第117話 未熟なマスター

「ほぉ~、思ったよりデカい砦だな」


 キョロキョロしながら通路を歩くジョーカー団員。

 

「ああ。外からじゃ分からねぇが横に広い。部屋も多そうだし、今日は屋根の下で寝てぇな。出来ればベッドでゆっくり……」


 もう一人の団員は肩をグリグリと回す。


「大丈夫だろ? なんせ落としたのは団長だ。第一功ってヤツだしよ。大部屋ぐらいは割り当てられるんじゃねぇの? まぁさすがにベッドは……ないだろうけど」


 エラグ軍が撤退し放棄されたエバール砦。すぐさまエイレイ軍は砦を接収、初戦はエイレイ軍の圧勝で終わった。この勝利の立役者であるエクスウェルは城壁の上、尖塔せんとうの近くにいた。ちょうどビー・レイの姿が見えた辺りだ。


(……焦る事はない。万が一にも逃がさないよう、確実に……)


 裏切り者、ビー・レイの首を獲る。改めてその決意を胸に刻み込んだエクスウェル。砦の中へ入ろうと歩き始めた瞬間、不意に名を呼ばれた。


「ここにおったかエクスウェル殿!」


 城壁上にやってきたのはグリー。エクスウェルを労おうと探していたのだ。


「ああグリー将軍、先程は出しゃばってしまい、申し訳ない」


「何の! 何を謝る事がある! 貴公の武威ぶい、しかと見せてもらった。その上で、最少の犠牲でこの砦を落とせたのだ、全くもって素晴らしい! しかし、難攻不落と言われていたこのエバール砦、こうも容易たやすく落とせるとは……」


「難攻不落とはあくまで人が相手であれば、という事なのでしょう」


「なるほど……人成らざる者が相手ならばその限りではない、か」


「それに連中はほぼ抵抗する事なく引き上げましたからな。それにしても、随分と思い切って撤退したものです……」


「うむ。恐らく連中も最初からこの砦は棄てるつもりだったのだろう。なんせ物資が何も残っていない。それでも連中からしたらやはり計算外だったのではないか? こんなにも早く撤退する事になろうとは、とね」


「英断だったのでしょうな、クライールの。結果的に連中はほとんど犠牲を出していない訳です。戦力が丸々残っている。この思い切りの良さも、クライールが天才と称される所以ゆえんなのでしょう。仮に私のような凡人が砦を任されていたら、きっとギリギリまで粘ろうとしていたでしょうな。そうなれば、どれだけの犠牲が出ていたか……」


「ハハハハ、謙遜されるな。貴公であれば、きっと上手く砦を守りきるであろうよ」


「これは……お誉めいただき光栄ですが、しかし過分な評価ですな。私などそれ程のものでは……しかし、いささか手際良く攻め過ぎました。もう少しモタついていれば、あるいはもっと殺せたかも知れません。で、この後は?」


斥候せっこうを出しながら慎重に進軍する。恐らく……これより上は罠だらけだろうからな、一先ひとまず今日はここまで……」


 話ながらふと空を見上げるグリー。そして思わず笑ってしまった。


「フフッ、まだ日も天に昇っておらぬ……」



 ◇◇◇



「見えたぞ! スティンジ砦だ!」


 東道とうどう、そして南道なんどうの開戦から遅れる事数時間、北道ほくどうを担当するジョーカーの一団がようやく攻略目標のスティンジ砦を目視した。スティンジ砦を攻めるのはジョーカー一番隊。そして一番隊と並走している六番隊は、このまま南西方面へと進みバルファ支部を急襲する。


「マスター!」


「聞こう!」


 一番隊マスター、ブレングの下へ斥候せっこうが戻ってきた。


「砦の守備は薄い、外から見る限り二十人くらいだ」


「二十!? 何だそれは!」


「ああ、少な過ぎる。中にいやがるのかも知れねぇが……でもそれ以上にあの砦、とんでもなくボロい。城壁も低いし門も薄そうだ。北道ほくどうはあまり使われてないようだから、改修が追い付いてないそうだ」


「分かった。ご苦労。まぁ問題ない、仮に何人いようが俺達なら抜ける。一気に北道を駆け上がるぞ!」


「……ブレング」


 並走していたアイロウはブレングに声を掛ける。いや、声を掛けてしまった。何も言うつもりはなかったのだ。しかし声を掛けずにはいられなかった。


「何だ、アイロウ」


「お前、分かってるのか? 十中八九、伏兵がいるぞ。油断してたら痛い目に……」


「そんな事は分かっている!」


 ブレングは怒鳴るように返答する。


「いいかアイロウ、俺達は同じ立場、同じ番号付きのマスターだ。上も下もねぇ、同等だ。分かるか? 同等なんだよ! 格上を気取って喋ってるんじゃねぇよ! 一番隊の事は何も気にする必要はない、何故なら俺が全てを見ているからだ。お前はお前の……六番隊の事を気にしていろ!」


(チッ……ガキが……)


