第11話 魔法脳

「よし、じゃあ最終試験だ。合格すればこの段階はクリアだな」


 三ヶ月間、ひたすらレイシィの魔法を受け続けてきた。一体何度死にかけた事か……そのたびに治癒魔法で回復させられ、終わる事のない魔法直撃地獄を繰り返した。


 想像してみて欲しい。毎日、毎時間、毎分、毎秒、即死レベルの魔法を食らい続けるのだ。ドン! と強烈な衝撃と激痛。その瞬間意識を失う。そしてすぐに回復させられ、目覚めたらまたドン! と食らう……

 痛い思いをしたくなければ上手くシールドを張れ、という事だ。しかし、そもそも上手く張れないから修行してる訳であって……そうして延々と魔法を食らい続ける日々。よく持ったなぁ、俺の精神……


 でも、それも今日で終わり。そう、やっと終わるのだ。このドM育成プログラムが。


「最後だしな、今日は魔法を使うぞ」


 ……ん?


「え? ちょっと待って……どういう事? 今までのだって魔法……でしょ?」


「ああ、今までのあれはな、厳密には魔法じゃなく魔弾と言って魔力の塊だ」


 んん?


「魔法っていうのはな、魔力に何らかの効果を施したものを言うんだ。あれは単に魔力を圧縮して固めた魔力の塊にすぎない。例えば魔弾を燃やせば炎の魔法、それにプラス破裂させれば爆裂の魔法とかな。つまり今まで使ってたこれは魔法じゃなく、魔力そのものだ。」


 そう言って上空に向けヒュン! と魔弾を放った。


「とは言えこれだって殺傷能力は充分、攻撃方法としては上等なもんだ。それはお前がよく分かってるはずだろ?」


 確かに、この三ヶ月で身をもって理解している。


「という訳で今日は魔法を使うぞ。そうだな、やっぱり燃やそうか? 炎は得意だし」


 お、おう。燃やすのか。


「着弾したら燃え上がるからな、当たるなよ?」


 ……緊張してきた。


 堅くなっている俺を見て、レイシィは笑いながら言った。


「心配するな、やる事は変わらないんだ。ただ防げばいい、それだけだ。当たらなきゃどうって事ないだろ? 仮に当たったって火傷やけどくらいすぐに治してやる。ただなぁ……」


「ただ……なに?」


火傷やけどは治せるが、服がなぁ……燃えちゃうだろ?」


 あ……


「いちいち着替え待つの面倒だから、燃えたらそのままで続けるぞ」


「そのままって……裸で?」


「まぁ、最悪な」


 なんて鬼畜……


 これはまずい事になった。百歩……いや、千歩譲ってレイシィになら……ん~、まぁしょうがない。はなはだ不本意ではあるが、無理矢理にでも妥協しよう。けどレイシィの事だ、そんな事になったらきっと面白おかしく話をまとめ上げ、酒のさかなにでもしてしまうだろう。そんなもん冗談じゃない。そしてこの裏庭、家の前の小道から丸見えなのだ。一発でも食らったら、そして運悪く家の前を人でも通り掛かろうものなら、精神的にも社会的に死んでしまう。


 当たる訳にはいかない。


 絶対に防ぐ!


 異様な程の緊張感を感じながら、シールドで魔法を防ぐ修行は大詰めを迎えようとしている。


「じゃあ、行くぞ!」


 と言うや否や、ヒュンと音を立てレイシィの右手から魔弾が飛び出した。


 パシィィッ


 これを防ぐ。問題ない。


 ヒュンヒュンと二発。


 パシパシィィッ


 全然大丈夫。


 威力、スピード、タイミングを変化させながら、レイシィは次々と魔弾を放つ。が、その全てを完璧に防ぐ。そもそも服を燃やされないように、いつにも増して集中しているのだ。当たるイメージなんて一切湧かない。


 また二発。大丈夫、防げる。


 一発目を防ぎ二発目を、と思った直後、突然二発目の魔弾が分裂したかのように二つに増えた。二発目の魔弾に隠れるように、三発目を放っていたのだ。しかもその三発目は俺の張ったシールドを迂回するように、大きく左に曲がりながら懐に飛び込んでくる。


 三発目……だと!? 謀ったな! お師匠ぉぉぉ!!


 そんなこと言ってる場合じゃない。


 最初の二発は防いだが、三発目は……どうする!? シールドは間に合わない。避けるか? いや、身をかわす余裕はない。くそっ……



 パシィィッ!



 おぉぉぉ……防げた……


 俺は咄嗟とっさに魔弾を作り、レイシィの放った魔弾にぶつけたのだ。シールドを張る時間的余裕はなかったが、魔弾だったら間に合う、と踏んだ。ただ不安だったのは魔弾の硬度だ。思いっきり圧縮したが、レイシィの放った魔弾の方が硬かったら、俺の魔弾は弾き飛ばされていただろう。本当にギリギリの所だったが、どうにか俺は全裸をまぬがれた。


「どうだ、お師匠!」


「……」


 俺のドヤ顔にカチンときたのだろうか、レイシィは無言で次々と魔弾を飛ばしてくる。しかも今までに体験した事のないスピードだ。


「うぉぉ! ちょ……お師匠! これ……早っ、多過ぎだろ!」


「はぁ? 何だお前は! 実戦の最中さなか、命のやり取りしてる相手に手を緩めてくれとお願いするのか! さっきみたいにスパスパ防げばいいだろう! この……当たれ!!」


 当たれって……やっぱりカチンときてたんだな、全く大人げない。


 逆ギレとも思えるレイシィの連続魔弾。何とか防ぎ続けていると、最後の最後にとんでもないものを飛ばしてきた。


(な……この女、命りにきやがった!)


 俺がそう考えたのも無理はないと思う。今までのものより一際大きく、そして思い切り魔力が圧縮されてるであろう、凄く硬そうな魔弾。こんなものが直撃したら、身体が消し飛んでしまうのではないか?


「くそっ!」


 あの魔弾、恐らくシールド一枚では防げない。そのくらい硬そうだ。だったら……そう、一枚で防げないのなら何枚も張ればいい。そして魔弾の大きさに合わせ、シールドも大きく展開しなければならない。大きなシールドを何枚も張ってやるのだ。


「うおぉぉぉ!」


 無我夢中でシールドを何枚も張る。が、魔弾はそれを無視するがごとくバババッ! とシールドを破りながら突き進んでくる。


(まずい、これまずい! 止まれぇぇぇ!!)



 パシィ……



 レイシィが放った凶悪な魔弾は俺が張ったシールドを次々と破壊、最後に張ったシールドに当たってようやく消えた。ちなみにそのシールド、身体の僅か十センチ程手前に張ったものだ。さっき以上にギリギリ、まさに死にかけた……


「はぁ……」


 放心状態の俺に近付くレイシィ。そして、


「……合格だ」


 と一言。その言葉の前に小さくチッ、と舌打ちが聞こえた気がしたが、気のせいだろう。多分……


「ふぅ、さっきといい今といい、よく防いだな、見事だ。

 魔弾に魔弾をぶつけて弾き飛ばすという発想は正解だ。威力や角度を上手く調整しなきゃならないので難度は高いが、緊急回避の手段としては有効だ。

 そして最後の多重シールド。強力な魔弾はシールドいくつも張ってやる事で、その勢いや威力を殺せる。分厚いシールドを張れれば事足りるんだが、まぁ、覚えておいて損はない技術ではあるな。

 そしてそれらもそうなんだが、何より喜ばしいのはお前の頭が着実に魔法脳になってきている、という所だ」


「魔法脳?」


「ああ。魔導師である以上、当然魔力や魔法の扱いに長けていなければならない。それらを駆使し、いかにして目の前の驚異を回避するか、それを考えるのがいわゆる魔法脳だ。お前は自分の武器である魔力をどう使えばいいのか考えた。考え、実行し、見事驚異である私の攻撃を防ぎきった。少しずつ魔導師に近付いている、という事だ」


 ……何か上手く丸め込めようとしているな、しかし忘れてないぞ。当然の疑問をレイシィにぶつけてみる。


「あのさ……」


「ん? 何だ?」


「最後、俺を殺しに掛かったでしょ?」


「んな!? な……何を言うか! 弟子を殺そうなんて、そんな事考える訳ないだろ! そりゃあまりに上手く防がれたから、ちょっとばかしムキになったと言うか、一発くらい当ててやろうって、そう思ったのは確かだが……いや、にしたって殺そうなんて、ある訳ないだろ! なぁ?」


 なぁ? って、俺が聞いているんだが。まぁでも、俺の思い違いならばそれでいい。しかしながらお師匠よ、だったら何でさっきから目を合わせない?


