デッドロック・ガーベル

【デッドロック、突き刺す者】



白銀の『ホワイト・アッシュ』


このネガは「傑出」の性質を持つ。

なにがなんでも突き抜けていないと気が済まない。

そんな少女の意地が、とげとげしい呪いと果てた。

そんな姿になってもお構いなしに尖り続けるツッパリ魂。

世界の果てまで突き抜ける。それがこのネガの全て。






 息が荒い。消耗が激しい。無数の刺傷を緑の光が包んだ。傷口が塞がっていく。活力が満ちていく。腕は上がる。足は前に進む。

 だが、顔は下を向いたままだった。


「勝て⋯⋯ない――――?」


 白いマントに、緑がかった軽装の銅鎧。エメラルドグリーンのスカートがひらひら揺れる。マギア・スパートは、正義のグラディウスソードを掲げた。動きやすさを重視したマギア装束は、近接の機動力を活かしてこそのもの。だが、歩みは止まる。歯の根が噛み合わない。絶望的な戦況なのが一目で見て取れた。


「それでも、あたし――は――――ッ!?」


 刺突。

 滞空する白い球体から、杭のような一撃が伸びた。咄嗟に剣を盾にするが、容赦なく弾き飛ばされる。黒く淀んだ海岸線。スパートは街中で偶然出くわしたネガと戦っていた。


(だめだ、立て、立たないと――――多くの人が犠牲になるんだッ!!)


 叱咤しったする。心臓を脈動させる。動きの鈍いネガが、バレーボールほどの大きさの白球が、その表面をギザギザに尖らせる。

 ネガに音はない。結界に響くのはスパートの苦悶と、甲高い鳴き声。イカのような触手を全身から生やした子犬のような異形。使い魔の鳴き声が耳を灼いていく。


「うっ――さい!!」


 そんな声と同時、ネガが全方向に刺突を放った。反応出来なかった。背筋が凍る。呼吸も止まっていた。攻撃が当たらなかったのは、単なる偶然だ。串刺しにされた使い魔どもが触手をビタビタと蠢かせる。やがて力尽き、全てが黒の海へと溶けていく。

 結界内から音が消えた。無音のまま、海岸線の向こうから新たな使い魔の触手が蠢き立つ。



「あんた――――――なにしてんのさ?」



 新しい声は、赤く、鮮烈だった。振り返ると、赤く煤けた修道服の少女。あまりにも深く入ったスリットから大胆に足を出し、赤のマギアは不敵に告げる。


「あれ、ヴィレを孕んでねーじゃんか。そんなのと戦ってもしょーがねーよ」

「あんたも、マギア⋯⋯?」

「マギア・デッドロック。のデッドロックさ」


 赤のマギアは大槍を構えた。ネガの刺突を軽々と弾く。そして苦々しく吐き捨てる。


「こいつぁ厄介だ。放っときゃすぐに何人か食ってヴィレも孕むだろーぜ」


 その言葉に、スパートは身を硬くする。


「だから、今はズラかるよ」


 そして、力が抜けた。聞き間違いだと思った。


「え⋯⋯⋯⋯ネガを倒さないの!?」

がねーよ」


 スパートを背後に庇い、デッドロックが攻撃を捌きながら後退する。その間隙、見計らってスパートは飛び出した。


「おいッ!?」


 デッドロックが慌てて追う。ネガからの刺突が勢いを増した。スパートは多少の被弾を物ともせずに突き進む。その目には、再び闘志が宿っていた。


「無茶すんな!」


 刺突の一つがデッドロックの槍に弾かれた。代わりに殺到する刺突をスパートが受け止める。


「あたしは治癒の固有魔法フェルラーゲンを持ってる! こんくらい平気だっての!」

「危険を冒す見返りがねーての! ちったぁ聞き分けろ!」


 返事は無かった。短く、鋭く、呼気が飛ぶ。一足に距離を詰めたスパートの刃が、ネガの身体に穴を空けた。空気が抜けたように白球が縮んでいく。だが、その直前の兆候は見逃せない。


