第38話 老師の苦労

「治癒魔法使うには、治癒魔法向けの魔力が必要っちゅうこっちゃ」


「治癒魔法向けの……?」


 そんなの、初耳だぞ?


「なんじゃいレイシィ、あやつな~んにも説明しとらんのかい」


 いや、説明できなかったのか? とルビングは思ったが、あえて口には出さなかった。


「しゃ~ない、説明したる。とは言っても、どう言ったもんか……

 まぁ、ええわい。あくまでわしの捉え方じゃがな、お主ら魔導師が使う魔法の魔力っちゅうんは無色透明、んで、わしら治癒師が使う魔法の魔力は薄い緑、って感じじゃな。実際色が着いとる訳じゃあないがのぅ、イメージじゃ」


「魔力の質が違うと?」


「おう、それそれ、そういうこっちゃ。お主、ひょっとしてレイシィに会うまで、魔法やら魔力やら、そんなんと関係ない生活しとらんかったか?」


「はい、そうです、その通りです」


「やっぱりそういうことかい。こんだけの魔力持っとって、しかも何の色も着いてないやつが目の前に現れたら、そら自分で染め上げたくなるわなぁ」


「あの、どういう……?」


「魔力の純度高めるために、魔力の精製方法教わったじゃろ? 恐らくその方法は、魔導師向けの魔力精製方法じゃ。んで、それを繰り返し行うことで、お主の持っとる魔力は魔導師向けのもんになり、お主の身体は魔導師向けの魔力しか産み出せなくなっちまったんじゃ」


「……と言うことは、俺は治癒師向けの魔力を持ってないし、作り出せない……てことですか?」


「そういうこっちゃ」


 何てことだ……あんなに必要だと思っていた治癒魔法を使えないとは……適性がない……いや、適性がなくなった?


「あの、これ最初の段階で治癒師向けの魔力精製もやっていたら……」


「やっとったら、治癒魔法使えただろうのぅ」


 そうか、そういうことか、だからお師匠は治癒魔法のことにほとんど触れなかったのか……おのれお師匠、なぜに治癒魔法をないがしろにしたのだ! これを使えればもっと安全に生きていけるものを……

 というような俺の表情に気付いたルビング。しゃ~ないのぅ、という感じで話し出す。


「仮にじゃ、お主のすごい量の魔力を半分こしてじゃな、それぞれ魔導師向けと治癒師向けの魔力を精製したとしても、大成するかどうか分からんぞい? どっち付かず、ちゅうんかなぁ。じゃったら、どっちかに全部振った方が、はるかにいい結果が出るんと違うか?」


 むぅぅぅ、確かに一理ある。いや、でも……


「あの、どうにもならないんですかね?」


「う~ん……まぁ、まったく使えないっちゅうことはないんじゃがなぁ」


 ……え?


「使えるんですか!?」


「程度の問題じゃな。まず他人を癒すのは無理じゃろう。自分にしか効かんのと違うかのぅ。それも止血するとか、切り傷擦り傷治すとか、極々軽度のもんじゃろな。それでもええっちゅうなら……」


「いいです! 全然いいです! ちょっとでも使えそうなら、それでいいです!」


「お、おう……そうかい、お主がそれでもええっちゅうんなら……」


 そう言うとルビングはドアを開ける。


「おお~い、エクシア! ちっと来い!」


 するとエクシアは抜き身の短剣を持って現れた。


「はい、老師。始末しますか?」


「……何をじゃい?」


「いえ、この不届き者を」


 そう言ってエクシアは短剣を俺に向ける。笑顔でなんて物騒なことを……


「アホかい、始末せんわ」


「まぁ、残念ですわ……」


 そう言ってエクシアは俺に向けた短剣をゆらゆら揺らしている。


「この兄ちゃん……コウっちゅうたか? しばらく面倒見ることになったからの。ほんでお前、治癒魔法教えたってくれ」


「まぁ、老師! なぜわたくしがそのようなことをしなければいけないのですか! この方は弟子の立場を利用し、レイシィ様を毒牙にかけようとする害虫ですのよ!」


 ヒドイ言われようじゃないか……


「あの、大丈夫ですかね……?」


「あ~……いや、すまんのぅ。こやつ、ちっとアレなもんじゃからして……少~し待っといてくれぃ。おい、エクシア、こっちゃ来い」


 ルビングはエクシアを部屋の隅に呼び、何やらこそこそ話し始める。


「もう! 何ですか、老師! 何を言われても、あの悪魔の手助けになるようなことはしませんよ!」


「あ~もう、ちっと冷静に考えい! ええかお前、ここであの兄ちゃんをきっちり面倒見たらお前、後で兄ちゃんがレイシィに伝えるじゃろ? エクシアに世話になった~、ちゅうてな。ほしたらお前、レイシィも、お~、そうか~、エクシアにか~、ちゅうてお前、ええ感じになるじゃろがい。んん?」


