Kampf auf Leben und Tod――――Heroisch
【死闘――――ヒロイック】
あやかが英雄と対峙する。他に人はいない。何もない。ただ、戦場というだけの
「来るのね」
「近づかないと、攻撃できないもんでねッ!!」
灰色の道。ロード魔法が猛るあやかを運ぶ。ヒロイックは何の冗談か、ヘリポートの「H」マークの中央に陣取っている。両腕を左右に広げ、懐に誘い込むように。
糸の結界が弾ける。ロード魔法を展開したあやかはガードの姿勢のまま突っ込んだ。リボンを細く
しかし、致命傷だけは防ぎつつ勢いを殺さない。灰色の道の終着。降り立ったあやかを包むリペアの魔法。超再生の光が傷を塞ぐ。
「……厄介ね」
小粒の攻撃は効かない。ヒロイックはバックステップを踏みながらリボンを展開する。『束縛』の魔法、あやかにとっては相性最悪の
「リロードロード――――」
だが、その攻撃は何度も見ている。その厄介さも身に染みている。妄想の中で対策を練り上げるくらいには。
「――確率変動、クラッシュ!!」
渦めく破壊の嵐。リボンがまとめて食い千切られてヒロイックが丸腰になる。踏み込んで放つストレートを受け止めたのは、束ねた鎖の盾だ。
「知ってる。アンタは
「貴女……本当に何者なの?」
拳と鎖の鍔迫り合い。意外にもヒロイックの構えが崩せない。圧倒的な体幹。力ではなく技術の領域だった。
クラッシュ魔法で均衡を砕くものなら即座にカウンターを入れられる。それを狙うヒロイックは自ら均衡を崩さない。
「マギア・トロイメライ! 十二月三十一日あやか、だッ!」
膝をクッションに力を逸らす。英雄の想定のその先、自分に優位な体勢に導く。あやかもヒロも、魔法に頼りきりではここまで辿り着けていない。大前提。積み重ねた戦闘の技術は達人の域だ。
(攻撃が、途切れない……ッ!?)
二発、三発。体幹をバネに繰り出す拳が鎖の盾を揺らしていく。
「リロード――クラッシュッ!!」
身体の軸が揺らいだ一瞬、あやかのクラッシュ魔法が鎖を木っ端微塵に砕いた。破片が飛び散り視線を遮る。作った隙に側面の死角に潜り込む。
だが、そううまくはいかない。相手は百戦錬磨のマギア。潜ってきた修羅場はあやかを凌ぐ。
「りりり!」
芽吹くリボンの種。鎖の盾を揺らされるたびに落としていた種子。それらが一斉に芽吹き、拘束せんとあやかを襲う。
「ロード!」
捕まったら終わりだ。咄嗟の判断で離脱する。だが、
「さて、仕切り直しといきましょうか?」
一度切り崩しても、即座にリカバリーする。そのタフさこそが英雄ヒロイックの真骨頂。優雅な所作の土台に埋め尽くされた泥臭さ。
まるで、自分を見ているようだった。故に、魂は燃え盛る。
(超える! 示すんだ――――『本物』をッ!!)
