第232話 斯くして魔女は邪悪に笑う 17

 特務隊がマーデイ領都レテスを出立しておよそ一日半。遂に目的地であるガントへと入る。どうやら王都から特別な部隊が来るらしい。そう住民達から噂されていた特務隊一行は村に入るや熱烈な歓迎を受けた。

 いつ敵が攻めてくるのかと気が気でない毎日を送る住民達にとって、新たな援軍の到着は間違いなく明るい話題だ。彼らは自分達の住む村を守ってくれる英雄なのだ。しかし住民達は知らない。彼らは死に場所を求めてここを訪れたのだという事を。



 ◇◇◇



「ほう、ではガントの北は山に囲まれていると」


「はい。鉄が見つかるくらいです、北側は四方を山に囲まれています」


 ディルの問い掛けにデルカルは広げた地図を指差しながら答える。


 村のすぐ外を野営地と決めた特務隊。荷の積み下ろしを行っていた彼らのもとへ、デルカルと近領より援軍に来ている部隊の指揮官三人が訪れた。敵部隊の動きが想定よりも速く、その為すぐにでも軍議を行う必要があったのだ。ディルは野営地の一画に陣幕を張らせると、休憩もそこそこに軍議に入った。


「敵本隊がしていた樹海、そこからここガントへ向かうには山間の細い道を通ります。そしてその先、ガントの手前で視界が開け四方を山に囲まれた小さな盆地に入ります。その奥がガントです」


「抜け道や迂回路はないのかね?」


 援軍部隊の指揮官の一人、白髪の老将の問いに「あります。が、そちらは無視して良いでしょう」とデルカルは答える。


「大部隊での移動には適していません、道が狭すぎます。何より敵は真っ直ぐガントを目指すはずです」


「根拠は?」


 次に口を開いたのは長い髪を後ろで縛った若い指揮官。「連中が我らをめているゆえです」とデルカルは答える。


「先の一計が効いているのです。もはやまともな援軍は来ないだろうと、敵はたかくくっている。ならばあと悠々ゆうゆうとガントへ向かうのみ。大部隊を見せつければ戦わずしてガントは降伏するかも知れません。私が向こうの指揮官でもそうするでしょう」


「なるほど、道理だな。リッカブラン卿もえて名を落とした甲斐があったという所か」


 長い髪の指揮官が呟く様にそう話すと、デルカルは「しかし落としっぱなしと言うのは余りに申し訳がないと言うもの……」と続ける。すると白髪の老将は「しかり」と同意する。


「その為に我ら援軍組は南より北に移った。デルカルよ、これで南を抜かれでもしたらえらい事だぞ?」


「ご心配には及びません、足止めするだけなら如何様いかようにも」


 さらりと答えるデルカル。「ハハハハッ、これは頼もしい!」と大柄おおがらな指揮官が声を上げた。


「王都の第三大隊だけで充分か。ゴート将軍が居らぬでも軍は安泰だな。で、デルカル殿。我ら援軍組はどこに配置を?」


「はい、こちらに。皆さんには最終防衛ラインにて備えて頂きたい」


 そう言いながらデルカルが指し示したのはガントのすぐ手前。その位置を見て大柄おおがらな指揮官は「むぅぅ……」と唸る。


「最後方か……これでは武功を立てられん」


 不満顔の大柄な指揮官。デルカルは「申し訳ございませんがご容赦ようしゃを……」と彼をなだめ説明する。


「皆さん援軍組は最後の砦。万が一に備えて頂きたい。と同時に、極力皆さんを無傷でお返ししたいとの伯爵のご意向もあり……しかしそれ以外にも、皆さんの配置がこの場所である意味があります」


「それは我らに証人になれと……そういう意味だな?」


 白髪の老将がそう問うと、デルカルは大きくうなずいた。


「特務隊の最期を……如何いかにして戦い死んだのか。いや、殺されたのか……皆さんにはその凶行・・の目撃者となって頂きたい。そして――」


(凶行……ね)


 デルカルの話を聞きながら、長い髪の指揮官はちらりとディルを、そして同席している若い魔導師を見る。お互い全て納得くで殺し殺される、予定調和とも言える仕組まれた凶行を演じる二人。この奇妙な関係性の二人は、共に眉一つ動かす事なくまさに泰然たいぜんとした様子でデルカルの話を聞いている。