「とにかく合格だ、今日の所はゆっくり休もう、な? あ、あそこ行こう、いばらの庭! 合格祝いだ、何でも頼んでいいぞ?」


 お師匠よ、丸め込めようとしてないか?



 ◇◇◇



 夕方、そろそろ街へ行こうかと話をしていると、ガンガンガン! と家のドアをノックする音。いや、これノックか? ドア壊れそうなくらい叩かれてるが。そして、


「レイシィ殿ぉぉ~! おられるか~!」


 と、これまたデカい声。


「やれやれ、懐かしいな、この声のデカさ……」


 そう言うとレイシィはドアを開けた。すると、ちょうどドアのサイズと同じくらいの大きな男が立っていた。


 でかっ、縦にも横にも、でかっ!


「おお! レイシィ殿、久しいな、息災であったか~?」


「ラムズ、ノックはもっと優しくしろ、ドアが壊れる」


 白髪混じりの頭に髭、五十代半ばくらいか? ただ大きいだけじゃなく、全身がゴツゴツとした筋肉に覆われている。でかい、と言うより厚い? レイシィにラムズと呼ばれたこの男は、ガハハハ、と大きな声で笑った。


「ラスカの知人を訪ねる用があったのでな、ついでに、と思い立ち寄らせていただいた」


 レイシィに促され家の中に入ったラムズとバチッと目が合った。一応、軽く会釈する。するとラムズは驚いた様子でレイシィに話しかけた。


「いや、三年も経つと変わるものであるな~。浮いた話一つなかったレイシィ殿が、よもやこんな若い伴侶を捕まえるとは」


「ラムズよ、お前盛大に勘違いしてるぞ。こいつはそんな色っぽい相手じゃない、私の弟子だ」


 それを聞いてラムズはさらに驚いたようだ。


「弟子!? まことであるか? やはり三年も経つと変わるものだ。弟子は取らぬ、と公言していたレイシィ殿が、まさか弟子とは……」


「まぁ、色々あってな」


「むぅ、まぁ弟子と一緒になる師も多いと聞くからな、やはり若い身体が……」


「ラ~ムズ!!」


「ガハハハ、冗談である。してお弟子殿、名を伺ってよいか?」


「あ、はい、コウです。コウ・サエグサと言います」


「コウ、であるな。申し遅れた、私はラムズ・アドフォント。オルスニア王国の騎士団に所属しておった者だ。レイシィ殿とはその頃からの付き合いだ」


「名門貴族、アドフォント家の前当主で、騎士団長を務めていた。まぁ、飲み仲間だな」


「うむ、家督は愚息に継がせ騎士も引退したのでな、毎日ぶらぶらと好き勝手しておる」


 貴族家の当主で騎士団長ってすごい人物じゃないか。人懐っこい笑顔とあけすけな話し方の為、そんな感じが全然しない。


「そうそうレイシィ殿、土産があるのだ。コウ、降ろすのを手伝ってくれんか?」


 外に出ると、一台の荷馬車が停まっていた。荷台には腰くらいまでありそうな大きな樽が三樽積んである。


「ラムズよ、これなんだ?」


「決まっておる、跳馬亭はねうまていのミードだ。レイシィ殿はここのミードを気に入っておったろう?」


「そうだけどお前……いくらなんでも多すぎるだろ」


 呆れ気味のレイシィに対し、ラムズはこう言い切った。


「なんの、うわばみレイシィなら三日でなくなる量である!」


「そんな訳ないだろ……てか、うわばみじゃないし……」


 お師匠よ、そこは同意しかねる。本当に三日でなくなるんじゃないか?

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