第260話 イベールの詭弁
「あ……ああ……」
力なく地面に座り込む男。恐怖と絶望で頭が真っ白になっていた。
そのオークが手にする
男は呆然としながらゆっくりと振り上げられる大槌を見ていた。その鉄の塊は隣の女と同じ様に自分の頭にも振り下ろされるのだと、分ってはいるがしかしもはや何もする事が出来ない。身体が動かない。頭が働かない。どうやら生き残る事を放棄した様だと、男は自分の事なのにどこか
と、
「無事!? 大丈夫ですか!」
ロナは地面に座り込む男に駆け寄り声を掛ける。が、男は
「ちょっと……大丈夫!? どっかやられた!?」
ロナは膝を付くと男の肩に手を置き、その身体を見回しどこか異変はないかと確認する。すると男はようやく状況を
「うん、大丈夫そうだね。立てますか?」
ロナはそう話しながら男の手を引いて立ち上がらせる。「ありがとう! ありがとう!」と男は立ち上がると何度もロナに礼を言った。そして「何なんだあれは!? 一体何が起きてるんだ!? そこの人は殺された……俺の目の前でだ! その人だけじゃない……あちこちで……街中あちこちでアイツらが……!」と
「大丈夫、もう大丈夫ですよ。皆で避難しましょう」
ロナは男に優しく微笑み掛けると後ろを振り返り「コウ! こっちは大丈夫!」と俺の名を呼んだ。
「ああ! 今行く!」
俺は路地から顔を出し返事をする。そして「さぁ、行きましょう」と背後で怯えながら息を殺している人達に声を掛け通りに出る。彼らは城へ向かう移動中に助けた避難者達、その数四十人程か。最初にオークの集団と遭遇した場所から城まではそんなに距離がある訳ではない。にも
そう、彼らは運が良い。彼らは俺とロナを見つけた。
思わず耳を塞ぎたくなる程だ。
「お前達! こんな所で何をしている!」
突如声が響いた。皆が一斉に声のした方を見ると、そこに立っていたのは衛兵だった。
「こんな所で固まっていたら狙われるぞ!」
そう怒鳴った衛兵は軽く後ろを振り向くと「おい! こっちだ! 避難民がいる!」と声を上げた。すると路地の奥から数人の衛兵達が姿を現す。彼らを見た避難者達からは「あぁ……」と
「よかった、皆を城まで連れて行く所だったんです」
そう話すロナに衛兵は「いや、城はダメだ」と返した。まさかの返答に「は? どうして!?」とロナの声も大きくなる。
「すでに全ての跳ね橋を上げてしまっている、中には入れんよ」
「そんな……じゃあこの人達は……」
「ノベウ、デバンノ両宮殿を開放している。避難民はそちらへ……」
と、衛兵はそこまで話すとロナと俺の顔を交互に見ながら「貴殿らはひょっとして……ジェスタルゲイン殿下の御側近か!?」と驚きの声を上げた。「はい……ご存知でおいででしたか」とロナが答えると衛兵は「無論知っている!」と笑顔を見せた。
「殿下御一行が到着された夜、私は朝日の門周辺の警備に駆り出されていた。そこで貴殿らのお姿を拝見した。聞けば随分と激しい追撃を受けていたとか……良くぞ無事に王都へ辿り着いたものだと感心した。良く覚えているよ。しかし……これは
衛兵はそう話すとホッとした様な表情を浮かべる。「
「ああ……避難民らは我らが誘導する。貴殿らには南門へ向かってもらいたい」
「南門?」
「そうだ、敵の圧が増している。殿下の御側近は皆腕が立つと聞いた。我が国の客人たる貴殿らにこの様な頼みをするのも筋が違うとも思うが……」
申し訳なさそうにそう話す衛兵。ロナはチラリとこちらを見て俺の表情を確認する。俺は無言で
「勿論、お任せを」
「あぁ、良かった。ご助力、感謝する」
衛兵はビッと敬礼すると避難者達を見回しながら説明を始める。
「皆さん! これから皆さんを宮殿まで護衛します。ここから西側はまだ敵の足も遅く――」
〜〜〜
「よし! じゃあコウ、さっきみたいにバチンバチンやっちゃおう!」
