も浮きましたしね」


 そうなのだ。中央に近付くほど危険、とユージスが言っていたが、結局賊に襲われることはなかった。もちろん、良かったのだ。でも、何だか申し訳ない感じもする。何も働かず、ただ・・でここまで運んでもらった訳だし……


 荷馬車はゆっくりと街の中に入る。活気があって賑やかな街。人、多いな。大都市なんだな。

 荷馬車はゆっくりと街の中央に向かう。人はどんどん増えていく。これ、馬車通れるの?

 荷馬車はとうとう人混みに飲まれて止まってしまった。いや、人、多すぎでしょ!


「ユージスさん、今日祭りでもあるの?」


「いえいえ、これが普通ですよ、いつもの光景です」


 これが普通!? どんだけ人口多いんだ?


「初めて見たらビックリしますよね、でもこれ、いつも通りですよ。この街は交易と交通の要衝なんですよ。東西南北、どこに行くにも都合が良い。なので、物も人も集まる。旅人も多いけど、何より商人が多い。皆この街で仕入れをして、各地に商売しに行くんです。この街は商人と共に発展した、商人の街なんです」


 へぇ~……にしたって、こんなに人、集まるかね?


 荷馬車はようやく人混みを抜け動き出す。



◇◇◇



「あぁ~、やっと着いた。コウさん、ここが私の商会です」


 荷馬車が止まったのは倉庫街、その中の小さな倉庫の前だ。入り口の小さな看板に〈ロウ商会〉と書いてある。ユージスは倉庫の扉を開け、荷馬車を倉庫の中に移動させる。すると奥の部屋から、一人の若い女性が出てきた。


「会頭、お帰りなさい」


「ただいま、リアン」


 リアンと呼ばれた女性は俺に気付き、ユージスを見る。


「会頭、こちらの方は?」


「こちらはコウさん、フェルクリスから護衛を引き受けてもらったんです。しかも、無償で」


「まあ、そうだったんですか。ありがとうございます、コウさん。私は雑務をこなしています、リアンと申します」


「初めまして、コウです」


「コウさんのおかげで、道中楽しかったですよ」


「それは良かったですね……実は会頭、今月もまた二つほど……」


「またですか! ……段々あからさまになってきましたね……」


 何やら深刻そうな話をしている。聞いて良いんだろうか?


「あの、何かあったんですか?」


 聞いちゃった……


 ユージスは曇った顔で話し出す。


「実はこの半年ほど、取引先が次々と、うちとの取引を断ってきてるんです」


「どうして……?」


「嫌がらせです!」


 リアンが声を上げる。


「嫌がらせってのは、穏やかじゃないなぁ」


 不意に、後ろから声がした。振り返ると倉庫の入り口に、十人ほどの男達が立っている。


「何ですか、あなた達は……?」


 ユージスは冷静に男達に聞く。


「ど~も、ジョーカーですっ」


 ジョーカー!?

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