第156話 ジジむさい男と詰めの甘い男
「――つう訳だ、マスター。
皆のテーブルに戻ったラーゲンはゾーダと仲間達にビエットとの話し合いの中身を説明していた。終始眉間にシワを寄せ険しい表情で聞いていたゾーダは、ただ一言「……そうか」と呟いた。
「……」
「…………」
「………………いやそんだけかよ! 何かあんだろ他によぉ……まぁいいや。そんな訳だからよ、当然手を組んだ方がいいと思うんだが?」
ラーゲンの問い掛けにも無言のゾーダ。手を組んだ方が良いというのはゾーダとてもちろん理解している。当然その方が色々と都合が良いだろう。しかしその為にはストレスと戦わなければならない。あのいけ好かないキュールと行動を共にしなければならないのだ、ゾーダにとってそれはもう比較出来るものなどない程の、ぶっちぎりでこの上ないストレスなのだ。険しい表情が更に険しくなる。手を組む。本当に手を組むのか? あいつと? あのキュールと?
(そこまでの事かよ……)
しかしその内にゾーダは「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」とそれはそれは深いため息をついた。そして観念したのか若干
「致し方ない……決して納得した訳ではない。
しかし最後の言葉が出てこない。皆は心の中で思った。
(言え、言え! マスター! がんばれ、がんばれぇ!)
「承、諾……してやろう」
「「「 おぉ~…… 」」」と響き渡る皆の唸り声。あのマスターが、ゾーダ・ビネールが、犬猿の仲とも言えるキュールとの共闘を承諾したのだ。よくぞ決断した、よくぞ言った。キュールとの仲を知っている皆からすると、これは画期的で革命的で、大きな一歩であり大きな成長である。まさに感無量。
「ただし連中はサポートだ。首は俺が獲る、そこは譲れん」
「「「 はぁ~…… 」」」と皆一様にため息をついた。
「いつも通りによ、クールに行こうぜぇ? ここは向こうに譲った方が利益がデカいって、あんたにだって分かってるはずだ。実際の所よぉ、キュールと何があったんだ? 単に馬が合わねぇだけかって思ってたが、それでそこまで意固地になる意味が分からねぇ。何かあったんじゃねぇか? そこまでキュールを毛嫌いする理由がよ。その辺の事が分からねぇと俺達も素直には従えねぇぜ?」
「…………」
「別に皆に言い触らそうなんて思わねぇよ、ここにいる俺達だけで留めておく。な?」
そう言って皆の顔を見回すラーゲン。一同は
「……奴とは同郷だ。ここより南、内海沿いの小国だ。小さな国だが強かった。周辺には同じ様な小国がひしめいていてな、皆がその地域の覇権を争っていた。父と歳の離れた兄は軍人だった。そして
「おぉ、知ってるぜ。南方で名を
「ああ。その道場はリメイント流の総本山、師範はハイト・リメイントその人だった。まぁ当時ですでにかなりの高齢だったから一線は退いていたがな。それでも先生の教えを吸収すべく俺は必死に剣を振っていた。自分で言うのもなんだが、これでも筋は良かったんだ。同世代で俺に
(なるほどねぇ。確かにマスターの剣の腕は相当なもんだ、ルーツはその道場だったのか)
「その内将来の夢というものがぼんやりと生まれる。軍の剣術指南役に収まる事だ。軍人にならずに祖国に仕えるには、同時に得意の剣を
「そりゃマスターいくつの時の話だぁ?」
「十二、三くらいか」
(あ、うん……そりゃジジむさいわ。指南役なんて
「俺はそんな生意気なキュールが我慢ならなかった。奴は俺より年下だぞ? 言っては何だが、奴より俺の方が強い。だから手合わせの
(うわ……えげつねぇ……ボコった上に理詰めで説教かよ……ガキの
自分だったらどうだろうか。ゾーダの様な子供が側にいたら仲良く出来ただろうか。いや、無理だ。きっと苛めている。ラーゲンはそう思った。
「その後も何かにつけてキュールは俺に突っ掛かってきた。まぁその都度潰してやったんだがな」
(マスターの事だ、きっとガキの頃から容赦なかったんだろうな……)
そう考えると少しだけキュールが可哀想に思えてきたラーゲン。と同時にキュールがゾーダを目の
「結局それから俺の剣の腕は大した上がらなくてな。さすがは
グッとワインを喉の奥へ流し込むゾーダ。空になったグラスにワインを注ぐ。
「んじゃ何か? キュールはマスターを追っ掛けてジョーカーに来たってのか?」
「ああ、奴はそう言っていた。俺は呆れてものが言えなかったよ。俺と奴は似ている、そう言われている事は知っている、全く不本意な話だがな。無駄を嫌い合理性を求める、まぁ確かに似た所はあるのかも知れない。だがそれはほんの
そう話ながらグイッとグラスを空けるゾーダ。これで一体何杯目だろうか、酔いが回る程に話も止まらなくなる。
「昔……道場にいた頃、俺にしたのと同じ様に奴は兄弟子に喧嘩を売った。そして俺が奴にした以上にボコボコにされた。それだけならば単に奴の自業自得だ。だがその
とうとうゾーダはグラスに注ぐ事なく瓶ごとワインを飲み始めた。
「っふぅ……そうそう、こんな話もあったぞ。あれは……いつだったか? 南での依頼を引き受けて、そう、その作戦行動中の話だ。バルファからも部隊が出ていたんだが、それを率いていたのがキュールでな、奴は――」
止まる事のないゾーダの話。黙って聞いていたタンファはビエットに小声で話し掛ける。
(嫌い、って割には随分楽しそうに話すなぁ。昔の事なのによく覚えてるし)
するとビエットも小声で返す。
(ああ、全くだ。
ドン! とテーブルにワイン瓶を叩き付ける様に置くと、ゾーダは隣のテーブルのキュールを睨みながら話を続ける。
「奴は昔から何も変わっていない。面倒見がいいから皆に慕われるが、何しろ詰めが甘い。詰めが甘いから何事も中途半端な形で終わる。
そこまで話すとゾーダはおもむろに立ち上がる。そして「キュールゥ!」と大声でキュールの名を呼んだ。「何だ……」と面倒臭そうなキュール。
「お前……
「はぁ? 何だ急に……」
「事を
「そんな事……お前に関係ないだろ」
「ふん、
「お前には関係ないと言っている!」
ダン! とグラスをテーブルに叩き付けるとキュールもその場に立ち上がる。一触即発、そんな空気が漂い始めたが、ゾーダはお構いなしに話を続ける。
「条件は二つ! 一つはお前らが
ゾーダが引いた。二番隊の面々は驚いた。しかしラーゲンは「ほらな、言った通りだ。何だかんだキュールの面倒を見るんだよ」と笑いながら、そして少し呆れながら呟いた。
「お前に……そんな事を言われる筋合いは……!」と声を上げるキュールだったが「キュール! 黙ってろ!」とビエットに一喝される。「ぬぅぅ……」と唸りながらビエットを睨むキュール。しかしビエットはそんなキュールを無視してゾーダに答える。
「ゾーダ、その提案……ありがたく受けさせてもらう。キュール、異論はなしだ。甘えさせてもらおう、それしかない」
そう話すビエットに「ふん!」と悪態をつきながらドカッと椅子に座るキュール。「勝手に決めやがって……大体――」などとぶつぶつ文句を言うのが精一杯のキュールだった。
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