避難者達を見送ったロナは大通りを城へ向け歩き出す。
「あ〜……ロナ。多分だけど……」
「ん? なぁに?」
「さっきみたいにすんなりはいかないかな〜……なんて……」
「……どしたの?」
足を止めたロナは振り向いて不思議そうな顔をしている。少しばかり情けなさと申し訳なさを感じながら、俺は言葉を続けた。
「今の状況じゃ間違いなく俺……火力落ちるんだわ」
「火力? 火力が落ちるって……どういう……?」
「簡単に言うと…………もう雷撃使えない」
「…………は? なんで!?」
◇◇◇
「そんな……もうこんなに……!?」
その光景を目にしたロナは絶句した。絶句して少しの間、立ち尽くした。何はともあれ
「増してるどころの話じゃないだろ……」
俺とロナが南門へ辿り着くと、そこはすでに敵味方入り交じる混戦状態の戦場と化していた。怒声に悲鳴、地を這う様な雄叫び。倒れた兵を蹴飛ばし、踏みつけ、或いは
「左翼! 押し返せ! 装備の隙間だ! 良く狙え! 治癒師! モタモタするな! 怪我人を奥へ……左翼ゥ! 何をやっている!!」
そんなイベールのやかましさにうんざりとしたのか、隣に立つ老将は
「指揮官たる者冷静に戦況を見つつ……」
「は! 見ております! 見た上で必要な指示を出しております!!」
「いいや! そりゃ単に見えとるだけで理解はしとらん! 百の部隊を率いるとは百の命を預かると
「お言葉ですがミュラー将軍! 我が隊は将軍の
「な!? 貴様の隊が崩れたら誰が尻拭いすると思うとるか!!」
「ご心配には及びません! 間もなく切り札が到着致します
ああ言えばこう言うイベールに「何が切り札か!」と吐き捨てるミュラー。苛立ちながら「えぇい説教は
(デルカルめ……面倒なガキを押し付けおって……! 大体
ミュラーはダグベ軍将校の中でも最高齢のベテランであり、階級は総司令デルカルと同じ二階位である(最高階級である一階位は国王が務めるが慣例だ。形式上、国王が軍のトップとなるからである)。
かつて総司令となったデルカルが初めに取り掛かった仕事は、軍の病巣とまで
(全く頭の固い……これだから年寄りは……!)
イベールもまたチラリとミュラーを見ると聞こえない程の小さな舌打ちをする。イベールは基地内で顔を合わせる
(デルカル様はジジィの下に付けとは仰っていない……ならば対等! 遠慮する必要などない!!)
確かにデルカルはそんな指示は出していない。しかしそれは
「貴様ら!! 待っていた!!」
どうやらこちらに気付いた様だ。イベールは右手を高く上げて大声で呼び掛けた。俺とロナは混戦をすり抜けイベールの下まで駆け寄る。
「遅いぞ貴様ら! まぁ良い、許してやる。さぁ行け、存分に暴れろ!」
ビッと前方を指差しながら偉そうに命令するイベール。瞬間カチンときた俺とロナ。
「……どうしよ、コウ。コイツ無性に斬りたいんだけど」
「……奇遇だね、俺もコイツ吹き飛ばしたい」
「はぁ!? フザケてる場合か!! そんな状況じゃない事くらい……!!」
ギャ〜ギャ〜と怒鳴り散らすイベールに「うるさいわイベール!!」と声を張り上げるミュラー。
「戦闘中だぞ! 緊張感がないにも程があるわ! ……で、コイツらが今言ってた切り札ってヤツか?」
「は! そうであります! 二人はジェスタルゲイン殿下の従士であります! 女の方はあの
「……ねぇコウ。斬っていい? いいよねこれ!」
「……ああ、いいと思う。そしたらロナが斬った
「えぇい! いつまでダベってるつもりか! おい魔導師! 貴様雷撃を操ると聞いた。だから
再びビッと前方を指差し偉そうに命令するイベール。またまたカチンときたがグッと
「……あのなイベール。今俺、雷撃使えない」
「…………は?
……このやり取りさっきロナとやったな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます