第209話 招かれざる客人

「おぉ……」

「何と……」

「…………」


 その者が部屋に入ると室内にどよめきが起こった。ある者は驚きの声を上げ、またある者はじっとその者を見つめる。彼らにとってその者は全く予期せぬゲストだった。


「良くぞ来てくれた! ハートバーグ卿、さぁこちらへ!」


 その者の姿を見て呼び寄せるのはイオンザ王国評議員のダイナストン・ワーダー伯爵。名を呼ばれたその者は「失礼致します」と言うと部屋の中を進み、そしてダイナストンの向かいの席に着く。隣に座っている男は「これは驚いた。くら替えかね?」とその者に問い掛ける。しかしその者は「いえ、実はダイナストン様よりお誘いを受けましたもので、一先ひとまずはお邪魔してみようかと……」と答え、否定も肯定もしなかった。


 するとすぐに一人の男が部屋に入ってくる。男は部屋を見回し「よし、皆揃った様だな」と空いていた上座の椅子に腰を下ろす。男はこの会合を呼び掛けたホスト、グレバン・デルン侯爵だ。今宵こよいグレバンの呼び掛けでその屋敷の一室に集まった貴族は十五人、欠席者はいない。皆グレバンとこころざしを同じくする同志である。


「では始め……ん?」


 始めようか。そう言い掛けてグレバンの言葉は止まった。定期的に行っている自身が率いる穏健おんけん派貴族達のこの様な会合には、絶対に姿を見せるはずのない者が座っている事に気が付いたのだ。


「これは……ルース・ハートバーグ子爵か。一体どういう風の吹き回しかね? いやそれよりも、私は貴殿に書簡を送った記憶はないのだが?」


 ルースは立ち上がり右手を胸に当てお辞儀をする。


「は。勝手にまかり越し場を汚しております事をお詫び致します。しかしながら……」


「グレバン様、そこから先は私めがご説明を」と言いながら立ち上がったのはダイナストンだ。


「ハートバーグ卿とは日頃より個人的に親交がごさいましてな。実は以前より我らのこの会合に顔を出さないかと口説いていたのです」


「ほう……」


 そう呟くとグレバンはじっとルースを見る。イオンザ王国評議会のパワーバランスは拮抗きっこうしていた。全十一人の評議員の内、グレバン率いる穏健おんけん派は四人、ヴォーガンを支持する覇権主義派も四人、そしてどちらにもくみしない中立派が三人。ルースは評議員の一人であり中立派ともくされていた。つまりルースを引き込む事が出来れば、評議会を押さえ主導権を握るその切っ掛けになりるのだ。


「しかしハートバーグ卿が我らと近しい考え方をしているという印象はないのだが……?」


「はい、確かに近くはないかも知れませぬ。しかしながら決して遠い訳でもないかと。その辺は一度、ハートバーグ卿とじっくりお話をして頂ければ……」


「むぅ……しかしなぁ……」


 グレバンの歯切れは悪かった。ダイナストンは信頼に足る人物である。そのダイナストンが薦めるのだ、恐らく問題はないのだろう。しかし今日のこの会合、完全に味方とは言えない者においそれと話す事など出来はしない、そんな内容の議題なのだ。だがダイナストンはグレバンのそんな反応を予想していた。


「グレバン様、ご心配には及びませぬ。このハートバーグ卿、鍛冶場のつちより口が固き男。この場で見聞きした事を外に漏らす様な真似は致しませぬ。この私、ダイナストン・ワーダーの名に懸けてお約束致します」


 しばしの沈黙ののち「……あい分かった」とグレバンはダイナストンのげんを了承した。


「ワーダー卿がそこまで申すのだ、ハートバーグ卿の出席を認めようぞ。皆も良いな?」


 場を見回すグレバン。反対意見はない。グレバンは「ふむ。まぁハートバーグ卿に伝えねばならぬ事も……」などとぼそりと呟き、そして「さぁ二人共、座ってくれ。始めよう」とルースとダイナストンに席に着くよううながす。ルースは「はい、ありがとうございます」と頭を下げ腰を下ろした。


「では始めよう。まずは急な呼び掛けにも関わらず良くぞ集まってくれた、礼を申す。実は本日昼過ぎ、外に放っておった私の手の者より早馬が到着してな、とある重要な情報がもたらされた。諸君、喜べ。ジェスタ様はご無事である」




