第133話 古参の覚悟

「クソッ、当たらねぇ……」


 ベルナディの攻撃はそのことごとくが防がれる。いや、ベルナディだけではない、スールーの攻撃もだ。敵は魔導師二人を相手にしてほとんど被弾せず立ち回っている。ただの魔導師ではない、ジョーカーの番号付き、最強の男が率いる六番隊の魔導師だ。これがどれ程特異な事か、ベルナディには良く分かる。仮に自分だったらどうか? スールーとラムテージ、二人を相手に戦えと言われたらどうか? とてもじゃないが遠慮する。それ程特異な事なのだ。


「何で参謀部員がこんなに戦えんだ……?」


「ああ、お前は知らないか」


 独り言のつもりで呟いたベルナディだったが、スールーには聞こえていたようだ。パシパシィッ、とシールドで魔弾まだんを防ぎながらスールーはベルナディの疑問に答える。


「あのデームってのは、元番号付きだ。確か五番隊だったか? お前が入団する前の話だ。その後諜報部へ行き、今は参謀部だ」


「道理で……」


 ベルナディは得心とくしんが行った。元番号付き、それならばこれだけ戦えるのもうなずける。


「けど、それにしたって強すぎねぇか? こっちは二人掛かりだってのに……自信なくすぜ……」


「ああ、あいつは曲者くせものだ。特段魔力量が多い訳でもなく、火力がある訳でもない。だが攻撃の幅が広く、何より上手い。油断すると何をしてくるか分からないぞ」


 警戒を強める二人。そんな二人を相手に立ち回らざるを得なくなったデームはさすがに消耗していた。


 戦闘開始直後、ブロスは「あとのヤツは任せたぜ!」とデームに告げる。そして早々に因縁のあるラムテージと交戦しながらその場を離れていった。残されたデームはスールーとベルナディ、二人の魔導師を相手にしなければならなくなった。本当なら文句の一つも言いたい所だが、相手はあのブロスである。多分聞きはしないだろうと諦めた。


 すでに魔力もかなり使っている。このまま戦いが長引けば、いずれ魔力切れを起こしまともに動けなくなるだろう。現状を打破するにはどこかで勝負に出なければならない。


 右手を前に出し、「ふぅ……」と息を吐く。デームは覚悟を決めた。そして突き出した右手からポンポンと魔弾まだんを放つ。


「来るぞ!」


 スールーは声を上げ、ベルナディは警戒する。が、魔弾は飛んでこない。デームの右手から次々と飛び出した魔弾は、右手の少し前で宙に浮いたまま止まっている。


「浮かしてる……だけ……?」


 ベルナディが呟いたその瞬間、突如魔弾は牙をいた。宙に浮いていた二十個程の魔弾は物凄いスピードで一斉に動き出したのだ。


「なっ!?」


 ベルナディはきょを付かれた。猛スピードで迫り来る魔弾、完全にしてやられた。だがスールーは冷静だった。


「ハァッ!」


 スールーは魔弾を防ぐべく前方に分厚いシールドを張る。危機にいても自在に心が動き、よどみなく行動出来る。この辺がベルナディとの経験の違いだろう。

 スールーは実に二十年に及ぶ長い時間を、ジョーカーと共に歩んできた古参こさんの団員だ。そのキャリアと実力の高さから、支部長や番号付きのマスターへの打診が幾度となくあったが、しかしスールーはその全てを固辞こじしてきた。


 上に立つより、上に立つ者を支える。そしてベルナディのような若い団員達を指導する。


 それが自身の役割だと認識していたからだ。若い団員達と共に行う任務は、彼らに対する授業だと言って良いのかも知れない。

 しかし、そんなスールーの行動を嘲笑あざわらうかのように、魔弾は予期せぬ動きを見せた。



 ボン! ボンボンボンボン………



 飛んでくる魔弾はスールーの張ったシールドに当たる前に次々と爆発した。


「何だ!? どういう……」


 スールーはその意図を計れなかった。きょを突けたと思ったがシールドを張られた、どうせシールドに当たって魔弾が消えるのならば、その前に爆発させてしまおう、という事か? しかしシールドがある以上爆発の効果は身体まで届かない。そんな事はデームとて百も承知のはずだ。では何故なぜ……? その答えはすぐに分かった。



「ぐあっ!!」



 ベルナディの叫び声。スールーが視線を移すと、ベルナディは今まさに後ろへ吹き飛ぶ寸前だった。


(目隠しか!!)


