Kampf auf Leben und Tod――――Deadlock

【死闘――――デッドロック】



 姿を消したジョーカーを、二人はもう気にしてすらいない。

 拳と槍、完全に二人の世界。何度目かの激突を果たす。


「……へー、中々やるじゃん」

「かってぇな……」


 大きく跳ね上げられた槍に、バランスを崩すあやか。急いで立て直すあやかだが、デッドロックの方が早い。槍先をジャブで弾き続けるが、徐々に追い詰められる。


(大振りを誘ってやがるな)


 以前のあやかなら、直情的に誘いに乗っただろう。しかし、今のあやかは冷静に見切っていた。


「チャラチャラ踊ってんな!」


 痺れを切らしたデッドロックが仕掛ける。突き、からの突き上げ。あやかは柄を蹴り上げ、がら空きの胴体に右ストレートを打ち込む。


「おぅらっ!」


 炎上する槍が陽炎を纏う。一瞬の目眩し。両手に握る短槍が、あやかの拳を絡め取るように防ぐ。そのまま投げ飛ばされたあやかは、空中で体勢を立て直して着地。


「……みぃな、そろそろ小手調はいいじゃねえか?」

「あん? てかなんで名前知ってんだよ」


 この戦いで、あやかはまだ一度も魔法を使っていない。デッドロックも牽制程度で流しているのがよく分かった。時間を稼いでやり過ごす。そんな意図が透けていた。


「本気で来いよ。そうじゃなきゃ意味がない」


 示すためには。

 そして証明するためには。


「――――覚悟はいーんだな?」


 この数分の手合わせで、デッドロックは理解しているはずだ。どういうわけか、トロイメライの実力はデッドロックに匹敵している。どちらかが潰れるまでやるというのであれば、手加減して勝てる相手ではない。

 のデッドロック。

 その双眸に覚悟の炎が灯る。

 敵意ではなく殺気。これ以上踏み込んでくるならば殺す気でいく、と。わざわざくれた警告を無碍にして、あやかは踏み込んだ。


「行くぞ」


 『幻影』の魔法。

 侮られ、無碍にされた過去の世界。それが、今ではどうだ。こんな目で見てくれる。魂が震える。

 だが、戦況は最悪だ。幻影込みでデッドロックが三人。分身とはいえ、そのスペックは本体に劣らない。


(速ぇえ――!?)


 凄まじい突きの連打。ロード魔法で逸らし、クラッシュで砕き、それでも食らってしまう分をリペアで再生する。


「リロードロード」


 確率変動。全く同時に放たれた三つの蹴りが、三本の槍を弾き飛ばす。


「へー、やるね!」


 速攻を仕留め損なったデッドロックは、一度大きく下がる。あやかはそれを追えない。その額には冷や汗が一筋。今のは一方向からまとめてきたから対応出来た。あれが、もし多方面から集中して襲ってきたら。

 攻めの主導権を握られたら、捌き切れない。あやかは前に飛び出す。


「クラッシュショット!」


 全てを相手するより、確実に一人を倒す。デッドロックも当然読んでいたのだろう。散り散りになって攻撃をかわす。


「ロード!」


 追う。しかし、横からの突きに阻まれた。ジャブで弾いてしゃがみ、後ろからの突きをかわす。


「リロードロード、確率変動」


 全方位同時の蹴り。だが、同じ戦法を使い過ぎた。途切れたタイミングを見切られ、デッドロックが突っ込んでくる。


「――――ッ!!」


 声無き吐息。渾身の突きを辛うじて弾く。攻め遅れたあやかの脇腹を槍が抉り、膝をつけた足を別の槍が貫く。ガードが崩れたあやかの顔面が柄でぶっ叩かれた。

 脳が揺れ、意識がブレる。


「終わりだよ」


 二槍流三人掛。突き刺さった槍に縫い止められ、あやかは動けない。

 それでも、怯まない。

 その眼光は衰えない。


「やっぱり、みぃなは強いね」







 終わりのあやか。

 十二月三十一日ひづめあやかと四月一日わたぬきみぃな。

 記憶の皮を被らされた、輪廻のネガの使い魔ども。


(それだけじゃないはずだ)


 ここに至るまで色々なことがあった。今まで死闘を繰り広げてきたマギアたち。その魂の煌めきに幾度となく向き合ってきた。

 二階堂一間の狂気は。

 御子子寧子の正義は。

 郁ヒロの呪縛は。

 暁えんまの執念は。

 そして、四月一日みぃなの強さは。


(違うんだよ、真由美。全部が全部、『偽物』だったわけじゃない)


 戦い続けて、関わり続けて、分かり合って、反発して。

 そんなあやかだからこそ、分かるのだ。真由美が彼女を認めたように。きっと彼女たちも。


(証明してやる)


 示さなければ。戦わなければ。これは。あやかの戦いの、集大成。


「見てろよ、真由美。それに俺の『本物』さんとやらよ!」


 終わりのあやかは――――如何に『本物』であったのかを。







(戦え。進むんだ、前に)


 槍は心臓を貫かなかった。デッドロックが手を抜いたとは思わない。心臓の死守を強く意識したからこそ、ここまで封じ込まれてしまった。戦いの駆け引き。血みどろな泥臭さは英雄にも劣らない。

 心臓が無事であれば、マギアは生きていられる。しかし、あやかはどうなのだろうか。マギアではなく、使い魔でしかない彼女たちは。


(今、戦えている。闘志は溢れている。それが全ての答えだ)


 こんな優勢でも、デッドロックは油断なくトドメの隙を探っている。

 虎視眈々とカウンターを狙うあやかの狙いを読み澄ましたかのように。


(戦える。だから進むんだ)


