スパート・パニック
【スパート、混戦】
翌日、曇天。
不穏な景色だった。夕陽が沈む黄昏時。人の流れが歪に揺れる。彼ら彼女らの瞳からは一様に光が消えていた。人の流れはあちらこちらから合流していき、一つの大きな塊に至った。人の塊が異界へと誘われていく。
「これって、まずいよね…………」
「こんな時に、なんでヒロさんは連絡取れないかなぁ」
ここ数日、スパートは師匠と連絡を取り合えていなかった。消息不明である。どこで何をしているのか分からないが、それでもやるべきことは変らない。
人を惑わすネガを倒す。それがマギアに課された使命なのだから。
「フェアヴァイレドッホ――――スパート!」
♪
「さすが神里……一々事件がおーぎょーだっての」
まるで亡者の群れだった。意志なき人の群れが、ネガの結界に流れ着く。デッドロックは板チョコを噛みながら、ビルの屋上からその光景を見下ろしていた。緑のマギアが結界内に突入していくのが見える。
(……早えーな。ネガの感知が鋭いタイプか?)
デッドロックは後ろを振り返る。そして、しどろもどろのあやかを見て呆れた。
「なあ、なにがしてーんだ?」
「え、ああ、ごめん! 俺のスマートフォンどこ行ったか知らねえか!?」
「ははは、知らねー」
デッドロックは雑に板チョコを投げ渡した。
「なにかい? あたしに見られるとまずいとか?」
「へ!? そんなわけないって! もういいもういい! それよりネガだぜ!!」
(……大丈夫か、こいつ?)
飛び出そうとするあやかを、デッドロックが手で制した。
「待て。少し様子見だ」
「たらたらしてたら何人も犠牲になるんじゃない?」
「だろーな。じゃ、あたしらも一緒に喰われるかい?」
「俺はスパートほど実直じゃないけど、それでも犠牲者は出したくない。決断に迷うようなら先行する」
お互い、顔を見合わせてチョコを咀嚼する。ごくりと飲み込んだその時が合図だった。
「……新手は来ねーよーだな。行くぞ」
「応!」
マギア二人が結界内に飛び降りる。広がる光景に、あやかは眉をひそめた。
(あれ、この結界って……)
更地に、視界の至る所に芝生が広がっていた。遮蔽物がなく、異様に見通しが良い。結界の大分部を占める芝生のあちこちに、人影がたくさんあった。その数は、下手をすれば百に届きかねない。彼ら彼女らは一様に虚ろな目で体育座りをしている。
そして、結界内で動く影が一つ。閃光が煌めく。
「いっけええええええ――――!!!!」
気合一閃。奇怪な植物群がまとめて両断された。
だが、ネガの規模があやかの知るそれの比ではなかった。結界中に蠢く歪な植物たち。それらは気紛れに種子を飛ばし、芝生を広げては勢力圏を拡大させていく。
「トロイメライ、ここは退くかい?」
「バカ言うな……どれだけ死ぬと思ってんだ」
デッドロックの言葉は冗談だったらしい。彼女はとっくに臨戦態勢を整えている。
「けど、あいつらはもう助かんねーぞ」
それは、獲物を見据える狩人の目ではなかった。逆だ。狩人を喰らう獣の目だ。追い詰められている。だから、抱えきれないものは切り捨てる。それでも、逃げないデッドロックをあやかは頼もしく感じた。
ネガの規模に、あの童話の女王を思い出す。真由美からあのネガが出現した話は聞かなかったが、あやかにとってはまるでその再臨のようだった。
「…………出来るだけ助けるさ。その努力まで切り捨てたら、俺は自分を見失う」
無言で背中を叩かれる。あやかは顔を上げた。力強く足を踏みしめ、戦場への一歩を踏み込む。
「リロード、ロード!」
スパートの前に飛び出すあやか。勢いそのままに回し蹴りを放つ。鞭のような蔦を絡めとり、まとめて薙ぎ払った。
「芝生だ! ネガ本体は芝生だ!」
