第111話 段取り
ブロスは地図に人差し指を置く。
「
スゥ~、と指を滑らせるブロス。
「そして龍の背を抜けてバルファを叩く」
トン、とバルファの街を指で叩く。
「陽動を行う別動隊から切り離す訳だから、数はかなり少なくなるだろうが……少数で支部を落とせるのはアイロウぐらいしかいねぇ。アイロウが
「確かに理屈だが……そんな勿体ない使い方をするか?」
ブロスの推測に口を挟むゾーダ。
「アイロウは間違いなくエクスウェル陣営の最高戦力だ。本命のエラグ攻略部隊に組み込むのが自然だろう?」
「さぁな。俺はテグザが動いたっていう事実だけ見て話してる。エクスウェルの事情なんて知らねぇよ」
「自信があるのだろう」
そこへユーノルも加わる。
「エイレイ軍は随分と精強なんだそうだ。自身の手勢とエイレイ軍、これだけで充分エラグを落とせると踏んでいるんじゃないか?」
「だから知らねぇよ、エクスウェルの事なんざぁ……それよかどこでライエと接触すんのか、そっちの方が重要だ。スティンジ砦に潜り込むか?」
「そんな事しなくてもライエの方から出てくる。気付かないか?」
腕を組みニヤニヤしながらブロスを見るユーノル。当然ブロスはイラッとする。
「チッ……だからすぐ話せってんだ。さっきから事あるごとにもったいつけやがって……大体なぁ……」
「あ……」
「……んだぁ、クソ魔ぁ? 人が喋ってる途中に……」
「これ……挟撃出来る」
「あぁ? 挟撃ぃ?」
「ほらここ、スティンジ砦。エクスウェルの陽動部隊を潰したら、スティンジ砦の守備隊はフリーになる。そしたら砦を出て、そのまま南西に進むと……」
「おお……」と小さく
「なるほど、龍の背……テグザの部隊とアイロウを挟み撃ちか」
「そういう事だ。コウ、いい勘してるぞ。これこそがテグザが仕掛けた策だ。エラグの防衛は完全にアーバンに任せ、裏をついてバルファを
ドヤッ、と笑うユーノル。イラッ、とするブロス。反撃に出る。
「けどよぉ、これ
凄く意地が悪く大人げない事を言っているというのは、ブロス自身も良く理解している。しかし行き掛かり上やむを得ないのだ。悪態の一つもついてユーノルを困らせてやらなければ気が済まない。
「……言いたい事は分かるがな、ブロス。言い方ってもんがあると思うぞ?」
ゾーダは呆れながらブロスをたしなめる。
「いやいや、それでこそブロスでしょ。アルマドを出て以来、変に大人しくて気持ち悪かったから。
「なるほど……確かにそうとも言える。いい所を突くな、コウ」
「でしょ? 絶えず
「あーーー! うっせぇな! てめぇら好き勝手言いやがって……俺の言ってる事間違ってねぇだろが!」
「だから言い方ってもんがなぁ……」
「しょうがないよ、それがブロスだから」
「……クソ魔ぁ、覚えとけよ」
(なんで俺だけ……)
ここぞとばかりに調子に乗りすぎたようだ。そんなやり取りを見ていたユーノルは笑いながら話す。
「心配するな、ブロス。まぁあれこれ偉そうに喋ったがな、さすがにこれを
「別に見限った訳ではないのですが……」
終始静かだったデームがようやく口を開く。それを見たゾーダは納得したような顔で答えた。
「なんだ、デームが描いた絵だったか。どうりで細かい所までよく見えていると思った」
「はい。諜報部が集めた情報を積み上げていった所、恐らくこのような事ではないか、と」
「俺達が集めた断片的な情報を、ここまでの形に仕上げちまったんだから大したもんだ」
感心するようにユーノルはデームを誉めた。そして言葉を続ける。
「当初は皆お前に対していい印象を持ってなかった。デームの野郎裏切りやがった、参謀部なんぞに行きやがって……ってな。だがこれを見せられちまったらもう何も言えないな。しっかりと参謀としての適正があるって分かったからな」
ユーノルの突然の告白に、デームは思わず驚きの声を上げた。
「え? そんな風に思われてたんですか? 初耳なんですけど……それもそもそもマスターの指示だった訳で……何というか……心外です」
