トロイメライ・オリジン

【トロイメライ】

「生き残ったのは私たちだけ……?」

「みたいね」


 世界から色彩が溶け落ちた。黒い女と黒い少女は顔を見合わせる。


「アレは、本当にネガなの?」

「多分」


 黒い腕が絡み合った巨人。周囲に浮かぶ六つの眼球がマギアを見下ろす。リボンと鎖を放つヒロイックと、両手を向けて空間を固定するジョーカー。二人の【トロイメライ】尽力あってか、黒い巨人の動きは封じ込めている。


「本当に⋯⋯?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 結界に引き込まれたとしても、この広さは常軌を逸している。足に纏わり付く黒い泥沼。色彩を失ったものの、ハリボテのように浮かんでいる街並みは神里市のものだった。


「街一つ、丸々再現するような結界⋯⋯不可能、じゃないわ」


 ぼこり、と。

 粘性の高い黒海から気泡が【トロイ】上がった。二人の動きが止まる。不穏な予感。ジョーカーが指だけで小銃の銃口を向けた。


『ジョーカー、これは一体どういうことだい?』


 思わず発砲してしまった。ジョーカーは、自分の右肩に乗っている白ウサギを睨みつける。認識をいたのだろう。どうせ最初から居たに違いない。

 ヒロイックが目線だけで軽率を非難する。


「めっふぃにも状況が分からないの?」

『ここは間違いなくネガの結界だ。それだけの事実だし、それしか分からない』

「そう⋯⋯⋯⋯」


 英雄はシンプルな答えに縋る。


「だったらネガを倒せばいい。それだけよ」


 見上げる。あの黒い巨人が、恐らくネガ本体だろう。【ト】単純な大きさだけならば『終演』に匹敵する規模だった。


「ヒロイック、そのままネガを絞め殺せる?」

「『束縛』が効いているのだから、いけなくもない。けど、思うんだけど――――アレ、?」


 魔法を発動させようとしていたジョーカーの手が止まる。モノクロの神里を席巻する黒い巨人。アレがネガではないとしたらなんだというのか。【トロイメライ】


「⋯⋯⋯⋯根拠は?」

「勘」


 身も蓋もないが、英雄の直感である。巨人を討ち倒すのに全力を注ぎ、潜んだネガ本体に奇襲をかけられるわけにもいかない。

 ぼこり。【トロイメラ】気泡が大きくなった。

 黒い少女と黒い少女と黒い少女が浮き上がった。【トロイ】どれも見覚えのある顔。【ト】デザイア、【ト】スパート、そして【トロイメライ】デッドロック。


「⋯⋯そんなもので、私の戦意を削げるとでも思っているのかしら?」


 既にやられてしまったマギアたち。巨人の周囲に浮かぶ六つの眼球が死に体を見下ろしている。


「⋯⋯終わりのあやか?」

「何それ?」


 ヒロイックの疑問を、ジョーカーは無視した。視線を向けるのは、さっきから図々しく肩に乗っかる白ウサギ。


「メフィストフェレス、緊急事態よ。もう、『終演』どころでは、ない」

『どうやらそのようだね』


 ともすれば悠長にも取られる口調で、しかし悪魔は小刻みに震えていた。巨人の足元から波が立つ。黒い腕がじわじわと水面を越えていく。


「メフィストフェレス、アレは」

『ネガだ。それに変わりはない。だが⋯⋯そうか』

「メフィストフェレス」


 黒い腕が水面を掴んだ。そして、【トロイメライ】頭が這い出てくる。首、肩、胸、それは真っ黒な少女の姿。それが、【ト】一人、二人【トロイメラ】、もっと――――【ト】【ト】【ト】【ト】【ト】【ト】


「使い魔⋯⋯?」

「メフィストフェレス!!」


 囁きの悪魔は、黒い水面に降り立った。小さな波紋が黒い少女たちを押し返す。


『ジョーカー、一つ確認したい。なのかな?』

「⋯⋯それ、なにか関係あるの?」


 置いてけぼりなのはヒロイックだ。だが、彼女には最も重要な役目がある。彼女もそれは理解している。英雄の為すべきことは、ただ一つ。


【トロイメライ】

『ヒロイック、君はあの巨人を倒すんだ』

「了解⋯⋯⋯⋯でも、後でちゃんと説明してよね」

『ジョーカー、早く質問に答えてくれ』

「⋯⋯⋯⋯うん。そうね、今は」


 言葉が途切れる。クグもった声が漏れる。【トロイメライ】理由は至極簡単、黒い【トロイメライ】腕がジョーカーの口を塞いでいた。腕、顔、胴体、足。姿が固定化され、ジョーカーの肢体に巻きつく。動きが封じられる。


「ジョーカー⋯⋯!?」


 助けに入ろうとしたヒロイックだが、突如走り寄ってきた黒人形たちへの防御で動けない。黒い巨人【トロイメライ、】が動き出した。拘束が力任せに引き千切られる。


「り。りり、り」


 巨人の束縛に割いていた力を取り戻す。次々と黒い少女たちを絞殺していくが、ジョーカーまでは届かない。


『ヒロイック、彼女はもう手遅れだ。君はアレをなんとしてでも倒してくれ』


 逡巡、半秒。英雄は前進する。

 一方、もがき苦しむジョーカー。彼女は自身を羽交い締めにする少女の顔を見る。単純に驚き、力が抜けた。黒い泥沼に引き摺り込まれる。


【トロイメライ、】

十二月三十一日ひづめあやか――――――⋯⋯)


 底の底に、引き摺り下ろされる。

【トロイメライ、漆黒輪廻】

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