スパート・エンド

【スパート、終わり】



 マギア・スパート、緑に煌めく魂。

 魔法の性質は『治癒』。傷つく人を支えたいという優柔の集積。自らが清く美しいと感じた姿勢そのもの。

 欲の根幹は『散逸』。ばらばらになって行方が分らなくなること。普通であることへの引け目。誰よりも優しかった彼女は、自らの不足が人を傷つけることをなにより恐れた。


 御子子寧子。

 投資した夢は、「劇的な運命を生きたい」。






 のっぺりとした表情に、うっすら色が宿った気がした。呪いが渦巻く、少女の形をした人形。その中心にギョロリと蠢く眼球がチリチリと揺れている。真由美はフィールドスコープから目を離した。


「そっくりね、本当に⋯⋯」


 倒れたままの少女を見て、口元が綻んだ。だが、耳に入る足音がその口を結ばせる。


「さて、どうしてくれちゃおうかしら」


 足音はまだ遠い。そんな判断の直後、ドアを蹴飛ばしたデッドロックが雪崩れ込んでいた。足音は魔法による幻聴か。


「メルヒェンッ!」


 大槍一閃。

 バッサリと両断された真由美の身体が真っ二つに焼け落ちる。


「おちょくってんのかてめー!?」


 炎の色は水色。マギア・メルヒェンの『創造』の魔法だった。異色の陽炎の向こう側、メルヒェンがニヤリと笑う。


「リロード」


 赤と水色の大槍。技量は圧倒的にデッドロックが上だが、模倣した『反復』の魔法がそれを上回る。吹き飛ばされたデッドロックが空中で体勢を整えた。


「ぉぉおおりゃああああ――――ッ!!」


 横から突撃するスパート。視線すら向けず、メルヒェンが腕を上げた。床から沸き立つ鎖の群れがスパートの四肢を絡め取る。くるりと回った水色のマギアの周囲に浮かぶのは水色の矢印。




 夥しい数。

 無数の呪詛刻印をその身に纏う。




 デッドロックが短槍を投擲した。スパートを縛る鎖を焼き、負った火傷を緑の光が治癒する。不敵な笑みを浮かべながら踊る真由美を見て、デッドロックは舌打ちした。


(ヒロみてーだな、イライラする⋯⋯)


 次々と投擲された短槍が床に突き刺さる。巡る火炎が矢印を焼き落としながら、デッドロックが死地に突っ込む。


「はっ、勝てると思ってんのか!?」

「所詮は『偽物』。私は負けないわ」


 さっきまでとは明らかに動きが違う。刀と槍。撃ち合う剣戟は互角の立ち回り。魔法と呪詛刻印を上乗せするメルヒェンに、デッドロックは防戦一方だった。

 赤のマギアは背後に目線を送る。立ち上がったスパートを目で制する。景色が揺らいだ。熱量が幻を見せる。







『止まれ。で、聞け』


 頭の中に響いた幻聴に、スパートは足を止めた。自分を庇っての特攻なのだとしたら、これ以上足手纏いになるわけにはいかない。


『お前、メルヒェンを斬る覚悟はあるか?』


 だから、その問いは予想外だった。

 数秒、何を尋ねられたのか理解できなかった。十秒経って、その意味を理解する。デッドロックはスパートの斬撃を奥の手として見ている。戦力に数えられている。

 現実をシビアに捉える彼女が、だ。魂が震えた。スパートは緑の魂に正義を問う。


『斬る。あの子の呪いは、この世界を滅茶苦茶にする。あたしはそれを許さない。そのために、あたしは斬る』

『よし、腹括ったな。あたしが道を作る。その位置から真正面に斬り抜けろ』

『うん⋯⋯ありがとう』


 常軌を逸した戦いだと思う。平凡な自分がこの場に立っていることはとんでもない場違いだった。それでも、気遅れする必要はない。スパートは自らの道を見据える。


(決めたんだね、自分の道)


 敵である水色の少女。彼女はきちんと道を見つけたのだ。その真実を直感する。親近感すら湧いた。魂に問いかける。

 御子子寧子は、大道寺真由美の呪いを断ちたいと思った。

 そうすることが正しいと思った。

 強く強く、想った。

 それが正義であることを疑えない。自らが正義と信じる道を突き進む。それが真実だ。意志であり、信念だった。


「今のあたしは――――誰よりも特別だ」


 口に出す。言霊のように、力が満ちた。

 劇的な運命に向けて、少女は駆け出す。







(ばっっかやろー!! はええつーの!!)


