トロイメライ・ビギャン

【トロイメライ、開幕】



 その日の夜。あやかには考えることがあった。


「デッドロックについていく以上、真由美と一間は同行しないだろうな」


 口に出して、思考を整理する。

 思考と、感情を、整理する。


「真由美は戦力になるけど⋯⋯一間は厳しいな。本人も敵前逃亡上等だし」


 前回の『終演』を思い返す。敵の強大さを一目で理解した彼女は、次の瞬間には逃走していた。らしいといえばらしい姿に、あやかは苦笑する。


「⋯⋯ちゃんと生き残ってくれたよな」


 逃走中に瓦礫に潰されたとか、笑い話にもならない。事実、あやかも戦場に辿り着く前に肉体を潰されてしまったのだ。


「トロイメライ、デッドロック、メルヒェン⋯⋯足りるのか、これで」


 不安。

 戦力が揃う自信もない。そして、揃ったとしても勝てる算段はつかない。だが、進まなければ戦えない。あの時、戦場にすら辿り着けなかったあやかが思うこと。


「マギアみんなが力を合わせて――――『終演』のネガを討つ」


 そんな、夢と希望に溢れる光景。とんだ夢物語に過ぎない。そんな光景の中心に、自分がいるなどとは。けれど、そんなヒーローに焦がれる気持ちを失ってはいなかった。


「他の戦力⋯⋯スパートに、英雄ヒロイック。デザイアもやっぱりいて欲しいなぁ……」


 神里のマギアたち。素性の知れないヒロイックはともかく、スパートは話が分かりそうな気がした。どちらにせよ、神里に行かなければ話は始まらない。

 だが、高梁を離れるとなると。


「姉ちゃん……心配、するだろうな…………」


 思い出す。病室での、あの憔悴しきった顔を。

 しかし、あやかはもう止まれない。このままでは高梁も神里ごと滅んでしまう。そして、それ以上に、この胸の奥底で燻る黒い炎があやかを急き立てる。連想して想起するのは。


「――童話の女王、あのマネキン野郎がどう出るか」


 宿敵。宿縁。そんな繋がりのあるネガ。

 直接拳を交わした今なら、確信を持って言える。アレは、あやかを狙っていた。殺意と意志、それがあのネガにはあった。


「俺を、追ってくるか」


 一度引導を渡した相手だ。今度は遅れを取りはしないだろう。だが、その逆。高梁で暴れられた場合はどうか。

 一間も縄張り内であれば戦うだろうし、真由美もなんだかんだで負けはしないだろう。そう考えると、二人を高梁に置いていくのは正解なのかもしれない。真由美がいつ神里に来るのかは読めないが、来なかったら来なかったで、こちらから迎えに行けばいい。


「戦力を揃えて、話をまとめて。その状態なら真由美も着いてくんだろ」


 損得計算が出来ない少女ではない。そこには、全幅の信頼を置いていた。

 うとうととあやかの目蓋が落ち始める。心地良い微睡まどろみに落ちる中、想定が段々都合の良いものにすり替わってきていることにあやかは気付かない。

 それでも、やることは変わらない。戦うしか道はないのだから。






 微睡みの中、ぎょろりと蠢く双眸を見た。

 腰まで届く艶やかな黒髪。異質を着て歩く、そんな雰囲気の少女だった。

 彼女の黒い腕があやかに伸びる。


「――――――――。――――、――――――――⋯⋯⋯⋯」


 何かを囁かれたような。聞こえない。覚えていない。

 全ては、夢と弾けて消える。






「そう⋯⋯本当に行く気なのね」


 翌日、あやかはデッドロックと神里に乗り込むことを真由美に伝えた。反応は、淡白だ。分かっていても、少し寂しい。だが、差し出されたものにあやかは目を丸くした。


「え、真由美? なにそれ?」

「情報は共有しておいた方が動きやすいでしょ」


 小さめの、スマートフォン。あまり家計に余裕のある方ではなかった十二月三十一日ひづめ家では、まだ中学生であるあやかにスマートフォンは持たせていなかった。


「こんな高いもんもらえないって⋯⋯!?」

「500円ワゴンで投げ売りされてたものだから気にしないで。SIMカードは入ってないからWi-Fi入る場所見つけてね」

「⋯⋯⋯⋯?」


 よく分からないが、あやかは取り敢えず五百円玉を手渡した。


「だから気にしないでって……もう」

「んなことより、これどうやって動かすの!?」


 慣れない通信機器を恐る恐るつつくあやかに、真由美は呆れ気味に操作方法を説明する。飲み込みは早い方だ。あやかは数十分のレクチャーの後、見事にを使いこなしていた。


「通信アプリに私のIDだけ登録しているから。他のマギアには自分の連絡先を迂闊に教えないこと。私と連絡を取り合っていることも伏せていて。神里なら大体Wi-Fi入っていると思うし、連絡するだけなら困らないはずよ」

「よく分かんないけど、分かった!」

「神里の情報は逐一報告すること。状況が確認できたら私も神里に向かう。協力関係を結びたければちゃんと従いなさい」

(言質取ったぜ――――!!)


 神里に向かう。

 その言葉に偽りはないだろう。なんとなく口にしたであろうその言葉に、あやかの期待は高まる。思わず口元が綻ぶあやかに、真由美は不審がる。


「⋯⋯なに?」

「この子、家宝にします」

「やめて。ほんとやめて」


 適当に誤魔化したあやかは、にっかりと笑った。







 翌日、十二月三十一日家。


「うわぁ……もう昼過ぎじゃん」


 一家の大黒柱、あすか。バリバリのキャリーウーマンとして家計を支える彼女も、休日はだらけ三昧だった。ぼさぼさの髪をいじりながら、よれよれのパジャマを引きずっていく。


「あやかの奴、起こしてくれりゃ良かったのに」


 遅くまで寝すぎても、結局夜遅くまで起きてしまうだけ。なら、そこそこの時間で起きた方が結果的には効率的だ。


(んー、飯だけ……?)


 本人は見当たらない。ラップを乗せられた朝食(昼飯?)が用意されただけ。何となく、本当に何となく皿を持ち上げてみた。


「………………」


 そこにあったのは小さなメモ。内容は単純明快。




――――しばらく旅に出ます、探さないで下さい。byあやか



 どう見ても家出だった。あすかは数秒目をぱちくりさせ、眠気を吹き飛ばす。


「こんのっ、バカ妹がぁぁぁぁああああ――――っ!!!!!!」


 怒りの言葉は、決して届かない。

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