♪
郁ヒロという女傑を、あやかは苦手に感じていた。
自分の全てを犠牲にして世界に尽くす。全体の奉仕者であるために究極の個性を示す。完成されたヒーロー。話に聞いていただけの頃は、憧れた。けれど、実際に触れ合って、その印象は完全に崩れていく。
(本物以上に――――怪物)
強迫観念を完全無欠の正義として昇華した。
どれだけ繕っても、あやかには透けていた。英雄の在り方、在り続けるその意味も。内に秘めた圧倒的な情念を極限まで研ぎ澄ませたその姿。
(まるで、ネガのようだ)
郁ヒロは英雄になったのではない、英雄にしかなれなかったのだ。
勝ち取ったものなのか、行き着いた末路なのか。紙一重の危うさ。だからこそ誰にも追い付けない。隣に並び立てない。人の域を超えた怪物なのだ。
そう気づいた時、あやかは俄かに恐ろしくなった。デッドロックも、デザイアも、そうだったのだろう。スパートも、きっとそうなる。英雄ヒロイックは本質的に孤独なのだ。
(俺もそうなるのかな)
もし夢を叶えたら。ヒーローになれたら。
(違う。俺は
自分の夢の根幹を探れ。あやかには知る由もないが、ヒロイックは孤独から救われる未来を夢見た。あやかの
だからこそ、英雄には決別しなければならない。
孤独からの巣立ちだ。超えなければならない。
ヒーローへの夢。それは過酷な試練の道。だが、あやかは選択した。選択には運命が伴う。
「勝ち取ってみせる。それが俺の夢だ」
♪
ジャラリ。ジャラリ。
鎖が奏でる不吉な協奏曲。縦横無尽に荒れ狂う鎖の集団はあやかの行動範囲を制限する。先を読めるあやかだからこそ、英雄の手腕に雁字搦めに取り込まれていった。
「リロード、ロードッ!!」
誘導されている。そう理解していても動かされてしまう。地を這うようなリボンの蛇が死角から襲い掛かった。
「確率変動――――クラッシュッ!!」
迎撃。繊維に散っていくリボンの蛇は空中で集合した。拘束のために再び伸びる。意識をそちらに逸らされたあやかの視界で火花が散った。
横っ面を鎖の鞭で叩かれたことに気付いた、その時点で手遅れだ。ベロりと剥がれた皮膚と肉の下から骨の破片が零れる。苦痛に歯を食い縛り、立ち上がろうとする足を払われた。
「りり、りりりりり」
展開。
このままあやかを嬲り殺しにすることも可能だっただろう。だが、ヒロイックの手は『束縛』。隙のないリボンの檻があやかを覆った。魔法を封じる『束縛』の
前後左右全方位から狭まる檻。あやかは視線を下に投げた。
「リロード、リロードリロード――――クラッシュインパクトッ!!」
屋上ごと高層ビルを破壊した。
崩れる瓦礫に視線が上向いた。ヒロイックの表情が崩れるのが見えた。崩壊は地続きに進み、ヒロイックの足場も崩れ落ちる。落ちるあやかの視界に信じられないものが映った。英雄が指を鳴らす。
「
天から落ちる無数の分銅、だけではない。鎖とリボン。10mを凌ぐ高さからの崩落。その間に英雄は全戦力を注ぎ込んだ。
「逃げ⋯⋯いや――――迎え撃てええぇぇええ!!!!」
あやかが吠えた。逃げても追いつかれる。ならば前へ。鉄筋を蹴って大きく跳ぶ。ロード魔法で一直線に。捕捉するリボンの斬撃はあやかの背後で宙を切った。
「りりり」
舌で鈴のように鳴らす、魂を。
ヒロイックの背後に展開した鎖の束が一際大きな鉄筋に巻き付く。重りだ。引き寄せる動作で落下を加速させたヒロイックの目前、あやかの拳撃が空を切る。突き出した腕に絡める右足。
「りり、逃がさないわ」
空中で踏ん張りが効かない。空中で器用に重心を傾けたヒロイックがあやかを引き寄せる。左足の蹴撃が
「リ、ロード! クラッシュ!」
下腹を貫通する前にクラッシュ魔法が砕いた。しかし、ヒロイックの追撃は防げない。足技に翻弄され、下に向かされた顔が地面を認識する。
「 ッ 」
音が飛んだ。前面から地面に叩きつけられたあやかの上に、英雄は優雅に降り立つ。その十指を広げると、翼のように鎖が広がった。
――――意志を示せ
飛びかけた意識を漆黒の声が繋ぎ止める。負けられない。超えなければ。一秒の逡巡。ヒロイックがリペア魔法の隙に拘束してくることは読めていた。だから取るべき手は明らかだ。
(出来るか――――――やるんだ)
全身の骨が、果たして幾つ砕けたのだろう。心臓に突き刺さらなかったのが奇跡だった。否、即死させなかったヒロイックの腕が見事なのか。肉も臓器も破裂寸前で、最上の苦痛が駆け巡る。
それでも、取るべき手は攻撃だ。
「りりり」
「リ、ロード」
「りりりり!」
背骨を踏み砕かれる。あやかは絶叫した。頭の中が苦痛一色で浸食され、それでも紡ぐ魔法は。
「リロード!」
前へ進むための魔法。
灰色の道があやかを強引に動かした。なりふり構わない大振りの蹴り。だが、反撃に警戒していたヒロイックは反応した。即座に飛び退き、あやかの足にリボンを繋げる。