 アイロウは辟易へきえきとした。同じマスターであり同等。確かにそうだ。しかしブレングはキャリアが浅い。一つのほころびで全てが崩れ去る事だってある。自分がそのほころびになる可能性だってあるのだ。ブレングはそれを理解していない。故に声を掛けた。そのつもりはなかった、きっと反発されるだろう事は分かっていたからだ。しかし掛けざるを得なかった。ブレングがあまりにも慎重さを欠いているように見えたからだ。しかしアイロウはその行為を後悔した。


(死ぬなら勝手に死ねばいい。こちらにさえ迷惑が掛からなければ……どうでもいい)


「六番隊! 離脱するぞ!」


 並走していた二つの隊は別れた。アイロウ率いる六番隊は馬の速度を上げ砦の前を通過、バルファ支部を目指す。


(ハッ、最強とか言われていい気になってんじゃねぇよ)


 離脱する六番隊を横目にブレングは隊に指示を出す。


「いいか! 最速で落とす! モタモタすんなぁ!」



 ◇◇◇



 スティンジ砦の城壁の上、ジョーカー団員は後方の街道に向け矢を放つ。


「……高く、一本……予測通りか」


 それを確認した別の団員は、街道脇の木陰に身を隠すアルガンに伝える。


「アルガン、合図だ。予測通り一番隊だ」


「よしよし……聞いたろライエ、いよいよだ」


「…………」


 アルガンは自身の後ろで待機するライエに話し掛ける。しかしライエは無言だった。


「心配すんな、上手くいく」


「別に……心配はしてない」


「そうか、ならいい」


「一番隊……ブレングだったっけ?」


「ああ、そうだ。元一番隊副官、ブレング。一番隊とは任務で何度か一緒になってるが、会う度にあいつはいつもゼンじぃ小突こづかれてた。なっとらん! とか言われてよ。フフフ……全く滑稽こっけいだよな。あんな中途半端なヤツがマスターとは……世間様から笑われちまうぜ、ジョーカーのマスターってのは誰でもなれるのか、ってよ。あいつにゼンじぃの代わりなんて務まる訳がねぇ。一番隊ってのはゼン爺が率いてるから一番隊なんだ。そもそもなんで一番隊を攻めに使う? 守ってこその一番隊だろ。いくら適任者がいなかったとは言え、エクスウェルもよくあんなのを使ってるもんだ」


 笑いながら話すアルガン。ライエは笑えなかった。これから殺す相手だ、笑えない。



 ◇◇◇



「オラァァァァァ!!」


 ガンッ! ガンッ!


「マスター! もう少しだ!」


「よし、魔導師隊、燃やせ!」


 大槌ハンマーで散々叩かれボロボロになった門に火が放たれた。木製の門はあっという間に焼け焦げ崩れ落ちる。


「よし!突入!」


 ブレングの号令で一番隊は次々とスティンジ砦へ突入する。砦の守備兵は蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、小さな砦は瞬く間に一番隊に占拠された。


「チッ……本当にあれだけの守備兵しかいなかったのかよ」


 ブレングは吐き捨てる様に呟いた。砦の守備兵は四十人程、半分がエラグ兵だった。その程度の数と質でジョーカーの番号付きを止められる訳がない。作戦通り砦は破った。しかし当然ブレングとしては物足りない。ナメられている、そう感じた。


(まぁいい。その分上で暴れてやる)


 一番隊は砦を抜けると二十人程を守備の為に残し、残る八十人で部隊を整えた。このまま北道を駆け上がり、間道を抜け東道へ入る。エクスウェル達とエラグ軍を挟撃するのだ。たった八十人ではあるが、ジョーカーの番号付き八十人だ。充分敵を掻き回せる。


「隊列組め! さっさと済ませろ!」


 そしてそんな一番隊の様子は隠れているアルガンにも伝えられる。


「アルガン、連中来るぜ」


 いよいよ敵が来る。しかしその報を聞いたアルガンは実に面倒臭そうな反応をした。


「やれやれ、ようやくか。待ちくたびれたぜ。守備兵は最小限、砦もえて修復せずに、どうぞ破って下さい、っつって差し出してんのによ、なんでこんなに時間掛かるかね。ライエ、準備はいいか?」


「……うん、いつでも」


「よし。俺は上の伏兵に合流する。頼んだぜ?」


「分かった……」


 アルガンは斜面を登り、ここより少し上の森の中に隠れている伏兵部隊の下へ向かった。ライエは一人草むらに身を隠し、その時が来るのを待つ。一番隊が移動を始めたら設置型魔法を発動、その後伏兵部隊が突入して生き残りを狩り獲って行く。簡単な仕事に簡単な作戦、よもや失敗などしないだろう。


(一番隊もまさかこんな所で罠にかかって死ぬなんて思わないよね)


 殺す事に躊躇ちゅうちょはない。自分にも目的があるからだ。


(ゴメンね、ブレング……)


 弟の身を守る為にはやるしかないのだ。


(後でゼン爺に謝っておかないと……)


 部隊を整えた一番隊が動き出す。馬のひづめがドドドッ、ドドドッと響いてくる。ライエは街道に向け右手をかざす。



 シュン……



 飛び出した小さな魔弾は街道に吸い込まれる。次の瞬間、



 ボン! ボンボンボン……



 地面から次々と大きな炎が吹き出し、街道は赤く染まった。

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