第127話 遭遇

「ユーノル、どうすんだ? どうやって出る? まさか城壁よじ登れなんて言わねぇよな、一瞬で捕まっちまうぜ」


 大きな鉄門はガッチリと閉じており、付近には街の衛兵が集結。バルファ北門は物々ものものしい雰囲気に包まれていた。

 バルファは国境に程近い街だ。隣接するエラグ王国とベーゼント共和国の仲はあまりよろしくない。となると必然的に街の防備は厳重になる。バルファは街の周りを高い城壁が取り囲む守りの固い街である。

 そんな北門を少し離れた所から眺める一同。ユーノルはおもむろにふところから小さな革袋を取り出すと、その袋を顔の横辺りまで持ち上げて軽く揺らす。チャリチャリ、と音の鳴る袋。どうやら中には金が入っているようだ。そしてその革袋を開き皆の前に差し出した。


「いくらでもいいぞ、入れてくれ」


「……ま、しょうがねぇか」


 ブロスはポケットに手を突っ込むと、何枚かの金貨や銀貨をユーノルが差し出した革袋に入れる。他のメンバーもごそごそと金を用意し始める。


「どういう事?」


 俺は意味が分からずユーノルに聞いた。するとユーノルは「握らせるんだよ」と返答。あぁ、なるほど。衛兵に渡して便宜べんぎを図ってもらう、つまりは賄賂わいろだ。俺は納得し適当に金貨を袋に入れた。


「てめぇ何でそんなに金持ってやがんだ?」


 それを見ていたブロスが不思議そうに尋ねてきた。これは俺の金じゃない、レイシィの金だ。好きに使っていいと言われていた為、レイシィの家から持ち出していたのだ。しかし実際に金を使う機会は少ない。エス・エリテでもそうだった、始まりの家でもそう、寝床も食事も付いているのだ。たまに外で食べる時に使うくらいか? なので金は結構余っている。まぁレイシィの金だが。お師匠、感謝。


 パンパンになった革袋。「さて……」と言いながらユーノルはキョロキョロとターゲットを探す。「あいつらがいいな」と呟くとゆっくり歩き出す。ユーノルが目を付けたのは、門から一番離れた場所でたむろしている数人の衛兵達。しゃがみ込んだりあくびしたりと、明らかに不真面目なその様子から、ユーノルは勝算ありと踏んだのだろう。


「なぁ隊長さん」


 ユーノルは衛兵達に近付くと、その輪の中心に立っている衛兵に声を掛ける。


「隊長? 何を言っている?」


 衛兵は眉をひそめる。


「あれ? 違うのかい? 何か貫禄かんろくあるからてっきり隊長さんかと思ったよ」


「ハハハ、隊長は向こうだよ」


 笑いながらな門の方を指差す衛兵。まんざらでもなさそうな感じだ。


「ああ、いやいや……あんたでいいよ。あのさ、街の外に出たいんだけど……門はいつ開くんだい?」


 ユーノルの問いに顔を見合わせる衛兵達。そして皆で笑いだした。


「門は開かないよ、開けられない」


「どうして?」


「敵が攻めて来るからだ」


「敵って……参ったなぁ……」


 下を向き頭をくユーノル。


「何だあんたら、外に出たいのか? 残念だったな、取り敢えず今日は無理だ、諦めな」


「そこを何とか……ならないもんかなぁ?」


「おいおい、無茶言うなよ。これは市長の指示だ、例え隊長だって勝手には開けられない」


「どうしても今日中に出発しなきゃならないんだ! 何とかしてくれよ!」


「……しつこいな、無理だってんだ!」


「これで……どうにかならないか?」


 そう言いながらユーノルは金がパンパンに入った革袋を衛兵に手渡す。衛兵は革袋を開き中を見るとすぐに袋を閉じる。そして他の衛兵達と何やら小声で話し始めた。役人に金を渡し便宜べんぎを図ってもらう。これは買収だ。誠実で真面目な衛兵が相手ならば、その提案だけで捕縛ほばくの対象となるかも知れない。


「こっちだ、来い。騒がず静かに、普通にしろ」


 そう言うと衛兵は歩き出す。どうやらユーノルの勝ちだ。城壁沿いに少し歩くと小さな小屋が見えてきた。衛兵は小屋の扉に手を当てて解錠かいじょうする。魔法の鍵マジックロックが掛けられているようだ。


「灯りの魔法石は持ってるか? あるなら中に入ったら点けてくれ」


 小屋の中は真っ暗だ。ユーノルは腰に提げている灯りの魔法石を灯す。すると部屋の奥にもう一つの扉。衛兵は解錠かいじょうし扉を開ける。扉の奥は地下へと続いていた。


「最後の者は扉を閉めてくれ」


 衛兵を先頭に俺達は地下へ降りる。その先は細く長い通路。じめじめとしていて不快、変な虫やら何やらが潜んでいてもおかしくない感じだ。


 通路を進むと正面に鉄扉が見えてきた。衛兵はその鉄扉を開ける。


「全員出たらすぐに閉める。もう戻れないぞ?」


 衛兵の問い掛けにユーノルは「恩に着る」と短く答える。扉を出るとそこは街の外だった。ギギギ……ガチャン、と扉が閉まる。


「ふぅ……何とかなったな。よし、行こう」


 ユーノルは安堵あんどのため息をつき歩き出した。このような城壁には大抵緊急用に抜け道がある。衛兵ならば知っているはずだと、ユーノルはそう考えたのだ。そして無事に街の外へ出る事が出来た。しかし俺達は気付かなかった、街の中で遠巻きにその一部始終を見ていた者達がいた事を。



