第133話 古参の覚悟
「クソッ、当たらねぇ……」
ベルナディの攻撃はその
「何で参謀部員がこんなに戦えんだ……?」
「ああ、お前は知らないか」
独り言のつもりで呟いたベルナディだったが、スールーには聞こえていたようだ。パシパシィッ、とシールドで
「あのデームってのは、元番号付きだ。確か五番隊だったか? お前が入団する前の話だ。その後諜報部へ行き、今は参謀部だ」
「道理で……」
ベルナディは
「けど、それにしたって強すぎねぇか? こっちは二人掛かりだってのに……自信なくすぜ……」
「ああ、あいつは
警戒を強める二人。そんな二人を相手に立ち回らざるを得なくなったデームはさすがに消耗していた。
戦闘開始直後、ブロスは「あとのヤツは任せたぜ!」とデームに告げる。そして早々に因縁のあるラムテージと交戦しながらその場を離れていった。残されたデームはスールーとベルナディ、二人の魔導師を相手にしなければならなくなった。本当なら文句の一つも言いたい所だが、相手はあのブロスである。多分聞きはしないだろうと諦めた。
すでに魔力もかなり使っている。このまま戦いが長引けば、いずれ魔力切れを起こしまともに動けなくなるだろう。現状を打破するにはどこかで勝負に出なければならない。
右手を前に出し、「ふぅ……」と息を吐く。デームは覚悟を決めた。そして突き出した右手からポンポンと
「来るぞ!」
スールーは声を上げ、ベルナディは警戒する。が、魔弾は飛んでこない。デームの右手から次々と飛び出した魔弾は、右手の少し前で宙に浮いたまま止まっている。
「浮かしてる……だけ……?」
ベルナディが呟いたその瞬間、突如魔弾は牙を
「なっ!?」
ベルナディは
「ハァッ!」
スールーは魔弾を防ぐべく前方に分厚いシールドを張る。危機に
スールーは実に二十年に及ぶ長い時間を、ジョーカーと共に歩んできた
上に立つより、上に立つ者を支える。そしてベルナディのような若い団員達を指導する。
それが自身の役割だと認識していたからだ。若い団員達と共に行う任務は、彼らに対する授業だと言って良いのかも知れない。
しかし、そんなスールーの行動を
ボン! ボンボンボンボン………
飛んでくる魔弾はスールーの張ったシールドに当たる前に次々と爆発した。
「何だ!? どういう……」
スールーはその意図を計れなかった。
「ぐあっ!!」
ベルナディの叫び声。スールーが視線を移すと、ベルナディは今まさに後ろへ吹き飛ぶ寸前だった。
(目隠しか!!)
スールーは気付いた、魔弾の爆発は目隠しだと。爆発で前方に注意を引きつつ視界を
デームの保有魔力量は決して多くない。魔力を節約しながら立ち回るタイプの魔導師だ。
多くの魔力を使い、威力ではなくスピードを上げる。魔弾の射出スピードだ。およそ認識など出来ないくらいの、まるでスナイパーライフルでも撃っているかのような、目にも止まらぬ早さで魔弾を放つ。かといって決して威力が弱い訳ではない。スピードを上げる事で威力も充分増すのだ。
(少しずれたか……)
デームはベルナディの胸の真ん中を狙った。しかし狙いは僅かにずれ、ベルナディの左肩にヒットした。あまりのスピードの為、魔弾の着弾点をコントロール出来ないのが難点だ。
後ろに吹き飛ぶベルナディに気を取られたスールー。そのほんの一瞬の隙をデームは見逃さない。スールーの注意が再びデームに向いたその時、スールー腹に魔弾が直撃、ボン、と爆発した。
「ぐぅっ!」
爆発した魔弾はスールーの皮膚を焼き、同時にえぐるように引き裂く。大きなダメージを負いながらも、何とか耐えたスールーはデームを警戒する。するとデームはすでに次の攻撃態勢に入っている。スールーは
(まさか……全てプラン通り……なのか……?)
