終、「これは、偽物が本物になる物語」
ヒーロー・エントリヒ・ヴェルト
【ヒーロー、実存世界】
「フェアヴァイレドッホ――――
色のない世界に亀裂が走る。
聳え立つ輪廻のネガ。対峙する絵本のネガ。追い詰められているはずの少女が、声を弾ませた。
「来たのね」
その言葉を聞いて、紅蓮の炎が盛りを増した。目の前、色が溢れていく。銀のグローブに、紅蓮色に燃える羽織り。その魂の煌めきが苛烈に燃え上がる。不敵に笑うその姿、紅蓮のマギアが降り立った。
「待たせたな」
「うん、待ってた」
目の前に出現したマギア・トロイメライの背中。紅蓮の煌めきがあまりにも眩しい。その力強い躍動。ヒーローは遅れてやってくる。輝きに包まれて紅蓮のマギアはにっかりと笑った。
「何故?」
『あやか』が首を傾げる。全く同じ体格、全く同じ顔。しかし、全く別の存在だ。今のあやかにははっきりと断言出来る。言い張れる。
「心だよ! 魂だ!
拳を強く握る。『本物』になりたい。その心からの祈りは、紅蓮に輝く魂の結実。あやかは大地を蹴る。その一歩は凄まじい加速を生んだ。
(速い――――ッ!?)
真由美が目を見開く。魔法抜きでこの加速。死闘を繰り広げたからこそ、進化の価値を実感する。
「だから、何故?」
「αと契約した! 俺はもうアンタの使い魔じゃない! マギアだ!」
振り抜く拳。『あやか』の足が跳ね上がった。あやかの拳を支える腕にめり込み、ミシミシと異音を響かせる。全力の一撃を、まるで受ける価値すらないかのように。
「俺様が言っているのは」
勢いが止まったあやかの拳を指で弾く。強烈な前蹴りがあやかを吹き飛ばし、どこかの骨が砕けた音がした。
「どうやってじゃない。何をしにだ」
遊ばれている。これでも『あやか』には届かない。真由美と同じように、本気にすらさせられない。真由美が援護に走ろうとするが、紅蓮の気迫がその足を縫い付ける。背中が語っている。
「リペア! ロード!」
全快した身体が高速軌道で跳び回る。勢いそのままの蹴りを、『あやか』は腕を上げて防御した。
「アンタに勝ちに来た、だッ!!」
たっぷり一秒。衝撃波が世界を揺らし、それでも二人にダメージはない。蹴りの反動で距離を取るあやか。『あやか』は拳を握った。あやかはにっかりと笑って真由美にウインクを投げた。
「マギアは凄いんだな! 身体がすっげー動く!」
『君の担う魔法は『あやか』に由来するからね。その才能は相当のはずだ』
αの思念が脳に響く。姿は見えない。だが、どこかで見ているはず。
「あやか、私も一緒に」
言いかけた真由美を遮る影。少女を囲う六眼がぎょろりと蠢く。下から湧いてくる無数の黒い腕。水色の矢が蹴散らし、真由美が下がる。構える水色の刀。
慌てたあやかが手を伸ばす。だが、真由美は小さく首を振った。足手纏いになりに来たのではない。
小さな手で、グッと親指を立てる。
(待ってて、あやか。すぐそっちに行くから)
♪
(真由美、信じてるよ)
分断されたあやかは、『あやか』と対峙する。一対一。誤魔化しようもない真剣勝負。存在と魂を賭けた戦いだ。
「俺様に、勝つ?」
あやかの打撃を高く上げた足で踏みつける。前のめりになったあやかの顔を、つま先のスナップで蹴り倒す。『あやか』もあやかと同じ、ボクシングスタイルが主軸の筈だ。まともに敵として認識されていない。
「『偽物』のくせに何言ってんだ?」
歯を食いしばり前に出る。衝撃を内部で爆発させるクラッシュの魔法。触れることさえ出来れば、あるいは。
「お前は俺様の劣化コピーでしかない」
