デッドロック・エンド

【デッドロック、終わり】



 マギア・デッドロック、赤く煌めく魂。

 魔法の性質は『幻影』。答えのないものに答えを望んだ矛盾の結実。偽りを信じない少女に答えは決して掴めない。

 欲の根幹は『憤怒』。正しさに正解がない。そんな現実を少女は許さなかった。それは誰よりも潔癖だったからこそ。偽りであろうとも、信念として抱けば本物になりうる。そんないい加減さを決して許せなかった。


 四月一日みぃな。

 投資した夢は、「本物の正義をこの目に映したい」。







 空が青い。そんなことを感じて、自分が倒れていることに気付いた。

 緩慢な動きで立ち上がる。あれだけの死闘が嘘のような、そんな静けさだった。あやかは何度も瞬きして、眼下の光景を確かめる。

 すっかり伸びてしまったデッドロック。

 そんな、冗談みたいな光景。

 勝った。その事実に手が震える。トロイメライはデッドロックに勝利した。その結果を、意味を、強く噛み締める。そして、あやかは顔を上げた。噴水の向こう側からの視線に気付いたのだ。


「デッドロックに、勝ったの⋯⋯?」


 ジョーカーの声は震えていた。当然の反応だった。彼女はデッドロックの勝利を疑わない。それでも、妙な胸騒ぎに焚き付けられてここまで戻って来た。


「長かった」


 まるで独り言のように、あやかは呟いた。


「俺は⋯⋯ここまで、来たぞ。お前は、どうなんだ」


 ジョーカーが一歩たじろいだのを、あやかは見逃さなかった。思い返せば、これまでのどの世界でも、ジョーカーはデッドロックに一目置いていた。デッドロックもジョーカーにはどこか甘かった。

 その頼みの綱が、たった今千切れたのだ。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 下がった足を、前に戻す。それが彼女の意思表示。あやかは不敵に笑った。消耗極まった肉体に闘志を漲らせる。ジョーカーが小銃を握った。

 そんな二人の視界の端で。



「――――ネガだ」



 赤のマギアが立ち上がっていた。二人の視線がデッドロックに集まる。


「⋯⋯神里、高梁のネガは全部私が始末した。『M・M』に利用させないために。だから、可能性があるとすれば⋯⋯ここにいない二人のどちらか」

「ヒロじゃねーな、メルヒェンか」

「真由美――――ッッ!!?」


 動揺したあやかに、ジョーカーが引き金をひいた。心臓目掛けて放たれた弾丸は、軽い金属音に弾ける。


したたかになったな――――ジョーカー」

「どうして⋯⋯⋯⋯」


 フラつく身体を支えながら、デッドロックの槍が弾丸を弾いていた。息をのむあやか。


(真由美は、どうしてネガに⋯⋯⋯⋯?)


 動揺が収束する。この世界で命を散らしても、彼女は元の世界に戻るだけだ。だが、ネガに堕ちたことで、彼女はもう自分の意志で戦えない。その意味に思い当たる。


「ここで⋯⋯ヒロイックを倒すため」

「で、あたしもここで仕留めたいんだろーな」


 真由美が戦っている方角に走ろうとするあやかだが、足を絡れさせて転倒する。死闘を制した消耗は想像以上だった。


「まー、あんたは動けないだろーね。望むトコさ。ネガはあたしとヒロでなんとかする」

「⋯⋯ちょっと。ちょっと待って! デッドロック、それはッ!?」

「そーふためきなさんな、おじょーさん」


 デッドロックの掌底があやかを昏倒させる。舌を噛んで強引に意識を取り戻すが、立ち上がることすらままならない。


「私に、逆らう気? どういう意味か分かっているの?」


 ジョーカーが右腕をデッドロックに向ける。赤の少女は抵抗しなかった。ジョーカーがその手を握り潰す。デッドロックが膝をついた。纏う色彩が薄くなる。


「それ、ほんとーに脅しになると思ってた? 一発であたしの皮を剥いじゃえばよかったじゃん。そーしない時点で知れてるよ」

「⋯⋯貴女は、貴女だけは、本当に、味方だと」

「お前さんはほんっと、か弱くて不器用だよな⋯⋯でも、とても強くなったよ」


 デッドロックが立ち上がる。見据える先にブレはない。前に進む。いつも彼女がしてきたことだ。


「あんた、どこか危なっかしくて放って置けなかったんだ。すぐ崩れちまうよーな、そんな脆さがあった。いじらしくて、可愛げもあった」

「な、なにを⋯⋯ッ!」

「でも――――今は違う。お前は弱ったトロイメライに銃口を向けた。目的のために手段を選ばない。そんな強かさを身につけた。あんたはもう大丈夫だ。あたしがいなくても⋯⋯上手くやる」


