第232話 斯くして魔女は邪悪に笑う 17
特務隊がマーデイ領都レテスを出立して
いつ敵が攻めてくるのかと気が気でない毎日を送る住民達にとって、新たな援軍の到着は間違いなく明るい話題だ。彼らは自分達の住む村を守ってくれる英雄なのだ。しかし住民達は知らない。彼らは死に場所を求めてここを訪れたのだという事を。
◇◇◇
「ほう、ではガントの北は山に囲まれていると」
「はい。鉄が見つかるくらいです、北側は四方を山に囲まれています」
ディルの問い掛けにデルカルは広げた地図を指差しながら答える。
村のすぐ外を野営地と決めた特務隊。荷の積み下ろしを行っていた彼らの
「敵本隊が
「抜け道や迂回路はないのかね?」
援軍部隊の指揮官の一人、白髪の老将の問いに「あります。が、そちらは無視して良いでしょう」とデルカルは答える。
「大部隊での移動には適していません、道が狭すぎます。何より敵は真っ直ぐガントを目指すはずです」
「根拠は?」
次に口を開いたのは長い髪を後ろで縛った若い指揮官。「連中が我らを
「先の一計が効いているのです。もはやまともな援軍は来ないだろうと、敵は
「なるほど、道理だな。リッカブラン卿も
長い髪の指揮官が呟く様にそう話すと、デルカルは「しかし落としっぱなしと言うのは余りに申し訳がないと言うもの……」と続ける。すると白髪の老将は「
「その為に我ら援軍組は南より北に移った。デルカルよ、これで南を抜かれでもしたらえらい事だぞ?」
「ご心配には及びません、足止めするだけなら
さらりと答えるデルカル。「ハハハハッ、これは頼もしい!」と
「王都の第三大隊だけで充分か。ゴート将軍が居らぬでも軍は安泰だな。で、デルカル殿。我ら援軍組はどこに配置を?」
「はい、こちらに。皆さんには最終防衛ラインにて備えて頂きたい」
そう言いながらデルカルが指し示したのはガントのすぐ手前。その位置を見て
「最後方か……これでは武功を立てられん」
不満顔の大柄な指揮官。デルカルは「申し訳ございませんがご
「皆さん援軍組は最後の砦。万が一に備えて頂きたい。と同時に、極力皆さんを無傷でお返ししたいとの伯爵のご意向もあり……しかしそれ以外にも、皆さんの配置がこの場所である意味があります」
「それは我らに証人になれと……そういう意味だな?」
白髪の老将がそう問うと、デルカルは大きく
「特務隊の最期を……
(凶行……ね)
デルカルの話を聞きながら、長い髪の指揮官はちらりとディルを、そして同席している若い魔導師を見る。お互い全て納得
(さすがに……迷い悩む時などとっくに過ぎているか)
二人の様子からすでに覚悟は決めているのだろうと判断した長い髪の指揮官。であれば他に確認すべき事は決まっている。
「済まん、今更何なんだが……」
軽く右手を挙げながら切り出す長い髪の指揮官。皆の視線が集まる中彼はレイシィを見る。
「君の魔法……信じて良いのか?」
事前に新型魔法の話は聞いている。だが実際に見た訳ではない。特務隊と同時に敵を
「ですがその点はご心配なく。私はこの魔法の発案者です、誰よりもこの魔法を理解していると自負します。出来ない事を出来るとは言いませんよ。特務隊の皆さんが変に苦しまない様に初手で全力を出します。一撃で魔力の大半を使う事になりますので二の矢三の矢はありませんが……まぁ、敵が進軍を
(ふむ……)
気負っている様子でも
「最初聞いた時は何と救いのない話かと思ったものだが……だがそれが国の意向である以上、わしらは何ら手心を加える事なく話を広めるつもりだ。つまりあんたを……悪とする。まぁ何だ、
気不味そうな顔でそう話す白髪の老将。レイシィはくすりと笑う。見るからに経験豊富な歴戦の将であろう軍人が、自分の様な小娘に気を使っているのが何だかおかしく感じたのだ。しかしすぐに表情を戻したレイシィは真っ直ぐに白髪の老将を見ながら答える。
「お気遣い感謝致します。ですが悪の魔導師としての振る舞いこそ私の役目ですので」
あまりに堂々としたレイシィの態度に、白髪の老将は「ほぅ、言いおる」と感心した様に呟いた。すると再び大柄な指揮官は「ハハハハッ、良いぞ! 気に入った!」と笑う。そして「もはや武功
「では、我ら悲劇の部隊の死地はここで良いな?」
そこは盆地の入口付近。デルカルは「結構です、敵軍が盆地に入ったら仕掛けて下さい」と答える。
「レゾナブルを持ってきていると聞いていますが?」
そう問い掛けるデルカルにディルはニヤリと笑って見せ「無論だ。悪魔の薬の力、
「ベニバスさん、貴方にもお話が」
続けてデルカルは終始険しい表情で話を聞いていたベニバスを見る。
「レイシィと貴方が一緒にいる姿を周りに見せたくはありません。貴方までこの事件に関わっていると疑われてしまいます。出来れば村に留まって身を隠して頂きたいのですが……」
「断る。全てを見届ける
「……ですよね。では出来るだけ離れた場所から見届けて下さい。援軍組の皆さん、あの場に居たのは女の魔導師だけだと、首謀者の情報に関してはそう徹底を。さて、敵本隊の数は
◇◇◇
「特務隊か!」
「そうだ!」
「敵本隊が山間の
「分かった、準備する」
「武運を祈る……てのはちょっと違うか?」
「ハハ、合ってるさ、ありがとうよ」
斥候の兵は騎乗したまま敬礼すると馬を走らせる。後方に陣取る近領からの援軍部隊に伝達する為だ。報せを聞いた隊員は「隊長! そろそろだ!」と大声で叫ぶ。
ガントでの軍議の翌日。
〜~~
「整列!」
ディルは
「諸君らも当然理解している事と思うが、我々特務隊は彼ら開発局第二班に対し並々ならぬ恩義がある。彼らは我々の為に持てる全ての力と知恵を出してくれた。我々が正気を保ったままこの場所まで辿り着けたのも、我々が国を守る栄誉を手にして最期を迎えられるのも、皆彼らの尽力のお陰である。出来
ディルの号令と共にバババッと一斉に特務隊全員がベニバスとレイシィに向かい敬礼をする。驚いた二人は互いに顔を見合わせ、そして「フフ……」と笑い敬礼をして返した。
「主任、色々と済まなかったな」
ディルはそう言うと前に進み出てベニバスに右手を伸ばす。「何を今更……」と笑いながら呟いたベニバスは「
「変に情でも湧いて魔法を放てなくなったら困ります」
レイシィはそう話すと笑顔を見せる。どこか切ないその笑顔見たディルは差し出した右手を下ろし「確かに……それは困るな」と笑いながら答えた。
「じゃあ主任、行きましょう」
まるで未練を断ち切るかの様に、レイシィはくるりと背を向け歩き出す。「目星は?」と問い掛けるベニバスに、レイシィはスッと前方を指差す。
「あの崖の上……ここに着いてすぐに確認しました。あそこならこの辺を見渡せます。脇の方から登れますんで」
前方、レイシィの指差す先には高さ十メートル程の切り立った崖がある。確かにあの上からであれば戦場となるこの場所が良く見えるだろう。
「なるほど。良さそうだな」
二人は崖に向かい歩く。と、少し進むとレイシィは立ち止まり軽く後ろを振り向いた。そんな気はまるでなかったのだが、やはり簡単には割り切れない。後ろ髪を引かれて当然だろう。背後に見える特務隊はすでに前進を始めていた。敵部隊を迎え撃つ態勢を整える為だ。しかしそんな中、その場に留まりこちらを見ながら右の拳を突き出している三人の男の姿があった。
(……パンツの人達)
レイシィを見送っていたのはイーダ・パンツァーノと二人の仲間。拳を突き出し相手に向けるのには
ぶちかましてやれ。
イーダ達はレイシィにそんなメッセージを送っていたのだ。拳を突き出す彼らの姿を見たレイシィは思わず小さく笑ってしまった。
(ぶちかまされんの自分らだって……分かってんのかな)
レイシィは再び前を向いて歩き出す。その顔にはすでに笑みはなく、迷いも消えていた。
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