2章 イゼロン騒乱編

第31話 ため息の男

「え~と、着替えと日用品、灯り用の魔法石に……」


 ラスカ、レイシィの家。俺は今、絶賛荷造り中だ。なぜか?


 つい先週、レイシィが残していった課題を全てクリアしたからだ。


 最低限覚えておくべき魔法、より繊細な魔力の操作方法、設置型魔法の取り扱い等々……レイシィが城に戻ってから一年ちょっと、彼女が用意してくれた様々な課題を、ようやく全て終わらせたのだ。

 そしてレイシィの手紙の一番最後には「全て終わったらここに行け」と、とある場所が記されていた。


 エリテマしん教の中心、エス・エリテ。


 破壊と再生を司る女神、エリテマを信じ、この世界で最も多い信者数を誇るエリテマ教。一千年前の巨大地震で滅びかけたこの世界、その地震こそ〈破壊〉であり、その後はエリテマが世界を〈再生〉する、と信じられ広まった一神教だ。今に至るまでの間に様々な教派に分かれたが、その中でもエリテマ真教は最大の教派であり、自分達が信じるものこそ、その本流である、という意味で〈真〉の文字が入る。

 そのエリテマ真教の、まさに総本山であるエス・エリテ。エリテマの名の一部をかんしたこの場所には、エリテマをまつる神殿、修道士たちが生活する修道院があり、大陸のほぼ中央、一番高いと言われている山、イゼロン山の中腹にある。

 イゼロン山は、エリテマが地上に降りる際の目印にした山と言われており、エリテマ真教にとってはまさに聖地である。イゼロン山のふもとにはエリノスという大きな街があり、熱心な一般信者達は巡礼のためこの街を訪れ、聖なるイゼロン山を仰ぎ見て祈りを捧げるそうだ。


 ふふふ、ちゃんと勉強の成果が出ているぞ。エリテマ教については、レイシィが持っていた〈世界の宗教〉なる本に載っていた。


 さて、なぜレイシィはここに行けと指示したのか? 理由はエリテマ真教の修道士達の、とある特徴にある。彼らは破壊と再生を司るエリテマをし、自らも破壊と再生のすべを修めようと日々修行しているのだ。

 破壊に当たるものとは武術。彼らは皆、何かしらの武術を習得している。だからと言って、本当に何かを破壊する訳ではないのだが。

 魔導師にとって一番避けたいのは、魔法を使えなくなる状況におちいることだ。魔法を使えなければ、魔導師なんてただの人だ。その様な状況に対応するために、彼らから何かしらの護身術を教えてもらえ、ということだ。


 そして再生に当たるもの、それは治癒魔法だ。


 修行中、レイシィが俺を回復させるために使っていて、絶対に必要なスキルだ、と思っていた治癒魔法。とうとう覚えることができそうだ。

 しかし、レイシィはなぜ治癒魔法を教えてくれなかったのか? 盗賊のたぐいがそこらにいて、身の危険を感じることが多いこの世界。真っ先に覚えるべきスキルだと思うが……


 しかし、こうなるともう、禁術だ何だと言ってる場合ではなくなった。とにかく治癒魔法だ。


 あ、そうそう、その禁術だが、〈山崩し〉があの後どうなったのか?


 シブスト軍事演習場で試したところ、あまりの威力の大きさのため、周り与える被害を考えたらそうそう使えないぞ、との結論に至った山崩し。だったら目標の周りを魔力シールドで囲んで、周りへ与える被害を抑え込んでしまおう、ということなのだが、結果としては、かろうじて成功?

 なぜ疑問符が付くのかというと、成功率は五%ほど、二十回に一回くらいしか成功しないからだ。シールドを維持しながら、別の魔法を発動させるのはめちゃくちゃ難しい。しかも相当出力を落としてやらないと、すぐにシールドが破れてしまう。なので到底、まだまだ実戦で使えるレベルではない。

 が、これ、多分できる。手応えありだ。今後の練習次第、といったところだろう。時間と場所を見つけて、継続して練習するつもりだ。


 治癒魔法の後でね。



 ◇◇◇



 出発当日朝、ラスカ南門。


 エス・エリテの何となくの場所は分かったが、そこまでの道のりが分からない。なので、とりあえずラスカで情報収集、足りないのもを買い足してから旅立とう。そうだ、その前に東地区を見てこようか?


