メルヒェン・ゾンダーコマンド
【メルヒェン、特攻】
偽りの色彩を表層に纏った漆黒の泥沼。
一様にのっぺらとした顔の少女が並んでいた。背景はチグハグで、ツギハギのようなモノクロ世界。敵だらけの世界に放り込まれた。その現実を受け入れることが最初の戦いだった。
(もう立ち止まらない。これは私の戦いだから)
魔法のフィールドスコープを外す。色鮮やかな世界が目に入った。緑を被った少女、赤を被った少女。
大道寺真由美は思い出す。
『本物』を貶めす、そんな『偽物』は駆逐しなければならない。
(覚悟しなさい『偽物』ども。終わりのあやかを終わらせる。それが私の戦い)
♪
「⋯⋯このまま、ジョーカーに従っていていいのかな?」
「あん? どーしたんだ、いきなり」
緑と赤、スパートとデッドロック。
スパートは無言で後ろを見た。『束縛』の魔法で十字架に
「じょーでも湧いたか? アレは侵入者だぞ?」
「だったら、どうしてあんな見せしめみたいなことを⋯⋯勝ったはずのヒロさんも、どこかおかしかったし⋯⋯⋯⋯」
「勝った、ねー⋯⋯」
デッドロックがくつくつと笑った。半分に割った板チョコをスパートに差し出す。
「ほんとにそーかね? ジョーカーが明かした真実⋯⋯こいつにはなんかあんだろ」
反論に開いた口に、デッドロックは板チョコを突っ込んだ。モゴモゴ口を押さえる緑の少女を鼻で笑う。
「ほら、行くぞ」
短槍でせっつくデッドロックが、十字架に一度だけ目を向けた。その奥、黒い扉に閉ざされた部屋では負傷したヒロイックが休んでいる。それらを引っ括めて目を逸らすように。
ここはマギア・ジョーカーの住居、彼女らの拠点だった。明らかに見かけ以上の広さ、ほとんど異空間と化している。迷宮化している廊下を並んで歩きながら、板チョコを齧る。
「⋯⋯ねぇ、ジョーカーのことなんだけど」
「しつけー! 結局あんたは何がしてーんだ?」
迷い。逡巡。マギアになったばかりの少女が抱えるもの。
英雄ヒロイックは真っ直ぐ自分を曲げない。流浪のデッドロックは何事にも折り合いをつけてうまくやる。そんな二人を見てしまった。自分はどうだと思わざるを得ない。
「あたしの、やりたいこと⋯⋯」
「マギアの契約を交わしたんだ。魂を投資する夢があったはずだよ。それを突き詰めりゃーいい。マギアってのはそーいうもんだ」
ジョーカー。ヒロイック。そして連絡が途絶えたデザイア。短槍を担いだデッドロックは唇を小さく尖らせた。きな臭い。危険の匂いを感じ取る。
「ジョーカーが信じられねーんなら出ていけばいい。トロイメライって奴を助けたいんならそーすりゃいい。どんなことが出来るのか、まずはイメージしてみなよ」
「あたしに、出来ること」
直情直進。マギア・スパートは魔法の感知に長けていた。自画自賛ではなく、英雄のお墨付きだった。魔法は現実を変えるほどの心情の発露。人に共感する才能が緑の少女にはあるのだ。
(優しさって言ってくれた)
英雄の言葉を思い出した。照れ臭くて俯いてしまう。あれだけ自分に真っ直ぐな英雄でも、だからこそか、人の心は分からない。寄り添えて、戦える。そんな自分を想像する。
「⋯⋯そうだね。あたし、戦うよ」
「ん?」
「人の心を弄ぶ呪いがあるのなら、あたしの剣で断ち斬ってやるんだ」
正義のグラディウスソード。緑色の一閃が呪詛の刻印を叩き斬った。デッドロックの目が見開かれる。目前に散った魔法の匂いを感じ、短槍を突き出す。伸びる穂先が肉を抉った。
「はっ――――やられちまったな」
焔が透明のヴェールを
「そこかよ、メルヒェン!!」
人形の奥、血を流す左腕を庇った真由美が退がる。追うデッドロックに立ち塞がる『M・M』。だが、歴戦の槍使いは一枚上手だった。殺到する呪詛刻印が
「どこまでも、小癪な⋯⋯ッ」
真由美が
「まさか、あたしを庇って!?」
