第257話 絡み合う思惑
扉の前に立つフォージ。思わず「またかよ……」と呟いた。部屋の中から聞こえてくる騒がしい声。フォージはため息を漏らしながら扉を開ける。
「なるほどな。て事はだポリエ。お前の話の通りだと、あのオーク共は街中に湧いて出たって事になる」
「そんな事は言っていない! オークの
「あぁ!? だからそういう事だろよ! 連中は街中に湧いて出た、だから外側は静かと……!」
フォージは言い争う二人を尻目に部屋の奥まで進むと「相変わらず仲良いじゃねぇか、あの二人」と酒を飲みながら
「全くだ、毎日飽きもせずに良くやるぜ。だがまぁ、不仲で口も利かねぇってよりは万倍マシだ」
ルバイットもまた、肩を
「で、フォージ……どうだった?」
「ああ、ロッザーノさんの推理が当たりかもな。騒がしいのは街の中心だけ、外側は全く静かなもんだ。門兵も含め、この辺の住民達にオークを見た奴は一人もいねぇ。まさに湧いて出たが
フォージの報告にピクリと反応するロッザーノ。グッと身を
「もしやこの騒動……あの女が仕組んだのでは……」
ポツリと漏らすポリエ。ルバイットは「ハッ、そりゃさすがに無理筋だ。いくらナイシスタでもオークを手に入れるツテがあるとは思えねぇ」と
都合が良いとは勿論、ナイシスタにとってという意味だ。当初ルバイットはナイシスタの第二王子暗殺は失敗すると読んでいた。宮殿、シャーベル双方にフォージの仲間が潜伏、宮殿内外の守りは厚く更に王子の側には腕の立つ側近達が
だがここへ来てのこの大騒動、あまりに都合が良いではないか。ポリエがこれはナイシスタの仕掛けだと、そう
「おい、動いたぞ!」
窓に張り付き外の様子を
「お、ありゃ門兵だな。さっき話を聞いた奴もいる」
フォージがそう言うとディンガンは「正確には
「しかしあの連中が無傷でいるとなると……いよいよロッザーノの説が
ディンガンがそう呟くと「おう、だからそう言ってんじゃねぇか」とロッザーノは胸を張る。
「
そう言いながらルバイットは窓から離れ椅子に腰を下ろす。
「ついでにこのバカ騒ぎ、祭りの主催者が誰なのかって事もな。重要なのはだ、この騒動を黙って見てる程ナイシスタは
「だろうな」
ディンガンは同意し腕を組む。そして「俺達もだろ?」とルバイットに問い掛ける。
「ハッ、当然だ。だが……」
そう言い掛けてルバイットは黙る。そして右のこめかみ辺りを指でトントンと叩く。やがてピタリと指が止まり、ルバイットは静かに口を開いた。
「少し……プランを変える」
「変えるって……この土壇場でか!?」
ポリエは驚いて声を上げた。確かに予期せぬ事態が起きているのは間違いない。しかしこの
「あの衛兵共……外縁警備隊か? 連中は街の中心へ向かった。背後からオークを削るつもりだろう。恐らく他の地区の警備隊も動いているはずだ。だからよ……連中に手ぇ貸してやろうぜ?」
「手ぇ貸すって……オークを叩くのか!?」
ポリエと同じくロッザーノも驚きの声を上げる。当然だろう、自分達にはオークを倒してやる義理などないのだから。
「おいルバイットさん! そいつぁ承服出来ねぇな! 約束が違うぜ!」
フォージもルバイットに食って掛かる。ナイシスタが動くであろうこの時に、オークなどにかまけている余裕などないはずだ。ルバイットは「待て待てフォージ。約を
「良いか、俺はシャーベルの王子暗殺は失敗すると見ていた。失敗して逃げ出す連中をサクッと殺っちまえば良いと、そう考えていた。だが状況が変わった。街の中心部は大混乱に
ルバイットの問い掛けに「まぁ……そうかも知れねぇが……」とフォージは渋々答える。
「だろ? おまけに混乱の
「だからオークを……叩くと?」