「ロック!」
「クラッシュ!」
速いのはあやか。魔法が封じられる直前で戒めを破壊した。力強い視線が絡み合う。
「リロード」
「りり」
「リロード」
「りりりりりりり」
「リロード」
「りりりりりりりりりりりりりり!!」
「リペアッ!!」
肉体を再生させながら、あやかは飛びかかった。振り抜いた拳撃を蹴り弾かれる。引き戻す腕に合わせてハイキックを叩き込まれた。顎と肩で抑え込む。身を捻ったヒロイックが脱出。空中二段蹴りがあやかのガードを弾く。逆立ちのまま袈裟蹴り。身を開いたあやかが受け流す。
英雄は、目を見開いた。
既にあやかは全快していた。
動揺した。数少ない隙。あやかは腰を落とし、拳を握り固めた。大地から足先、両脚、腰、胴、肩、腕。伝わる力を爆発させる。リロード。さらに強く。極限まで至ったインパクトを形に。
「立て直したっていうの!?」
「おうよ!!」
あのヒロイックが、全力で回避行動を取った。鎖もリボンも手離し、四肢の挙動でインパクトから逃れる。
想定以上。故に、対応に、遅れる。あやかにはその遅れがどうしても欲しかった。後手では決して追い付けない。先手に回れる番が必要だった。
「リロードロード!!」
爆発的加速。罠として設置されたリボンの花が捕らえきれない。真っ正面からだったら対応されていただろう。事前に予想されていたらカウンターを決められていたのかもしれない。しかし、この不覚。一度立場が引っ繰り返ると立て直すのに隙ができる。
「クラッシュショット!」
対人ならば必殺の一撃。伸びた鎖が弾け飛ぶ。防御は抜けた。これで致命打だ。
「――――ッ!?」
目前のヒロイックが霧散する。中から現われたのは大量のリボン。デコイ。そして、一度立場が引っ繰り返ると隙ができる。デコイの向こうに英雄の姿を見た。
(やべぇ!?)
捕まったら終わり。リロードロード、確率変動、クラッシュ付与。空いた隙間にリロードロードで脱出する。それこそが罠。英雄の、鎖で武装した全力の蹴りが待ち受ける。
「穿ちなさい」
防御に回した腕がへし折れた。炸裂弾のような衝撃。勢いを殺されたあやかにヒロイックの『束縛』が迫る。
(ダメだ……離れたら勝てない、近づいても勝てない!)
絶叫するあやか。
(どうすれば勝てる? 俺が優位に立てるところはどこだ?)
考える。思考する。活路を見出せ。勝機を拾え。
(やってやる……!)
リロードロード、確率変動。無数の灰色の道が全てを押し退ける。付近の鉄筋コンクリートを巻き込んで、物量の嵐が吹き荒れる。
「無茶苦茶よ……!」
破天荒な戦い方。ヒロイックといえど、今まで見たことがない苛烈さだった。それほどの覚悟を感じ受ける。
「あれでよく魔力がもつわね」
魔力の配分など一切考慮していない動きだった。普通のマギア相手ならばそれで自滅を誘えるのだが、あのモノクロマギアはそうはいかないみたいだ。
「とんでもない魔力量か、他に何か秘密があるのか……」
視界が封じられて下手に動けない。また不意打ちをしかけられたら厄介だ。ヒロイックは自身の周りにリボンの結界を展開する。
が、何分経とうが音沙汰ない。
「まさか、逃げた⋯⋯⋯⋯?」
であれば、それでも構わなかった。どのみち神里には自分がいる。また迎え撃てばいい。手の内が分かった以上、今回よりは苦戦しないだろう。だから深追いは禁物だ。
だが、もしその隙を伺っているのならば。決して気は抜けない。インファイター相手には効果が薄いかもしれないが、感覚を研ぎ澄ませて魔力をサーチする。
「え……何これ?」
目を見開き、絶句した。位置はすぐに分かった。だが、これは、この魔力は。莫大な反応が遥か遠くから。
「あの方向、確か境大橋の――――……」
♪
これしかない。
英雄ヒロイックに勝てるもの。それはズバリ突破力だった。
逃げるためでも、隙を伺うためでもない。単純に助走が必要だった。マギア・トロイメライの全力全開の一撃。少女の全てをぶつけるためには。
(――――――――真由美)
我武者羅に下がった先。ちょうど水色の少女の真横だった。狙ったわけではないが、運命を感じた。お互いの視線が交錯する。真由美には魔法のフィールドスコープがある。あやかの死闘も見ていたに違いない。
その事実が、堪らなく胸を熱くさせる。
言葉はなかった。しかし、情念が通った。湧き上がる情念を膨らませろ。爆発しそうなマグマのように。あやかはクラウチングスタートの構えを。
「リロードリロードリロード――――――ロード、確率変動」
今頃、ヒロイックは気づいているだろうか。だが、気づいたところでどうしようもない。神里を守る彼女は、今度こそ避けられないはずだ。あやかもそれを信じている。
(迎え撃ってくる…………打ち勝つんだッ!!)