 ◇◇◇



「ルピス様、あれを……」


「ああ、分かっている。全く間抜けな話だ。あんな簡単な発想、誰の頭にも浮かばなかったんだからな。そう言えば……リアンセ様にも言われた事があったな、頭が固いとか何とか……」


 衛兵に連れられ小屋の中へ入る一向。それを見ていたルピスは話しながら苦笑いする。部下達は早速金をまとめ始めた。


「とにかくすぐに出るぞ、このまま待っていてもいつ門が開くか分からないからな。北でふくろうも待っているだろう」



 ◇◇◇



(これでいつもよりいい酒が飲めるな……)


 街の中に戻ってきた衛兵。仲間達の下へ行こうと歩き出す。が、


「そこから出られるんだな」


 不意に声を掛けられた。後ろを見ると数人の男達が立っている。


(見られていたのか!? クソッ……どうする……?)


 険しい表情で男達を睨む衛兵。適当な理由を付けて捕縛ほばくするか、いや……いっそこの場で始末するか……衛兵が仲間を呼ぼうとしたその時、


「待ってくれ、別にあんたをどうこうしようなんて考えてないよ」


 先頭の男が話ながら近付いてくる。衛兵は腰の剣に手を掛ける。


「……じゃあ、何だ?」


 衛兵は警戒を緩めずに問う。腰の剣、つかを握る手に力が入る。そんな衛兵とは対照的に、男は軽く笑みを浮かべながらふところから革袋を取り出し衛兵に向け差し出す。


「これで俺達も外に出してくれ、さっきの連中みたいにな」



 ◇◇◇



「ねぇユーノル、馬はどこに?」


「あの丘を越えた先に林があってな、奥に小川が流れてる。そこで……」


 ライエの質問にユーノルが答えている最中、ドドド、ドドド、と複数のひづめの音が響いてきた。それに気付いたブロスは周囲を見回す。しかし身を隠せそうな所はない。


「チィ、油断した……」


 ブロスがそう呟いた直後、前方の丘の上に突然騎馬の一団が現れた。道は登りで丘の向こう側は見えなかった為、その接近に気付かなかったのだ。

 騎馬の一団はゆっくりと坂を下ってくる。そして前方で立ち尽くしている者達を確認しその脚を止める。灰色のローブに身を包んだ先頭の男は、驚いたような表情で呟いた。


「……ブロスか? それに……ライエ、デーム……」


(クソッ……クソックソッ、最悪だ……迂闊うかつだった……)


 ブロスは激しく後悔した。無事に街の外に出られ、馬も比較的近くに用意してあるという事から、本人も気付かぬ内に警戒が緩くなってしまっていたのだ。


「こんな所で何をしている!」


「いよぅアイロウ……久々だなぁ……そっちこそ、こんな時間にこんな所まで、夜のピクニックかぁ? 今日はいい月が出てるからなぁ」


「聞いているのはこっちだ。何をしている?」


「別に何も? たまたま、偶然だ」


「こんな場所で偶然な訳はないだろう。バルファで何をしていた? いや、テグザと何を話してきた?」


「おいおい、そりゃ深読みしすぎだ。アイツらは敵だぜ? 何で仲良くする必要がある?」


「どうだかな……とにかく、見過ごす事は出来ない」


 そう言いながらアイロウは馬を降りる。すると他の隊員達も次々と下馬げばし始める。


「お前が俺の立場だったら、同じ行動を取るだろう?」


 アイロウは腕を組みブロスの正面に仁王立ちする。


「何だよ、お前らこそテグザに用があるんだろ? こんな所で油売ってる場合か? 早く行ってやらねぇと、テグザの野郎待ちくたびれて寝ちまうぜ?」


「要らぬ心配だ、時間は掛けない」


「自信満々ってか、くそったれめ……クソ魔ぁ、出し惜しみなしだ、全力でやれ。ライエ、お前は後方だ。治癒魔法使えんのはお前しかいねぇ、お前に何かあったら立て直し出来なくなる。ユーノル、諜報部の連中は戦えんのか?」


「多少な。だが当てにするなよ」


「ああ、戦えるだけありがてぇ……」


 ゆっくりとこちらに向かい歩を進めるアイロウ。息が詰まりそうな圧迫感、肌がピリピリとする感じ、皆の緊張感も痛いくらいに伝わってくる。気圧けおされているのだ、強者のあつに。



 ◇◇◇



「あれは……さっきの連中か?」


 街道を外れ草むらの中を歩いていたルピス一向。自分達の前に街を出た者達が、騎馬の一団と相対している様子を遠くから確認した。


「何やら……不穏ふおんな感じですね」


 部下の一人が呟く。しかしルピスは笑いながら答える。


「ま、俺達には関係ない」


 そうしてその場を離れようとしたその時「……ん?」とルピスは何かに気付いた。


「あの男……」


「ルピス様、何か?」


「いや……そうだ、間違いない。あの男だ……」


「お知り合いでもおりましたか?」


「知り合いなど……恐らくは敵だ。だが、あの男のお陰でリアンセ様をお助け出来た」


「では、エリノスで?」


「ああ……」


 そう答えるとしばし考え込むルピス。そして歩き出す。


「お前達は先に行ってくれ」


 ルピスの指示に驚く部下達。


「ルピス様……助太刀に?」


「ああ。受けた恩は返さんとな。しかし……とんだ貧乏クジだ、あの灰色のローブ……出来ればやり合いたくはないな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る