(さすがに……迷い悩む時などとっくに過ぎているか)


 二人の様子からすでに覚悟は決めているのだろうと判断した長い髪の指揮官。であれば他に確認すべき事は決まっている。


「済まん、今更何なんだが……」


 軽く右手を挙げながら切り出す長い髪の指揮官。皆の視線が集まる中彼はレイシィを見る。


「君の魔法……信じて良いのか?」


 事前に新型魔法の話は聞いている。だが実際に見た訳ではない。特務隊と同時に敵をほふるなどと、一体どれ程の規模の魔法なのか。彼女が失敗すれば、もしくはそもそもその魔法がそれ程のものではなかったら、敵の大部隊を押さえる役は自分達に回って来る事になる。そう考えたら確認せずにはいられないだろう……と、レイシィは彼の懸念けねんする所を理解し「もっともな疑問ですね」と返答する。


「ですがその点はご心配なく。私はこの魔法の発案者です、誰よりもこの魔法を理解していると自負します。出来ない事を出来るとは言いませんよ。特務隊の皆さんが変に苦しまない様に初手で全力を出します。一撃で魔力の大半を使う事になりますので二の矢三の矢はありませんが……まぁ、敵が進軍を躊躇ちゅうちょするくらいの被害は与えてやりますよ」


(ふむ……)


 気負っている様子でもうそぶいているふうでもない。彼女の言葉から感じられるのは自然と溢れ出る自信。長い髪の指揮官は「そうか。ならば何も言う事はない」と納得した。しかし直後、「……本当に良いのかね?」と今度は白髪の老将がレイシィに問い掛けた。


「最初聞いた時は何と救いのない話かと思ったものだが……だがそれが国の意向である以上、わしらは何ら手心を加える事なく話を広めるつもりだ。つまりあんたを……悪とする。まぁ何だ、不憫ふびんとは思うが……」


 気不味そうな顔でそう話す白髪の老将。レイシィはくすりと笑う。見るからに経験豊富な歴戦の将であろう軍人が、自分の様な小娘に気を使っているのが何だかおかしく感じたのだ。しかしすぐに表情を戻したレイシィは真っ直ぐに白髪の老将を見ながら答える。


「お気遣い感謝致します。ですが悪の魔導師としての振る舞いこそ私の役目ですので」


 あまりに堂々としたレイシィの態度に、白髪の老将は「ほぅ、言いおる」と感心した様に呟いた。すると再び大柄な指揮官は「ハハハハッ、良いぞ! 気に入った!」と笑う。そして「もはや武功云々うんぬんなど細かいことは言わん。悪の魔導師に悲劇の部隊よ、うれいなく務めを果たせ!」と声を上げた。悲劇の部隊。その言葉を聞いたディルは笑いながらトンと地図に指を置く。


「では、我ら悲劇の部隊の死地はここで良いな?」


 そこは盆地の入口付近。デルカルは「結構です、敵軍が盆地に入ったら仕掛けて下さい」と答える。


「レゾナブルを持ってきていると聞いていますが?」


 そう問い掛けるデルカルにディルはニヤリと笑って見せ「無論だ。悪魔の薬の力、如何いか程のものかお見せしよう」と話し腕を組む。続けてデルカルはレイシィに視線を向けると「タイミングは任せる。出来れば敵の半数程を巻き込んで欲しい。どうか?」と尋ねる。レイシィは「お任せを」と短く答えた。


「ベニバスさん、貴方にもお話が」


 続けてデルカルは終始険しい表情で話を聞いていたベニバスを見る。


「レイシィと貴方が一緒にいる姿を周りに見せたくはありません。貴方までこの事件に関わっていると疑われてしまいます。出来れば村に留まって身を隠して頂きたいのですが……」


「断る。全てを見届けるむね、陛下や殿下にもご承知頂いた」


「……ですよね。では出来るだけ離れた場所から見届けて下さい。援軍組の皆さん、あの場に居たのは女の魔導師だけだと、首謀者の情報に関してはそう徹底を。さて、敵本隊の数はおよそ一千、現在の進軍速度からすると明日の夕刻にはガントの北に――」