ロード魔法がリロードされ、紡がれていく。強靭に、強靭に。束ねられ、積み重なっている。放てば肉体は無事では済まない。だが、その必要はあった。なによりその価値があった。
(英雄ヒロイック、アンタは本当に凄い奴だ)
認め、賞賛する。郁ヒロは十二月三十一日あやかよりも強い。才能も、経験も、何もかもが上にいく。敵わない。
(けど、ここだけは譲れねぇ! 俺が俺であるために、ここで『本物』の意志を示すんだ!!)
勝ちは譲らない。見つけた希望を、夢を、みすみす捨てはしない。自らの手で勝ち取るのだ。
「一撃、必殺」
グローブのリングが噴射するように回転する。爆発する推進力、破壊力。リロード魔法がそれを上乗せする。大気が揺らぎ、蒸気が湧き出る。道を、歩む。その一歩は音速をも超えた。
「音速弾丸――――
マ ッ ハ キ ャ ノ ン ! ! ! ! 」
十秒もいらない。待ち構えるヒロイックが持ちうる魔力を絞り尽くした自縛城塞を展開している。全てを受け止める。そして、勝利する。そんな気概が伝わってきた。相手にとって不足なし。あやかはにっかりと笑った。
両者が、ぶつかる。
(勝つんだ。真由美に認められる。今度こそ辿り着くんだ)
インパクトは自縛城塞ヒロイックとの接触点。相手は『終演』とは違って生身の肉体。破壊の余波だけでもひとたまりもない。
「いっっけぇぇぇええええええ――――ッッ!!!!」
砕き、抜ける。その先の郁ヒロへと。絶対の壁を突き抜ける一歩。砕けそうになる肉体を無理矢理繋ぎ止める。破壊と再生。繰り返す力の奔流を制し、先へ。
「惜しかった、わね。本当に、驚いたわ⋯⋯ッ!」
溢れるリボンの束。
地力の差、勝利への執念。英雄ヒロイックは覚悟を持って戦っている。ジョーカーにあって、トロイメライになかったもの。きっと、だからあやかには決着がつけられなかった。
しかし、今のあやかには意志がある。
希望がある。
夢がある。
覚悟がある。
破壊の余波を引き連れて、渾身のアッパーカットを打ち上げる。絶対に、止めてなるものか、と。マギア・トロイメライの
「これで最後だ――――リロードッ!!」
下から登り詰めるトロイメライ。
上から叩き落とすヒロイック。
互いに魔力は使い切った。
最大の激突の後の、最後の激突。
――――火花が、散った。
♪
色の無い少女が立ち上がった。
右に寄せたサイドテールを翻し、黄昏の空に吠える。溢れんばかりの生命の奔流。色彩が剥がれ落ちた怪物に表情は無かった。英雄の皮が剥がされる。魂の煌めきが燃え尽きたのだ。
果たして、本当の勝者はどちらなのか。
縛られた少女が地面に転がる。表層が剥がれた状態でも『束縛』の魔法は効果を保っていた。色の無い怪物は、捕らえた戦士を抱きかかえた。頭を抱え、何かに
♪
「…………バカな奴」
こんなことに、一体どんな意味があるのか。茶番のような死闘。大道寺真由美はそう総括した。
「そんな勝利に、どんな意味があるの?」
化けの皮が剥がれた。確かに戦果として誇れるものだろう。評価してもいい。だが、もっと抜本的な問題だった。こんな戦いで、一体どんな目的が果たされるのか。
「ばか」
真由美は足を前に出す。その足が神里に入った。震えはとっくに引いていた。手の平にじんわりと滲む汗が鬱陶しい。鬱陶しいが、実は嫌ではなかった。首を横にブンブン振って否定する。
「ほんと、ばか」
突き進む背中。そこに何を重ねたのか。自然と口元が緩む。
意志を示す。負けるわけにはいかない。少女が覚悟を纏う。
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