 スールーは気付いた、魔弾の爆発は目隠しだと。爆発で前方に注意を引きつつ視界をふさぎ、その隙に対応が遅れていたベルナディを攻撃。しかし、一体どうやって? そんな一瞬でどうやってベルナディを攻撃したのか? 答えは単純、超スピードの魔弾だ。


 デームの保有魔力量は決して多くない。魔力を節約しながら立ち回るタイプの魔導師だ。ゆえに一発の魔法に多くの魔力を込められない。必然的に火力が落ちるのだ。しかし時にはたっぷりの魔力を込めた、一撃必殺の魔法を放たなければならない事もある。まさに今のような状況下だ。このような状況では普通、単純に魔法の威力を上げようとするだろう。だがデームの選択は違う、威力よりもスピードだ。

 多くの魔力を使い、威力ではなくスピードを上げる。魔弾の射出スピードだ。およそ認識など出来ないくらいの、まるでスナイパーライフルでも撃っているかのような、目にも止まらぬ早さで魔弾を放つ。かといって決して威力が弱い訳ではない。スピードを上げる事で威力も充分増すのだ。


(少しずれたか……)


 デームはベルナディの胸の真ん中を狙った。しかし狙いは僅かにずれ、ベルナディの左肩にヒットした。あまりのスピードの為、魔弾の着弾点をコントロール出来ないのが難点だ。


 後ろに吹き飛ぶベルナディに気を取られたスールー。そのほんの一瞬の隙をデームは見逃さない。スールーの注意が再びデームに向いたその時、スールー腹に魔弾が直撃、ボン、と爆発した。


「ぐぅっ!」


 爆発した魔弾はスールーの皮膚を焼き、同時にえぐるように引き裂く。大きなダメージを負いながらも、何とか耐えたスールーはデームを警戒する。するとデームはすでに次の攻撃態勢に入っている。スールーは驚愕きょうがくした。


(まさか……全てプラン通り……なのか……?)


 停止させた魔弾を突如動かし虚を突く。その魔弾を爆破させ注意を引く。その隙にベルナディを攻撃。ベルナディに気を取られた自分を攻撃し、デームに気を向けた時にはすでに最後の攻撃準備が整っている。


 これらを全て予測して行動していたというのか? 一体何手先まで読んでいる……いや、きっとデームには最後まで見えている……その最後の攻撃は果たしてどちらに……自分か? ベルナディか?


 スールーは立ち上がろうと上体を起こしているベルナディに覆い被さる。自身の身体をベルナディを守る壁としたのだ。


 最後の攻撃は、仕留め損ねたベルナディに向けられる。スールーはそう判断したのだ。デームの右手の先にはゴルフボール大の魔弾。魔力をグイグイと吸い取り充分に圧縮された魔弾は、恐ろしい程の速度で射出された。果たしてスールーの読み通りに、ベルナディを守るその背中に超スピードの魔弾が着弾する。



 パン!



「ぐぅぅぅっ……!!」



 目の前で衝撃と痛みに顔を歪めるスールー。ベルナディは全てを察した。助けられた……いや、足を引っ張ってしまったのだと。絶望の表情を浮かべるベルナディに、スールーは静かに話し掛ける。


「ベルナディ……いいか良く聞け。このままマスターを連れて……離脱しろ。そこらに馬がいるはずだ、うぅ……馬を引いてマスターの下へ……」


「何を……何を言ってる!? 俺はまだ……」


「そのダメージじゃ、ろくに動けないだろ……だったらこの場いても、足手まとい……だ」


「あんただってダメージ受けてるだろ! 俺は死ぬ覚悟だって……」




「俺の覚悟とお前ごときの覚悟を一緒にするなぁぁぁ!!」




 スールーはベルナディを一喝した。


「ぐぅっ……俺が何年、ジョーカーにいると思う……? お前ごときに、この場はまだ……早い……」


「スールー……あんた……」


「いいか、マスターを助けろ。もし今……テグザが出てきたら、どうなる? この状況で……バルファの部隊まで相手に出来るか? いくら、マスターが優勢に……戦っていたとしても、うっ……さすがに無理だ……マスターは熱くなると、周りが見えなくなる事が……ある。いつもはパウトが側にいて、マスターを見ているが、今は……いや、これからはどうか……っぐ……分からない。だからお前が……マスターを見るんだ」


「でもよ……!」


「行け! ここは俺と……ラムテージに任せ、ろ……マスターを頼んだ……」


「……」


 ベルナディは無言で背を向け、左肩を押さえながらその場を離れる。


(そうだ、それでいい。お前は若い、ここで死ぬ事はない……)


 ベルナディを見届けるとスールーはデームに向かう。


「済まないな……待ってもらって……あいつは、まだ……死なせたくない」


 デームは無言で首を振る。


「さて、では……続きを始め……よう……」


 ボロボロの身体、僅かに残った力を振り絞るようにスールーは立ち上がる。


「降伏という選択肢は……出てきませんか?」


 静かに問い掛けるデーム。スールーは驚き、そして笑いながら答える。


「ハ……ハハハッ、っぐぅぅぅ……そんな選択肢……が出てくると……思うか……?」



 ◇◇◇



(クソ……クソ!)


 悪夢。これは悪夢だ。たかだか十数人の相手に六番隊がここまでズタズタにされるなど、一体誰が予測出来るか? 勿論敗北はある。いくらジョーカー最強の男が率いているとはいえ、敗北する事は勿論ある。しかしここまでのダメージを食らった事など初めてだ。込み上げる悔しさを押し殺し、ベルナディは馬を探すべく歩く。


 ふと、振り返る。


 どうなっているかは分かっている。


 しかし見届けなければ、と思った。


 振り返るとすでに小さく見えるデームの姿。


 そして地面に転がるスールーだと思われる物体・・


 その物体からは激しい炎が上がっていた。

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