第89話 激突1
「マスター! 見えた! 情報通り
メビウシールで馬を調達したゼルの部隊は進路を西南西に取り進軍、草もまばらな広い広い荒野にて、ついにバウカー兄弟の部隊を捕らえた。位置的には、始まりの家と西のリジン支部とのちょうど中間辺りである。つい先程合流した
「よし! 陣形変えろ、矢じりだぁ! まずは
ゼルの号令の
「おい……何だあれ?」
後方、
「何って……ありゃ敵だろが! 後方に敵影! 後方に敵だ! 数は百五十から二百! セイロムさんにも伝えろ!」
にわかに部隊はざわめき出す。そしてセイロムにも後方の異変が伝わる。
「チィッ! 南のヤツら、始まりの家を抜いて来やがったのか! 反転! 反転だぁ! このままじゃケツに噛み付かれんぞ! 兄貴にも伝えろぉ!」
すかさずセイロムは
「ゼル!? ありゃ南のヤツらじゃねぇ! ゼルの部隊だ! 野郎、北から引き返して来やがったのか!」
◇◇◇
「マスター! 何やってんだ! 早く後ろに下がれ!」
左翼のホルツは慌ててゼルへ叫ぶ。同時に矢じりの先頭へ移動しようとする。
「ホルツゥ! 陣形乱すなぁ!」
しかしゼルはホルツに動くなと指示。
「ゼルさん! あんた何やってんですか! そりゃ無茶だ!」
右翼の四番隊副官エバルドも叫ぶ。
「はっはっは! よく見とけ! これが三番隊の
ゼルは笑いながら先頭を駆ける。
「あり得ねぇ……三番隊はいつもこんなめちゃくちゃなのか?」
エバルドの言葉はもっともである。矢じりの先頭は真っ先に敵の目に留まり、そして誰よりも早く敵にぶつかる場所。そんな危険な場所に指揮官がいるなど普通ではない。通常指揮官は矢じりの中央後方に位置し、全体を見ながら指示を出す。指揮官が真っ先に討たれでもしたら、その時点で
(はっはっは……怖ぇ~、何だぁこれ!)
ビビっていた。当然である。
想像してみて欲しい。武装、騎乗したおよそ百人の敵の中に、自分が先頭で飛び込むのだ。敵の視線が集中し、多くの敵の攻撃に合う。どこから矢が飛んでくるか分からない、どこから剣が伸びてくるか分からない、落馬でもしようものなら、後続の騎馬達に踏み殺されるだろう。この上ない危険とこの上ない恐怖である。数時間前、休憩時に立てた作戦ではゼルは最後尾の配置だった。しかしそれを無視して先頭を駆けるには、当然相応の意味がある。士気だ。
いくら精鋭が揃っており自軍の方が強いだろうとはいえ、相手の数は自軍の倍以上。数の差を埋め、
「くそっ、お前らぁ! マスターを守れぇ! 絶対に敵を近付けさせんなよ!」
ホルツは諦めてゼルの左右にいる団員に叫んだ。もはや何を言っても聞きはしないだろう。それに敵軍はすでに目の前だ。もうすぐにでも、激突する。
「いくぜぇ! ブチかませぇ!!」
抜いた剣を高く振り上げたゼルは、その剣を前方に倒し声を上げる。
◇◇◇
ゼルを確認したセイロムは部隊に指示を出そうとする。矢じりは突破力こそあるが、反面勢いを殺しさえすればどうとでも出来る。左右から絞り上げ削っても良し、完全に包囲出来れば後は袋叩きだ。しかし部隊はようやく反転を終え、陣形を整えようかという段階だった。
(くそっ! 間に合わねぇ!)
見る見る近付いてくるゼルの部隊、すでに目と鼻の先だ。先頭のゼルは剣を振り上げ何やら叫んでいる。しかし、もはやセイロムにはどうする事も出来なかった。
「開けぇ! 敵が突っ込むぞ! 無理に押し
ガッ! ドドドドド……
セイロムの言葉は途中で途切れた。指示を出し終える前にゼルの部隊はもの凄い勢いでセイロムの殿軍へ突入、セイロムのすぐ横を通過して行く。
「くそ……ゼル!」
放たれた巨大な矢は触れる者を次々と弾き飛ばしながら、セイロム率いる殿軍を真っ二つに切り裂く。
ガッ! ガツッ! ドン!
馬同士がぶつかり合う。
「ウォー!」「オラァ!」「ぐわっ!」
敵味方の怒声が響く。
セイロムの部隊を抜けるとすぐに、ゼル達の前方に
(ずいぶん多いな。アイツら、始まりの家の物資も持ち出しやがったな……もったいねぇが……)
「左右展開!」
ゼルの合図で矢じりは縦に二つに割れる。左右に別れたそれぞれの部隊は、輜重隊を挟み込むように展開する。そしてそれぞれの隊列の
「よし、離脱だぁ!」
ゼルが先頭を走る右側の部隊はそのまま右外側へと抜ける。そして大きく円を描くように後方へ移動、矢じりで突っ込んだ元の場所へ戻る。同様にホルツが先頭の左側の部隊も戻ってくる。そして
ゼルの部隊が横陣を敷き終えたのと同じ頃、伝令からの報告を受けたクラフが隊の先頭から殿軍にやって来た。
「セイロム! 被害は?」
「兄貴ぃ! ゼルだ! 北に向かってたアルマドの残党どもが引き返して来やがった! 被害は大したことねぇぜ、矢じりで突撃されたが連中すぐに抜けた。ただ、荷馬車がやられちまった……」
「ああ、分かっている。足止めだ。ヤツら、決着をつけたがってるんだろう……」
「ちょうどいいじゃねぇか、この先もあのクソ
興奮気味に怒鳴り散らすセイロム。その言葉にクラフは苛立った。
(どうしてこいつは……いつもいつも短絡的なんだ……!)
なぜ南支部の部隊が隠れているかも知れないという可能性を、こんなにもすぐに忘れてしまえるのか。確かにここは荒野で身を隠せる所はない。しかし、例えば少し先の南東方向に見えている草原。腰くらいの草が一面に生い茂っているようだが、そこで南の部隊が身を低くし潜んでいるかも知れない。例えば北西に見える丘陵地帯。あの丘の裏側に大部隊が待機していてもおかしくはない。そういう所に考えが及ばないセイロムに苛立ったのだ。
「セイロム、お前はこのまま殿軍を指揮してゼルを仕留めろ。中衛の部隊も付けてやる」
「兄貴……前線に出ねぇのか?」
セイロムは驚いた。自分は左翼、クラフは右翼。いつもはこの布陣で前線に並び立ち戦場を駆けるのだ。
「忘れてるようだがな、セイロム。南の連中がどこかで様子を伺ってるかも知れない。不意をつき俺達に噛み付く為にな。俺は後方で全体を見ながら指揮する。同時に南の伏兵も警戒しておく。伏兵の臭いがなさそうだったら、俺も前線に上がるさ。どうだ?」
「なるほど、さすが兄貴だ、了解したぜ。まぁ見てな、ゼルは俺が仕留めてやる。兄貴の出番はねぇぜ?」
「ハハハハ、頼もしいな。じゃあ俺は下がる、しっかりやれ」
「おう、任せろよ!」
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