スパート・ラック

【スパート、至らない力】



「あやか……なんでそいつと一緒にいるの?」


 そんなスパートの声が、どこか遠く感じる。デッドロックの目線が、恐ろしいほどに冷え切っていた。そんなに身長は変わらないはずなのに、果てしなく上から見下ろされているのような感覚。値踏みするようなその視線に、あやかはその身を硬直させた。


「はなしな。同盟に響くよ」


 あやかは槍を手放した。デッドロックは大槍に膨張させて地面に突き刺す。あやかとデッドロックとの間。まるで二人を隔てる壁のように。


(なんで、そんなに警戒するんだよ……)

「あやか? そいつとはどんな関係なの?」


 背後でスパートが剣を構える。デッドロックはそちらを一瞥すると不敵に笑った。


「んん? こいつはあたしの仲間だが、どーしたんだい?」


 真っ直ぐな敵意がぶつかるのを、あやかは肌で感じた。この流れはマズい。あやかは咄嗟に口を開く。


「待って。状況が分からない。何が起きてんだ!?」

「あれー、見てたんじゃないのか?」

「へえ、見てたんだ……?」

(鵜呑みにすんなよ! チョロすぎか!)


 あやかは二人の間に立って両手を上げた。


「確かに俺はデッドロックと手を結んでいる! けど、スパートとだって仲間だ!」

「へー、そりゃいつの間に」


 デッドロックが茶化した声を上げる。


「『終演』を倒すためだっての!!」


 その言葉に、スパートは剣を下ろした。


「あやか、あんたの言葉は変わらないみたいだね。でも、あたしはそいつとは一緒に戦えないよ」


 スパートは決裂の意を示す。


「あたしは正義のマギアだ。私利私欲に魔法を使う奴を許すわけにはいかない。あやかは、どうなの?」


 まさに板挟み。デッドロックとスパートはあやかを見た。


「……デッドロックだって、そんなに悪い奴じゃない。この三人で手を組むのはダメなのか?」

「あたしは反対だ。こいつの信条は同盟に向かないし、そもそも弱すぎて戦力にならない」

「なんだってえ!!? あたしだって、ヴィレ目当てにネガを見逃すような奴ごめんだっての!!」


 再び武器を構えかねないスパートをあやかは宥めた。デッドロックの歯に衣を着せない評価にあやかは苦笑する。デッドロックは大槍を突き刺したままだ。警戒の姿勢は解いていない。言葉面ほど軽んじているわけではないのが、何となく分かった。


「よお、ヒロイックのお弟子さん。正義なんてモンにこだわって、なにがあるってのさ?」

「正しくあることはあたしの誇りだ! 信念だ!」


 信念。その言葉にあやかは目を見開いた。だから、デッドロックが剣呑に目を細めたことに気付かない。


「ヒロさんだってそうだった。ネガを倒して、あたしを救ってくれたあの姿に憧れた! だからマギアになったんだ。正義を貫いて、人を救う。そんな理想を全うすることになんの文句がある!!」

「文句はねーよ……」


 ただ、とデッドロックは続ける。


「んなもんにこだわってると――――死ぬぞ」

「どういう……意味よ」


 デッドロックは大槍を抜いた。動き出そうとするその腕を、あやかが止める。


「マギア同士で戦うっていうなら、俺は容赦しないぞ」

「けっ!」


 大槍が虚空に溶けた。どうやら衝突は避けられたようだ。


「帰るよ。で、はどーすんだ?」

「俺は今までと変らない。『終演』を討つだけだ」


 言うや否や、デッドロックは姿を消した。


(いつもどうやって姿消してるんだろ……)


 追おうとしたあやかが、一度振り返る。両手を震わせたスパートの姿があった。強く唇を噛み、悔しさに身を震わせているのが容易に分かった。


「ねえ――――あたし、そんなに間違ってる?」

「そんなことないと思う…………羨ましいくらいに正しいよ」


 あやかは寧子の肩を叩いた。その表情は、暗い。


「ただ、加減は見定めた方が良いかもしれない。それに、師匠にもう少し頼りなよ。誰かに頼れるのは――――とっても幸せなことだ」


 寧子は納得していないようだった。それでいい、とあやかは思う。

 そんなに簡単に聞き分けてしまうものは、きっと本物の信念ではない。







 その夜。

 ゆっくり寝静まったあやかをよそに、デッドロックは片腕で腕立て伏せをしていた。マギアの身体強化は、素の身体能力を引き上げるものだ。肉体を鍛えて基礎能力を上げることは、戦力の底上げになる。


(特に、こんなチャチな魔法しかないあたしみたいな奴にとってはね……)


 自嘲気味に笑う。その笑みは、回数が進むほどに変質していった。空いた片手で、何かを弄くっていた。


(ま、んなことだろーと思ったよ)


 スマートフォン。デッドロックは持っていない。それはあやかの荷物から漁った物だった。アプリでのやりとりが、動かぬ証拠だった。


「意外に腹芸も出来たんだな。てーことで、高梁のもー片方のマギアは任せるぜ。うまく使いな」


 一通り頭に叩き込んで、窓の外に投げ捨てる。落下音はしなかった。窓の外に蠢く影。ここは五階の部屋、まともな相手ではないことは確かだった。


(しっかしまーほんと――――どこで油売ってやがんだ、ヒロ)

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