 ◇◇◇



「特務隊か!」


「そうだ!」


「敵本隊が山間の中程なかほどを通過した」


「分かった、準備する」


「武運を祈る……てのはちょっと違うか?」


「ハハ、合ってるさ、ありがとうよ」


 斥候の兵は騎乗したまま敬礼すると馬を走らせる。後方に陣取る近領からの援軍部隊に伝達する為だ。報せを聞いた隊員は「隊長! そろそろだ!」と大声で叫ぶ。


 ガントでの軍議の翌日。手筈てはず通り特務隊はガントの北側、小さな盆地の入口辺りに陣を張っていた。伝令を聞いたディルは隊の皆を集め戦闘の準備を始めさせる。とは言えここが終着であり帰還する事のない特務隊にとって、準備らしい準備などほぼほぼないと言える。荷を片した所で持って帰る訳でもなく、何よりどうせ全て吹き飛んでしまうからだ。しかしそれでも気持ちの準備は必要だろう。この世と決別する為の心の準備だ。



 〜~~



「整列!」


 ディルは帯同たいどうしていたベニバスとレイシィを呼び、そして早々に戦闘準備の整った部下達を集め二人の前に整列させた。「諸君、ご苦労!」とディルは隊員達に向かい話し出す。作戦前の訓示くんじだと、二人はそう聞いていたが……


「諸君らも当然理解している事と思うが、我々特務隊は彼ら開発局第二班に対し並々ならぬ恩義がある。彼らは我々の為に持てる全ての力と知恵を出してくれた。我々が正気を保ったままこの場所まで辿り着けたのも、我々が国を守る栄誉を手にして最期を迎えられるのも、皆彼らの尽力のお陰である。出来る事なら彼ら全員に別れを告げたい所ではあるが、残念ながらそれは叶わぬ。ならばせめて、今この場にいるこの二人には我々の想いを伝えようではないか。開発局第二班のメンバーに対し最大限の感謝を、そして彼らに無限の幸福が訪れん事を切に願い…………敬礼!!」


 ディルの号令と共にバババッと一斉に特務隊全員がベニバスとレイシィに向かい敬礼をする。驚いた二人は互いに顔を見合わせ、そして「フフ……」と笑い敬礼をして返した。


「主任、色々と済まなかったな」


 ディルはそう言うと前に進み出てベニバスに右手を伸ばす。「何を今更……」と笑いながら呟いたベニバスは「本懐ほんかいげられるご様子、拝見させて頂きます」とディルの右手をがっちりと掴み握手する。ディルは「……感謝する」と言うとレイシィにも右手を伸ばす。が、レイシィは両手を後ろに回し「止めときましょう」と首を振った。


「変に情でも湧いて魔法を放てなくなったら困ります」


 レイシィはそう話すと笑顔を見せる。どこか切ないその笑顔見たディルは差し出した右手を下ろし「確かに……それは困るな」と笑いながら答えた。


「じゃあ主任、行きましょう」


 まるで未練を断ち切るかの様に、レイシィはくるりと背を向け歩き出す。「目星は?」と問い掛けるベニバスに、レイシィはスッと前方を指差す。


「あの崖の上……ここに着いてすぐに確認しました。あそこならこの辺を見渡せます。脇の方から登れますんで」


 前方、レイシィの指差す先には高さ十メートル程の切り立った崖がある。確かにあの上からであれば戦場となるこの場所が良く見えるだろう。


「なるほど。良さそうだな」


 二人は崖に向かい歩く。と、少し進むとレイシィは立ち止まり軽く後ろを振り向いた。そんな気はまるでなかったのだが、やはり簡単には割り切れない。後ろ髪を引かれて当然だろう。背後に見える特務隊はすでに前進を始めていた。敵部隊を迎え撃つ態勢を整える為だ。しかしそんな中、その場に留まりこちらを見ながら右の拳を突き出している三人の男の姿があった。


(……パンツの人達)


 レイシィを見送っていたのはイーダ・パンツァーノと二人の仲間。拳を突き出し相手に向けるのにはげきを飛ばすという意味がある。


 ぶちかましてやれ。


 イーダ達はレイシィにそんなメッセージを送っていたのだ。拳を突き出す彼らの姿を見たレイシィは思わず小さく笑ってしまった。


(ぶちかまされんの自分らだって……分かってんのかな)


 レイシィは再び前を向いて歩き出す。その顔にはすでに笑みはなく、迷いも消えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る