第154話 犬猿の仲

 それは予期せぬ遭遇だった。


 偶然、偶々たまたま、想定外……そこに居合わせた面々の頭の中には、きっと様々な言葉が浮かんだのだろう。本来こんな場所で出会うはずもなかった二人が、二組が、全く意図せず出会ってしまったのだ。当然の事ながら双方の驚きは相当なものだった。しかもこの両者、各々おのおのたっすべき目的が同じなのである。その目的とはとある男の首をる事。しかし同じ目的ならば協力しよう、と素直にそうはならないのである。何故なぜか? それはその男の首を欲する理由にある。


 一人はその男の謝った判断により、多くの部下を失ってしまった、その落とし前を付ける為。


 もう一人はその男の暴走により仲間の命が奪われた事。更には今までその男の無茶でままな要求の為に、多くの仲間が多大な迷惑をこおむっており、さすがにこれ以上は付き合いきれないと、その男を無き者にし縁を切る為。


 双方似たような理由でその男の首を欲しがっているのだ。ならば尚の事手を組めば良いのではないか、と思うかも知れないがそれは難しいのである。何故なぜならば、両者は自分の為ではなく仲間や部下の為に動いているからだ。自分の為ならば自分の判断だけで決断出来るだろう。しかしその理由が他者にあるのならば、その者達の為に何とかかたきを取ってやりたい、落とし前を付けてやりたいと、そう思うのは至極当然ではないだろうか。だからしてお互い絶対に退けない、譲れないのである。


 更にもう一つ、両者は仲が悪い。というのは言い過ぎかも知れないが、馬が合わないのは間違いない。何となく気に食わない、何となくイライラする。そう、明確な理由はないのだ。関係性を改善させる為に何をしようか、議論でもして互いの齟齬そご、誤解を解消させようか、などとそんな方法を考える以前の問題。生理的に受け付けない、といった有無を言わさぬ嫌悪感に取り憑かれているのだ。だが、いて理由を挙げるとするのならば、似ているからこそ感じてしまう同族嫌悪、といった所だろうか。


 とにかく仲が良くない者同士が偶然鉢合わせしてしまったのだ、当然揉めるのである。


 舞台はベーゼント共和国、バルファの南に位置する小さな街。この街はベーゼント国内でもとりわけ治安が悪い。ひったくりに強盗、喧嘩に殺人などは日常茶飯事。すねに傷を持つ者や追手から逃げている者、身体を売る女に薬を売る男、悪徳商人とそれを守る用心棒等々、枚挙まいきょいとまがない程にどうしようもない連中ばかりが集まる危険な街なのだ。


 その街の旧市街にある酒場。ならず者御用達ごようたしとも言えるその酒場は、今夜も物騒な客ばかりが集まり酒を飲んでいる。が、今夜はいつもと少しだけ店の雰囲気が違う。普段よりピリピリとしているのだ。その原因は壁際のテーブルにあった。店中のならず者達は皆、その壁際のテーブルに着いている数人の男達を意識しているのだ。

 その男達はならず者達をして只者ただものではない、と思わせるたたずまいをしている。漂わせている雰囲気が、まとっている空気感が、自分達のそれとはまるで違う。言うなれば、プロのならず者、といった所だろうか。その男達の本物感が店の中を支配していたのだ。


 と、不意に店の扉が開く。ならず者達は一斉に扉に目を向ける。そして店に入ってきた男達を見るとざわつき始めた。その数人の男達は壁際のテーブルに着いている男達と同じ匂いを漂わせていたのだ。


「キュール……何故ここに!?」


 店に入ってきた男達に対し、壁際のテーブルに着いていた男の一人が立ち上がり声を上げた。店に入ってきた男達も驚いた様子で、その内の一人が同じく声を上げた。


「ゾーダァ……ここで何をしている!!」


 双方の男達は皆、腰の得物に手を掛ける。途端に店の中の空気が重くなる。どんどん凝縮されて行く様な、ピンと張り詰めた様な、異様な程の緊張感が店中を包んだ。その男達に釣られるように、当てられるように、ならず者達も皆得物に手を掛ける。このある種洗練されたアウトロー達の斬り合いが始まれば、当然自分達も巻き添えを食ってしまうだろうという事は容易に想像がつく。ならず者達は自身の身を守る為にギリギリと力を込め得物を握ったのだ。そしてそれはこの店の店主も同じである。店主はカウンター内に立て掛けらけている手斧に手を伸ばす。いざ斬り合いが始まったなら、その手斧を男達に向け勢い良く投げ付けてやるつもりでいるのだ。さすが、ならず者相手に商売をしているだけの事はある、きもが座っている、場慣れしている。しかし結果、店主が手斧を投げ付ける事はなかった。テーブルの男達の内の一人が大声で話し出した。


