トロイメライ・ゲートアウェイ

【トロイメライ、出発】



 目覚めたあやかは、まず鏡を見た。

 覚悟と、疲弊と、悲壮。他にも色々な感情に満ちた表情を、なんとか普段のものに戻す。悲観する要素は無かった。倒すべきものがはっきりしたのだ。


(真っ正直に話しても、不審を募らせるだけだ)


 ループ現象は取引材料にならない。それは重々理解した。損得と、その場の感情。他のマギアを味方につけるのならば、冷静に状況を見極めなければいけない。

 洗面台に向かう。顔を洗って、考え込みながら歯を磨いていると、ふと古い砂時計が目に入った。あやかが小学生低学年くらいまで歯磨き用に使っていた、三分間計れる砂時計である。


「こんな形、だったような⋯⋯?」


 あの、神里上空に浮かんでいた超ド級のネガを思い出す。砂の時計が落ちる時、この世界は終焉に至る。終わりを演じる運命の砂時計。


「今度こそ、俺が全部救ってやるんだ」


 鏡の中の自分が、漆黒の瞳を向けている。執念に取り憑かれた鬼のようだった。あやかは、気紛れに砂時計をひっくり返した。こんなに小さかったのか、というどうでもいい感想を抱いて。

 砂が落ち始める。


「行くぞ、神里市」

『その答えは、どんな心境で導かれたものなのかい?』


 出鼻を挫かれたような形になってしまい、あやかは口を窄めた。だが、神出鬼没のめっふぃに文句を言っても仕方がない。


「『終演』。そんな名前のネガについて教えてほしい」

『『終演』は名前じゃなくて通称かな? それならば、教えてあげられることはあるよ』


 『終演』。

 その名前を、あやかは強く強く噛み締める。思えば、ネガに名前なんてあったのか疑問だったが、あのネガはとにかく特別だった。示される名称は不可欠だろう。


「破壊神、だったか?」

『噂くらいは聞いているようだね。要するに、とても強くて大きいネガだと思ってくれればいい。結界を必要としないあのネガは、一度顕現すれば甚大な被害を振り撒く。ネガは魔力のない人間には見えないから、途方も無い自然災害として捉えられるけどね』


 自然災害。

 実際にその光景を目にしたあやかには分かる。歴史的な大災害、それこそ神の裁きと称されるようなものだ。


「俺は、ソイツと戦えばいいのか?」

『どういう意味かな』

「神里に、『終演』が来るんだろ?」


 めっふぃが、明らかにリアクションを迷った。初めて見る反応だった。


『その通りだ。トロイメライの使命は、終演を撃破することにある。これはの物語だからね』


 洒落たことをのたまうめっふぃに向かって、あやかは鼻を鳴らした。白々しい。このウサギにどんな企みがあったとしても、あやかはあの災厄を打倒するつもりだった。


(けど――――、か)


 その言葉に、強烈な飢餓感を感じる。渇望する。黒い腕が手招きしているのを感じた。より詳しく聞こうとしたあやかだったが、めっふぃの姿が消えたのに気付く。嘘はつけないらしいが、逃げることは出来るみたいだ。

 砂時計の砂が、ちょうど落ちきった。







「なに言ってんの? 頭でもイカれた?」


 あやかは苦笑した。元気な真由美姫を拝めてなによりである。


「だから、神里に『終演』っていうヤバいネガが出てくるんだよ! なんとかしないとマズイだろ?」

「⋯⋯神里のマギアに任せれば? 私たちが動いても藪蛇でしょ」


 お嬢様らしい模範解答。マギアの縄張り争いという問題がある以上、この判断は予想出来ていた。しかし、あやかはその結末を見てしまった。絶望に満ちるデッドエンドを経験した。このまま放っておいても、高梁ごと神里は滅びるだけ。だから、あやかは戦う決意を固めなければならない。


「まーゆーみーっ」


 マギア・メルヒェン。未だ底知れないマギアの力は必要となるはずだ。


「おーねーがーいー! ね?」


 目を涙で潤ませて、愛らしく小首を傾げてみる。脛を蹴られた。


「バカなの?」

「ぉぅ、あ⋯⋯ありがとうございますぅ⋯⋯」

「バカなの」


 呆れ顔の真由美が溜息をついた。おちゃらけた雰囲気のあやかは、もちろん演技である。ここで必死に食い下がっても、反発されて話が拗れるのがオチだ。


(そんなにうまくいくなんて思ってないもんね)


 情報。マギアの間でも、知っている情報と知らない情報には偏りがある。そして、ループ現象で身につけた経験は、マギア間の抗争において圧倒的なアドバンテージになり得るものだ。

 知識、経験、頭の回転。トロイメライの隠された武器がギラリと光る。


「真由美、どっちにしても俺は神里に行くぜ。放っておけるかよ」

「⋯⋯好きになさい」


 ここは、これでいい。真由美に、神里の情報を共有した。端緒さえ与えれば、彼女は自力でそれなりの情報収集を行うだろう。具体的な動きは読めないが、今はそれで十分だ。


(真由美は、後発で神里に手を出すはず。俺のやるべきことは、それまでに場を整えること)


 目指すは総力戦だ。

 ならば、他にも接触すべき相手がいる。







 腐臭蠢く結界。


「ロード!」


 間合いを踏破する。何度か戦って、すっかり手の内も知れているネガだった。先手速攻。


「リロードクラッシュ!!」


 増幅させた内部破壊の魔法。触れた対象の肉体に蓄積する衝撃を増大させる魔法は、あやかのずば抜けた身体能力だからこその威力だった。一撃で破裂したネガが、肉片と化して墜落する。


(ああ、これが俺の固有魔法フェルラーゲン――――!)

「やあやあ! とんでもないルーキーに僕は驚きだよ!」


 白々しい拍手で出迎えるのは、長身痩躯の橙少女。相変わらずの姿に、あやかの口元がにやけた。


「あぁれ? アンタは?」

「はっはー! さてはめっふぃの奴め説明を省いたな? 僕はマギア・デザイア、この高梁を守る君の先輩さ」

「え! 先輩マギア!?」


 意趣返しに白々しく驚いてみたら、一間がご満悦に口角を上げていた。ちなみに、目も笑っている。


(あれ、もしかして一間って意外にチョロい⋯⋯⋯⋯?)


 そんな降って湧いた疑惑に取り合っている場合ではない。一瞬目を離した隙に、いつもの笑わない目で不敵に歯を見せている。どこかもやもやを抱えながらも、あやかは企みがうまく行きつつあることにほくそ笑んだ。


(一間にはわざと俺の力を見せつけた。軽んじた扱いは出来ないはずだ)

「俺はマギア・トロイメライ。マギアなりたての新人だよ」


 だが。


「しーんーじーんー?」


 ネガの肉片を、巨大な槍が串刺しにした。肉体の崩壊を強引に繫ぎ止める。ネガの死滅を強引に押し止め、結界の崩壊を遅らせているのだ。


「あの動きはトーシローじゃむりってもんだ。馬脚をあらわしな!!」


 マギア・デッドロック。鮮血の赤。槍先をあやかに向け、赤のマギアが大見得を切った。

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