「右だ!!」


 デッドロックの声に、スパートは動いた。ネガが急激に膨張し、無数の棘がその空間を喰い潰した。煌めく白刃。今度こそネガは細切れにされた。

 緑の波紋が黒い海岸線に波及する。大波のように伝播する光は、ネガの結界を切り裂いていった。路地裏の一画。戻ってきた世界に二人のマギアは生還した。


「助けてくれたことには礼を言うけどさ⋯⋯なんで、ネガを倒そうとしなかったの? あんたなら軽々倒せたかもしれないでしょ」

「かもしれねー、な。けどな。ヴィレを孕んでないネガを倒すなんて、無駄もいーとこだぜ。んなリスク背負ってられねーよ」

「あんた、マギアじゃないの⋯⋯?」

「マギアだよ。


 睨み合う。互いに、互いの主張が届かない。今のやり取りだけでそれがよく分かった。鋭く見据えるスパートに、デッドロックは静かに目を細める。


「⋯⋯ヒロさんから聞いたよ。ヴィレだけを狙ってネガを泳がしている⋯⋯そんなとんでもないマギアがいるってね。あんたが、まさにそんな感じかな」

「マギアはみんなそーだよ。誰だって見返りは欲しい。遊びじゃねーんだ。命賭けなんだ」

「ネガを放っておいたら、犠牲になる人が出てくる。それでも?」


 デッドロックは、面倒臭そうに顔をしかめた。


「あんたみたいなを、あたしは絶対に許さない」

「だからあたしを倒すってかい? 同族を潰すのはヒロイックの十八番おはこだったんだが⋯⋯あんたが奴の弟子ってとこかい?」

「ヒロさんを悪く言うなあああ!!」


 突っ込んでくる斬撃を、デッドロックは槍の柄で受け止めた。スパートがどれだけ力を込めても押し切れない。勢いはあるが、動きが単調すぎる。トロイメライの方がまだマシだ、と赤のマギアは呑気に考えていた。


(しっかし、ヒロイックの奴どこにいやがんだ? こんな危うい後輩放っておくような甘ちゃんじゃねーはずなんだが⋯⋯)


 不安。胸の底に漠然としたかすみが広がる。仕切り直された斬撃を軽く弾き、多少のイラつきを振り払うように前に出る。


「あんたのような! 悪を! あたしは絶対に許さない!」

「あたしは悪じゃねー⋯⋯もちろん、正義なんてチャチなもんでもねーよ。最初に言ったろ、のデッドロックって」


 斬撃三つを突き二つで落とす。そもそもの手数の時点で差があった。


「ま、言って分からねーなら――――ぶっ潰すしかねーよな?」







「――――送信完了、と」


 慣れない電子機器をおっかなびっくり操作する。連絡相手は、高梁にいる真由美だった。デッドロック、スパート、そして未だ姿を見せないヒロイック。神里の現状を伝えて、真由美の意向をそれとなく探ってみる。

 なにやら突っ走っていったデッドロックの隙を見ての行動だった。一人ネガの結界に入っていったデッドロックだが、彼女の実力で心配することなどないだろう。事実、既に結界は崩れた後だ。あやかの助太刀すら不要だったようだ。


(いや――――待て、なんかおかしい?)


 斬撃の応酬。音と殺気のぶつかり合いが響いてくる。あやかは慌てて曲がり角を進む。その光景に口元がひくついた。


「ロード!」


 魔法で壁を渡り、脚力で軌道をねじ曲げる。二人のマギアの抗争、そのど真ん中に。


「なに――――やってんだ!!」


 槍先をあやかの右手が掴んだ。動きを逸らし、直撃を回避する。荒い息でへたり込む青のマギアに打ち込まれれば、ただでは済まなかっただろう。


「へえ、邪魔すんだ?」

「あれ、あやか……?」


 スパートの無事を確認して、あやかは振り返る。そして、剣呑なデッドロックの視線に身震いした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る