張り上げた声と同時、槍の雨が降った。ネガの勢力圏を物理的に抉り取り、自身は植物の群れの中に飛び降りた。洗練された槍捌きが食人植物の群れと渡り合う。
捕まった人たちを器用に避けていく攻撃を見るところ、そちらの心配は要らなさそうだった。あやかは後ろに向かって手を伸ばす。
「みんな、助けるんだろ? 行くぞ、スパート!」
「――――うん! 行こう、トロイメライ!」
スパートがその手を握る。引っ張るように前に投げ出された緑のマギアが剣を振るった。あやかもそれに続く。
芝生の上はどこもかしこもネガの領域。逃げ場がないのであれば進むしかない。あやかも、寧子も、その道を自ら選んだのだ。躊躇いはない。
「リロード!」
膨れ上がる拳撃が大木の幹を揺らす。無数の枝がまとめて背後に仰け反った。その隙に懐まで潜り込んだスパートが大剣を振るう。魔力により鋭さと範囲を増した一撃がネガを斬り倒した。
「「次!!」」
それでも、敵の数は無数に思えるほど溢れている。一つのネガがひたすら自己増殖を繰り返していく。早く殲滅しなければ、捕まった人たちの魂が捕食される。そして、ネガはさらに強大に成長する。
醜悪な悪循環の中、彼女らは希望を求めて戦い続けた。
「クラッシュ!」
隙を見て芝生を弾き飛ばすあやかだが、一撃で削れる範囲は小さい。ネガの猛攻に肌を裂かれてあやかは転がった。
「大丈夫!? 回復するよ!!」
「いい! 魔力を節約しろ!」
あやかも魔法で回復しなかった。これぐらいのダメージであれば、マギアの身体能力があれば問題無く戦える。
(それよりも、攻撃に魔力を回す!)
遠くで太い蔦がいくつも吹き飛んだ。デッドロックだ。あやかの表情に活力が満ちる。
「あやか、どうすんの!? ほんとにキリないよ!!」
「進め! デッドロックに合流する!」
無数の蔦が雪崩れ込む。あやかの体術で揺らし、スパートの剣で斬り払う。即席のコンビネーションだが、少しずつ活路が開きつつある。
「デッドロック!」
「よく来た! そこに集めな!」
合流した先、デッドロックが芝生を刈り取ったエリア。そこに、ネガに捕まった人たちが積まれていた。流石の手際だったが、集まっている人数は半分にも満たない。致命傷を避けてはいるが、傷だらけのデッドロックを見るとジリ貧であることが伺える。
「なーる! スパート、そこに――――ぃ!?」
「前前前前前前前ええええ――――!?」
蠢く奇怪植物どもが、乱れ、組み合い、一つに集まっていく。デッドロックが前に走った。屹立する巨大植物。無数の花びらが散り、遥か頭上に巨大な
「そいつらだけでも連れ帰れ!!」
デッドロックが叫んだ。サンフラワーが種子の雨を降らせ、芝生からまた植物が生えてくる。蔦による刺突。あやかは咄嗟に身を滑らせた。
「ぐ……ッ!」
両腕両足と脇腹。五ヵ所を串刺しにされて苦悶の声が漏れる。背後、虚ろな目で倒れている人たちは無傷だ。あやかはそれだけ確認すると周囲を見渡した。
「マジかよ……」
まだ、救出できていない人たちがいた。その内の何人かが串刺しになっている。やがて、その身体が干からびていき、つまりは、養分として吸収されていた。
あやかが硬質化した蔦を肉体から引き抜いていく。昔映画で見た大怪獣のような有様になっているネガに、デッドロックとスパートが立ち向かっている。
「…………リペア。俺も駆けつけ……いや、違う」
魔法で傷を塞ぎながら、あやかは後ろを見る。光を失った瞳が、いくつもこちらを見ていた。錯覚だ。彼らに意識はない。けれど、だからこそ、その視線は雁字搦めにあやかを縛った。
「……そっちは、任せたぞ」
まだ無事な人たちをかき集め、あやかはネガに背を向ける。
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