ディンガンがそう問い掛けるとルバイットはニヤリと笑い「そうだ」と答える。
「手札は多い程良いってな。オークを叩きゃあ少なくともダグベには恩を売れる。いくら俺達を嫌っているとは言えだ、てめぇんトコの街を守る為に働いたヤツを無下にする程、この国の王は話が分からねぇ訳じゃねぇだろ。俺としちゃあイオンザでもダグベでも、どっちでも良いんだよ」
「だがそれじゃあ……!」
声を荒らげ反論しようとするフォージ。ルバイットは「分かってるってんだ、約は
「どっちに転んだとしても、事が終わりゃあすぐにデーナに使いを出してガキ共を助ける。フォージ、それは間違いなく
「…………」
無言のフォージ。ルバイットは更に言葉を続ける。
「とは言えだ、まだ何がどうなるかなんてな分からねぇ。だからナイシスタとシャーベルを仕留めるっつう基本姿勢は変わらねぇ。だが世の中ってのはまぁ段取り通りにゃいかねぇもんだ。今のこの状況も間違いなくイレギュラーだ。そんな中であれもこれもと欲張ったら一つも手には残らねぇ。だったら確実に一つ、手に入れるべきじゃねぇか? お前も……俺達もよ」
真っ直ぐにフォージを見るルバイット。フォージは視線を伏せ
「……分かった。それで良い」
フォージの返答を聞き「お前らはどうだ?」とポリエらに問うルバイット。皆無言で
「良し。ディンガン、街の外にいる連中も全員中に引き入れろ。楽しい狩りの時間だ。ロッザーノ、今夜のメインディッシュはポークチョップだ。たらふく食えるぜぇ?」
「おいマジか!? オークって…………食えんのか?」
まさかの返答をするロッザーノ。ポリエは「気色の悪い事を言うな!」と怒鳴った。
「食える訳がないだろうが!
「あぁ!? てめこのポリエ! 賢いフリしてんじゃねぇぞ!」
呆れるポリエに噛みつくロッザーノ。「止めろ」と言いながらルバイットは立ち上がる。
「じゃれんのは全部終わった後にしな。行動開始だ!」
◇◇◇
同刻。護衛を務める数人の騎士とダクベ王国王女ベルカを
「──何と……宮殿の兵達の話す通りオークの襲撃とは……ベルカ様、さぞご不安でありましょう。わしらにお任せを、必ずやお守り致しますぞ」
ノグノはニコリとベルカに微笑み掛ける。するとベルカもまた「はいノグノ様、ありがとうございます」と微笑みを返した。
「お気遣い嬉しゅう存じます。ですが不安などありません。城や街には騎士団や軍が、そしてここにはジェスタ様や皆様がいらっしゃいます。何を怖い事がありましょうか?」
(ホッ、これは……さすがは未来の奥方様か)
ノグノは感心した。穏やかな笑みを浮かべ落ち着いて話すベルカの言葉は曇りなき本心であろう。つまり心底軍や我らの事を信じているのだ。そして恐らくそれらを言葉にする意味も理解している。その言葉で我らは勿論、同行している騎士やこの場にいる宮殿警備のダグベ兵達の士気も上がるというもの。更にその落ち着いた振る舞いは、宮殿内に広がる不安や焦りといった負の感情を和らげる
「ホッ、まさにまさに……
ノグノが笑いながらそう話すと「で、ございましょう?」とベルカもまた笑って返した。そんな二人の様子を見てジェスタの顔にも自然と笑みが浮かぶ。が、すぐにその笑みも消えた。
「とは言え、敵の勢いも馬鹿に出来ぬ。北側は
ジェスタの言葉に広間の隅に控えていたリンがピクリと反応する。
(え!? ロナちゃん戦ってんの? 大丈夫かなぁ……)
仲間意識の強い彼らの事だ、きっとすぐに救援に向かうのだろう。リンはそう思ったが、しかしジェスタ達の反応は意外なものだった。
「そうですか。あの二人が頑張ってくれれば、南からの圧はいくらか緩くなりそうですね」
「ああ。二人が戻れば街の様子も更に詳細に……」
(え、ちょ……助けに行かないの!?)
