第67話 学はあるけど

 トントン


「ふむ、失敗だな。これは使えん」


 トントン


「もっときが良いやつでなければ……」


 ドンドンドン!


「開いている」


 ガチャッとドアが開く。


「だったら返事くらいして下さい」


 部屋の中へ入るエバルド。眉間にシワを寄せているのはノックを無視されたからではない。この部屋が好きではないのだ。マスターの飯のタネが詰まっている部屋だというのは理解している。だが、呪術的な道具の数々や得体の知れない何かの標本、時折部屋の外まで漏れてくるうめき声等々、不快感を覚えるには充分過ぎる部屋だ。


「マスター、そろそろご決断を」


「決断? 何をだ?」


「決まっているでしょう! エクスウェルの件です! 皆待っているんですよ!」


「ふぅ、まだそんなことを言っているのか。上がすげ替わったところで、下のやることは変わらん。受けた依頼をこなし、金をもらい、私はこの部屋で過ごす。今までと同じ、素晴らしい日々が続く」


「そんな訳がないでしょう! エクスウェルのせいで、ジョーカーの悪評がとことんまで広まっている。こんな状況が続けば依頼を出そうとする国や街が減っていき、ジョーカーの存続すら危うくなります! ここで手を打っておかないと、取り返しのつかないところまで行ってしまうんですよ!」


「それは……まずいではないか!」


「だからずっと言っているんです、決断してくれと! 確かにエクスウェルが団長になって金回りは良くなった、けど反面ジョーカーの名声は地に落ちました。今のジョーカーは俺達が望んでいる姿じゃないんです。俺達はジョーカーであることに誇りを持っている、胸を張ってジョーカーだと言いたい、そのためにはエクスウェルが団長ではダメなんです。俺達はジョーカーをエクスウェルから守りたい、輝いていた頃のジョーカーを取り戻したい、それを指示できるのはマスターであるあなたしかいない! 四番隊マスター、カディール・シンラットしかいないんだ!」


 エバルドの熱量に多少圧倒されながらも、カディールは真剣にエバルドの話を聞いていた。そして静かに目を閉じ、ゆっくりと口を開く。


「愛……」


「……は?」


「お前達のジョーカーに対する想い、それすなわちジョーカーに対する愛……」


「あ……はぁ……」


 静かに開かれたカディールの目から、すぅ~、と涙が流れる。


(……え?)


「部下がこれほどまでジョーカーを愛し、現状をうれいていたとはつゆ知らず、これでマスターなどとは片腹痛いという話だな……

 あい分かった! お前達のその愛、全て私が受け止めよう。これより四番隊はエクスウェル打倒を掲げ行動を開始する! 見事エクスウェルを討ったあかつきには、私が団長としてジョーカーを導きお前達の想いに答えようぞ!」


「……え?」


「……ん? 何だ?」


(まずい、効き過ぎた……)


 エバルドは焦った。一向に動こうとしないカディールを説得するため、多少芝居かった物言いになるのは仕方がないと考えていた。が、単純なカディールにそれは効き過ぎたようだ。がマスターながら、こいつが団長になるなどとんでもない! エクスウェルより酷いことになる……


「あの……一応うかがっておきますが、団長になるとしてどの様にジョーカーを運営されるのでしょう?」


「ん? そんなものは知らん、お前に任せる」


(……ダメだ、こいつ……)


「あ~、どう……でしょうね、団長ともなると様々な仕事が一気に増えるでしょう。さすがに何もしないと言う訳にはいかないでしょうし、俺も団長の補佐なんてとても……なので、面倒くさい団長なんて仕事はゼルさんに押し付けてですね、俺達は四番隊のためにやりませんか? 反エクスウェルの旗を掲げるだけでも注目を浴びますし、事を成し遂げれば四番隊の名声は天をくほど高まります。入隊希望者も増えるかと……」


「ふむ、一理ある。隊に人が増えれば余裕ができ、今よりもっと実験に割ける時間も増えるな……エバルド! お前の案、採用だ! よし、では早速ゼルに我らの参戦を伝えてこよう」


(一人で行かせちゃまずいな……いらんこと言ってゼルさんを怒らせでもしたら面倒だ)


「俺も同行します。副官も一緒の方が本気度も伝わるでしょう」


「ふむ、そうだな。分かった、では共に参ろう。この辺を片してから行くのでな、少し外で待っていろ」


「はい」





「はぁ……」


 エバルドは部屋を出ると大きなため息をつく。ふと前を見ると、四番隊の連中が集まっていた。


「エバルド、どうだった?」


「ああ、上手く乗せた・・・


「じゃあ……」


「俺達も参戦だ」


「よ~しよし、さすがエバルドだ」


「まったくだ、アレ・・を操縦できるのはエバルドしかいないからな」


「いや、いい加減他のヤツがやっても……」


「ムリムリムリ、お前にしかできねぇよ、だってアレ・・だぞ? ムリだわぁ」


「はぁ……」


 エバルドは再び大きなため息をついた。



 ◇◇◇



 参謀部。エイナ、ゼル、そして三番隊の指揮官達が集まっている。

 エクスウェルからの会談の申し出に対しゼルは場所の変更を提案、その返答がエクスウェルより届いていた。


「さて諸君、エクスウェルからの返答だがぁ、どこでも良い、だとよ。これで会談は決定だぁ。二週間後、場所は……」


 ドンドン!


