第68話 甘ちゃん
「マスター!」
「おう、ブロス。どうだ?」
「連中、もう来てるぜ。村の中央、教会だ」
「おし、案内してくれ」
アルマドより馬を飛ばして八日ほど、エクスウェルがいる東支部とのちょうど中間地点に当たる、バリウ共和国南端の名もなき平野。
かつてここには小さな村があったが、戦争に巻き込まれ村人全員が避難、そのまま
ゼルはこの廃村をエクスウェルとの会談場所に指定、ブロスは会談に先駆け十人ほどの部下を引き連れて先行し準備を進めていた。
教会の外には二十人ほどの人影が見える。エクスウェルが引き連れてきた者達だ。
「んん? いよぅ、アイロウじゃねぇか! 久々だなぁ、元気そうで何よりだぜぇ!」
「そちらも、相変わらずのようで」
「はっはっは、お互い変わりようがねぇからこんなことになってるんだろ?」
「確かに、その通りですね。どうぞ、中へ」
そう言ってアイロウと呼ばれた男は教会の中に入る。
「マスター、供は二人までにした」
アイロウに続いて教会に入ろうとしたゼルをブロスは呼び止める。
「そうか……んじゃ、ブロス、コウ、中だ。ライエ、済まねぇが下の
「ん、了解」
「んじゃ、行こうぜぇ」
小さな村の教会にしては不自然なほど大きなステンドグラスは、所々割れてはいるがそれは見事な物であり、日の光が射し込みキラキラとしている。礼拝堂の中央には大きな四角いテーブル。本来いくつも並べられているであろう礼拝者が座る長椅子は、左右の壁際に乱雑に移動されていた。
テーブルには一人の男。その後ろには二人の男が立っている。先ほど教会の外にいたアイロウは向かって右に、左には腕を組んでいる目付きの鋭い男。そして一年以上前、イゼロンへ行く途中で見かけた金髪の男、テーブルに着いているのは当然エクスウェルだ。
「いよぅ、エクスウェル。デートのお誘い、ありがとうよ」
「お前とデートなんてゾッとしないな。まぁ座れ」
ゼルはエクスウェルの向かいに座る。エクスウェルはゼルの後ろに立つブロスを見る。
「ブロス、いつまでゼルを追っかけるつもりだ? こいつの後ろをついて歩いたって楽しいことなんてないだろ?」
「はっ、うるせぇよ、バカ野郎が……」
「ハハハハ、相変わらず口が悪いな。で、そっちは見ない顔だな……用心棒でも雇ったか?」
「こいつはコウ。用心棒ってな、当たらずも遠からず、てとこかぁ?」
「ほぅ、ここに連れてきたってことは腕が良いんだろうな。おい兄ちゃん、ゼルにいくらもらった? 倍出すからこっちにつかないか?」
……そう言えば、いくらもらえるんだ? 聞いてないな……
「おいおいコウ、無言は止めろよ、考えてるみてぇじゃねぇか……え、おい! 考えてんのか!?」
「ハハハハ。さて、お互い忙しい身だ、さっさと始めよう」
「そりゃ賛成だが、一体何の話があるってんだぁ? こっから先は……」
「ここから先は命の削り合い。なぁに、大した話じゃない。甘ちゃんのお前に本気でそこまでやるつもりがあるのかどうか、ちょっと気になってな」
「はっ、そこまで気を使ってもらえるとは思わなかったなぁ。ありがたくて涙が出るぜぇ。だが心配無用だ。こっちはとっくにその気になってるからなぁ。そんなことのために会談なんて言い出したのかぁ?」
「そう言うな。俺としてもこれから殺す相手が、今どんな
話ながらエクスウェルは
「そうかい。で、どんな
ふぅぅ~、とエクスウェルは吸い込んだ煙を吐き出す。
「思った通りの甘ちゃん
(どうして四番隊の件を知ってる……?)
ゼルはブロスを見る。ブロスは無言で首を振る。先にここに着いたブロスが話したのかと思ったが……そう、ブロスが話す訳がない。
「お前が大好きな〈正々堂々〉、確かに言葉の響きや聞こえは良いが、お前それ、単に自分の
「……何が言いたい?」
コーン! とエクスウェルはテーブルの端にキセルを打ち付け、灰を床に落とす。
「そもそも、お前の味方は本当に味方か? お前の部下は本当に忠誠を誓っているのか? 始まりの家は本当に大丈夫か? ここまで言えばさすがに……分かるだろ?」
「……エクスウェル、てめぇ……!」
不意にアイロウは右手を前に出し魔弾を作る。俺は
「シールド前に出せ!!」
ブロスが叫ぶ。俺はシールドをそのまま前方にグッと押し出す。ブロスはテーブルの上に立ち、エクスウェルに向け剣を振るう。もちろん炎が目隠しとなりエクスウェルの姿は見えない。が、恐らくブロスの剣はエクスウェルの首を狙っているのだろう。しかし、
カィィィィン!
という音と共にブロスの剣は止まる。すぅ~、っと炎が消えるとエクスウェルの後ろにいたもう一人の男の剣が、ブロスの剣を止めていた。
「邪魔すんじゃねぇよ、ビー・レイ!」
「相変わらず軽い剣だ」
ブロスにビー・レイと呼ばれた男はそのままブロスを押し返す。
バン!
エクスウェルは立ち上がると両手をテーブルについた。ニヤリ、と笑うと両手をゆっくりと持ち上げる。すると信じられないことが起きる。上に持ち上がるエクスウェルの両手の動きに合わせるように、テーブルから何かが生えてきたのだ。見方を変えると、エクスウェルがテーブルの表面から何かを引っ張り出した、とも言える。とにかく、その二体の何かはテーブルの上に現れた。全身が黒く筋張って痩せている。細く長い腕に短い足、指は三本で爪は鋭い。髪はなく耳は尖り、大きな目は瞳がなく全体が赤い。
「じゃあな、ゼル! 武運を祈る!」
そう叫ぶとエクスウェル達三人は、教会の窓を破り外に飛び出していく。
「キシャァァァァ!」
不快な声を上げる得体の知れない二体の何かは、勢いを付けゼルに飛び掛かる。すると左の一体をブロスが剣で斜めに切りつける。もう一体は剣を抜いたゼルに胸の辺りを貫かれた。が、どういう訳か二体とも動き続けている。
「コウ! 燃やせぇ!」
ゼルが叫ぶのと同時に俺は魔弾を作り、連続してその何かに飛ばす。それぞれ着弾した魔弾は炎を上げ、その何かはたちまち炎に包まれる。
「キシ……シャャャア! シャ……」
炎に包まれた二体の何かは転げ回りながらテーブルから床に落ちて静かになった。そして炎が収まると、なんとそこには何もなかった。死体がないのだ。
「マスター、アルマドが……」
「ああ、ブロス、分かってる。アルマドがやべぇ、最速で戻るぜ。考えたくはないが……スパイがいやがる」
◇◇◇
エクスウェル達は馬を駆り、廃村を後にする。アイロウはエクスウェルに馬を並べる。
「良かったんですか、放っておいて」
「ああ。驚異になりそうならあの場で
ビー・レイもアイロウの反対側に馬を並べる。
「何だ?」
「
「上手く隠れてやがる。中々浮かび上がってこない」
「そうか……この俺としたことが情報と、あろうことか金を抜かれるとは情けない限りだ。怪しいと感じたら、思い切りやって良いぞ。早いとこ首根っこ押さえたい」
「分かった」
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