第221話 斯くして魔女は邪悪に笑う 6
「あの日私はマベット様と二人、リドー様へ
そう語るデルカルの脳裏には、当時の様子が鮮明に刻まれていた。あの日のゴートの姿が。
□□□
「デルカル殿、開発局の
「ご苦労様です、隊長」
「残すはここのみ……」
「分かりました。参りましょう」
デルカルは静かに扉の取っ手に手を掛けると勢い良く扉を開いた。するとデルカルの背後にいた数人の
「早かったなデルカル。何やら嗅ぎ回っていたのは気付いていたが……近衛兵と一緒という事は陛下のご指示だな」
「ゴート将軍、出頭命令が出ております。城までご同行願いたい」
「城の地下、だろう? 掃除は済ませてあるか? 出来れば広い独房が良いんだが?」
軽口を叩くゴートに近衛兵達はクッと剣の切っ先を近付ける。「冗談だ、冗談」とゴートは軽く両手を上げる。そして手を下ろすと「ご命令には従うよ」と言いながら立ち上がる。と、
シュゥッ……!
乾いた様な音が走った。立ち上がったゴートの右手には
「ご乱心
近衛兵の一人がそう叫ぶとゴートは笑いながら言った。
「いかん……いかんなぁ。いつ
ゴートは右に左に剣の切っ先を動かし近衛兵達を
「ほらな」
懐から抜き出されたゴートの左手には
「デルカル、それに全て記してある。包み隠さず、全てをだ。陛下にお見せしてくれ。開発局は押さえたか?」
「はい。すでに」
「結構。ミーンの扱いには注意しろ」
「ミーン? 局長ですか……彼が何か?」
「奴はまともじゃない……気を許すなよ。それと、陛下にご伝言願おう。事ここに至っては、ただひたすらに己の不明を恥じ入るのみ。軍を混乱せしむる事、心よりお詫び申し上げまする……」
「将軍、それはご自身でお伝えを……」
「ハハハ、冷たいじゃないかデルカル。そうはいかぬ理由があるのだよ。良いな、確かにお伝えせよ」
そう言うとゴートはフッと力を抜き剣を下におろす。が、次の瞬間両手で剣を握りくるりと切っ先を自身に向けた。
「では諸君、失礼
声を上げるやゴートはその剣をブスリと自身の首に突き刺した。
「なっ……!?」
近衛兵らは慌ててゴートに駆け寄る。しかしゴートはバタバタンと机や椅子に自身の身体を打ち付けながら床へと倒れた。ゴートの様子を確認した隊長は「ふぅ……」とため息を
□□□
ふぅ、とデルカルは小さく息を
「ゴート将軍はその場で自害。残された書簡には
~~~
ゴートの残した書簡には以下の内容が記されていた。
西への備えをどうするか、部隊配置に
しかし
~~~
「三割とは……相当な数字だ」
驚いたジェスタは思わず呟いた。「は、仰る通りです」とデルカルは同意する。しかしすぐに「ですが開発局からの報告には嘘がありました。副作用に対する記述です」と続ける。
「報告では投与回数を増やす事で徐々に副作用の症状は緩和されてゆくと、何より研究を進める事で副作用自体も除去可能であると、そうあった様です」
「それが嘘であると?」
「そうだ」
ジェスタの問い掛けに答えたのはデルカルではなくマベットだった。
「私とデルカルは父上よりこの件に関する調査を命じられた。デルカルは主にゴートの周辺を、私は開発局の調べを担当した。そこで初めて局長であるミーンと話したが……奴は良い具合に壊れておったわ……」
□□□
「いやいや、殿下に担当して頂けるとはまさに光栄の極みですねぇ」
レクリア城地下にある留置場。その一画にある取調室の中で、
「魔法研究開発局局長、ミーン・リジベイク。新薬レゾナブルの開発責任者……
「はい。あの素晴らしき薬を我が手で生み出す事が出来たのは、研究者としてまさに……」
「聞いた事だけ答えろ。新薬はそなたが主任を兼任する第一班と、ジタイン・オムガが指揮する第三班との合同研究だったと聞いているが?」
「はい。二班は魔法の研究を行うとの事でしたので、三班に協力してもらいました。ジタイン君以下三班の者達は実に良く働いてくれましてねぇ、お陰で開発はスムーズに……」
