Märchen richten Träumerei

【御伽噺が夢を裁定する】


『richten』

・裁く

・向ける

・調整する

・設定する

転じて、意義を見定めること。


メルヒェンMärchenリヒテンrichtenトロイメライTräumerei――――即ち、







 とっておきの秘策を明かそう。

 それは魂の煌めきを投資する、囁きの悪魔との契約。


「出来る、よな?」

「うん、可能だ」


 あっさりと肯定されて拍子抜けする。αは飄々と。


『それを試していない僕だと思ったのかい? 皮を被った終わりのあやかには、人間と同じように感情がある。情念がある。君の廃棄体とも一度契約を交わしているはずだ』


 それは一番目、否、記憶の彼方に放逐された零番目のあやか。

 九番目のあやかはここに来てようやく気づいたのだ。あやかたちを繋いだこの記憶の糸は、決して捏造などではない。隠された最後の謎、その答えをあやかは口にする。


「有り得ない現象を実現する――――即ち、魔法」


 始まりの願いを思い出す。これは、これだけは覚えていた。

 世界一幸せだと信じていたあの頃。あの純真な気持ちがこの奇跡を成就した。辛く、長く、苦しい戦い。しかし、そのおかげで彼女たちと関わり逢えた。真由美と友達になれた。


「真由美の言うとおりだったよ」


 あやかは立ち上がった。一歩前に出る。この一分一秒が奇跡の連続。崩壊する世界には、たった二人分の広さしか残っていない。それでも、可能性だけは無限にひらけていた。


「『終演』という名前の破壊神。俺は神殺しの神話を成した。親玉がそのカルマとやらを取り込みに来るんだろ?」

『ああ、その通りだ』


 何の、と尋ねるほど野暮ではない。


『本当にいいのかい? この先は『本物』だ。過酷で苦しい戦いになるだろう。君はもう十分戦い抜いた。これ以上は何も無いんだ』


 突拍子もない提案に、αは思念をぶつけた。もしかしたら心配してくれているのかもしれない。そうだとしたら、とっても嬉しい。


「何があるのかは自分で決める。進む道は自らで選び取る」


 挑戦する。意志を示せ。世界を拓け。

 それが出来るのならば――――きっとそれは『本物』だ。


「もっとドキドキしたくないか? 俺たち二人で全てひっくり返そうぜ!」


 囁きの魔力が脳を犯す。その魔毒を、あやかは笑って受け入れた。


「僕も覚悟を決める。これは君と僕の契約だ」


 白い翼が空気を打つ。崩れ落ち、ただの瓦礫にまで成り果てた世界。翼が包み込む魂に、紅蓮の光が灯る。



「これまで幾重もの絶望を踏破した君に敬意を表する」


「悩み、苦しみ、それでも進んで来たこの輪廻の中」


「それでも内に意志を宿し、そして外に示してきた」


「その信念は『本物』であり、抱く情念は承認された」


「始原のαが紅蓮の意志を肯定、証明しよう」


「さぁ、願うといい――――」



「アタシは――――『本物』になりたい」



「さぁ、ここから先は『本物』同士の戦いだ。健闘を祈るよ」

「なぁにシケたこと言ってやがる!」


 あやかは手を伸ばす。崩れ落ちる世界から、αを引き上げるかのように。


「特等席で見せてやる。お前も一緒に行くぞ!!」







 白い光の中、少女たちは再会する。


「待たせて悪かったな」

「ううん、来てくれただけで嬉しい」


 起こるはずのないことが起きた。奇跡の具現化。その祈りは世界を越える。


「助けにきたよ、真由美」

「一緒に戦おうね、あやか」


 分かり合うはずのない二人の少女。因果は巡り、今こうして。

 嬉しそうに笑う少女に、少女は嬉しくなる。感情が爆発する。これが、『本物』の煌めき。


「私ね、ずっとこんな風に誰かと並び立ちたかった。あんな風には強くなれなかったから」

「一緒だよ。俺も、強くなれなかった。でも、きっとなれたんだ。だからここにいる」


 夢が叶ったよ、ありがとう。

 終わりのあやかから昇華したマギア。唯一始原の存在、αを引き連れ、外の世界に降り立つ。その姿が、背中が、あまりにも、煌々きらきらしくて。

 夢見がちな少女は、ふんわりと微笑む。



『貴女は私の勇者さま』



 御伽噺が夢を裁定するMärchen richten Träumerei

 大道寺真由美が、十二月三十一日ひづめあやかの存在意義を裁定肯定する。死闘を見届けた彼女だからこそ、その裁定は最上の価値を有する。あやかは、存在を承認されたことを実感した。

 無上の幸福を噛み締める。祝福されて紅蓮の意志が咲いた。


 世界が拓く。

 紅蓮色のマギアが、色の無い世界に降り立った。

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