デッドロック・ガーベル
【デッドロック、突き刺す者】
白銀の『ホワイト・アッシュ』
このネガは「傑出」の性質を持つ。
なにがなんでも突き抜けていないと気が済まない。
そんな少女の意地が、とげとげしい呪いと果てた。
そんな姿になってもお構いなしに尖り続けるツッパリ魂。
世界の果てまで突き抜ける。それがこのネガの全て。
♪
息が荒い。消耗が激しい。無数の刺傷を緑の光が包んだ。傷口が塞がっていく。活力が満ちていく。腕は上がる。足は前に進む。
だが、顔は下を向いたままだった。
「勝て⋯⋯ない――――?」
白いマントに、緑がかった軽装の銅鎧。エメラルドグリーンのスカートがひらひら揺れる。マギア・スパートは、正義のグラディウスソードを掲げた。動きやすさを重視したマギア装束は、近接の機動力を活かしてこそのもの。だが、歩みは止まる。歯の根が噛み合わない。絶望的な戦況なのが一目で見て取れた。
「それでも、あたし――は――――ッ!?」
刺突。
滞空する白い球体から、杭のような一撃が伸びた。咄嗟に剣を盾にするが、容赦なく弾き飛ばされる。黒く淀んだ海岸線。スパートは街中で偶然出くわしたネガと戦っていた。
(だめだ、立て、立たないと――――多くの人が犠牲になるんだッ!!)
ネガに音はない。結界に響くのはスパートの苦悶と、甲高い鳴き声。イカのような触手を全身から生やした子犬のような異形。使い魔の鳴き声が耳を灼いていく。
「うっ――さい!!」
そんな声と同時、ネガが全方向に刺突を放った。反応出来なかった。背筋が凍る。呼吸も止まっていた。攻撃が当たらなかったのは、単なる偶然だ。串刺しにされた使い魔どもが触手をビタビタと蠢かせる。やがて力尽き、全てが黒の海へと溶けていく。
結界内から音が消えた。無音のまま、海岸線の向こうから新たな使い魔の触手が蠢き立つ。
「あんた――――――なにしてんのさ?」
新しい声は、赤く、鮮烈だった。振り返ると、赤く煤けた修道服の少女。あまりにも深く入ったスリットから大胆に足を出し、赤のマギアは不敵に告げる。
「あれ、ヴィレを孕んでねーじゃんか。そんなのと戦ってもしょーがねーよ」
「あんたも、マギア⋯⋯?」
「マギア・デッドロック。どっちつかずのデッドロックさ」
赤のマギアは大槍を構えた。ネガの刺突を軽々と弾く。そして苦々しく吐き捨てる。
「こいつぁ厄介だ。放っときゃすぐに何人か食ってヴィレも孕むだろーぜ」
その言葉に、スパートは身を硬くする。
「だから、今はズラかるよ」
そして、力が抜けた。聞き間違いだと思った。
「え⋯⋯⋯⋯ネガを倒さないの!?」
「うまみがねーよ」
スパートを背後に庇い、デッドロックが攻撃を捌きながら後退する。その間隙、見計らってスパートは飛び出した。
「おいッ!?」
デッドロックが慌てて追う。ネガからの刺突が勢いを増した。スパートは多少の被弾を物ともせずに突き進む。その目には、再び闘志が宿っていた。
「無茶すんな!」
刺突の一つがデッドロックの槍に弾かれた。代わりに殺到する刺突をスパートが受け止める。
「あたしは治癒の
「危険を冒す見返りがねーての! ちったぁ聞き分けろ!」
返事は無かった。短く、鋭く、呼気が飛ぶ。一足に距離を詰めたスパートの刃が、ネガの身体に穴を空けた。空気が抜けたように白球が縮んでいく。だが、その直前の兆候は見逃せない。
「右だ!!」
デッドロックの声に、スパートは動いた。ネガが急激に膨張し、無数の棘がその空間を喰い潰した。煌めく白刃。今度こそネガは細切れにされた。
緑の波紋が黒い海岸線に波及する。大波のように伝播する光は、ネガの結界を切り裂いていった。路地裏の一画。戻ってきた世界に二人のマギアは生還した。
「助けてくれたことには礼を言うけどさ⋯⋯なんで、ネガを倒そうとしなかったの? あんたなら軽々倒せたかもしれないでしょ」
「かもしれねー、な。けどな。ヴィレを孕んでないネガを倒すなんて、無駄もいーとこだぜ。んなリスク背負ってられねーよ」
「あんた、マギアじゃないの⋯⋯?」
「マギアだよ。これはあたしの力だ」
睨み合う。互いに、互いの主張が届かない。今のやり取りだけでそれがよく分かった。鋭く見据えるスパートに、デッドロックは静かに目を細める。
「⋯⋯ヒロさんから聞いたよ。ヴィレだけを狙ってネガを泳がしている⋯⋯そんなとんでもないマギアがいるってね。あんたが、まさにそんな感じかな」
「マギアはみんなそーだよ。誰だって見返りは欲しい。遊びじゃねーんだ。命賭けなんだ」
「ネガを放っておいたら、犠牲になる人が出てくる。それでも?」
デッドロックは、面倒臭そうに顔をしかめた。
「あんたみたいな悪を、あたしは絶対に許さない」
「だからあたしを倒すってかい? 同族を潰すのはヒロイックの
「ヒロさんを悪く言うなあああ!!」
突っ込んでくる斬撃を、デッドロックは槍の柄で受け止めた。スパートがどれだけ力を込めても押し切れない。勢いはあるが、動きが単調すぎる。トロイメライの方がまだマシだ、と赤のマギアは呑気に考えていた。
(しっかし、ヒロイックの奴どこにいやがんだ? こんな危うい後輩放っておくような甘ちゃんじゃねーはずなんだが⋯⋯)
不安。胸の底に漠然とした
「あんたのような! 悪を! あたしは絶対に許さない!」
「あたしは悪じゃねー⋯⋯もちろん、正義なんてチャチなもんでもねーよ。最初に言ったろ、どっちつかずのデッドロックって」
斬撃三つを突き二つで落とす。そもそもの手数の時点で差があった。
「ま、言って分からねーなら――――ぶっ潰すしかねーよな?」
♪
「――――送信完了、と」
慣れない電子機器をおっかなびっくり操作する。連絡相手は、高梁にいる真由美だった。デッドロック、スパート、そして未だ姿を見せないヒロイック。神里の現状を伝えて、真由美の意向をそれとなく探ってみる。
なにやら突っ走っていったデッドロックの隙を見ての行動だった。一人ネガの結界に入っていったデッドロックだが、彼女の実力で心配することなどないだろう。事実、既に結界は崩れた後だ。あやかの助太刀すら不要だったようだ。
(いや――――待て、なんかおかしい?)
斬撃の応酬。音と殺気のぶつかり合いが響いてくる。あやかは慌てて曲がり角を進む。その光景に口元がひくついた。
「ロード!」
魔法で壁を渡り、脚力で軌道をねじ曲げる。二人のマギアの抗争、そのど真ん中に。
「なに――――やってんだ!!」
槍先をあやかの右手が掴んだ。動きを逸らし、直撃を回避する。荒い息でへたり込む青のマギアに打ち込まれれば、ただでは済まなかっただろう。
「へえ、邪魔すんだ?」
「あれ、あやか……?」
スパートの無事を確認して、あやかは振り返る。そして、剣呑なデッドロックの視線に身震いした。
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