デッドロック・バランス

【デッドロック、取捨選択】



(任された、と。大人しく次善の策を選んでくれて助かるよ。問題は……)


 デッドロックは両手の短槍で蔦を裂いていく。全方位から襲ってくる蔦の猛攻。すぐ横では両手に剣を握ったスパートが我武者羅にネガを斬りつける。

 その身は、全身が赤い切り傷まみれだった。ところどころ打撲で青く染まってもいる。満身創痍だった。


「おい、帰れよしろーと」

「だあ! れえ! があ! 素人だってえの!!」

(傷が深い。魔力は尽きたか。疲労もそーとー、痛みは熱狂にトンでんな……よく動けるよほんと)


 ふらつく足で、スパートが左に跳んだ。回避のためではない。攻撃に晒される一般人の盾になるため。代わりに、また新しく傷を作る。


「ためだ、全員は助からねえ! 守りながら戦うより、ネガの殲滅を優先させろ!」

「切り捨てるつもり!? あたしは一人だって見捨てるつもりはない!!」

「死にてーのか!?」

「正義のために死ねたなら本望だ!!」


 スパートの一閃が、ネガの蔦を斬り裂く。だが、その何倍もの蔦がスパートに伸びた。デッドロックの大槍がまとめて斬り払い、その勢いでネガに短槍を打ち込む。が、それだけではネガの動きは止まらない。

 キリが無い。まるで寄せては返す大波のようだった。


「なら、抱えるだけ抱えて逃げちまえ!」

「ネガを放っておけないって言ってるでしょ!?」


 緑激閃光。スパートの直線軌道が次々と触手のような蔦を切り裂いていく。正義のマギアが雄叫びを上げた。力任せにサンフラワーの幹に突撃する。


「そんなに正義にこだわってどーすんだ!?」


 だが、単純な力押しで押し切れるほど脆いネガでは無かった。削れる幹は再生し、外敵を飲み込もうと膨張する。デッドロックの横槍が幹を打ち、そのままスパートの身体をさらっていく。


「邪魔しないでッ!!」

「邪魔なのはそっちだ! んなに弱えーくせになにが正義だっての!」


 言うと、スパートの身体を背後に投げ捨てる。直後の攻撃。デッドロックは捌ききれずに脇腹を貫かれた。それでも、赤のマギアは倒れない。


「正義ってのはな――――絶対に正しーんだ。何よりも強いんだ。正義には一切の容赦がない。あんたはなんにも分かっちゃいねーよ」


 デッドロックに放たれた一撃を、スパートの捨て身の突貫が弾く。弾かれた先で伸ばす、血塗れの手。届かない。その先でまた一人串刺しにされた。


「だから見捨てるの!? あたしたちはマギアだよ!? ネガを倒して! 人を救うの! あたしは間違っていない! 絶対に正しい! ッ!!」


 その言葉に、デッドロックは大きく目を見開いた。まるで、呪いのような枷だった。脳裏に浮かぶ、かつての相棒の声。


――――私は英雄だから。

――――絶対に正しく在らないといけないの。

(そーいうことかよ――ヒロ)


 縦横無尽に伸びるネガの攻撃。その一つが、スパートの心臓を狙っていた。剣の投擲。正義の一閃は、自らを狙う蔦には飛ばなかった。その一つ向こう側。幼い少女の首を狙う蔦を封殺する。


「おお――――ぉおッ!!」


 デッドロックが叫んだ。蔦を抱えるように圧し潰して、勢いを止める。スパートの冷や汗が落ちる雫の先、必殺の突きは完全に静止していた。血反吐を吐くデッドロックと目があった。


「なら、貫いてみせろよ」


 震える指で、救われた少女を指す。


「あんたが守ったこの子以外、もう生きちゃいねー……その子だけでも、絶対に守り抜いて、生き、帰れ」

「そんな……他の人はッ!?」

「もう死んでるよ……生命探知、それがあたしの固有魔法フェルラーゲンだ」


 スパートが、唇を強く噛んだ。血が滴る。涙が零れる。

 だが、まだ魂は死んでいない。心臓が脈動した。足は動く。動かせる。あの少女の下へ。


「あたしら、どっちも未熟だからな…………手分けしよーぜ」

「あんた…………?」


 少女を抱き抱え、緑のマギアは後ろを一瞥した。赤のマギアが軽々しく片手を上げる。


「行きな。こいつはあたしが引き受ける」

「――――あんたのこと、ちょっと誤解してたかもしれない。だから、死なないで」


 ダン、とデッドロックが足を踏み鳴らす。足元の芝生が蒸発した。後ろで何本もの巨槍が湧きあがり、スパートから視界を隔てる。魔力飴ヴィレを噛み砕き、傷だらけのデッドロックは不敵な笑みを浮かべた。