 ジョーカーの手が開く。

 やめろ、と。あやかは叫ぶことしか出来ない。


「あたしはヒロのとこに行くよ。一緒に逝くなら⋯⋯あいつの傍がいい」


 ジョーカーの手が震える。迷っている。


「まー、頑張れよ! 妹のよーに思ってたぜ、えんま」

「⋯⋯ゃだ、いかせない」

「聞き分けろ。お前の戦いだろ。

「デッドロック、戻りなさい。ヒロイックにも戻らせる。『終演』を抑えるために貴女たちは必要よ。ネガなんて、勝手に暴れさせとけばいい。

 この世界には――――もう守るものなんてないのだから」


 デッドロックは振り返らなかった。

 後ろに向けて、中指を突き立てる。

 ジョーカーが、その手を、握り――――

























「――――――デザイアッ!!」







 頭の中で火花が散った。どろりとした血が目に入って、視界が赤黒い。後頭部を激しく殴打されたのだと、遅れて理解した。

 倒れる寸前、勝ち誇ったあやかの顔が目に入った。


「これ、が⋯⋯っ」

「真由美と俺の、高梁マギアの最後の奥の手だ!」

(どうして、気付かなかった⋯⋯⋯⋯メルヒェンが、デザイアを見逃すはずが)


 ジョーカーは最後まで気付けなかった。

 二階堂一間は、用意された結末エンドを乗り越えた。メルヒェンの斬撃で限りなく生命力を低下させた彼女は、『泡沫』の光の屈折で姿を眩まし、本人の潜伏技術で気配を欺き、今この瞬間まで舞台裏に潜んでいた。なんたって、彼女は索敵と生き残りの天才なのだから。


「タラタラしてんなッ! 走れッ! デッドロックッ!!」


 デザイアが声を張り上げた。頭の中に幻聴が響く。


『やっぱ生きてやがったか。どっかおかしーと思ってたんだよ』

『嘘こけ! ばっちり気付いてたじゃんか!? ジョーカーにいつバラすのか気が気じゃなかったんだぞッ!!』


 デッドロックは思念に乗らないように笑う。

 なにかと油断ならない英雄の一番弟子が、このまま素直に終わっていくとは思えなかった。そう考えた時、ふと


(⋯⋯、あたしが気付いたのは偶然だよ。一間は、このあたしを上回ったんだ)


 声にも思念にも決して出さないが、想うだけは。


『お前が下手打たなきゃ、必殺のタイミングを掴めたんだけどな⋯⋯けど、破滅的な不意打ちだったろ? 早くヒロさんのとこ行ってやれ。僕ら全員ここでリタイアなんだからさ!』

『はっ、あたしにヒロを渡してよかったのかい?』

『ヒロイックとデッドロックが並び立つ――――その背中を守るのが、僕の夢なんだよッ!!』

『⋯⋯⋯⋯へー⋯⋯⋯⋯⋯⋯ありがとよっ』


 デザイアが棍棒をジョーカーの心臓目掛けて振り落とす。激突の寸前、不可視の壁があるかのように棍棒が静止した。『時空』の魔法。ギョロリと蠢くジョーカーの視線が、デザイアを弾き飛ばす。


「デザイア、どうして」

「お前を行かせるわけにはいかないんだよぉおお!!?」


 『泡沫』が視界を歪めるが、ジョーカーの歪曲が全てを潰す。小銃の銃口を標的に。


「させっかッ!!」


 這ったまま飛び出したあやかがジョーカーの足に組みつく。バランスを崩して倒れるジョーカー。暴れるジョーカーをあやかが無理やり組み伏せる。『時空』の魔法で弾かれるが、逆方向からデザイアが奇襲を仕掛ける。


「どこまでも、こんな⋯⋯⋯⋯ッ!?」

「舐めんな。お前は終わりのあやかを侮った。向き合わなかった。だからここで引き摺り下ろされる。泥沼な決着が俺たちにはお似合いだぜッ!!」


 あやかの身体を一間が引っ張り上げる。デッドロックは既に消えていた。英雄コンビを取り戻すためには、トロイメライとデザイアの妨害を突破しなければならない。

 ジョーカーは、血が出るほど唇を噛み締めた。







 正義とは何か。

 その答えは遂に見つからなかった。道の途中で、何もかもを壊してきてしまった。本物の正義になんて拘ることが、既に悪なのだ。そんな風に、雑に結論づける。


 正しさとは何か。

 自分が正しいと、胸を張って実行出来ること。真っ直ぐに生きて、きちんと結果を出す。そんな姿は美しいと感じた。憧れた。英雄というのは、自分の理想を貫いて、なおかつそれが世界に求められた結果なのだ。


――――あたしはどうしたい

――――どんな奴になりたい


 考えた時、いつも思い浮かぶのは。

 放って置けない。支えてあげたい。そんな危うさに惹かれたのかもしれない。世界のための英雄ヒーローより、誰かのための勇者ヒーローの方が向いているのかもしれない。

 彼女はいつも正しいのだ。

 そこに近付くために血反吐を吐いた。全ては無意味だった。今ならば毅然きぜんと言い切れる。同じ英雄が並んでも、何一つ意味が無かった。


――――あたしは、袋小路デッドロック


 現実を見据えて、矛盾を咀嚼し、やりたいように最善を尽くす。

 そんな風にバランスを取っていけばいい。自分は自分なのだ。


「よー、ヒロ」

「来たのね、みぃな」


 随分な遠回りになってしまったが、やっと辿り着いた。戦える。お互いにお互いが必要だった。遠回りだったからこそ、色んな拾い物が出来た。

 もう――――満足だ。


「「じゃあ、やりますか」」

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