スパート・ラストスパート
【スパート、直情直進の果て】
緑の少女は迷っていた。剥がれ落ちた色彩、師であり英雄でもある女傑の変わり果てた姿を見た。想起される真実は、皮肉にも本物の道を覆い隠す。どうすればよいのか分からない。寧子は迷っていた。
だから、言葉を交わした。
囚われた灰色の少女と。
その言葉、想い、くどいくらいに咀嚼する。まだ道は見えない。それでも、寧子は顔を上げた。迷いながらも、見つけることこそが戦いだ。早急に結論に走るな。考え抜いて、見極めろ。
自らの胸の内から溢れ出す衝動こそが、正義。
英雄が辿り着けなかった一つの答えに、知らず至っているのだ。
♪
「マーカー、メーカー。その存在を
童話の女王。水色のマギアは強かった。幾度もの剣戟の間に、歌うように紡ぐ余裕があるくらいに。
「マーカーの落書き。思い思いに描いた子供の記号、そこには意味を見出そうとさせる魔力が宿る。何かあるんじゃないかという想念が積み重なれば、そこには現象が生まれる」
曰く、情念の怪物。
メルヒェンは優雅に微笑んだ。額に汗を浮かべるスパートが強引に踏み込む。水色のマギアはその力の流れをズラすだけだ。それだけでスパートの攻撃が弾かれる。
「本来のマーカーメーカーはそんな想いの積み重ね、その果ての現象に過ぎない。その程度の不可思議存在ならそこらかしこに転がっている」
そんなものの一種よ、とメルヒェンは
「ただ一点、特筆すべき点がある。マーカーメーカーはネガに結びついた。想いを脚色し、増幅させる。そんな特性が呪詛の具現たるネガと親和性を持ったらどうなるか」
スパートが吠えた。力任せの一撃に刀を叩き斬られる。だか刃こぼれしたグラディウスソードは水色の盾を貫けない。返しの槍の刺突が肩を貫く。
「ぐぅ⋯⋯ッ!」
「そんな脅威がかつて存在した、らしいわ。私はその都市伝説の
緑の光が傷口を塞ぐ。話を遮るように突撃するスパート。迷いなき太刀筋にメルヒェンがよろめく。
「べらべらべらべらと、舐めんじゃないわよッ!! その余裕ごと叩き斬ってやるッ!!」
侵入者は薄く笑った。水色の鎖がスパートの突撃を阻害する。振りかざす水色の刀。スパートは切傷を増やすが、どれもあっという間に塞がっていく。
「勇ましいこと。でも、どこまで保つかしら?」
スパートが投げ放った剣が、メルヒェンの目前で静止する。水色に澱む凝固した空気の塊。『時空』の魔法は解析・理解まで至らなかったが、現象を模倣するだけなら造作もない。
奇怪な現象に目を引かれたスパートが反応に遅れる。嫌な予感に視線を下げると、地を這うような水色の矢印が。
「私の魔法は呪いすらも創り出す。『M・M』の型は一つしかないけど、その魔法だけなら私にも使えるわ」
「⋯⋯だから、何よッ!」
血飛沫。矢印が潜り込もうとした左腕の肉が抉られた。痛みで歯を食い縛るスパート。右手に持つ剣に自身の血が滴る。傷口を塞ぐ緑の光。
「⋯⋯無駄。どれだけ足掻こうとも、呪いはお前を蝕む。ロクに積み重ねのない奴に、抑えられるものではないわ」
再び突撃するスパート。だが、その足取りは鈍い。心臓が
刀を手に悠々と構えるメルヒェン。その凶刃がスパートの傷を増やす。『治癒』の魔法で傷は塞がるが、魔力は有限だ。このままでは極力消費を抑えながら戦っているメルヒェンに詰められるだけ。
(――――積み重ね、か)
モノクロのマギアとの会話を思い出す。追い詰められても、まだその目は死んでいない。魂は緑光輝き燃え盛る。
「そんなに消耗を抑えたいっての? その矢印を乱用しないのもそのため?」
メルヒェンが不快げに唇を噛んだ。案外分かり易い、とスパートはほくそ笑む。
――――あたし、なんにもないよ。ただ、なんとなくの憧れで契約しただけ。ちっとも特別なんかじゃない。
――――それは戦わない理由にはならない。寧子なら分かってるはずだぜ。
「ソレ、どれくらいリスクがあるの?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「あたしね、昔から勘が鋭いの」
煽るように、気丈に振る舞う。剣を強く握り締めて前を見据える。
――――寧子。お前は、どんなマギアになりたい?
