第240話 大幹部

離れ・・はどうだ?」


「三だ」


「三人……少な過ぎる……」


「分かってる。更にじ込めないか探っている最中だが……中々難しい」


 ガヤガヤと騒がしいパブの片隅で、二人の男が酒を飲みながら話をしている。壁側に座る男は「あまり時間は掛けられない。ナル……」と話している途中でハッと気付き、慌てて身を乗り出し小声に切り替えた。


(ナルフ隊長からもいつになるのか、と……)


 すると向かいに座る男も小声で答える。


(ああ。最悪、このまま実行に移す)


(このままって……デバンノ宮殿には三人しかいないんだろ?)


(毒だ)


(毒殺……それなら確かに、大して人手はいらないが……だがそうなると他にも協力者が必要になる。衛兵が厨房をうろつく訳にも行かないだろう。出来るだけ軍関係以外の者は引き込みたくないが……)


(だがそうも言ってられない。お前の言う通りあまり時間は掛けられないからな。現状ではあくまで第二案だが、こっちで進める可能性は高い。すでに手駒に出来そうな奴には目星を付けてある)


(……致し方なしか)


(そうだ。お前だって早いとこ……)


 向かいに座る男はキョロキョロと周りを確認し、そして更に小さな声で話を続ける。


(早いとこイオンザに行きたいだろ? このままこの国にいても先がない、上が詰まってて出世なんて望めないからな。向こうで良い目を見られると言うなら多少の無理もし甲斐がある。ナルフ隊長とフッズ教官だって、そう考えたから動いたんだろう)


 すると壁側の男も周りを気にしながら答える。


(ああ。平和なのは良い事だ、だが平和過ぎるのは問題だ。戦場でこうを立てられない。ナルフ隊長が独立大隊に残り続ける要望を軍に出していたのもそういう理由だ。いずれどこかと戦争になると、そう考えていた)


(だがそうはならなかった)


(そうだ。だから一番血の匂いが濃い国に行こうと決断したと……そう話していた)


 壁際の男はおもむろに身体を起こすとグラスを手にしグイッとワインを飲む。そしてチラリと周りを見て口を開いた。


「じゃあ、向こうには今しばらく準備に時間が掛かると……そう報告しておく。良いな?」



 ◇◇◇



「おいルバイットさん、あんたの番だぜ」


「わ〜かってんよ」


 ルバイットはチラリと隣の男の顔を見て手札から四枚のカードを選び取る。


「神の怒りか気まぐれ……か!」


 そしてバチンとテーブルに叩き付ける様にカードを出した。「……はぁ!?」と驚きの声を上げる隣の男。


「ほらよ大変動! ハッハァ! これでご破算はさんだ!」


「ふっざけんなよ!!」


 隣の男はそう怒鳴ると手にしていた自身のカードをばさりとテーブルの上にぶちまけた。


「クソッタレ!! すげぇ役出来そうだったのによ!」


「何だ、まだ気付いてねぇのか? お前良い役出来そうな時は鼻が膨らむんだよ、プクッてな」


「鼻……!?」


 ルバイットの指摘に隣の男は反射的に自身の鼻を触る。その様子を見てルバイット達は大笑いした。


 センドベル王国王都デーナ。傭兵団ブロン・ダ・バセルの幹部ルバイットの屋敷では、いつもの様に部下達が集まり持て余す時間を潰すべく思い思いに過ごしている。


「ハッハハハァ! さてさてこの回は流れた、次行くぞ〜」


 ルバイットはカードを配り直そうと皆のカードを集め始める。と、「ルバイットさん!」と一人の男が部屋に入ってきた。


「何だ、お前もやりてぇか? ちょっと待ってろ、これ終わったら……」


「違う。カーン隊の生き残りが来た」


「……生き残りぃ?」


 カードを配る手を止めると、ルバイットは報告に来た男をにらむ様に見る。するとルバイットとカードを楽しんでいた三人の男達は次々と声を上げた。


「生き残りって……全滅じゃなかったか?」

「別に皆死んだ訳じゃねぇ。とっ捕まったヤツもいる」

「どっちにしたって任務失敗してんだよ! どのつら下げて帰ってきたのか……」


「まぁ待て」


 ルバイットは右手を軽く前に出し男達を黙らせる。そして報告に来た男に「何て奴だ?」と生き残りの名を問う。男は「フォージって名乗ったぜ」と答える。


「フォージ……」


 そう呟くとルバイットは右のこめかみ辺りをトントンと指で叩き始める。そしてピタリと指を止め「通せ」と報告に来た男に指示を出す。続けてカードをしていた男達を見回し「続きはあとだ、一旦いったん外せ」と告げた。