「老師!」


「なんじゃい?」


「……天才ですか?」


「お、おう……」


「分かりました! コウさん、全てわたくしにお任せ下さい。わたくしの持てる力の全てを使い、必ずやあなたを超一流の治癒師に育て上げて見せます!」


「あ~、ちょい待ち。それなんじゃがなぁ、こやつ、治癒師の適正ないんじゃ。持っとる魔力ぜ~んぶ魔導師の方に傾いとるからのぅ。じゃから、超一流っちゅうのは……じゃがまぁ本人もな、少しでも使えるようになりゃ、それでええっちゅうて……」


「……老師、ちょっとこちらへ」


「お? おう……」


 エクシアはルビングを部屋の隅に呼び、何やらこそこそ話し始める。


「老師! お話が違うじゃないですか! 適正のない人に治癒魔法教えたって……これじゃあレイシィ様に褒められないじゃないですか!」


「あ~もう、ちっと冷静に考えい! ええかお前、治癒師適正のない兄ちゃんをきっちり面倒見たらお前、後で兄ちゃんがレイシィに伝えるじゃろ? エクシアのおかげで少~し治癒魔法使えるようになった~、ちゅうてな。ほしたらお前、レイシィも、お~、そうか~、エクシアのおかげか~、ちゅうてお前、ぐいぐい評価上がるじゃろがい。んん?」


「老師!」


「なんじゃい?」


「やっぱり天才です!」


「お、おう、そうじゃろ……」


「分かりました! コウさん、全てわたくしにお任せ下さい! 適正なんて関係ありません! わたくしの持てる力の全てを使い、あなたが治癒魔法を使えるようになるまで、きっちりと指導いたします!」


「……まぁ、そういうこっちゃ。よかったのぅ」


「はぁ……」


 ……本当に大丈夫か?


「ほしたらエクシア、デンバにうてこやつの部屋、用意させてくれ。どっか空いてるじゃろ。それから、メチル呼んできてくれぃ」


「はい、老師。それではコウさん、明日から覚悟なさい、楽しみですわ」


 いや、本当に大丈夫なのか? 正直不安しかないが……

 すると、すぐにメチルがやって来た。


「老師、呼んだっすか? ……了解っす、このやから、締め上げればいいっすね?」


「待て待て、まだ何もうとらんわい。どうしてお前らは……

 こやつはコウ、レイシィの弟子で魔導師じゃ。レイシィに頼まれてのぅ、こやつに護身術教えることになったんじゃ。どれ教えりゃええか、見立ててくれぃ」


「了解っす。じゃあちょっと見てみるっす」


 そう言ってメチルは俺の身体をあちこち触り出した。

 ちょっと……くすぐったいんだけど……


「あ、コウさん、一言言っておくっす。別にコウさんのこと好きだから、お触りしてる訳じゃないっすからね」


 そんなこと分かっとるわ!!


 その一言いる? 何そのツンデレ? 無表情で言うセリフじゃないだろ!


「うぉ……」


 俺の身体をまさぐり続けてるメチルが低くうなった。


「なんじゃい、どしたメチル?」


「老師、ヤバいっす、ふにふにっす」


「何がふにふにじゃい?」


「全部っす、腕も足も、もれなくふにふにっす」


「そんなにふにふにかい?」


「超ふにふにっす。ふにふにオブふにふにっす」


 っだー! ふにふに言い過ぎ!!


「しょうがないでしょ! レイシィに弟子入りしてから二年、魔法しかやってないんだから!」


 くそっ、屈辱……


「ふ~む、そうなると、組手はあかんのぅ」


「そうっすね、得物持たせた方がいいっすね。しかも軽いやつっす。なんせふにふにっすから」


「となると、短剣かのぅ」


「妥当なとこっすね」


「ほしたらメチル、頼むわい。身体鍛えさせつつ短剣術、教えたってくれぃ。攻撃より防御を優先してのぅ」


「了解っす。正直すげーダルいっすけど、老師に頼まれたらしょうがないっす。ぼちぼちやるっす」


「……いや、そこはきっちりやってくれぃ」


「了解っす。きっちりやるっす」


「あの、大丈夫ですか、この? 全然やる気なさそうですけど?」


「ああ、心配いらん。こやつはいつもこんなじゃ。仕事はきっちりこなすから、安心せい」


 ホントかよ……


「大丈夫っす。あたしにかかれば、おたくみたいな地面を這いずり回る虫けらも、立派に空を飛べるようになるっす」


 たとえよ……


「ん?」


 メチルは急に俺の方を見ながら動かなくなった。俺を見てるようで見ていない。ルビングがさっきやってたやつだ。俺の魔力を見てるのか?


「こほん、大丈夫っす。あたしがきっちり身を守る術を教えるっす。それさえ覚えればあなた様は、偉大なる大魔導師確定っす。間違いないっす」


「……何で急にそんな感じに……?」


「……本気出されたらかないそうにないんで、適度に媚び売ることにしたっす」


「まぁ、あれじゃ、がんばりや……」


 エクシアといい、メチルといい、老師大変だな……

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