――――あたしは⋯⋯
――――なりたい。その気持ちが魔法の原動力だ。だから自分の道を見つけろよ。
思い込んだら一直線。深く呼吸を吐き出し、床を蹴る。前進。特攻。両手で握り込んだ剣を突き出す。崩されたメルヒェンが、咄嗟に矢印を向けた。
「信じるものがあるなら突き進め。直情直進、だから呪いなんかには負けない」
両腕でまともに受けた。それでも前へ。メルヒェンの表情に焦りが浮かぶ。どこか精彩を欠いていた顔に見覚えがあった。
(今朝、見た――――――あたしの顔にそっくりだ)
一閃。水色の大楯が斬り飛ばされる。大きく下がるメルヒェンをスパートは逃さない。『創造』が生み出す刺突の連打を剣で、そして身体で受けながら迫る。
「迷ってるんでしょう? 自分の道が見出せない。だから心が乱される。乱れが増幅される!」
「な、にを⋯⋯ッ!?」
図星だった。抱いた呪いを増幅させる『M・M』の魔法は、マギアである真由美にも等しく及ぶ。その指向性から外れようとも、呪いを振り切る魂の煌めきがなければ自らが堕ちる。
(精神汚染のせいで! 私が迷っているっていうの!? 私は高月さんを救う。そのために全部切り捨てる! だからッ! 私はッ!!)
「迷ってなんか――――ッ!!」
十指から伸びる鎖が蛇のようにのたくり回る。スパートの斬撃が斬り飛ばすが、真由美は前に出ていた。カウンター技に刀を突き出す。
「ぐぅ――!?」
「その程度の想いでッ! 沈めッ! 泥沼に自壊しろッ!」
果たして、何を迷うのか。そんな疑問はとっくに氷解している。脳裏に浮かぶのは、真っ直ぐ英雄に挑んだ、あのモノクロの煌めき。刀を取りこぼして、真由美は頭を抱えた。
「フェア! ヴァイレ! ドッホ!」
矢印が朽ち果てる。スパートの絶叫。呪詛刻印が腕から伸びていた。緑光特攻をねじ伏せるのは、巨大なマネキンの腕。
「私は――――選択する」
召喚される魔本。水色の巨大な絵本から、マネキンの巨体が腕を伸ばした。童話の女王、その上半身が魔本から屹立する。
「ま、だ、だあああああああああ――――――ッッ!!!!」
斬り込むスパートの横を真由美が走り抜ける。追えない。魔本とマネキンが質量で押し潰しにかかる。
(あの、方向は!?)
モノクロのマギアが囚われている部屋か。気が逸れたスパートに、特大の打撃が直撃した。『治癒』が肉体を癒すが、浸食する呪詛が魔法を変質させつつある。腕に咲いた剣の花を握り潰す。
同時、断末魔が響いた。焼け落ちる魔本を見た。奇妙な心強さを抱く。煤けた赤が一本槍を構える光景に。
「奴は」
「トロイメライのところに行った! ヒロさんも危ないかも!」
「行けるか?」
「行き着くとこまで一直線だっての!!」
にかっとスパートは笑った。赤と緑。二人の戦士が並び走る。
緑の矢印に浸食される身体を見ても、デッドロックは何も言わなかった。呪詛刻印が浸食し、傷から剣が咲いていく。それでも、自らが信じた正義を歩む。
(後悔はない。誇らしいんだ。
だから――――残された時間、とことんやってやるよ)
♪
「私は、どうしたい⋯⋯どうなりたい」
うわ言のように呟く。その目に昏い決意が揺蕩う。少女は水色の刃を振るった。
(偽アリスは反対側。今からじゃ絶対に止めを刺すのに間に合わない。あの『偽物』がジョーカーの切り札だとすれば、ここで始末できないのは大きな痛手ね)
それでも。
マギア・メルヒェン、大道寺真由美は選択したのだ。
「アンタが悪いのよ⋯⋯あんな、あんなものを⋯⋯⋯⋯私に見せてくれちゃって」
その口元が小さく綻んだ。少女は魔法のフィールドスコープを覗き込む。
彼女の前には、たった今戒めを解いたあやかが転がっていた。
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