「頼もぉ~~~!」


「……あ~、道場破りはご遠慮願いてぇんだが?」


「いいわ、お入りなさい」


 エイナが答えるとドアが開き、カディールとエバルドが入ってきた。


「よ~う、カディール。そのつら見んのも久し振りだなぁ、もう引きこもんなくていいのかぁ?」


「ふむ、貴様の嫌味を聞くのも久々だ。三番隊の宿舎に行ったところ参謀部だと言われてな」


「ほぅ、んで、何の用だぁ?」


「ほぅ、知りたいか? そうであろうな、では教えてやろう。おほん! 我ら四番隊はこれよりエクスウェル打倒を掲げて行動を開始する! 喜べ、貴様らに加勢してやる!」


「はっ、や~っとその気になりやがったか」


「我らが加わったからにはすぐにでも……何だ、それは?」


 そう言ってカディールは、デスクに置いてあるエクスウェルからの書状を手に取る。


「あっ、おいお前、勝手に……」


「……ふむ、会談か……この場所は知っている。バリウ共和国南端の平野にある廃村だな。周囲は平野なので開けており伏兵を配置しにくく、状態の良い建物もいくつか残っていたはずだ。万一戦闘になっても周りに迷惑は掛からん。ふむ、会談場所としては適切だな」


「おい、エバルド」


 ホルツは小声でエバルドに話し掛ける。


「相変わらずあのマスター、賢いのかバカなのか分かんねぇな」


 するとエバルドも小声で答える。


アレ・・は学のないバカじゃない、学はあるけどバカなんだ。だから余計たち・・が悪い」


 バサッと書状をデスクに置くカディール。


「よかろう、私が同行しよう」


「……はぁ?」


「護衛が必要であろう? 私もエクスウェルに物申したいのでな、一緒に行こう」


「あ~、いやいや、大丈夫だ。お構いなく」


「ん? 何を遠慮することがある? 任せておけ」


「大丈夫だ、護衛はもう決めてあるから……」


「手を貸すと言っているのだ! 素直に受け取れ!」


「……断る」


「な……い~や、断る!」


「はぁ? お前が何を断るってんだ?」


「貴様が断るのを断ると言っている!」


(あ~面倒くせぇな、こいつ……)


 ゼルはエバルドにうらめしそうな視線を送る。


(お前ちょっと火ぃ点け過ぎたんじゃねぇの? ヤル気がウザいんだけど? 邪魔なんだけど?)


 という視線をゼルから感じ取ったエバルド。


(しょうがないじゃないですか! こっちも必死だっだんですよ、後はそっちで何とかしてくださいよ!)


 という視線を送り返す。


「あ~、あれだ、四番隊にはここの守りを任せたいんだよ」


「守りを?」


「ああ。一番隊が抜けて始まりの家、それにアルマド自体も防御が手薄だ。お前らが参戦して何が良かったって、防衛に回せる手が増えることだ。ここがやられちまったら終わりだぜぇ?」


「ふむ、確かに一理ある。そういうことなら納得しよう……」


 渋々ではあるがカディールは納得したようだ。


「さて、会談の護衛だが……ブロス、ライエ、お前ら部隊を率いて同行しろ。それとコウ、お前も同行だ」


「……俺も?」


「あぁ? 何でコイツも連れてくんだよ!?」


 案の定、ブロスが噛みつく。しかし、エライ嫌われようだ……


「ボディーガードだ。エクスウェルのつらも見せておきたいしな。これについちゃ異論はなしだぜぇ?」


「チッ、分かったよ……」


 嫌々ではあるがブロスも納得したようだ。


「おいクソ魔ぁ、背中には気を付けとけよ」


 ……こいつも敵じゃないのか?


「それと、この件は誰にも話すな。ブロス、ライエ、ホルツ、リガロ、コウ、エイナ、カディール、エバルド、そして俺。今ここにいるヤツ以外がこの件を知ることはない。いいか、絶対に話すな、部下にもだ。これ重要だかんな、カディール?」


「ふん、釘など刺さんでも心得ておる。万一他国や他勢力のスパイなどが潜り込んでおれば、厄介なことになるくらい理解しておるわ」


 ゼルはエバルドに疑惑の視線を送る。


(本当大丈夫か、コイツ? すげ~漏らしそうなんだけど? 速攻誰かに話しそうなんだけど?)


 という視線をゼルから感じ取ったエバルド。


(分かります、分かりますけど、これでもマスターですから……絶対、いや多分、大丈夫かと……いや、見張っときます……)


 という視線を送り返す。

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