第257話 絡み合う思惑

 扉の前に立つフォージ。思わず「またかよ……」と呟いた。部屋の中から聞こえてくる騒がしい声。フォージはため息を漏らしながら扉を開ける。


「なるほどな。て事はだポリエ。お前の話の通りだと、あのオーク共は街中に湧いて出たって事になる」


「そんな事は言っていない! オークの出所でどころなど知るものか! 私はただ、街の中心より外側は静かだと言ったんだ。つらだけじゃなく耳まで悪いとは……救えないなロッザーノ!」


「あぁ!? だからそういう事だろよ! 連中は街中に湧いて出た、だから外側は静かと……!」


 フォージは言い争う二人を尻目に部屋の奥まで進むと「相変わらず仲良いじゃねぇか、あの二人」と酒を飲みながらくつろぐルバイットに呆れた様子で話し掛ける。


「全くだ、毎日飽きもせずに良くやるぜ。だがまぁ、不仲で口も利かねぇってよりは万倍マシだ」


 ルバイットもまた、肩をすくませながら呆れる様に話した。ナイシスタ率いるシャーベルが作戦準備を始めたのと同じ頃、そのナイシスタを狙う彼らの動きも慌ただしくなっていた。ルバイットを筆頭とするブロン・ダ・バセルの幹部陣営だ。


「で、フォージ……どうだった?」


「ああ、ロッザーノさんの推理が当たりかもな。騒がしいのは街の中心だけ、外側は全く静かなもんだ。門兵も含め、この辺の住民達にオークを見た奴は一人もいねぇ。まさに湧いて出たがごとくだよ」


 フォージの報告にピクリと反応するロッザーノ。グッと身をよじりフォージを見ると「ハッハァ、そうだろそうだろ。湧いて出たんだよ」とニンマリ笑う。ポリエはチラリとロッザーノを見ると「フンッ」と鼻を鳴らす。そして腕を組むと眉間にシワを寄せる。


「もしやこの騒動……あの女が仕組んだのでは……」


 ポツリと漏らすポリエ。ルバイットは「ハッ、そりゃさすがに無理筋だ。いくらナイシスタでもオークを手に入れるツテがあるとは思えねぇ」と一笑いっしょうす。しかしすぐに表情を戻すと「しかしまぁ、随分と都合の良い展開だってのは間違いねぇ」と呟いた。


 都合が良いとは勿論、ナイシスタにとってという意味だ。当初ルバイットはナイシスタの第二王子暗殺は失敗すると読んでいた。宮殿、シャーベル双方にフォージの仲間が潜伏、宮殿内外の守りは厚く更に王子の側には腕の立つ側近達がはべる。この状況下ではしものナイシスタと言えども任務遂行は難しいはず。現にシャーベルは宮殿への潜入すらままならず、ただただ時間を無駄に使っていたのだ。ゆえにルバイットはフォージの立てた策に乗った自分の判断に間違いはなかったと確信していた。その内しびれを切らしたナイシスタは強引に行動を起こす。そして失敗し這々ほうほうていで逃げ出すシャーベルの連中を悠々ゆうゆうと狩ってやれば良い。そう思っていた。

 だがここへ来てのこの大騒動、あまりに都合が良いではないか。ポリエがこれはナイシスタの仕掛けだと、そう勘繰かんぐるのも無理はない。


「おい、動いたぞ!」


 窓に張り付き外の様子をうかがっていたディンガンが声を上げた。窓に集まったルバイット達の目に映ったのは、南大通りを街の中心に向かい走ってゆく衛兵隊の姿だった。


「お、ありゃ門兵だな。さっき話を聞いた奴もいる」


 フォージがそう言うとディンガンは「正確には外縁がいえん警備隊と言うらしい。門や街の外縁がいえん部を守る連中だそうだ」と補足ほそくした。


「しかしあの連中が無傷でいるとなると……いよいよロッザーノの説が信憑性しんぴょうせいを増してくる」


 ディンガンがそう呟くと「おう、だからそう言ってんじゃねぇか」とロッザーノは胸を張る。


一先ひとまずそれは置いとけ」


 そう言いながらルバイットは窓から離れ椅子に腰を下ろす。


「ついでにこのバカ騒ぎ、祭りの主催者が誰なのかって事もな。重要なのはだ、この騒動を黙って見てる程ナイシスタはにぶくもなけりゃあ臆病でもねぇって事だ……動くぞ、あの女……」