 ◇◇◇



精々せいぜい態度にゃ気を付けろ」


 案内の為フォージを先導して廊下を歩く男がそう呟いた。「何だ?」と聞き返すフォージ。男は「あの人はナメられるのを嫌う」と答えた。


「そりゃ誰だってそうだろよ」


「ああ、誰だってそうだ。だがお前とあの人じゃ立場が違う。持ってる力も、その質も違う」


「ハッ! 俺みたいな小者は容易たやり潰されるってか?」


「そうだ。だかららなくルバイットさんを怒らせんな。お前に何かあって、後始末するのは俺達だ」


「何だ。忠告してくれるとは随分優しい奴だなと思ったが……てめぇの都合かよ」


「当たり前だ。お前がどうなろうが知った事じゃねぇ。こっちの手をわずらわせるなって話だ」


「ルバイットってのはそんな短気な野郎なのか?」


「……それは自分で確かめな」



 ◇◇◇



(おぅおぅ、豪華だねぇ……)


 複雑で細かな模様がデザインされた絨毯じゅうたんや、見るからに高そうな年代物と思われる家具類。部屋に入るや目に飛び込んできたそれら豪華な品々を見てフォージは呆れる様に笑った。


「そんなに珍しいか?」


 部屋の中央、革張りのソファーにどっしりと腰を下ろすルバイットは、部屋の中をキョロキョロと見回すフォージに問い掛けた。


「いや、道理で俺ら下のもんらに金が回ってこねぇ訳だと思ってな」


 フォージが皮肉を込めてそう答えると、ルバイットは笑いながら「そりゃ立場の違いってもんだ。俺の場所まで登ってくりゃあこの程度のもんはいくらでも手に入る」と返した。


「あんたの場所まで登れる梯子はしごなんてどこにも見当たらねぇんだが?」


 フォージがそう話すと「ハッハハハァ! そりゃそうだろよ!」とルバイットは大きく笑う。そして座っているソファーの座面ざめんをポンポンと叩くと「簡単に登ってこられる様な場所に何の価値がある? この椅子はそんなに安かねぇよ」とニヤけながら話す。


「まぁ座れ」


 ルバイットにそううながされテーブルを挟みその向かいに座るフォージ。ルバイットはゆっくりと足を組み直すとじっとフォージを見る。品定めされていると、フォージはルバイットの向ける視線にそんなに印象を受けた。若干の不快感と居心地の悪さを感じたフォージだったが、しかしルバイットが口を開くまで静かに待った。


「で、ジェフブロックのフォージ……カーンはどうなった?」


(こいつ……俺の事を知って……)


 フォージは驚いた。ルバイットはブロン・ダ・バセルの大幹部、運営方針にも口を出せる程の大物だ。そんな立場の人間が自分の様な下の者の事を知っているのだ。いや、単に名前だけならあるいは、そうおかしな話ではないのかも知れない。だが出身まで知っているというのはどうだ?


「何で俺の事を知ってやがる……って顔だなぁ?」


 戸惑いの様子を見せるフォージにルバイットはニヤリと笑う。


「カーンの下にいるって事は俺の下にいるって事だ。下のもんらの事は大抵把握しいてる。いつだって、必要だと思う情報は自然と俺のとこに集まってくるんだよ」


(リンと同じ様な事言いやがって……)


 全ての情報は自分のもとに集まると、先日マンヴェントで再会したリンはそううそぶいていた。だがそれは決して大袈裟な事ではない。リンは情報担当だ。その立場を考えると必然、様々な情報に触れる事になる。ただし自ら動いて、という場合が多い。あちこち出歩き有益な情報を集めるのだ。

 対してルバイットの言うそれは少し違う。自ら動かずとも、なのである。その立場上何もせずとも勝手に、まさに自然と情報が集まってくるのだ。同じ様な言葉を使ってはいてもその中身は大分違う。


「て、どうなんだ? カーンはどうなった?」


 改めて問い掛けるルバイット。フォージは「死んだ」と答える。「どう死んだ?」とルバイットは更に問う。フォージは「女ぁるのに夢中になって、通りすがりの魔導師にられた」と答える。


「…………はぁ? 何だそりゃ?」


「言葉の通りさ。王子を追跡中、俺らを足止めする為に残った側近の女を捕らえた。本来ならその女の口を割らせるか、あるいは女を餌にして王子を誘い出すか、まぁその辺が定石じょうせきだと思うが……だがカーンはてめぇがスッキリする事しか頭になかったのさ」


「あのバカが…………んで、その魔導師ってのは?」


「さぁな。何者かは分からねぇが、恐らく連中の仲間じゃねぇな。本当にただその場を通り掛かっただけみたいだったぜ」


「王子はどうした? 王都か?」


「ああ。マンヴェントヘ逃げ込んだらしい」


 ルバイットは腕を組み、上を向いて目を閉じると「ふぅぅぅ……」と大きく息を吐く。そして「そうか、分かった……」と呟く様に小さく言った。しかしその直後、パッと目を開けたルバイットはグッとフォージをにらみ付ける。


「だがなフォージ……その辺の事情を知ってるって事はだ、お前はその場にいたって事だな。んでだ、その場にいたという事はだ、お前はカーンを見殺しにしたと……そういう事になるがなぁ……?」