「「「 おぉ!! 」」」




 グレバンの言葉にまるで部屋が揺れるかのごとく大きな歓喜の声が上がった。


まことにございまするか!」

「これはまさに吉報!」

「良くぞご無事で……」


 喜びの声を上げる一同。グレバンは軽く両手を上げ皆に静まるよう指示を出す。


「現在ジェスタ様はダグベのレクリア城にてマベット陛下の庇護ひご下にある。イムザン神のご加護に感謝であるな。そしてハートバーグ卿……」


 不意に名を呼ばれたルース。しかし驚きはない。ジェスタの安否、それは自身の家族にも関わる事だからだ。「……はい」と答えたルースの顔は緊張でやや強張こわばっている。


「安心せよハートバーグ卿、貴殿のご息女らも無事との事だ」


 グレバンのその言葉にルースは思わず目を閉じた。その姿を見たダイナストンは「良かったではないかルース!」と笑顔で喜びを分かち合う。


「……はい。まこと……ありがとうございまする……」


 つとめて平静を装おうとするルース。しかしその表情に安堵あんどの色が漏れ出ている事は誰の目にも明らかだった。


「してグレバン様、ジェスタ様のご帰還はいつに……いや、そもそも……お戻りになれられのですか?」


 グレバンに鋭い質問を投げ掛けたのは評議員の一人、テム・ウェイデン伯爵。「そう、そこが問題なのだ」とグレバンは先程までとは打って変わって険しい表情を浮かべる。


「まず、ジェスタ様はお戻りにはなられん。取り敢えずはこのままレクリア城を拠点に行動なさるとの事だ。帰国出来ん、その理由があるからな」


「その理由とはやはり、あの御方に関係が……?」


「そうだウェイデン卿。他にも薄々勘づいている者もおるだろうが……ジェスタ様は此度こたびの襲撃事件、ヴォーガン殿下が首謀者であると考えておられる」


「何とやはり……」

「しかし実のご兄弟にやいばを向けるとは……」

「やはり駄目だ、あの御方が玉座になど……」


 にわかに部屋の中はざわめき出す。「確証はないとの事だが……まぁ間違いないだろう」とグレバンは話を続ける。


「話をまとめるとだな、ヴォーガン殿下はセンドベルの傭兵団ブロン・ダ・バセルにジェスタ様殺害を依頼。そしてブロン・ダ・バセルは襲撃を実行、その際国に不満を持つダグべの軍人を抱き込んだとか。その後、幾度もの襲撃を乗り越えジェスタ様はからくもレクリア城へご入城された。しかし挙式という晴れの舞台に向かわれるジェスタ様御一行を襲うなぞ、全く卑劣極まる行為だ。今にして思えば、ヴォーガン殿下がダグべ式の挙式を容認されたのもこの襲撃を目論もくろんでの事。ジェスタ様をここ王都ダン・ガルーから引き離す為だ」


「そんなに早い段階から……」

「……許せぬ!」

何故なにゆえ陛下は何も仰らぬ……」


「諸君! ここからが最重要事項である!」


 そう声を張り上げるとグレバンはふところから書類を取り出す。


「ダグベより届いたこのジェスタ様の書簡、ここにはジェスタ様の直筆でこう……」




「……お待ち下さ……なりませぬ……!」




 部屋の中の空気がピタリと止まった。外が何やら騒がしいのだ。不審に思いグレバンはチラリと扉に目をやる。




「なりませ……その先は……!」




 やはり騒がしい。どうやら使用人達の声の様だ。グレバンは「はぁぁ……」とため息を吐くと「皆済まぬな、しばし待たれよ」とニコリと微笑む。そしておもむろに立ち上がると扉へと進み、扉を開くと首だけを外に出して大声で叱りつける。


「えぇい、何を騒いどるか! 客人が来とるというのにみっともな……いぃい!?」


 しかしグレバンの怒鳴り声は驚きの声に変わった。両目を大きく見開き後退あとずさる様に扉から離れるグレバン。一体何事があったのか。部屋の中にいる貴族達は固唾かたずを飲んで扉に注目する。次の瞬間、部屋に入ってきたのは思いもよらぬ人物だった。


「こんばんは、皆様。良い夜ね、コソコソと集まって悪巧みするにはとっても良い夜……そう思いません?」


 招かれざる客人、その正体はセムリナ・イオンザ・エルドクラム。イオンザ王国の王女だった。


「これは驚きましたな……一体何用で……いやその前に、そのお姿はどうされましたか? もしや我が家の家事でも手伝いにいらしたので?」


 給仕服に頭巾を被ったセムリナの姿にグレバンは皮肉のこもった質問をぶつける。しかしセムリナは「そんな訳がないでしょう? 貴方の奥方にシゴかれるなんてゴメンだわ」と笑い飛ばす。


「いや、確かにメイリーは厳しい妻ではあるが……殿下をシゴく程ひどくは……」


 モゴモゴと反論するグレバン。しかしセムリナはそんなグレバンを無視して自身の姿の説明を始める。


「こんな時間に私が外を出歩くには変装が必要でしょう? 仕事終わりの城の給仕が仕事着のまま街を歩く。いたって自然な姿だわ」


 そう話しながらセムリナは部屋の中を進む。そしてどっかりとグレバンの座っていた上座の椅子に腰を下ろす。


「あの殿下、そこは私の席で……」


 モゴモゴと反論するグレバン。しかしセムリナはそんなグレバンを無視して部屋の中を見回す。


「さて、一体何の話し合いなのかしら? 是非ぜひ私も混ぜて欲しいわ」


「いえいえ殿下、何という事はございませぬ」とすかさずグレバンは否定する。


「これは定期的に開いている我らの会合に過ぎませぬゆえ……」


 そう説明するグレバンをジロリと見るセムリナ。


「あら、その割には随分と急な招集だったようじゃない? 今日の今日で会合をもよおすなんて……火急の事案がおありになったのでは?」


 セムリナの言葉に肩をすくめるグレバン。そして「相変わらず優秀な目と耳をお持ちですなぁ。貴女様の抱えている人材を国に寄与きよして頂ければ、それだけでイオンザの国力は増すでしょう。宝の何とやらでは、あまりに勿体無もったいのうございます」と再び皮肉たっぷりの言葉を返す。しかしセムリナは「まぁ、私の事なんてどうでもよろしいでしょう?」と涼しい顔だ。


「それよりも早く教えなさい。一体何の話をしていたの?」


 セムリナは貴族達を睨む様に見回し、まるで脅す様に問い掛ける。グレバンは「殿下、ですからこれは定期的な……」と説明するが、しかしセムリナは「結構、分かっているわ」とグレバンの言葉をさえぎる。


「いえ、殿下がお聞きになったので私はご説明を……」


 モゴモゴと反論するグレバン。セムリナはその一切を無視して言葉を続ける。


「会合の議題はジェスタの事でしょう? 無事なの、弟は?」

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