 いきなり飛び出したスパート。メルヒェンはもちろんその挙動を目に捉えている。デッドロックは無茶な方向転換で飛びかかった。


(――――でもまー、あんたらしいな)


 振るう長槍を矢印の群れが受け止める。貫けない。それどころか逆に取り込み始めている。デッドロックは横に抜けた。長短二槍、呪詛刻印を切り裂き進む。だが、押し切れない。メルヒェンの追撃を陽炎の幻惑で凌ぐ。


(あたしもヒロも、ぐだぐだ悩みすぎたんだ。きっと、本当の本物なんて、どこにもない。だがな、自分の信じるモンを貫けるなら――――自分だけの『本物』だ)


 そうなりたかった。

 ヒロイックも、デッドロックも、デザイアも、メルヒェンだって。そうなりたかったはずだ。自分の意志を掲げて生き抜きたかったはずなのだ。事情があった。現実があった。そんな風にどこか捻れてしまったのだ。


「創成」


 下がったデッドロックを見て、メルヒェンは両手を広げる。無数の刀剣類がスパートに刃先を向けた。


「殲滅」


 緑のマギアを圧し潰す必殺。無限の殺意がスパートを襲い、メルヒェンは攻撃のためにデッドロックから視線を逸らした。その一瞬を赤い瞳が見逃すはずも無い。


「行け」


 槍が伸びた。部屋ごと両断する規模の長さだった。鞭のようにしならせ、暴力の嵐をねじ伏せる。火炎の長槍。緻密にコントロールされた熱量は、メルヒェンが創成した刀剣類を全て蒸発させた。


「あんたの正義――――魅せてみな」


 スパートが吠えた。メルヒェンの前に矢印が積み重なる。呪詛刻印の壁。デッドロックが超えられなかった壁を、緑の一閃が打ち砕いた。スパートの傷口から

剣が咲き、それでも怯まず振り下ろす。

 これが。これこそが。


「あ! た! し! の! 正義だあああああああああ!!!!」


 両断。

 メルヒェンの左肩をざっくりと斬り咲く。鮮血の艶花が咲いた。急所からは逸れた。しかし、メルヒェンの反撃は届かない。


「びんじょーで悪いね。だよ」


 煤けた赤、のデッドロック。

 赤の槍が心臓に向かう。メルヒェンは、真由美は唇を強く噛んだ。そして、絞り上げるように吐き捨てる。


「いつまで、寝てんのよ……ッ!」

「……悪ぃ」


 赤槍が心臓を貫く直前。その刺突は止まっていた。穂先に鮮血が伝う。それは水色の少女の血では無い。デッドロックの渾身の突き出しを素手で握り潰したモノクロの少女のもの。



「フェアヴァイレドッホ――――トロイメライ」



 傷だらけの肉体を、モノクロの魔法装束が包む。両手に履いた銀色のグローブ。猛禽のようにギラついた双眸をデッドロックに向ける。浮かべるのは、不敵な笑み。視線が交錯する。見えない火花が散った。

 大きく下がったデッドロックを、水色の鞭が追う。スパートの叫びがあやかを惹き寄せる。闘気の高鳴りが呼び寄せる。あやかは肺の空気を一息に吐き出した。

 そして、大きく吸い込む。


は本気だぜ」

「いいよ、来な」


 肉体のあちらこちらから剣の花を咲かせたスパートが一直線に突貫する。対するあやかは拳を握った。真っ直ぐに、一直線に。踏みしめた意志を拳に乗せて。


「インパクト――――」

「いっっっっ――――」

「マキシマムッッ!!!!」

「けぇぇぇえええ!!!!」


 衝撃が異空間を揺らす。壁や柱にヒビが走った。真由美も、デッドロックも、戦う手を止めていた。直情直進スパート英雄願望トロイメライ。一直線にぶつかる闘気の連なりの果ては。


「やっぱり、すごいよね…………」

「…………この真っ直ぐさは、寧子が教えてくれたもんだよ」


 花が散った。銀色の飛沫が二人を包む。スパートの背後の壁は崩れ、外の景色が見えていた。緑の色彩が所々剥がれた黒い人形。御子子寧子は静かに倒れた。


「――――掴んで!!」


 その声に、はっと振り向いた。真由美が伸ばした手を、反射的に掴む。殺気に身を焦がすデッドロックの猛攻を後に、水色の煙幕が姿を眩まさせていた。


「…………逃がしたか」


 二対一。

 こんな状況でも、デッドロックは冷静に戦局を見据えていた。無理に追っても返り討ちに遭うだけだ。倒れたスパートの頭を、座り込んだ自分の膝の上に乗せ、その顔を覗き込む。


「けっ…………満足そーな顔しやがって。よくやったよ、寧子」


 そして、その口に板チョコの最後の一欠片を突っ込んだ。

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