第39話 ちみっこの前職
「コウさん! それ、本気でやってらっしゃるんですか!」
「当たり前じゃないですか! 手なんか抜いてませんよ!」
「そんな程度出力じゃ、虫刺されだって治せませんよ!」
「……虫刺されって治癒魔法で治せるんですか?」
「ものの
治せるんだ……
「では、今日はこの辺にしておきましょう。また明日、しごいて差し上げますわ」
エス・エリテ滞在三ヶ月、すっかりここの生活にも慣れた。
午前中はエクシアの治癒魔法講座、ちょうど今終わったところだ。物腰の柔らかそうな見た目とは裏腹に、結構なスパルタでしごかれている。が、正直
さて、昼だ。腹が減った。
魔導師は皆ひょろひょろで食も細い、なんてイメージを持たれがちだが、とんでもない。魔法を使うと相当エネルギーを使う。だからすごく腹が減る。魔導師は大食いが多いのだ。いや、魔導師だけではない。魔法を使う者は皆、大食いだ。もちろん、治癒師も。
食堂。
神殿より後ろ側、エリテマ真教徒の居住区、その真ん中にある建物には様々な施設が入っている。図書館、道場、浴場、礼拝堂等々、そして食堂だ。バイキング形式で好きな物を好きなだけ食べられる。しかも
食堂に入るとすでに大勢の人で溢れていた。早速列に並び、料理を取っていく。肉、豆料理、サラダ、パン……
エリテマ真教は、戒律って何? って言うくらい自由だ。肉も魚もガンガン食べる。
エリテマ神は人間が好きなのだ。なので時折、様子を見に地上に降りてくるのだ。エリテマ神が好きな人間であるために、信者達はより人間らしく生きなければならない。何でも良く食べ、酒を楽しみ、人を助け、子を
つまり、人間らしく生きるということが、エリテマ真教における唯一と言っていい
しかし、これはどうだろうか……
料理を取り席に着くと、目の前ではデンバが山盛りの肉だけをひたすら食べている。野菜もパンもない。いくら自由とはいえ、これは身体に良くないぞ。
「コウ、それだけか?」
「うん? 結構な量だと思うけど……」
「もっと食え、力が出ない」
「デンバは野菜食べなきゃダメだよ?」
「草は、いらない」
草って……
◇◇◇
食後、エス・エリテの外れ、イゼロン山の頂上へと向かう山道の近く。雨の日以外は毎日ここに来る。護身術の鍛練だ。なぜこんな場所で? とは思うが、これは指導教官であるメチルの指示だ。居住区には道場もあるのだが、人がいると落ち着かない、との理由でこの場所での修行となった。
落ち着かない、なんてデリケートな性格をしているとは到底思えないが……
「遅いっすよ! コウさん!」
……何でもういるんだ?
「教官様を待たせるとはいい度胸っす。足腰どころか、腕も頭も上がらないくらいバッコバコにしてやるっすよ!」
「教官様、午後の礼拝は?」
「あ……後でやるっすよ」
「嘘!? まさか忘れたの? 毎日やってることなのに、忘れるかね?」
「夜に二回分やるから大丈夫っす」
「……礼拝にツケはきかんだろ」
「エリテマ神様は寛大なグレート神っす、この程度のミス、ニッコリ微笑えばお忘れになってくれるっす」
エリテマ神チョロ過ぎだろ……
「とにかく始めるっす。じゃあコウさん、恒例のお触りタイムっす」
「あ~、はいはい」
お触りタイム。何やらドキドキする名称だが、これはメチルが俺の身体を触りまくり、護身術を教えるに足る身体になっているのか、確認する作業だ。
エス・エリテに来た当初、俺の身体は
メチルは俺の身体をさわさわ、にぎにぎしながら、「お?」、「ほうほう」、
「うん、そろそろいいっすね、じゃあ今日から本格的に始めるっすよ?」
お、やっと合格が出た。これでもう走り回らなくて済むのか……
「甘いっすよ、コウさん。これからが地獄の始まりっす」
こいつ、エスパーか!? しかも神に仕える
「さて、コウさん、護身術って何なんすかね?」
「え? 身を……守る術?」
「じゃあ、身を守れたって、どういう状況っすか?」
「え? 危険が去った?」
「危険が去ったって、具体的にどういうことっすか?」
「え? 何が言いたいの?」
「要は、逃げるか、仕留めるか、ってことっす」
「ほう……」
「逃げるんであれば、戦う必要はないっすね。例えば……あ、ちょっと離れるっす」
そう言ってメチルは懐から小さな小袋を取り出し、地面に投げつけた。地面に叩きつけられた小袋は、パシッと音を立て破れて、中から何か粉が舞い上がる。
「何これ……ん? 何か、目がしぱしぱ……あ! 痛っ!」
「あ、すまないっす、そっち風下っすね。まぁ、直撃してないんで大丈夫っすよ」
直撃しないでこれか! 涙が止まらん!