「あ~……取り敢えず、得物から手を離そうや。こんな所で斬り合いしたって誰も得はしねぇ、そうだろ? ほら、マスター、キュールもよ、な?」


 その男の言葉で一人、また一人と腰の得物からゆっくりと手を離す。しかしならず者達の警戒はまだまだ解けない。するとその男は周りを見回しながら呼び掛けるように話した。


「済まないな、みんな。大丈夫だ、何も起こらねぇ。さぁ、酒を楽しんでくれ。そうだな……騒がせた詫びだ、全員に一杯おごらせてもらおう。店主! ラムはあるか? あるだろ? 振る舞ってやってくれ。どうだ? ラムが嫌いなヤツはいるか? いないだろ? 俺らのおごりだ、飲んでくれ」


 その男のこの言葉で店内は一応の落ち着きを見せた。だが依然ピリピリとした緊張感が漂っている事に変わりはない。すると男はキュールらに向かい「ほら、んな所に立ってたってしょうがねぇ、座れよ」と、あろう事か自分達のすぐ隣のテーブルに着くよう声を掛けたのだ。


「ラーゲン! お前……!」


 これにはさすがにゾーダも納得がいかない。するとラーゲンは小声でゾーダに話し掛ける。


(マスターよぉ、もちっと冷静になれよ。何で連中がこんな所にいるのか、気にならねぇか? あいつらエラグでエイレイと戦ってたはずだよな、いくさが終わればテグザはエラグに入るって話だ。だったらエラグでテグザを待ってりゃいいじゃねぇか。百歩譲ってテグザを迎えに来たんだとするぜ? でもだ、じゃあ何でこんな所にいるんだって話だろ。エラグからベーゼントに入るなら西道を通るのが一等早い。んで、西道を抜けりゃあここよりバルファの方が近いんだぜ? わざわざこの街に立ち寄る意味がねぇ。だろ? キュール嫌いが過ぎて大事なもん見えなくなってるぜ?)


(むぅぅ……)


 と、ゾーダはうなるしかなかった。二番隊副官、ラーゲンのげんは常に的確だ。普段は冷静なゾーダだが、事キュールに関してはどうしても嫌悪感が先に立ち冷静な判断が出来なくなってしまう。そして彼らと同じ様なやり取りは隣のテーブルでも展開されていた。


(出るぞ、ビエット。連中と同じ空間にいるのは耐えられねぇ)


(待てよキュール。全く、本当お前はゾーダが絡むとポンコツになるな)


(な……!? 誰がポンコツだ!)


(いいか、俺達は本来敵同士だ。出会って即斬り合いになる間柄だろ。だが俺達はそれを望まねぇ。目的があるからだ、テグザの首を獲るってな。その目的を考えりゃ、バルファに近いこんな場所で目立つ騒ぎは起こしたくねぇ。じゃあ二番隊はどうだ? ラーゲンは剣を抜くなと言った、俺達にテーブルに着けと言った。何故だ? 何故連中は斬り合いを望まねぇ? ゼルの事を考えたら、面倒な敵は少しでも減らしておいた方がいいに決まってる。だが連中はそれをしなかった……そもそもだ、こんな南で何をしてるのかって話だぜ。情報収集なのか、それともそれ以外に何かあるのか……それにゾーダの向かいに座ってる男……ありゃリロング所属のヤツじゃなかったか?)


 そう話ながらビエットはタンファに目をやる。するとキュールは驚いた様子で声を上げた。


「バカな!?」


 当然皆の視線はキュールに集まる。ビエットは呆れた様子でキュールに小声で話す。


(声がデケぇよ、全く……ラーテルムの部下が何でゾーダと一緒にいるのか……ラーテルムがゼル陣営についたのか、それとも他に何か理由があるのか……探る必要があるだろ、帰る訳にはいかねぇぜ?)


(むぅぅ……)


 と、キュールもうなるしかなかった。

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