「聞いた事だけ答えろと言っている! で、
「騙す? はて……一体何の事やら、私には
わざとらしくも見える神妙な顔でペラペラと薄っぺらい言葉を並べるミーン。付き合うつもりがないマベットはそれを無視して「副作用の件だ」と告げる。するとミーンは「あぁ……その事ですか」と言うとスッと無表情になった。
「まぁ何て事はございません、多少互いの見解に
「
「おや、すでにお調べになられておりましたか……まぁあれですよ、
「それでろくな動物実験もせずに治験に踏み切ったのか……?」
「おやおや、そちらも調査済みですか。まぁ
「貴様ぁ……特務隊の隊員達を何だと思っている!!」
段々と怒りが込み上げてきたマベット。
「殿下。貴方様はいずれこの国を
「……何ぃ?」
「その
「貴様に説教される
ダンッと机を叩きながら怒鳴るマベット。ミーンは困った様な顔で弁明する。
「殿下に説教などとは
「何を誇れと申すか!」
「この手の研究など大なり小なりどこの国でも行われているものです。しかしこれ程の効果をもたらす薬など、他のどの国も開発には至ってはおりません。つまり彼ら実験部隊は、この治験に参加出来た事を誇るべき栄誉と
「栄誉だと……?」
「新薬レゾナブルには無限の可能性が眠っている、私はそう断言します。この薬を
「ふざけた事を!! 命を軽んじ……何が栄誉か!!」
「ふむ……どうやら殿下は欲の少なき御方の様ですねぇ。力は行使してこその力なのですが……」
「私の話などどうでも良い! 今は貴様の……!」
「えぇ殿下、分かっておりますとも。私は決して命を軽んじてなどおりませんよ。むしろ
「その言い様だと貴様……最初から副作用の事など考えていなかったな!?」
「考えるだけ時間の無駄と言えますねぇ、何せ代償なのですから。まぁ無理に言い換えれば、薬の効果を得る為に必要なある種の儀式と呼べるかも知れませんねぇ。まぁ替えはいくらでもいる訳ですし、そもそも
「替えだと……それはつまり……」
「はい。無論兵の事ですねぇ。国というシステムが健全に機能していれば人は増えます
ニコッと笑うミーン。その気持ちの悪い笑顔を見て、マベットは背筋に冷たいものが流れたのを感じた。まともではない、これではまるで怪物ではないか……
「イカれておるな……貴様はイカれている!!」
「これはこれは、イカれておりますか。まぁ否定は致しません。
「もう良い!!」
マベットは再び怒鳴った。
「薬の資料はこちらで全て回収する。今この瞬間にも治験者達は副作用に苦しんでおる、彼らの治療の為に……」
「あぁ殿下。誠に申し上げにくいのですが……残念ながらそれは叶いませんでしょう」
「何だと……!」
「レゾナブルの成分。あれはどうやら極端に体外に排出されにくいものの様でして……長く体内に残り続けるんですねぇ。更に複数回の投与でその成分は体内に
「……!!」
瞬間マベットは腰に手を当てた。余りの怒りに無意識に剣を握ろうとしたのだ。が、そこで自身が
「資料と仰いましたが、そもそも資料と呼べるものは
「待て……どういう事だ……!?」
「どうもこうも、言葉の通りでございます。部下達にはこれこれこういう実験をし、ただその結果のみを報告せよと指示を出していました。そうして上がってきた報告を頭の中で組み上げまして……まぁそれを繰り返す事でレゾナブルは完成したのですねぇ」
「バカな……そんなやり方であの薬を作ったと? そんな事が……」
「可能です。優秀な頭脳が全てを完璧に管理すれば良いだけの話、難しい事ではありませんねぇ。手足たる部下達は何も考えず、ただただ頭脳に従えば良いだけなのです。恐らく彼らは今自分が一体何をやっているのか、それすら理解していなかったでしょうねぇ。つまり、あの薬の全容は……」
ミーンは細長いその両手を胸辺りまで上げる。
「薬の全てはこの
その顔には狂気とも思える笑みが浮かんでいた。
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