「これ、目潰しか?」
「そうっす。目、鼻、口によろしくない原料を調合してるっす。逃げるなら、こんなのぶつけて相手を行動不能にすればいいっす。これで済むなら楽っすね。まぁ、目潰しの作り方は後で教えるっす。問題は戦わなきゃいけない時っすね。魔法を使えない非力な魔導師が、相手を行動不能にしなきゃいけない訳っすから、一撃必殺が理想っす。何合も打ち合えば、ボロが出て負けるっす。そのためには、いかに相手をだまくらかして、自分に有利な状況を作り上げるか、ってのが重要っす」
「なるほど……」
ようやく涙が収まってきた。
「と言う訳で、防御も必要っすけど、攻撃も積極的に教えていくっす。例えば……」
と言ってメチルは足元に落ちていた木の枝を拾い、それを短剣に見立て右手に持ち構える。足を少し開き、斜め半身に、俺に向けられた枝先は上下左右にゆらゆら揺れている。だらんと垂らした左腕は、時折上に行ったり外に開いたりとあまり落ち着きがない。
「こう構えて……こうっす」
とメチルが言うや否や、次の瞬間にはメチルは目の前にいて、木の枝は俺のみぞおち辺りに当たっている。
「な……」
言葉が出ない。何が起きたか分からない。メチルとは距離があった。それが一瞬でなくなった。いつ、どうやって間合いを詰められたのか、まるで……魔法だ。
「即死っすね。これが一撃必殺っす」
と言いながら、メチルは木の枝を俺のみぞおちにツンツンと当てる。
「今、何をしたんだ?」
「じゃあ、やってみるっす。コウさんも木の枝を拾うっすよ」
メチルに言われるがまま、適当な長さの木の枝を拾う。
「これでいいか? ……メチル?」
……いない。え? どこ行った?
「呼んだっすか?」
背後から声がした。それと同時に、するりと俺の首筋に木の枝が当たる。
「!?」
「……即死っす」
背筋が凍った。さっきとはまるで違う。蛇が得物を仕留めるため、気配を消してするすると忍び寄る、そんな感覚がした。この瞬間、俺は死んだ。そう納得させるには充分過ぎるほどの、不気味さと、敗北感と、絶望感に襲われた。一気に汗が噴き出る。これ……殺気ってやつか……?
「
「暗殺……術?」
「そうっす。あたし、前職は
「
「そうっす、
それはまた、随分とアンダーグラウンドな……
「さっきの、どうなってんの? 俺に枝拾わせて、移動した訳でしょ? 足音とか、全然しなかったけど……いや、その前のやつも、何あれ? どうやって間合い詰めた? 気付いたら目の前に……」
話の途中で、ふとメチルの異変に気付く。メチルは俺が話すのを不思議そうに眺めていたのだ。
「……どした?」
「いや……聞かないんすか?」
「え? なに?」
「いや、
「……まぁ、なんか訳があるんだろな、とは思うけど、あんまり人に話したいような内容じゃなさそうだし、過去がどうであれ、メチルはメチルでしょ? あ、話したいんなら付き合うけど?」
「いや、いいっす……」
「ああ、そう」
しかし、
「……フフ」
!? 今……
「ん? なんすか?」
「今、笑ったでしょ? 珍しい……」
そう言うとメチルは呆れたように話し出す。
「コウさんはあたしのこと、何だと思ってんすか? ピチピチのシックスティーンすよ? 些細なことでも爆笑キメるお年頃っすよ? 笑いまくりっすよ?」
笑いまくりではないだろ。
「まぁ、いいっす。コウさん、
「! あれ、教えてくれんの!」
「……すげー食い付きっすね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます