第14話 幕間 少女の疑問

「しっかし暑いな~。こう暑いと酒が進んでしょうがないじゃないか」


 そう言いながらレイシィは冷えたミードを飲み干す。ここはいばらの庭。ラスカにある俺達の行きつけの店だ。


「ミードおかわり~」


 ここ数日かなり気温が高い。暑すぎず、寒すぎず、一年を通して過ごしやすい気候のこの国で、ここまで気温が高くなるのは珍しいらしい。

 まぁ、俺は全然気にならないが。そもそも夏は暑いものだ。それに人が死ぬほど暑くなる、日本の夏に比べたらなんて事はない。


「冷気の魔法石、上手く使えないの?」


「あれな、効率悪いんだよ。部屋一つ冷やすのに何個も必要になる。しかも時間掛かるし、魔力の充填じゅうてん頻繁ひんぱんにしなきゃならんし」


 試したのか……


「なんか上手いやり方あるとは思うんだがな。そもそもこの国でこんなに暑くなる事なんてなかったから、そのノウハウがないんだ」


 ふ~ん、そんなもんか。


「それよりお前の世界の、なんて言ったか? くーらー、だっけ? 部屋を冷やすやつ。」


「ちょっ、声がでかい!」


「あんなの作れないのか? もしくは持ってこい。ぱっ、と元の世界に行って、こっち持ってこい!」


「だから、声!」


「大丈夫だ。今日は客が少ないから、聞いてるやつなんていないだろ……」


「あの……」


「うぇいっ!!」


 レイシィは突然背後からした声に驚いた。


「あ、あぁ、メイティアか、どうした?」


 この娘はメイティア。いばらの庭を営む夫婦の一人娘だ。まだ十歳くらいだろうか? よく店を手伝っている、いいだ。


「あの……ミードです……」


「お、おう、ありがとう……」


 メイティアはぺこっ、と頭を下げて仕事に戻っていった。


「いるじゃね~か、人」


「そうだな、店の人間がいたなぁ……」


 俺が違う世界から来たという事は黙っておこう。そう言い出したのはレイシィだ。面倒事に巻き込まれる可能性もあるし、いちいち説明するのも大変だろう、と気を使ってくれた。

 だが、それを率先して破るのもレイシィだ。普段は冷静な常識人。各国の宮廷魔導師を勤め上げた優秀な魔導師。まさに自慢のお師匠だ。しかし酒を飲むと途端にポンコツになる。言ってはいけない事をでかい声でペラペラと……

 これでよく国の重職に就いていたな。国家機密とかあるだろうに……ひょっとして、情報漏洩ろうえいさせてクビになったとか?


「まぁしかし、聞かれてはいないだろ……」


「あの……」


「うぉい!!」


 再び背後からの声に驚くレイシィ。


「どうした、メイティア? まだ何か?」


「はい、あの、え~と……」


「ん、なんだ? 言ってみな」


「あの、コウさん……違う世界から来たんですか?」


 聞かれてんじゃね~か……


 レイシィを見る。レイシィは視線を外す。


「お客様のお話、聞いちゃいけないって思いながら……でもあの、レイシィさんのお声大きくて、どうしても聞こえてきちゃって。あの、今日だけじゃなくて、今までずっと……」


 情報だだ漏れじゃね~か……


 レイシィを睨む。レイシィは下を向く。


 はぁ、しょうがない。おい、お師匠よ。困った、って顔するんじゃない、困ってるのは俺の方だ。


「いいよ、お師匠」


 もうばれてるからな、どうしようもない。


「うん、そうだな……あ~、メイティア、これは機密事項だ。誰にも話さないって約束出来るか?」


「はい、誰にも言いません、この石に誓って!」


 と、メイティアは自分の左手首を掴む。メイティアの左手には透明な石がつらななったブレスレットが光っている。


「へぇ、アイバーグ石か、しかも結構透明だな」


「お師匠、アイバーグ石って?」


「ああ、ここからずっと北にあるアイバーグ地方で採れる鉱石だ。透明なほど高価でな、石の中に薄く赤や黄色の線が入ってたりするんだ。願掛けとか魔除けの意味なんかもあるな」


「へぇ~、綺麗な石だね」


「はい、誕生日にお母さんがくれたんです」


「じゃあ、大切な物だね」


「はい、私の宝物です」


 ………………


「いえ、あの、そうじゃなくて……」


 くそ、ごまかせないか。


「あ~、メイティア。君の言う通り、こいつはこの世界の人間じゃない、違う世界から来たんだ」


 パァァ、っとメイティアの表情が明るくなり、目がキラキラし出す。


「やっぱり、そうなんですね! じゃあ、サミー・クラフトみたいに人助けを?」


「サミー・クラフト?」


「前に話したろ。違う世界に行って悪者倒したり人助けしたりっていう、絵本とか子供向けの物語だ」


 あぁ~、そういや聞いた事あるな。


「メイティア、残念ながらこいつは、そんな立派なもんじゃない」


 ん?


「魔法もろくに使えなけりゃ、剣もまともに振るえない、サミー・クラフトとは正反対。出来る事といえば掃除くらいなもんだ」


 …………


「確かに違う世界から来たが、言ってみれば迷子みたいなもんだ。なにも知らない、なにも出来ないってやつを放り出す訳にはいかないだろ? だから私がまともに生活出来るように色々教えてるんだ」


 ……言い方ってあるだろ。


「そうだったんですか……私、全然知らなくて……ごめんなさい、コウさん! 苦労されてるんですね……でも、大丈夫です! いっぱい勉強して、いっぱいがんばれば、まともな生活だって出来るようになります! 私に出来る事があれば、手伝いますから!」


「あ~、うん、そうだね~……でも、そんなでもないんだけど……まぁ、あの~、ありがとう……ね~……」


 俺はひきつった笑顔で、そう返すのが精一杯だった。


 再びメイティアは、ぺこっ、と頭を下げて、仕事に戻っていった。


 釈然しゃくぜんとしない。


 誰が悪い、って話じゃないんだ。レイシィはこの場を収めようと話をしただけ。ただ今は酒飲んでポンコツになってるから、言葉がちょっとアレなだけだ。

 メイティアも純粋に俺を心配して話してくれただけ。ただやっぱりまだ子供だから、言葉がちょっとアレなだけだ。


 そう、誰も悪くない。無事にこの場は収まったんだ。俺のプライドや尊厳を犠牲にして……


 目の前ではレイシィが安心した顔でミードを飲んでいる。


 この女……


 なんだその顔は? ふぅ~乗りきった~、とか思ってんのか? なんか腹立ってきた。


「あの……」


 メイティアがやって来て、テーブルに皿を一つ置いた。皿にはスモークされた肉が数切れ盛られている。


「これ、頼んでないよ?」


「サービスです。コウさん、がんばってください!」


 そう言ってメイティアは、ぺこっ、と頭を下げて厨房の奥に消えた。


 同情されとる……


「いや~、よかったな、コウ」


 と言いながらレイシィはスモーク肉の皿に手を伸ばす。俺はその手が届かないようにすっ、と皿をずらす。


「な、おま……なんだ、それお前……ちょ、その肉よこせ!」


 釈然しゃくぜんとしない……

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