停止させた魔弾を突如動かし虚を突く。その魔弾を爆破させ注意を引く。その隙にベルナディを攻撃。ベルナディに気を取られた自分を攻撃し、デームに気を向けた時にはすでに最後の攻撃準備が整っている。
これらを全て予測して行動していたというのか? 一体何手先まで読んでいる……いや、きっとデームには最後まで見えている……その最後の攻撃は果たしてどちらに……自分か? ベルナディか?
スールーは立ち上がろうと上体を起こしているベルナディに覆い被さる。自身の身体をベルナディを守る壁としたのだ。
最後の攻撃は、仕留め損ねたベルナディに向けられる。スールーはそう判断したのだ。デームの右手の先にはゴルフボール大の魔弾。魔力をグイグイと吸い取り充分に圧縮された魔弾は、恐ろしい程の速度で射出された。果たしてスールーの読み通りに、ベルナディを守るその背中に超スピードの魔弾が着弾する。
パン!
「ぐぅぅぅっ……!!」
目の前で衝撃と痛みに顔を歪めるスールー。ベルナディは全てを察した。助けられた……いや、足を引っ張ってしまったのだと。絶望の表情を浮かべるベルナディに、スールーは静かに話し掛ける。
「ベルナディ……いいか良く聞け。このままマスターを連れて……離脱しろ。そこらに馬がいるはずだ、うぅ……馬を引いてマスターの下へ……」
「何を……何を言ってる!? 俺はまだ……」
「そのダメージじゃ、ろくに動けないだろ……だったらこの場いても、足手まとい……だ」
「あんただってダメージ受けてるだろ! 俺は死ぬ覚悟だって……」
「俺の覚悟とお前ごときの覚悟を一緒にするなぁぁぁ!!」
スールーはベルナディを一喝した。
「ぐぅっ……俺が何年、ジョーカーにいると思う……? お前ごときに、この場はまだ……早い……」
「スールー……あんた……」
「いいか、マスターを助けろ。もし今……テグザが出てきたら、どうなる? この状況で……バルファの部隊まで相手に出来るか? いくら、マスターが優勢に……戦っていたとしても、うっ……さすがに無理だ……マスターは熱くなると、周りが見えなくなる事が……ある。いつもはパウトが側にいて、マスターを見ているが、今は……いや、これからはどうか……っぐ……分からない。だからお前が……マスターを見るんだ」
「でもよ……!」
「行け! ここは俺と……ラムテージに任せ、ろ……マスターを頼んだ……」
「……」
ベルナディは無言で背を向け、左肩を押さえながらその場を離れる。
(そうだ、それでいい。お前は若い、ここで死ぬ事はない……)
ベルナディを見届けるとスールーはデームに向かう。
「済まないな……待ってもらって……あいつは、まだ……死なせたくない」
デームは無言で首を振る。
「さて、では……続きを始め……よう……」
ボロボロの身体、僅かに残った力を振り絞るようにスールーは立ち上がる。
「降伏という選択肢は……出てきませんか?」
静かに問い掛けるデーム。スールーは驚き、そして笑いながら答える。
「ハ……ハハハッ、っぐぅぅぅ……そんな選択肢……が出てくると……思うか……?」
◇◇◇
(クソ……クソ!)
悪夢。これは悪夢だ。たかだか十数人の相手に六番隊がここまでズタズタにされるなど、一体誰が予測出来るか? 勿論敗北はある。いくらジョーカー最強の男が率いているとはいえ、敗北する事は勿論ある。しかしここまでのダメージを食らった事など初めてだ。込み上げる悔しさを押し殺し、ベルナディは馬を探すべく歩く。
ふと、振り返る。
どうなっているかは分かっている。
しかし見届けなければ、と思った。
振り返るとすでに小さく見えるデームの姿。
そして地面に転がるスールーだと思われる
その物体からは激しい炎が上がっていた。
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