普段から感情を表に出すタイプではないが、この時ばかりはここにいる誰もがデームの心情を理解出来た。
(ほぅ、怒った……)
(珍しいな、怒りやがった……)
(デーム、怒るんだ……)
「ハハハッ、昔の話だ、許せ」
笑いながらポン、とデームの腕を軽く叩くユーノル。デームの表情は一切変わらない。
「で、どうだブロス?」
「ん? ああ、デームが描いた絵だってんなら何の文句もねぇよ」
手のひらを返したようなブロスの返答にモヤッとするユーノル。
「……何か
「何だよ、まだ何かあんのかよ?」
面倒臭そうに疑問の声を上げるブロスに、少しばかり呆れ気味に問い掛けるゾーダ。
「まさか忘れたのか、ブロス? ライエ奪還と同じくらい重要な問題があるだろう」
「問題ぃ?」
ブロスは腕を組み、眉間にシワを寄せ考え込む。
(何だぁ? ライエには接触出来そうだし、これ以上何が……)
「あ……!」
「気付いたか?」
ブロスは腰に両手を当て下を向きながら、少しバツが悪そうに話し出す。
「ああ、面目ねぇ。すっかり頭から抜け落ちてやがった。ライエの弟だ」
「そうだ、弟の方の問題だ」
ユーノルは再び地図を指差しながら説明を始める。
「当初の予定ではバルファ入りする前にライエを奪還し、その足でトルムへ向かい弟を確保する手筈だった。ライエ奪還の報がテグザに届く前にな。しかし状況が変わった今、ライエ奪還と弟の確保をスムーズに行うのが困難になった。同時に行なうのが理想だがそれは不可能だ。エラグ王国のスティンジ砦とベーゼント共和国のトルム、何しろ距離がありすぎる。弟の確保を先に行うのも違う、ライエがいつ出てくるか分からないからな。ライエを待っている間にその報がテグザに伝わり、ライエを始末しろ、なんて指示がスティンジ砦へ飛ぶかも知れない。つまりライエを奪還し、その後出来る限り早く弟の確保を行わなければならないという事だ」
「なるほど、タイミングとしては相当シビアだってこったな」
「ああ。そしてあんたらにはチームを二つに分けてもらう必要がある。ライエ奪還チームと弟を確保するチームだ。ライエ奪還後、トルムへの情報伝達は我々諜報部が責任を持ってやらせてもらう、もちろん最速でな。テグザに後れを取るような事はないと約束する。ただ、トルムにはテグザの部下がいる。我々の調べでは五人。二人は職員として学園に潜り込み、残る三人は常に学園の周りで待機している。こいつらと一戦交える必要が出てくるんだが……
「そうか……」
しばし考え込むゾーダ。そして静かに口を開く。
「弟の方は俺達二番隊に任せてもらおう。俺も含め五人いる、向こうも五人、ちょうどいい。どうだ?」
異論はない。いや、むしろ都合がいい。全員が同じ隊ならば連携も上手く行くだろう。ブロスは俺とデームを見る。そして皆異論がない事を確認する。
「そりゃあいいけどよ……でもあんた、アルマドでテグザをどうにかしたいとか……そんな事言ったよな、いいのか? テグザから離れちまうが?」
「ああ……チャンスがあればと思ったんだが……今回はまだその時じゃないという事だろう。ま、次の機会を待つさ」
「なぁ……あんた、テグザと何があった?」
「別に大した話じゃない。それこそよくある話だ。返さなきゃならない借りがある、ってとこだな」
ゾーダははっきりとは答えない。ブロスはそれ以上聞かなかった。
「……まぁいいさ。言いたくない事の一つや二つ、誰にでもあるもんだ。弟の方は任せたぜ?」
「ああ、キッチリ仕事はする」
パタ……パタパタパタ……バタバタバタバタ……ザーーー……
突然の雨。雨粒が屋根や窓に激しく打ち付ける。窓の外は暗い、気付けばすでに日は落ちていた。
「さて諸君」
おもむろにユーノルは口を開く。
「これで段取りは済んだ。明朝それぞれの目的地へ出発しよう。今日はゆっくり休んで明日に備えてくれ。雨が……止んでいればいいんだがな」
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