「だろうな」


 ディンガンは同意し腕を組む。そして「俺達もだろ?」とルバイットに問い掛ける。


「ハッ、当然だ。だが……」


 そう言い掛けてルバイットは黙る。そして右のこめかみ辺りを指でトントンと叩く。やがてピタリと指が止まり、ルバイットは静かに口を開いた。


「少し……プランを変える」


「変えるって……この土壇場でか!?」


 ポリエは驚いて声を上げた。確かに予期せぬ事態が起きているのは間違いない。しかしこのおよんでプラン変更などと……いぶかしがるポリエ対し、ルバイットは「まぁ聞け」とニヤリと笑う。


「あの衛兵共……外縁警備隊か? 連中は街の中心へ向かった。背後からオークを削るつもりだろう。恐らく他の地区の警備隊も動いているはずだ。だからよ……連中に手ぇ貸してやろうぜ?」


「手ぇ貸すって……オークを叩くのか!?」


 ポリエと同じくロッザーノも驚きの声を上げる。当然だろう、自分達にはオークを倒してやる義理などないのだから。


「おいルバイットさん! そいつぁ承服出来ねぇな! 約束が違うぜ!」


 フォージもルバイットに食って掛かる。ナイシスタが動くであろうこの時に、オークなどにかまけている余裕などないはずだ。ルバイットは「待て待てフォージ。約をたがえるつもりはねぇ、ちゃんと説明させろ」とフォージをなだめる。


「良いか、俺はシャーベルの王子暗殺は失敗すると見ていた。失敗して逃げ出す連中をサクッと殺っちまえば良いと、そう考えていた。だが状況が変わった。街の中心部は大混乱におちいってるだろうよ。そうなると、シャーベルの王子暗殺に成功の目も出てくる。そう思わねぇか?」


 ルバイットの問い掛けに「まぁ……そうかも知れねぇが……」とフォージは渋々答える。


「だろ? おまけに混乱の最中さなか、シャーベルの逃亡を許しちまう可能性だって出てくるだろうよ。王子を殺られ、連中に逃げられ、そうなりゃ俺達にとっちゃ良いトコなしだ。誰に恩を売りゃあ良いって話だぜ」


「だからオークを……叩くと?」


 ディンガンがそう問い掛けるとルバイットはニヤリと笑い「そうだ」と答える。


「手札は多い程良いってな。オークを叩きゃあ少なくともダグベには恩を売れる。いくら俺達を嫌っているとは言えだ、てめぇんトコの街を守る為に働いたヤツを無下にする程、この国の王は話が分からねぇ訳じゃねぇだろ。俺としちゃあイオンザでもダグベでも、どっちでも良いんだよ」


「だがそれじゃあ……!」


 声を荒らげ反論しようとするフォージ。ルバイットは「分かってるってんだ、約はたがえねぇと言っている」と言葉を被せる。


「どっちに転んだとしても、事が終わりゃあすぐにデーナに使いを出してガキ共を助ける。フォージ、それは間違いなく履行りこうしてやるさ。そして仮に今回ナイシスタを取り逃がしたとしても、次のチャンスは絶対に巡ってくる。俺達がこうなった以上は、さすがにダッケインも黙っちゃいねぇだろう。裏切り者には死をってな。つまりブロン・ダ・バセル本隊とやり合う機会がやってくる。ナイシスタの首はその時までのお楽しみだ」


「…………」


 無言のフォージ。ルバイットは更に言葉を続ける。


「とは言えだ、まだ何がどうなるかなんてな分からねぇ。だからナイシスタとシャーベルを仕留めるっつう基本姿勢は変わらねぇ。だが世の中ってのはまぁ段取り通りにゃいかねぇもんだ。今のこの状況も間違いなくイレギュラーだ。そんな中であれもこれもと欲張ったら一つも手には残らねぇ。だったら確実に一つ、手に入れるべきじゃねぇか? お前も……俺達もよ」


 真っ直ぐにフォージを見るルバイット。フォージは視線を伏せしば逡巡しゅんじゅん、そして視線を上げるとルバイットを見た。


「……分かった。それで良い」


 フォージの返答を聞き「お前らはどうだ?」とポリエらに問うルバイット。皆無言でうなずいた。


「良し。ディンガン、街の外にいる連中も全員中に引き入れろ。楽しい狩りの時間だ。ロッザーノ、今夜のメインディッシュはポークチョップだ。たらふく食えるぜぇ?」


「おいマジか!? オークって…………食えんのか?」


 まさかの返答をするロッザーノ。ポリエは「気色の悪い事を言うな!」と怒鳴った。


「食える訳がないだろうが! つらや耳だけじゃなくオツムまで悪いとは……本当に救えない……」


「あぁ!? てめこのポリエ! 賢いフリしてんじゃねぇぞ!」


 呆れるポリエに噛みつくロッザーノ。「止めろ」と言いながらルバイットは立ち上がる。


「じゃれんのは全部終わった後にしな。行動開始だ!」



 ◇◇◇



 同刻。護衛を務める数人の騎士とダクベ王国王女ベルカをともない、ジェスタがデバンノ宮殿へ戻ってきた。広間へ入るやジェスタは皆を集め、城で聞いた街の現状を説明し始める。