苦無が狙ったのは、『M・M』の奇襲を防いで体勢が崩れたスパート。デッドロックは小さく舌打ちした。
「いーから構えな。奴はここで潰すよ」
『M・M』の脅威は決して無視出来ない。ホームで出くわしたのはむしろ好都合。
「アレがメルヒェンの手駒だってのは本当だったみたいだな。全く以ってとんでもねー話だ」
長短二槍流。自在の槍捌きが『M・M』の呪詛を引き裂く。浸食された槍は手離し、次の瞬間には生成が完了している。
「え、ちょっと、あたしもなにか!?」
「邪魔だ。一発でも喰らえば致命傷なんだぞ」
それでも剣を構えて前進するスパートの首根っこを引っ掴み、『M・M』の向こう側に投げ飛ばした。同時、火炎の円幕が呪詛人形とマギアを囲う。
「メルヒェンを追え! ジョーカーが戻るまで逃すな! これ以上ヒロを戦わすんじゃねーぞ!!」
「っ⋯⋯了解ッ!!」
緑光煌めきが走りだす。水色の矢印が背中を狙うが火炎の幕を越えられない。
「「はッ――――潰すって言ったろーが!!」」
灼熱デスマッチ。そして、デッドロックの姿は二人分。『幻影』の魔法が効果を果たすのはさっきの応酬で確認済みだ。
「デッドエンド、だ」
そして、火炎の円幕の外で両腕を組むデッドロック。魔法の扱いに集中する。少ない魔力でも、繊細緻密なコントロールがあれば出力を補える。『M・M』は実態のない幻影に翻弄されるのみだ。
「メルヒェンの奴が目になっていれば、結果は変わっていただろーけどね」
『幻影』の魔法に、あの見通しのスコープは天敵だった。しかし、その選択肢はもう潰した。火炎幕でしぶとく抵抗する『M・M』が焼き落ちるのも時間の問題だろう。
デッドロックは自身の魔法に集中する。
♪
(仕損じた⋯⋯ッ!?)
迷宮と化しているジョーカーの城を真由美は駆け回る。前回訪れた時は普通の一軒家だった。『創造』の魔法でも同じようなことは出来るが、それにしても過剰な警戒をされている。
(いや、警戒されているのは私じゃない⋯⋯?)
境大橋で見逃されたのは、単にジョーカーの気まぐれでしかない。取るに足らない相手だと見下げられただけだ。ならば、真由美の反抗をここまで警戒することはないはずだ。
(まぁ、いいわ。間取りは大体分かった。トロイメライもまさか生かされてるなんて⋯⋯ジョーカーが廃棄処分を下したことがまだ伝わっていない?)
ならば、彼女の命運は秒読みだろう。ジョーカーが戻り次第処分されるはずだ。そして、自力で戒めを解く方法はない。誰かに救出されない限り。
真由美は回収したガラス玉の眼球を取り込む。『創造』の魔法で創った斥候に内部を探らせていたのだ。
「終わりのあやか⋯⋯⋯⋯トロイメライ」
思い出す。
遠目に見たジョーカーとの死闘。
思い出す。
アリスに告げた選択の答え。
思い出す。
虚無に墜ちていくあの表情は生きたもの
思い出す。
英雄との死闘、その果ての一つの答え。あの無言の応酬がこの足を動かしたのだ。真由美の足が止まる。目的地に向かう足を、その向きを変える。手が震えていた。
「見つけたッ!!」
だが、走り出す前に大声が響いた。緑のマギアが正義のグラディウスソードを突きつける。真由美はふと自嘲気味に笑った。
「見つけた、から何? まさか私をどうこう出来るとでも? ちょうどいいわ、今度は失敗しない。ここで数を減らしてやるわ」
ブレる。迷う。けれど、気付いた。
迷っても、悩んでも、だからこそ選んだものに価値がある。針山を越えた果ての選択だからこそ、『本物』の意志なのだと。
「私はマギア・メルヒェン! 物語を担う童話の女王よ!」
構えるのは水色の日本刀。
刀と剣。お互いに決意を示す。
「「フェアヴァイレドッホ」」
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