トロイメライ・リード

【トロイメライ、優位性】



 赤のマギア。

 修道服のようなマギア装束は、全身がくすんだ赤に染まっていた。腰近くまで入ったスリットから大胆に足を出し、八重歯を剥き出しに少女は笑う。


「マギア・デッドロック! のデッドロックだよ!」

「⋯⋯へぇ。そのデッドロックが俺になにか?」

「すじょーを明かせ。その身のこなし、判断、才能だけで納得するモンじゃないね」


 先手速攻。あの思い切った判断を、化け物じみた巨体に初手から出せるものなのか。そして、あやかは足の踏み場にも選んでいた。最適解を、あまりにも当たり前に踏んでいた。

 つまり、ネガの特性を把握していた。


(気付くかっての⋯⋯!)


 あやかの額に一筋の汗。あの戦闘眼は、あやかを上回るものだ。マギアになる前の才覚だけではない。圧倒的な経験に裏付けされている。死地を切り抜けた場数は相当のはずである。


「俺はマギア・トロイメライ。めっふぃと契約したばかりの新人マギアだ」


 あやかは、ぐるりと目配せをした。めっふぃがこの場にいれば、確かな証言が得られるはずだ。しかし、反応はない。


「めっふぃ頼りかい? ムダムダ。いたとしても、あたしがどー立ち振る舞うか観察してるだけじゃねーかい?」


 くつくつと笑うデッドロック。デザイアといい、デッドロックといい、ベテランほどめっふぃへの信頼度は低いようだった。


「信じちゃくれないってか」

「まーね。けど、そこはどーでもいい」


 八重歯を覗かして、デッドロックがにたにた笑う。こうして見ると、獲物を品定めするハイエナのようだった。ネガの結界は未だに維持されている。簡単には逃げられないだろうし、ただの逃走はデッドロックからの評価を貶めしかねない。

 それでは、ダメだ。

 あやかは『終演』との戦いに備えて、デッドロックを味方に引き入れる気でいた。


「⋯⋯俺のことは得体が知れない。だからここで確かめたいってか?」

「見た目ほどバカじゃねーか。あたしを前に逃げ出さないのも立派だ。頼れる先輩はとっくにケツまくってるってのによー」


 そう言えば、一間がいない。この数十秒程度のやり取りで、彼女は自力で逃げ出したようだ。それはそれで評価されるべきなのでは、とあやかは真剣に考える。


「あんたの目的はなんだい?」

「⋯⋯⋯⋯神里に、『終演』が現れる。俺は、それを倒したいんだ」


 やや迷って、あやかは正直に答えた。どうせいつかは白状すること。ならば、ここで話してしまうのは悪い手ではないはずだ。


「なぜ、わかる?」

「⋯⋯⋯⋯未来から来たから、て言ったら信じるか?」

「そりゃ傑作だ!」


 投げやりに答えるあやかに、デッドロックはどっちとも取れる冗句を返す。


「だから、『終演』を打倒するために、力を⋯⋯貸して欲しい」

「いーよ」

「ああ――――え?」


 意外な反応に、あやかは固まった。その様子を見て、デッドロックは悪戯っぽく口角を上げる。


「あたしもソレ目当てで神里に向かってるからね。おあいこだ。お互い情報源は隠しておこーじゃないか」


 だが、と。





 あやかは右手を上げた。そちらに目を向けたのは、銀のグローブが短槍の穂先を握り潰した直後だった。デッドロックの目配せと足捌きの予備動作。今のは試されていただけだが、彼女が殺す気で迫ってきたら、果たして対応出来ていたか。


「ま、こんくらいはやるか」


 浮遊感。あやかの身体が空中に投げ出される。伸ばした右手を掴まれて、体捌きのみで投げ飛ばされた。あやかは空中で身体を捻る。両手に短槍をそれぞれ握ったデッドロックが見えた。


「神里にあんたを連れて行く価値があるかどーか、ちょいと見てやるよ」


 着地は、待ってくれなかった。







 自由落下に向けられる槍先。あやかは捻った身体を前面に向けた。回避は不可能。どこに被弾させ、防御し、ダメージを最小限に抑えられるか。その前提を、あやかは噛み砕く。


「は――――?」

「歯ッ!」


 顔面。刃を前歯で受け、マギアの咬合力こうごうりょくで凶刃を砕く。意表を突き、目に留まらせ、攻撃を防ぐ。デッドロックは早々に短槍を手離した。もう片方の槍先をあやかに放つ。


「らぁッ!」


 前のめりに噛み砕いた力を使って、前宙。踵落としで槍を砕く。


「へえ」


 デッドロックは追加の槍を召喚しなかった。あやかと同じ、徒手空拳。あやかは着地を狙う蹴りを敢えて食らい、転がって距離を取る。追撃するデッドロックに、跳ね起きるようにカウンター。