「──何と……宮殿の兵達の話す通りオークの襲撃とは……ベルカ様、さぞご不安でありましょう。わしらにお任せを、必ずやお守り致しますぞ」


 ノグノはニコリとベルカに微笑み掛ける。するとベルカもまた「はいノグノ様、ありがとうございます」と微笑みを返した。


「お気遣い嬉しゅう存じます。ですが不安などありません。城や街には騎士団や軍が、そしてここにはジェスタ様や皆様がいらっしゃいます。何を怖い事がありましょうか?」


(ホッ、これは……さすがは未来の奥方様か)


 ノグノは感心した。穏やかな笑みを浮かべ落ち着いて話すベルカの言葉は曇りなき本心であろう。つまり心底軍や我らの事を信じているのだ。そして恐らくそれらを言葉にする意味も理解している。その言葉で我らは勿論、同行している騎士やこの場にいる宮殿警備のダグベ兵達の士気も上がるというもの。更にその落ち着いた振る舞いは、宮殿内に広がる不安や焦りといった負の感情を和らげる一助いちじょともなるだろう。現にジェスタの説明でにわかに張り詰めた場の空気が幾分いくぶん柔らかくなっている。ベルカ殿下はご自身の役回りというものを充分にご理解されていると、ノグノはそう思った。


「ホッ、まさにまさに……おっしゃる通りにございますなぁ」


 ノグノが笑いながらそう話すと「で、ございましょう?」とベルカもまた笑って返した。そんな二人の様子を見てジェスタの顔にも自然と笑みが浮かぶ。が、すぐにその笑みも消えた。


「とは言え、敵の勢いも馬鹿に出来ぬ。北側は大分だいぶ押し込まれており、すでに城門に取り付かれようかという状況らしい。そして南ではロナとコウ殿がオークの集団と交戦中とか……」


 ジェスタの言葉に広間の隅に控えていたリンがピクリと反応する。


(え!? ロナちゃん戦ってんの? 大丈夫かなぁ……)


 仲間意識の強い彼らの事だ、きっとすぐに救援に向かうのだろう。リンはそう思ったが、しかしジェスタ達の反応は意外なものだった。


「そうですか。あの二人が頑張ってくれれば、南からの圧はいくらか緩くなりそうですね」


「ああ。二人が戻れば街の様子も更に詳細に……」


(え、ちょ……助けに行かないの!?)


 ミゼッタとジェスタのやり取りにリンは驚いた。ロナが強いのは知っている。迅雷もまぁそこそこ・・・・やるのだろう。しかしさすがに放っておくのどうなのか。


(ちょっと殺し屋、なんか発言しなさいよ!)


 リンは澄まし顔のまま精一杯ラベンを睨む。しかしラベンはジェスタの後ろで微動だにせず立ったままだ。


(もぉ~、なんだあの置物!)


 リンはたまらずすぅ~、とミゼッタの側まで近付くと「あの、ミゼッタちゃん……様……」と小声で話し掛ける。察したミゼッタもまた「なぁにリーナちゃん?」と小声で返した。


(ロナちゃん、助けに行かないの? 二人ってこれ……いくらロナちゃんが強くても……)


 心配そうに話すリンを見てミゼッタはクスリと笑う。


(大丈夫よリーナ。ロナ一人なら心配だけどコウが一緒だから。コウは過去に二度オークと戦ってる経験者。そしてその経験を抜きにしてもまぁ……コウなら問題ないわ)


(う~ん……まぁミゼッタちゃんがそう言うなら……)


 リンは渋々ミゼッタの側を離れ元の位置に戻った。そして首をかしげる。


迅雷じんらいって……そんなスゴイの?)