 ドスを効かせる様にすごむルバイット。フォージは「勘弁してくれよ」と両の手のひらをルバイットヘ向ける。


「俺もその魔導師にやられたんだ。運良く死にはしなかったがな、気が付いた時にゃ皆死んでいた。その魔導師も女も姿はなかったから、まぁ……そういう事なんだろうってな」


 フォージは嘘をいた。魔導師の攻撃を受けたのは事実。しかし死にかける程の致命傷を負った訳ではない。ルバイットの指摘通りだ、フォージはカーンを見殺しにした。助けに入る理由など何一つない、死んでくれた方が都合が良かった。


「…………」


 じっとフォージを睨むルバイット。ヒリつく様なその視線にさらされ、しかしフォージはおくする事なくルバイットを見つめ返す。するとふっ、とルバイットの表情が緩んだ。「ま、良いさ。そういう事にしといてやるよ」とルバイットは肩をすくめる。


「さて、話は変わるがなぁフォージ。ガルー・ベッラはどんな感じだった? 最近本部にゃ顔出してねぇから向こうの様子が分からねぇ。何か変わった所はなかったか?」


「いいや、本部にゃ行ってねぇよ。まぁ行った所で何がどうなんて分かりゃしねぇさ。そもそも本部になんて滅多に行かねぇしな」


 そう返したフォージの言葉を聞くと、再びルバイットの表情が険しくなる。


「ほう……そりゃお前、随分とおかしな話じゃねぇか?」


「……おかしい?」


「そもそもがだ、カーンの事を報告するだけならデーナまで来る必要はねぇ。ダグべの国境から近いのは……レッゾベンクか? あそこに行きゃあ事足りる。ご丁寧にデーナまで来たんだったら当然ガルー・ベッラに行くはずだが……だがお前は本部にゃ寄ってねぇと言う。つまり真っ直ぐこの屋敷に来たって訳だ。そりゃあまりに不自然ってもんだなぁ……」


「…………」


「なぁフォージ……お前、何しにここに来た?」


「…………」


 無言のフォージ。さて何て切り出すか……少しずつ探りを入れながら……と考えていたのだが、よもやこんな形で問われるとは思っていなかった。


「……ふぅっ」


 フォージは短く息を吐く。そして意を決し口を開きかけたその時、「待て」とルバイットが先に口を開いた。


「当ててやろうか、お前の目的……」


 そう言うとルバイットはグッと身を乗り出す。そしてフォージを睨んだまま右のこめかみ辺りを指でトントンと叩き始める。やがてピタリと指が止まった。


「そうか……ナイシスタか……お前、単にジェフブロック出身って訳じゃねぇな。お前……いや、お前ら……ナイシスタに狩られた口だろ? 人質取られて奉仕中だな?」


 ピクリ、と反応するフォージ。


「あの馬鹿デカいスラムにゃ確かいくつも孤児院があったはずだ。あの女がブチ上げた人員確保計画、揺りかご……お前はそれに巻き込まれた孤児院のだ。ガキ共は例によって……学園にでも放り込まれたか?」


 つぅぅ……とフォージのほおを汗がつたう。平然としている風に見せているフォージだったが、内心穏やかでいられるはずがない。


(こいつ……どこまで知ってやがる? いや、知らねぇ……のか? ジェフブロックってワードだけで推測してやがるのか? だとしたら……勘が良いって言葉だけじゃ収まらねぇぞ……)


 いたずらにその椅子に座っている訳ではない。その椅子に座るに相応ふさわしいだけの確かな実力があるのだ。ルバイットという男はまごうことなきブロン・ダ・バセルの大幹部だと、フォージは素直にそう思った。


(だが……だからこそ……!)


 そう、だからこそ、なのだ。だからこそ話す価値がある。味方に引き込む意味がある。ルバイットこそは本物だったと、フォージは密かにほくそ笑む。


「今回の依頼、第二王子抹殺は相当デカい案件だ。それが失敗したとなりゃあ当然ダッケインは……いや、軍は二の矢を考える。より面倒臭ぇ状況におちいった現状、それをこじ開けられそうな連中はあの女の率いるシャーベルしかいねぇ」


 ルバイットは再びソファーの背にもたれると足を組み直す。そして静かに目を閉じ推測を続ける。


「ガルー・ベッラに引き籠もってたあの女が動く……お前にとっちゃ実に好都合だ。シャーベルの向かう先はマンヴェント……なら向こうで網でも張ってりゃあの女を仕留めるチャンスも巡ってくる。だが、よしんば上手い事あの女を殺れたとしてもそれだけじゃあ終われねぇ……すぐにガキ共を助け出さなきゃならねぇからな。が、その為には別にが必要だ。そして……」


 ルバイットはゆっくりと目を開ける。そしてゆらりと揺れる様に、なめらかに動いたその視線はスッとフォージをとらえた。


「その手は今、お前の目の前にいる……なぁフォージ、お前……」


 次の瞬間、ルバイットの表情が変わる。


「俺をてい良く使ってやろうって腹だなゴラァァァ!!」


 激しい口調と共に突如吐き出されるルバイットの怒り。ナメられるのを嫌うと、要らなく怒らせるなと、そう言われていた。だが決してナメている訳ではない、この怒りは想定内。フォージは冷静だった。怒りのルバイットを説得出来る、その根拠と自信があったのだ。

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