真っ正面から拳を鷲掴みにされる。捻るような動きであやかが投げ飛ばされた。衝撃はその動きに逃されて、ダメージが入らない。
「にしても、その程度かよ! 失望したよ、終わりのあやか」
圧倒的。あまりにも圧倒的な差。
それでもあやかは向かっていく。何度でも再生して挑んでいく。立ち上がるための力は、これまでの旅路で培ってきたもの。
「終わらせない。俺はこの意志を示しに来た。
爆発的なインパクトを『あやか』は握り潰す。そのまま腕をへし折り、片手で首を締め上げる。
「『偽物』め。今さら『終演』を超えてももう遅いんだよ。お前はもう用済みだ、役立たず」
「『本物』に、なったんだよぉぉ!!!!」
リロードロード、確率変動。
無限の蹴り。暴力の嵐。それでも『あやか』は動じない。冷ややかな目で、手に力を込め始める。絶体絶命の窮地に、しかし、あやかは挑発的な笑みを浮かべた。
「よぉ――――アンタ、今つまんねぇ目をしてるぜ」
「クラッシュ」
首の骨が弾け飛び、それでも怯まない眼光に、『あやか』は思わず一歩下がった。リロードリペア。骨が繋がり、血肉が再生産される。あやかは拳を握る。リペアをかけながらでクラッシュ魔法は使えない。それでも、この絶対的な隙に一発を。
「……回復能力だけは俺様と同等か。その執念、獣みたいだな?」
「はっ、そっくりじゃねえか!」
渾身のストレートを顔面にくらい、だが揺らぎはしない。屈しない、倒れない、本物のヒーロー。正義は強い。だからこそ正義なのだから。
「ようやく、一撃」
『あやか』が首を振る。それだけで弾き飛ばされるあやか。『あやか』の口角が僅かに上がり、鋭い犬歯を覗かせる。猛禽のような双眸がギラリと光る。
『あやか、彼女の情念は本物だ。侮ってはいけないよ』
「……そうだな、α」
裏切りに一々目クジラを立てたりはしない。そうしたいと感じたから、そうした。心を動かせる相棒のことを歓迎する。
『ただの『偽物』と断じるのは軽いか。たっぷり目に焼き付けろ。ちょっとは面白くなりそうだぜ?』
『君たちは、やはり素晴らしいよ』
若干、『あやか』の頬が膨らんだ。
ムッとしたように拳を握り、構える。高月あやか。少女から放たれる闘気に空気が震えた。互いの一歩での交錯。あやかの拳を跳ね除け、『あやか』が拳を振るう。鳩尾にめり込み、骨と臓器が軋みを上げた。
「じゃあ勝負だ、そっくりちゃん」
拳撃。無限乱舞。
(何だ、何なんだコレは――――?)
あやかの今までの記憶、経験。それらをフルで活かしても『あやか』には遠く及ばない。砕かれては再生を繰り返し、魂を濁らしていく。心がブレていく。
完全に輪廻のネガから独立したあやかには、ネガの精神汚染が及ぶ。
騒つく汚泥を、紅蓮の熱血で焼き払う。拳は、まだ握れた。
「その程度か?」
一方的にボコボコにしながら『あやか』が笑う。やはり、本気にはさせらていれない。彼女は単純に肉弾戦を挑んできて、魔法を出し惜しみしている。
「アンタ、強いんだな」
「俺様は『あやか』だからな」
在るがままの自己肯定。強くて、強くて、圧倒的に強い。揺るがぬ姿が人を惹きつけ、夢を与えてきた。その揺るがぬ姿に、あやかは羨望を抱く。
(真由美はきっと、目指したんだろうな)
隣に立つために。大道寺真由美の苦難は全てそこから始まった。希望であり、それは絶望でもあった。遠く遥かな修羅の道。
固執するから苦しむのだ。執着が悪夢を産む。それでも捨てられない。深く大きい、この焦がれる想いは。
「俺、真由美と友達になったんだ」
「凄いな。俺様はなれなかったよ」
『あやか』が拳を放つ。抱えるように受け止めるあやかを蹴り飛ばす。ひっくり返った体制のままロード魔法で突っ込んでくるあやかを、ハンマーのような拳撃でねじ伏せた。