「わりー、全部あたしの都合だ。恨んでくれて構わねー……


 視認出来るだけでも、まだ十人近い人間が体育座りで丸まっている。庇いながらでは、とてもじゃないが戦い抜けない。しかし、犠牲を一切顧みないのであれば話は別だ。

 やってみるだけのことはした。やれないことは、どうやってもやれない。

 デッドロックは、そこに拘泥はしなかった。


「あたしは――――のデッドロックだからさ」


 大地に大槍を突き刺し、その上に飛び乗る。パァン、と両手を合わせた先。デッドロックの瞳は真っ赤に燃えていた。指を組み合わせ、凄惨な笑みを浮かべる。


「全部――ブチッ! 壊す――ッ!」







「おうち、ここ……」


 少女は、坂の上を指差した。あやかと寧子は枯れた笑顔でそれに応える。確かに救えた命が目の前にあった。今は憔悴しきっているが、数日も休めば元気になるだろう。

 しかし、犠牲になった人数は決して少なくない。

 救えた数を数えることが、ただの慰めににしかならない。

 その事実が胸に圧し掛かる。理屈ではない、現実。マギア二人は、どの面下げて逃げ帰ってきたのだろうか。その事実が、心臓をひどく圧迫した。


「――――『終演』を倒さないと、もっと大勢、死ぬ」


 少女を見送って、あやかはぽつりと呟いた。これも現実だ。さらなる脅威が迫っている。対抗するには圧倒的に力が足りていない。


「あたし、間違ってたのかな……」

「そんなことない。そんなわけない。そのはずなんだ」


 か細い祈りのようにあやかは言った。深く、深く、呼吸する。肺の中身を入れ替えると、表情に僅かな色が戻る。なんにせよ、先に進むしかないのだ。それは、よくよく弁えている。


「すごいね、あやかは。まだ戦えるんだ」


 寧子は、その身を抱き締めて震えた。緊張の糸がぷつりと切れた。震えが止まらない。涙が途切れない。膝をついて、嘔吐した。

 まだ、少女なのだ。中学生の、女の子なのだ。


「俺はマギアだ。だから……」

「……あたしだって、マギアなんだ…………」


 手が震える。視界が歪む。あやかは寧子を助け起こした。くらい表情で、それでも先を見据えて。



「なーにしょぼくれてんだ、ボンクラども」



 坂の下、下った先。デッドロックがポケットに両手を突っ込みながら待っていた。動かない二人を見て、自分が坂を上がる。


「折れたか?」

「まさか。俺は絶対に『終演』を、ネガを滅ぼしてやるよ」

「あたしは、それでも正義を信じているから。だから戦うよ」


 発破をかけると、負けん気の強い後輩たちが上を向いた。デッドロックは満足そうに笑う。


「へっ、そーかい。ならちょいと付き合いなよ」


 そのまま二人を通り越して、デッドロックは坂を上がっていった。黙々とどこかに向かって進む。説明もなくついていく二人。その途中、寧子は一度だけ口を開いた。


「ねえ、デッドロックはどうして犠牲になった人を切り捨てたの? おかしいと思わなかったの?」

「あたしが生きるためだよ。これだけは誰にも否定させないさ」


 寧子は、それ以上何も言わなかった。色々な感情が渦巻いているのだろう。その表情は硬かった。そして、あやかにはデッドロックを責める気なんて毛頭ない。責めるのは、自分の無力だけだ。


「自分が正しいと選んだ道、それだけを貫いてりゃいーのさ」


 一言、デッドロックはそう付け加えた。

 どれくらい歩いただろうか。重苦しい空気故に、なおさら時間を感じたのかもしれない。デッドロックが足を止めたのは、黄色いテープで立入りを禁じている一軒家だった。


「ここって、まさか……」


 寧子が口を開いた。その一軒家は火事にでも遭ったかのように黒焦げ、あちらこちらが崩れ落ちていた。


「そうさ。半年前の火事現場。一家心中の悲劇の地ってとこかね」


 デッドロックは板チョコを割る。器用に三等分し、あやかと寧子に投げ渡した。


「招待するよ――――あたしの家だ」

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