ヒロイック・エンド

【ヒロイック、終わり】



 マギア・ヒロイック、黄金に煌めく魂。

 魔法の性質は『束縛』。自らを縛る存在の安定剤。誰よりも不安定だからこそ、自縄自縛に安定を課す。

 欲の根幹は『招待』。自分の世界に他人を招き入れること。世界を共有することで、彼女は安定を望む。独り世界に取り残された彼女は、孤独を何より恐れていた。


 郁ヒロ。

 投資した夢は、「独りになりたくない」。







 クレヨンで塗りたくったような稚拙な星空。

 水色の魔本から屹立する童話の女王。

 そして、縦横無尽に蠢く水色の矢印ども。


「お互い、手酷くやられたものね」


 ヒロイックはふんわりと微笑んだ。腹から流れる鮮血は止血用のリボンを濡らし、顔は土気色だ。真っ直ぐ歩けていないデッドロックが苦笑する。


「まーそんなもんだろ、マギアって!」

「私たち、マギアじゃないみたいよ?」

「いーんだよ! あたしらが自分で正しいと思っとけば!」

「それもそっか」


 殺到する使い魔どもを蹴散らす。これだけダメージを負っても、動きは決して鈍らない。連携も完璧だった。


「一間の奴が、あたしをここまでとーしてくれた」

「ふふ、あの子も混ざって良かったのに」

「ちゃんと自分の居場所を見つけたんだとさ」

「あらあら、フラれちゃった⋯⋯」


 絵本の結界の中で、二人は戦い続ける。







(二人で並び立ち、共に敵に立ち向かう)


 そんないつかの祈りは、あやかの記憶にのみ残っている。

 それでも、きっと、その想いだけは。

 あやかの拳撃を、ジョーカーの空間が弾くいた。視界を撹乱するデザイアを睨みで牽制しながら、ジョーカーは先に進む。


「いか――――」

「せる――――」

「「かッ!!」」


 追い縋るあやかとデザイア。振り切っても、振り切っても、振り切れない。恐ろしいまでの執念。だが、ジョーカーも負けてはいない。


「私は、掴む⋯⋯ッ」


 小銃を乱射する。『時空』を経由して四方八方に乱れ飛ぶ。被弾したデザイアが転がり、目眩しの血の泡を盾にあやかが突貫する。


「インパクトぉおお――」

「セット――――隔絶ッ」

「マキシマム――ッッ!!!!」


 空間の壁が砕けた。だが、無防備になったあやかの横っ面を、ジョーカーの小銃が殴り倒す。


「キヒィ――デザイア!!」


 大振りの隙を棍棒が叩く。時間を遅延させ、歪めた空間で弾き飛ばす。それでもあやかへの追撃は届かない。下がった二人を見てジョーカーが意識を集中させる。

 デザイアが咄嗟に叫んだ。


「時間停止の隙を与えんなッ!」

「リロードロード!」


 発動前に、あやかのタックルがジョーカーを薙ぎ倒す。組みつかれ、再び空間歪曲で弾き飛ばした。発砲。デザイアの両足が撃ち抜かれる。


「トロイメライ!」

「応ッ!」


 あやかの拳がジョーカーに届いた。歪曲空間を伝ってあやかの心臓に迫る弾丸。飛び出したデザイアが盾になる。転げ落ちる橙を見下ろしてジョーカーは哄笑を上げる。


「所詮⋯⋯その、程度⋯⋯⋯⋯ッ!」


 肩で息をしながら、ジョーカーは口をぱっくりと割った。心臓を掠っている。致命傷だ。そして、手負いのあやか一人だけならジョーカーに分がある。


「もう、すぐそこ⋯⋯⋯⋯!」


 異空間の歪みを感じる。攻防の末、遂にネガの結界の入り口まで押し寄せた。あやかは理解する。真由美だ。因縁の童話の女王を、魂で感じた。


「メルヒェンはネガに堕ちた。もう終わりよ」

「真由美が、俺に託してくれた」

「⋯⋯なんのこと?」

「俺が決着をつけるために、道を作ってくれたんだ。だからネガになってでも、戦うんだって」


 だから、折れない。突き付けられる意志の熱さに、ジョーカーの瞳から光が消えた。それでも。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯あなたたちは、どうして、私を、はばむの」


 執念の獣は止まらない。

 ジョーカーが小銃を振るった。あやかを殴り倒す。足が絡れて立ち上がれない。トドメを刺さずに進むジョーカーを、デザイアの手が止める。這いながら、その歩みを止める。


「⋯⋯いかせない」


 焦点の合わない視線を当てられ、ジョーカーの足が止まる。


「行け、トロイメライ。アリスはそいつのずっと後ろにいる。君が終わらせるんだ。もう――――全部終わらせてやれ」

「…………アリス」


 ジョーカーの瞳に執念が灯った。デザイアの心臓を、空間歪曲で締め上げる。


「ジョーカー⋯⋯ッ!」


 苦しげに、デザイアは叫んだ。


「もういい! やめよう! 僕らは十分幸せだった! 終わりのあやかはここで終わりだ! 永遠なんて、『本物』にも『偽物』にも、ないんだよぉ!」


 同時、結界が弾けた。無数の呪詛刻印がそこから伸びる。『M・M』はまさに、終わりのあやかの天敵だった。完全に不意を突かれたジョーカーに呪詛刻印が迫り。

 そして。


「…………それが、貴女たちの意志、だというの」


 赤と黄。二人がその身で呪詛を抑え込む。ジョーカーは満身創痍の童話の女王に銃口を向けた。


「メルヒェン――――思えば、良い好敵手だったわよ」

「真由美ッ!?」

「私たちに、英雄譚ヒロイックを、ありがとう」


 身体が動かない。

 水色の閃光に飲まれ、あやかは今度こそ意識を手離した。最後に聞こえた声は、あの橙色の困ったちゃんの声。


――――ああ、楽しかったよ

――――がんばれ、僕は君を応援している

――――僕は、ヒーローって奴に⋯⋯なれた、かな⋯⋯⋯⋯⋯⋯


 同時、二階堂一間もその命を散らす。







「私ね、色々あったけど…………悪くなかったと思うの」


 英雄は言った。


「どんな人生も、きっとうまくいきなんてしない。私は英雄になりたかったわけじゃない。でも、英雄であれたことには誇りを持ってる」


 暁えんま。くらい影の女。

 女神も、英雄も、彼女にとっては目映まばゆ過ぎた。


「だから、貴女も遠慮なんていらない。魔法はすごい力なの。思いっきり、自分の本当の夢を成し遂げなさい」


 童話の女王が、その巨体を崩す。

 ジョーカーごと全てを道連れにしようとしたマネキンは、英雄コンビの手によって撃退された。えんまは彼女らに救われたのだ。


「頑張って――――負けないで」


 稚拙な星の光とともに、英雄が消えていく。その隣で、赤い魂が片手を上げていた。何も言わないのが彼女らしい。暁えんまは口元を緩めた。

 童話の終わりは象徴だった。

 彼女たちの物語は完結した。

 終わりのあやかは完結した。



 終わりのあやかは破綻した。

 彼女たちは、もうどんな世界を生きることもないだろう。

 愛しいアリスと新世界を作る。もしくは、トロイメライが神下しの神話を完成させる。二つに一つだ。それ以外は完全なる破滅しかない。『終わりのあやか』という枝葉が刈り取られ、遂に本幹のみが残った。


 だから、暁えんまにはもう逃げ道がない。

 彼女は自分自身の道を――――本当の意味で定めなければならない。

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