 読まれていた。

 あやかですら追えなかった足技。首を横から撃ち抜かれる。地に伏せる自分を知覚して、痛覚はそれから機能した。


「これが、デッドロック⋯⋯⋯⋯!」

「あれ、こんなもんかい?」

「んなろッ!?」


 打算が蒸発した。ネガのような怪物ではない。生身の強敵手。全身がカッと熱くなるのを感じた。バックステップを踏むデッドロックが気迫に反応する。大槍を大地に突き刺し、その身を縫い止めるように。


「リロード!」


 前回は大槍にいなされた。だが、二撃三撃と重ねれば。


「!?」

「ロード!」


 大槍がデッドロックの手からすっぽ抜けた。

 いける。意表を突かれたデッドロックの表情に、あやかはロードの魔法で前に出た。拳の殴打で赤のマギアを沈める。拳に確かに伝わる柔らかい肌の感触。だが次の瞬間、あやかの視界が黒く染まった。


「――――取った」


 したり顔のデッドロック。身体を起こそうとして気付く。喉元に突きつけられる槍先の鋭さを。頰に残る仄かな温もりを感じて、あやかが一言。


「やわわな太もも、ご馳走さまであぎゃ!?」


 鎖骨の下を刺された。若干顔を赤らめる赤い少女が、もごもごと口ごもる。修道服のような、ロングスカートのようなマギア服。それを目くらましに使われたのだ。馬鹿正直に直進したあやかを内腿で挟み、捻って投げた。咄嗟の判断で繰り出したにしては凄まじい精度だった。


(予測出来たらぱんつ見れたのに⋯⋯)


 ちょっと可愛く感じてしまったベテランに、あやかは後悔を募らせる。あの際どいスリットにどんな下着が隠されているのかは気にせざるを得ない。

 だが。それどころではなかった。


「リペア」


 刺し傷を癒す。見せつけるつもりは無かったが、少女はその様子を見て納得したらしい。


「トロイメライ、だっけ?」

「ん、ああ」

「あたしはデッドロック、よろしくな」


 差し出される手が温かい。不敵に笑うデッドロックを見て、あやかは認められたのを理解した。ネガを貫く大槍が消える。腐った肉片がボトボトと落下していく。


「あんたのことはそれなりに分かった。あたしに付いてくるなら戦力の一つに数えるよ」


 どこか、臍の下辺が妙にむず痒かった。これだけの猛者に認められたことが、打算抜きに誇らしい。あやかは口元が綻ぶのを必死に抑える。


「明日の夜、境橋にて待つ。終演を打倒するつもりなら、相応の準備を整えな」


 ネガの結界が崩壊した。崩壊に紛れて、デッドロックも姿を消す。







「めっふぃ」

『なんだい?』

「やっはほっちにひやがったか⋯⋯」


 板チョコを囓りながら、デッドロックが言う。食べ物を頬張りながら話す姿を、めっふぃは咎めもしない。咀嚼し、飲み込んだ口元をぺろりと舐める。


「トロイメライだっけ。あいつの魔法の性質教えろよ」

『君ならもう、検討はついているんじゃないかい?』

「はぐらかすなよ。手数を増やす魔法なんて見たことないっての」

『トロイメライの魔法は、君の考えているとおりで大差ないよ』

「は、ぐ、ら、か、す、な、よ」


 デッドロックの足がめっふぃの頭に落ちた。地面と接吻したウサギの頭を、くすんだ赤足がぐりぐりと踏み潰す。


『ひどいことをしないでくれよ。マギアの個体情報を僕が明かすのは、君たちの言うところの協定違反だろう? 僕が君の魔法を他のマギアに流布してしまったら君も困るんじゃないかな、デッドロック』

「ちっ」


 デッドロックが足を上げた。ポッケから二枚目の板チョコを取り出す。ほんの一欠片を割って。


「ほら、やるよ。悪かったな」

『わぁい。ありがとう』


 閉ざされた口の中にチョコの欠片を無理やり押し込める。口がほとんど動かせないので、こうして小さくしないと固形物を食べられないらしい。


「トロイメライの契約はいつだ?」

『それくらいなら。つい最近だったよ。人間の言うところの日付というのはよく分からないけど』

「…………新人ってのはマジなのか。あいつの魔法は面白いが、使いこなせていないみたいだったしなー」

『虚々実々、理不尽だ。トロイメライを神里に連れていくみたいだけど、それで勝算はあるのかい?』


 デッドロックは不敵に笑った。


「ヒロイック、それとも『終演』のことかい? 勝ちの目がなけりゃ挑むわけねーての。それに、だめなら大人しく出ていくさ。無謀に拘るのもバカらしー。

 あたしはだから、ね」

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