 オークの襲撃により焼失してしまった東地区。今では少しずつ建物の建築が始まっている。元の姿に戻るにはまだまだかかりそうだが、確実に復興は進んでいる。


 大通りを歩きながら建築途中の建物なんかを眺めていると、


「コウさん!」


 と声をかけられた。顔なじみの衛兵だ。


「どうしたんです? こんなところで」


「いや、ちょっとラスカを離れるんで、その前にここを見ておこうかと思ってさ」


「! 離れるって……どちらへ?」


「エス・エリテ。お師匠にそこ行って修行してこいって……」


「エス・エリテ、これはまた遠いですね。いつお戻りに?」


「う~ん、分かんないな、どのくらいかかるのか……」


「あの、帰ってこられるんですよね?」


「まぁ、そのつもりだけど」


「そうですか、なら安心です。街の英雄がいなくなったりしたら、皆寂しがります。領主様なんて、きっと大慌てですよ」


「あはは……そう、ねぇ~……」


 忘れてた。俺、ラスカの英雄だったわ。いい加減、どうにかならないかな、これ……やりにくい……


「あ、ちょっと聞きたいんだけど、エス・エリテってどうやって行けばいいの?」


「そうですね、ここからだと、まずは南下してヒルマスの王都フェルクリスまで行って、あとはひたすら西を目指す感じですね」


「馬車で行こうと思ってるんだけど、どのくらいのかかるかな?」


「馬車って乗り合いですか? だったらかかりますよ、一ヶ月くらいは見ておかないと……」


「一ヶ月!! ……そんなかかるんだ……」


「でも、乗り合い馬車でしたら必ず街から街への移動になります。野宿するわけではないので、寝泊まりに困ることはありませんよ」


「なるほどね……ありがとう、助かったよ」


「いえいえ、それでは、お気を付けて」


 こうして俺は、足りない日用品を買い足し、南に向かうべく馬車に乗り込んだ。



 ◇◇◇



「うぉ~、デカっ……」


 ラスカを出発して六日、国境を越え隣国ヒルマスの王都、フェルクリスに着いた。馬車乗り場は街の外れ、小高い丘の上にあり、馬車を降りるとすぐに街を一望できる絶好のビューポイントだった。

 街の中央にはヒルマスの城がそびえ立っている。この世界、高層建築物がないので、城の大きさが特に際立っている。真ん中に大きな三角屋根、左右に大小いくつかの尖塔せんとうが立っている。


 写真撮りたい……スマホあればなぁ、すごくいい景色なのに……


 さて、そろそろ夕方。暗くなる前に宿を探して、晩飯を食べよう。



 ◇◇◇



 無事に宿をとり、晩飯を食べるため適当に近くの店に入る。店は大勢の客で賑わっている。客が多いというのは、うまい店だっていう証拠だ。カウンターに座ると、すぐに女性の店員が来た。


「いらっしゃい、何にします?」


「ん~と、おすすめのワインと、それに合う料理あります? あ、あとパンも」


「はい、前金ですけどいいですか? 銀貨二枚です」


 俺は銀貨を支払い料理を待つ。銀貨一枚五百円くらいの感覚。ということは二枚なので千円ほど。いいところじゃない?


 少し待つと、ワインと料理が運ばれてきた。早っ!


「はい、ワインとアッシュボアのシチューです」


 なるほど、シチューだから早かったのか。大鍋で作り置きしてたんだな。で、アッシュボアってなに? よく分からないが、すごくいい匂いだ。じゃ、早速一口。


 うぉ、うまっ。肉柔らかっ。


「……はぁ」


 ワインは? うん、飲みやすい、フルーティー。


「……はぁぁ」


 パンはちょっと固いが、シチューにつけるといい感じだ。うん、これで銀貨二枚はリーズナブルじゃないか?


「……はぁぁぁ」


 って、もう! うるさいな、隣のやつ! 何をはぁはぁ言ってるんだ?


 チラッと隣を見る。俺と同じ……いや、俺より少し若いか? なんか、ひどく落ち込んだような顔してるな……


「……はぁ」


 ダメだ、気になって飯どころじゃない。


「あの、どうしたんですか?」


 思いきって話しかけてみる。


「え、あぁ、すみません……気になっちゃいますよね、みんな楽しくやってる中でこんなため息……すみません……」


「いえ……何かあったんですか?」


「……実は私、商人なんです。フェルクリスで荷を仕入れて、もう帰ろうかって、とこなんですが、五日も足止めを食らってまして……」


「五日も……どうしてですか?」


「護衛が見つからないんですよ。ハンディルに依頼は出したんですが、結構相場が高くて……私が出せる依頼料ではなかなか……」


「はぁ、そうなんですか。で、どこまで行くんですか?」


「はい、ミラネルまで……」


 うん、ミラネルね……知らんな。


「ミラネルってどこにあるんですか?」


「中央です。ここからずっと西にあります。イゼロンの手前ですね」


 !! イゼロン!?


「あの、イゼロンって、イゼロン山ですか?」


「? はい、イゼロン山のことです。エリテマ真教の……」


 おぉ、なんという偶然! 犬も歩けば……って言うけど、話しかけてよかった。


「あの、同行していいですか?」


「は?」


「実は俺、イゼロン山に行くとこなんですよ。商人ってことは、荷馬車ですよね? 乗っけてくれたらその、ミラネル? まで護衛しますよ」


「護衛……って……」


「俺、魔導師なんですよ。まぁ、駆け出しですけど。でも、盗賊程度なら問題ありませんよ。護衛料もいりません、運んでもらう訳ですし……どうですか?」


「……じゃあ、お願いしていいですか?」


「もちろんです、俺、コウっていいます」


「私はユージスです、ユージス・ロイ。よろしくお願いします」


 こうしてユージスと一緒に西を目指すことになった。これで乗り合い馬車の出発を待つ必要がなくなった訳だ。少しは早く着くかな?

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