ミゼッタとジェスタのやり取りにリンは驚いた。ロナが強いのは知っている。迅雷もまぁ
(ちょっと殺し屋、なんか発言しなさいよ!)
リンは澄まし顔のまま精一杯ラベンを睨む。しかしラベンはジェスタの後ろで微動だにせず立ったままだ。
(もぉ~、なんだあの置物!)
リンは
(ロナちゃん、助けに行かないの? 二人ってこれ……いくらロナちゃんが強くても……)
心配そうに話すリンを見てミゼッタはクスリと笑う。
(大丈夫よリーナ。ロナ一人なら心配だけどコウが一緒だから。コウは過去に二度オークと戦ってる経験者。そしてその経験を抜きにしてもまぁ……コウなら問題ないわ)
(う~ん……まぁミゼッタちゃんがそう言うなら……)
リンは渋々ミゼッタの側を離れ元の位置に戻った。そして首を
(
リンが
(心配って言うならあの二人よりも……)
「ねぇラベン。ヤリスはまだ戻ってないの?」
ラベンはチラリとミゼッタを見て、しかしその表情を一切崩す事なく「ああ、まだだ」と短く答えた。ヤリスは
「そうか、ヤリスはまだ戻っていないか」
ジェスタはそう呟くと
「
ジェスタの呼び掛けにラベンは「は。すぐに手配を」と告げて広間を出る。するとノグノは「それではジェスタ様、わしは城の北門で
「ホッ、無論にございます。しかしその
「ああ。陛下からはベルカと宮殿にいてくれと言われた……しかし何もせぬ訳には……」
「
「…………頼む」
まるで
「無用ぞミゼッタ。そなたはお二人をお守りして……」
ここに残れと言い掛けたノグノ。しかし「いや、二人で行ってくれ」とジェスタは
「ラベンや警備兵、騎士もいる。ここは大丈夫だ。万一ノグノに何かあれば、それは
(ホッ、相変わらずお優しい……)
やれやれ、といった表情のノグノ。しかしこの身を案じてくれているその思いを無下に出来るはずがない。
「……ではミゼッタ、参るぞ。ちゃちゃっと済まそうかの」
「はいノグノ様。サクッとやっちゃいましょう」
◇◇◇
ジェスタらが広間で現状の確認を行っているまさにその時、人目を避ける様に裏庭の隅に集まる複数の人影があった。ジェスタの命を狙うダグベ軍人達だ。
「どうする? まさかベルカ殿下に騎士団までついて来るとは……」
「間違ってもベルカ殿下には手は出せないぞ?」
「それにこの状況下で今更毒殺も……」
「分かっている。とにかく様子を見よう。状況が更に混乱すれば、きっと隙も生まれる。これは間違いなく好機だ、逃す訳にはいかない……」
◇◇◇
更に同刻。デバンノ宮殿に程近いイムザン教の教会。その高い
「全く、どうなってんだか……」
(チッ……呪われてんのか、俺は)
使い物にならない荷物を抱え、北の果ての様なこんな田舎まで来て、更にはこの大混乱である。呪われているのでなければ一体何なのか。単に運が悪いでは説明が付かない。
「しかしまぁ、やるしかねぇか……」
諦めのため息と共にトラドは使い物にならない荷物に目をやった。女は鐘塔の
「良いかガキ、何もする必要はねぇ。足だけは引っ張んな、それだけだ」
トラドの言葉が聞こえているのかいないのか、女はただぼんやりと街を眺めている。
(本当、大丈夫かよコイツ……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます