第13話 狂乱

「結果として私は好きな道を存分に楽しませてもらった。だが、弟には負い目を感じておってな……当主・領主と名乗る事は出来ず、しかしやっている事はまさしく領主の仕事。随分と居心地の悪い思いをさせてしまった……とな」


 ラムズは寂しそうな目でそう話した。


「昨年、弟は病で亡くなったのだが、見舞いの折りに思いきってその事を詫びたのだ。そうしたらあやつ、各々おのおのがやるべき事をやった、ただそれだけだ、と言って笑ってきおった。全く、素晴らしい弟を持ったと誇りに思ったのと同時に、その言葉で私は大いに救われたのだ」


「おおぉ~! なんか、カッコいい! カッコいいっすね、ラムズさん!」


「ん? そうか? ガハハハ、そんな大したもんではない! それとコウ、敬称は不要ぞ、ラムズでよい。ガハハハハ!」


 ラムズの住む街には、なんとラムズの銅像も建っているとか。さすが救国の英雄だ。


「しかしな、私は所詮しょせん武器を持ち蛮勇ばんゆうを振るったに過ぎん。起きてしまった戦争を武力で収めたに過ぎんのだ。それに対しレイシィ殿は戦争を回避させた、戦争自体を起こさせなかったのだ。どちらの功が大きいかは……考えずとも分かるであろう? レイシィ殿は一切の被害を出さなかった訳だからな」


「へぇ、お師匠にもそんな素晴らしエピソードが?」


「なんだ? 素晴らしエピソードって」


「うむ、当然あるぞ。ジャーミンの会談だ」


「ああ、あれなぁ」


「あの会談は後世に伝え継ぐべき、重要かつ素晴らしい会談である」


「あ~……やめろ、ラムズ」


「い~や、話すぞ。あれは六年前……であるか。

 レイシィ殿が我が国に来て間もなく、西のエイレイ王国と開戦直前という所まで関係が悪化してな。その年、この辺は天候不良が続いて作物に大きな影響が出ておった。我が国は農地が多く、気候も温暖な為大した影響はなかったが、エイレイは荒野が多く農地が少なくてな、大打撃を食らったのだ。他国からの援助や輸入にも限界があり、この冬を越せないのでは? との懸念もあったようだ。

 で、食べる物がないならある所から奪えばいい、と実に原始的な発想で我が国に絡み始めたのだ。我が国としては当然戦争は回避したい。何度かエイレイ側と話し合いをしたがまったく進展がなくての。これが最後、という事で、両国国境付近にあるジャーミン湖のほとりに会談場所を設けて行ったのが、ジャーミンの会談である。

 交渉が決裂すれば、あとは戦争まっしぐら、という国の命運をも左右する非常に重要な会談での、向こうは外務大臣と全軍を預かる総司令が、我が国からは宮廷魔導師長だったレイシィ殿が代表として会談に臨んだのだ」


「お師匠が?」


「うむ。我が国おいて宮廷魔導師長は、国王に次ぐ序列第二位であるからな。まさに陛下の名代みょうだいである」


「第二位って……二番目!? お師匠、そんな偉かったの!?」


 コト、とテーブルにグラスを置き、不敵な笑みを浮かべるレイシィ。


「ほう、ようやく私の偉大さに気付いたようだな。時間が掛かったが、まぁ許す。いいぞ、もっと誉め称えろ」


「で、どうなったの?」


「称えろよ……」


あとから分かった話だが、エイレイ側は鼻から話し合うつもりなどなかったようでな、この会談を開戦のきっかけにしたかったそうだ。なのでまともな話などまるで出来なかったのだ。

 そこでレイシィ殿は感情に訴えることはせず、徹底してく作戦をとったのだ。

 戦争でエイレイ側が負うであろう被害、その被害が回復するまでの期間、我らの領土を切り取り、得られるであろう食糧と農地、その食糧でどれだけの国民が、どのくらい持ちこたえられるのか、その農地で得られるであろう収穫量はどれくらいか。

 対して我が国と友好関係を築く事で、我が国から受け取れる援助物資の量、様々な技術提供、今後継続して行われるであろう貿易の額、我が国とエイレイを繋ぐ街道を整備する事で、さらに貿易額はどれくらい増えるか、等々などなど

 敵対するより友好を結んだ方がはるかにが大きいという事を、実に事細かく説明したのだ。これは最初から準備しておかなければ出来る事ではない。レイシィ殿はこのような展開になる事も想定しておったのだ。エイレイ国民の性質というものを良く理解しておったのだな。

 エイレイは元々、周辺にあった小国を戦争により次々と吸収して出来た国での、帝国主義とまではいかないが、無いなら奪え、という考え方が根っこにあるのだ。だがそれだけ戦争をしてきた国だからであろう、戦争のリスクというのも良く理解している。戦争のリスクと友好の利を天秤にかけさせたのだ。

 エイレイ側は、一旦持ち帰る、と返答をしこの会談は終了。後日その先に同盟を見据えた、不可侵条約締結を打診してきおった。戦争を回避させただけではなく、のちの友好国をも生み出したのだから、まこと見事な手並みである。

 私もこの会談にはレイシィ殿の護衛として出席しておった。まぁ、レイシィ殿の後ろに立っていただけだがな。しかし会談中、最初はまったく興味のない顔をしておったエイレイ側の表情が、見る間に変わっていったのは面白かったぞ」


「へぇ~、やるじゃん、お師匠」


「……なんかラムズの時と反応違わないか? もっとこう……」


「あの会談のおかげで、エイレイも今では同盟国であるからな。しかし実は当時、狂乱などと呼ばれていた者にこんな重要な役目を任せてよいのか? との議論もあったのだ。」


 ラムズの言葉を聞いて、レイシィは口に含んだミードを吹き出しそうになった。


「狂乱?」


「なんだコウ、知らんのか?」


「ちょ……げほっ、待て、ラムズ、げほげほっ、それは……」


 なんか面白そうな匂いがプンプンしてきたぞ。


「いかん、いかんぞ、レイシィ殿。師弟の間に隠し事など不要、そういった些細ささいな事がのちのわだかまりになったりするのだ」


 ラムズはニヤニヤしている。この人も中々の性格のようだ。


「ドクトル・レイシィと言えば知らぬ者はおらぬ、大陸中央部で名をせた大魔導師であり、魔導の歴史を百年進めた、とまで言われる偉大な研究者。今でこそ普通に普及している広域攻撃魔法も、レイシィ殿がその理論を構築し実戦レベルまで引き上げたもの。その他様々な功績を積み上げドクトルとまで呼ばれるようになったのだ。さらに魔法だけではなく、政治・軍事にも明るい。各国を渡り歩き要職に付いておった。

 そんな中、当時レイシィ殿がいた国で戦争が起きてな、レイシィ殿も部隊を率いて参戦したのだが……敵味方入り乱れる混戦状態の戦場に、事もあろうか広域攻撃魔法をぶちかましたのだ。敵味方問わずバタバタと倒れる兵達を笑いながら眺めておったレイシィ殿は、いつしか狂乱の魔導師と呼ばれるようになったとか……」


 なにそれ……ただの危ないヤツじゃない……


 ラムズが話してる間じゅう、レイシィは、「違う」「そんなバカな真似するか」「デマだ」などとわめいていた。


「当時、我が国では様々な問題が山積みでな、一つ解決すれば一つ生まれる、といった状況だった。そんな中ドクトル・レイシィが仕えていた国を離れた、という情報が入っての。陛下はすぐにレイシィ殿に宮廷魔導師長として迎え入れたい、と打診したのだ」


「その戦争が原因でクビになったとか?」


「だから違うって言ってるだろ!」


「陛下は見透しておられたのかも知れんな、レイシィ殿の本質というものを。決して狂乱などという禍々まがまがしいものではない、とな。

 で、レイシィ殿は王の招きを受けこの国にやって来たのだ。ジャーミンの会談も含め、山積さんせきしていた問題を次々と解決するレイシィ殿を見て、それ以降狂乱などと呼ぶものはいなくなったな」


 ほぉ~、人に歴史あり、って感じだね。


「あ~、もういいだろラムズ! 終わりだ、終わり!」


 レイシィの耳は真っ赤になっている。


 なんだ、お師匠、酔ったのか? 照れたのか?



 ◇◇◇



 翌朝、リビングに行くと、ラムズの姿はすでにない。


 昨日は途中で眠くなり先に休ませてもらったのだが、二人はそのまま飲み続けたようだ。ラムズは街に宿を取ってあると言っていたので帰ったのだろう。テーブルではつまみ類に顔を突っ込んで、ウンウンうなりながら眠っている女。


 大魔導師にして偉大なる研究者、狂乱ドクトル・レイシィ……の、成れの果て? 臭くないのか? 肉汁とか油とか、髪がえらい事になってるが……


 ふと見ると、ミードの樽が一つ空になっていた。どんだけ飲んだんだこの人ら……


 とにかくこの様子じゃ今日の修行はなさそうだ。ゆっくり休もう。

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