「⋯⋯目が、変わったな。今のアンタは良い目をしてるぜ」
きょとんとする『あやか』に、あやかが殴り掛かる。ガードを固める『あやか』を、あやかのラッシュが襲った。
「リロードクラッシュ!」
「リロード!」
破壊の嵐を、拳の連撃が切り拓く。
魔法を使う『あやか』は渾身の攻撃を当たり前のように踏破し、前へ出た。
「お前、面白いな。ちょっと気に入ったぜ?」
右アッパー。派手に吹き飛んだあやかに駄目押しで掌底を打ち込む。
「何故、戦える? 勝てないと分かっているのに」
「そうだな。でも、そうじゃないかもしれない」
あやかは静かに立ち上がった。その目は死んでいない。紅蓮の煌めきは衰えない。
どれだけ打ちのめされても、何度でも立ち上がってきた。だからここまで辿り着いた。想いの強さで負けるわけにはいかない。
だって。
「始まりのあやかの祈りが、九番目まで受け継がれてきた」
だから、あやかはここにいる。
十二月三十一日あやかはここにいる。
あの恐るべき
突き進む
「その記憶の繋がりが、十二月三十一日あやかっていう一つの人格なんだ。皆でここまで来たんだ」
始まりのあやかから終わりのあやかへと。
受け継がれてきた記憶こそが、奇跡の軌跡。
こうしてあやかは『あやか』の前まで到達した。出逢いの全てが高月あやかとの隔てだ。だからこその『本物』なのだ。
今なら、胸を張って断言できる。
ここまで辿り着いたその意志こそが。
「
高らかに宣言する。言い張れる。全てが『偽物』の世界であったとしても、あやかは『本物』の想いに触れてきた。灰色にくすむ魂は、紅蓮の魂へと昇華した。これは、αとの契約であやかが掴み取ったもの。
「これが、アタシの答えだ」
あやかはにっかりと笑う。挫けず、屈せず。両手を上げてファイティングポーズを。高月あやかと十二月三十一日あやか。二人のあやかがようやく、本当の意味で対峙する。
「いいぜ、示してみろ」
あやかと『あやか』が拳を握る。
「「リロードロードッ!!」」
互いに、爆発的加速で拳を放つ。あやかがねじ伏せられるが、止まりはしない。
「リロードロード、確率変動」
増殖する蹴りを『あやか』は捌ききる。振るう拳をあやかがガードし、クラッシュ魔法でその腕が弾き飛んだ。リロードリペアで腕を再生させるあやかの顔を、右の五指が締め上げる。
「クラッ「リロードッ!!」
膨れ上がる拳撃が戒めを解き放つ。互いの拳がぶつかり合い、あやかは薙ぎ倒された。それでも立ち上がる。その執念は、秘めた意志は。
「インパクトキャノン――――ッッ!!!!」
固めたガードは打ち抜けなかった。しかし、仰向けに倒れているのは。上を、見上げているのは、高月あやか。
「俺様を、転がしたのか……?」
回復能力は同等、と彼女は言った。初めてまともに入った一撃。それでもリペアの魔法を使ってこない。必要がないから。それでも高まる鼓動を感じ、『あやか』はにっかりと笑った。
「いいな、こういうの。久しくなかったからな」
軽々立ち上がる。攻撃の反動であやかの方がボロボロだ。
「俺様は強い。強いから一人で充分だった。ヒーローはいつだって孤独だ。正義であるためには、人を惹きつけるためには、絶対的強さが必要だった」
「⋯⋯アタシはもう、別の強さを知っているよ」
そうか、と少女は呟いた。
「なら、俺とお前は別人だ。その強さも認めてやろう」
だから、と。
「決着をつけるぞ――――十二月三十一日あやか」
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