 リンが迅雷じんらいの力を疑問視しているのと同時に、ミゼッタもまたとある懸念けねんを抱いていた。


(心配って言うならあの二人よりも……)


「ねぇラベン。ヤリスはまだ戻ってないの?」


 ラベンはチラリとミゼッタを見て、しかしその表情を一切崩す事なく「ああ、まだだ」と短く答えた。ヤリスはあるじであるグレバン・デルン侯爵一行がいつ王都に到着しても良い様に、今朝方から西大通り付近に出迎えに出ていた。ヤリスがオークと遭遇している可能性は充分にあるだろう。


「そうか、ヤリスはまだ戻っていないか」


 ジェスタはそう呟くとしばし考え、そして「良し」と口を開いた。


うちイオンザの兵を西側に向かわせよう、ヤリスが心配だ。それに万一グレバンらが王都に到着していたら一大事、姉上も共におる……ラベン!」


 ジェスタの呼び掛けにラベンは「は。すぐに手配を」と告げて広間を出る。するとノグノは「それではジェスタ様、わしは城の北門でよろしゅうございますか?」と問い掛けた。ジェスタはスッとノグノに目を向けると「ノグノ……頼めるか?」と答えた。


「ホッ、無論にございます。しかしそのおっしゃりよう……ジェスタ様も同じ事をお考えでおいででしたか」


「ああ。陛下からはベルカと宮殿にいてくれと言われた……しかし何もせぬ訳には……」


左様さようにございますな。陛下にはまことお助け頂いてばかり……今こそわずかながらでも、そのご恩にむくいる時かと。なればわしがジェスタ様に成り代わり、北門の守備に助力致しましょう」


「…………頼む」


 まるで懇願こんがんでもしているかの様に重く響くジェスタの一言。ノグノはえて柔らかく「ホッ、お任せを」と笑顔で答えた。そして席を立つノグノに「ノグノ様、つゆ払いは必要ありませんか?」と声を掛けたのはミゼッタだ。


「無用ぞミゼッタ。そなたはお二人をお守りして……」


 ここに残れと言い掛けたノグノ。しかし「いや、二人で行ってくれ」とジェスタはさえぎった。


「ラベンや警備兵、騎士もいる。ここは大丈夫だ。万一ノグノに何かあれば、それは途轍とてつもない痛手となる。ミゼッタ、頼むぞ」


(ホッ、相変わらずお優しい……)


 やれやれ、といった表情のノグノ。しかしこの身を案じてくれているその思いを無下に出来るはずがない。


「……ではミゼッタ、参るぞ。ちゃちゃっと済まそうかの」


「はいノグノ様。サクッとやっちゃいましょう」



 ◇◇◇



 ジェスタらが広間で現状の確認を行っているまさにその時、人目を避ける様に裏庭の隅に集まる複数の人影があった。ジェスタの命を狙うダグベ軍人達だ。


「どうする? まさかベルカ殿下に騎士団までついて来るとは……」


「間違ってもベルカ殿下には手は出せないぞ?」


「それにこの状況下で今更毒殺も……」


「分かっている。とにかく様子を見よう。状況が更に混乱すれば、きっと隙も生まれる。これは間違いなく好機だ、逃す訳にはいかない……」



 ◇◇◇



 更に同刻。デバンノ宮殿に程近いイムザン教の教会。その高い鐘塔しょうとうに登る二つの影。羽織はおった真っ黒のローブは勿論闇にまぎれる為であり、それはある意味彼らの正装とも言える装束しょうぞくである。


「全く、どうなってんだか……」


 鐘塔しょうとうから街を見回したトラドは呆れる様に呟いた。あちこちで上がる火の手、あちこちで崩れる建物、あちこちでうごめく巨体。イレギュラー中のイレギュラーではあるが、これ以上ないチャンスでもある。しかし同時にこうも思う。


(チッ……呪われてんのか、俺は)


 使い物にならない荷物を抱え、北の果ての様なこんな田舎まで来て、更にはこの大混乱である。呪われているのでなければ一体何なのか。単に運が悪いでは説明が付かない。


「しかしまぁ、やるしかねぇか……」


 諦めのため息と共にトラドは使い物にならない荷物に目をやった。女は鐘塔のへりに腰を掛けぼんやりとしている。トラドは「チッ……」と舌打ちした。


「良いかガキ、何もする必要はねぇ。足だけは引っ張んな、それだけだ」


 トラドの言葉が聞こえているのかいないのか、女はただぼんやりと街を眺めている。


(本当、大丈夫かよコイツ……)


 一抹いちまつの不安を抱えながら、トラドは宮殿に視線を移した。いつ機が訪れるか分からない。アルアゴスの名にけて、失敗は許されない。

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