 この意志を――示せ。

 身体を捻るように前へ。その異様な気配に、デッドロックは絶句する。


「しょーきか……?」


 槍が軋む。リロードリペア。再生する骨と肉。それらに押し潰されるように、貫通した槍が排斥される。


「本気、だよ」


 決して倒れはしない、不屈の意志。

 それは、かつて目前の少女に見出した紅蓮の意志。


「行くよ――――みぃな」


 名前を呼んだ。デッドロックの表情に動揺の色が混ざる。

 砕け散った槍の破片に紛れるように、あやかが走った。それを取り囲むように三人のデッドロックが駆け巡る。


「勝負だ」


 右からの突きを、入り身で回避。追わせない。背後からの突きをしゃがんで避け、足元を狙う一撃を踏みつける。


「負けてやるかよ、新入り!」


 ロード魔法ですり抜けるあやかをデッドロックが追う。完璧な連携のヒットアンドアウウェイ。反撃が封殺される。それでも、あやかは捌き続ける。


「リロードロー「見飽きたッ!!」


 分身が消える。目標を見失ったあやかが空振りし、デッドロックの大槍が隙を貫く。ガードに使った右腕。リペアをかける前にデッドロックが動いた。大槍を手離し、徒手空拳であやかを揺らす。


「その破壊魔法、手首から先を抑えりゃいーんだろ?」


 格闘戦であやかに引けを取らない。手首を弾き、関節を固め、地面に叩きつけられる。ロード魔法で脱出しようとしたあやかが空中に蹴り上げられる。

 紅蓮の大槍、その灼熱の魔力があやかに向いた。


「焼き尽くせ」


 陽炎のレーザーが放たれる。あやかは避けない。リロードロードで加速、重力加速度を上乗せした拳をぶちかます。


「インパクトキャノン――――ッッ!!!!」


 大槍ごと打ち砕いた一撃、その余波。デッドロックの分身が薙ぎ倒され、残った本体が露わになった。


「そこだぁ!」


 拳を振り抜く。リロード。増幅された一撃を。


「かかったな!」


 渾身の手応えの、上をいく。

 『幻影』。デッドロックの固有魔法フェルラーゲン

 そこに彼女がいるという幻影。実際には、そのたった半歩先。振り抜いた拳のインパクトがズラされた。隙だらけのあやかに、デッドロックが唸る。


「クラッシュ!」「おせーえッ!」


 砕けない。短槍二槍。伸ばした腕を食い破るように短槍が浸食する。溢れる血飛沫、千切れる肉、砕ける骨。リペアをかけるが間に合わない。片腕を失ったあやかが下がる。

 今度こそ勝機を見たか。遂にデッドロックが追撃を仕掛ける。


(感覚を研ぎ澄ませ)


 突きを蹴り上げ、ロードで動かした足でもう一発。リロードリペアで腕を再生しながら、突きのラッシュを身のこなしで捌く。


「チッ、化け物みてーな再生能力だな」


 異様なくらい冷静だった。世界の流れを感じた。極限まで引き延ばされた体感時間。残り五手で詰み。理解する。四手目で再生を止めた。

 風を感じた。身を翻し、背後からの突きを避ける。心臓を狙った軌道。間違いなくデッドロックの必殺だった。


(こいついきなり、動きが変わった……?)


 さっきまでの動きでは、今の必殺は避けられなかった。


「俺には、見えた。今まで見えなかった世界だ」


 自分が一つ上の世界に至ったことを実感する。それは、まさに進化だった。強力な必殺技でもなければ、都合の良い覚醒などでもない。あやかのこれまで、経験の粋の果て、全ての積み重ね。才能と努力と情念が生んだ、あやかの結実なのだ。

 ふと、熱量が消える。デッドロックが、あやかの戦闘勘を鈍らせるために魔法で知覚に介入していたことは気付いていた。それを解除したのだ。その分の力を、自身の神経を研ぎ澄ませることに注ぐ。


「そーか⋯⋯」


 空を見上げたデッドロック。釣られてあやかは視線を上に。


「じゃ」


 肘打ちで赤槍を跳ね上げた。完全に死角に入られた一撃。魔法抜きのデッドロック、その本気の槍捌き。

 見える。。ヒロイックとデッドロックの英雄コンビ。これが、明らかな格上として認識していた彼女たちの世界。


「あんたは、あたしの、格上なんだな」

「嫌味かっ」


 読め。読み取れ。

 風を。動きを。相手の視線。痛みから推し量れる威力。多角的な攻撃を仕掛けるデッドロックをねじ伏せるために。


(勝ちたいって意志がある。世界を感じられる。これが『生きている』ってことなんだよ、真由美)


 証明するのだ。終わりのあやかの存在を。

 『偽物』の一言で片付けさせない、『本物』を。


「行くよ」


 英雄願望トロイメライ、爆発的加速。

 袋小路デッドロック、迎え撃つのも意志。


「来い」


 袋小路デッドロックを打ち破るために、赤い魂の少女は足掻いてきた。だからこその強さ。現実と理想の狭間で、矛盾と立ち向かってきた強さを。

 その魂に、あやかは憧れたのだ。


(――――最高だ)


 ジャブの連打が槍の柄で弾かれる。返しの突きを身を開いて避け、勢いそのままの薙ぎ払いを蹴り上げる。軸足を払われた。四足で着地したあやかに突きが降る。前方。組みつくタックルを蹴り上げられ、土手っ腹に穂先が刺さる。

 あやかは全身でその槍先を抑え込む。逃がさない。もう離さない。やっとここまで追いついたんだ。


(戦え、戦うんだ。進めよ、先に)


 生の実感。この上なくリアルな感覚。これが『偽物』であってたまるか、と。あやかは全力で否定する。あやかの戦いは、その一歩を踏み出すために。

 遠心力で引き抜かれた赤槍。吹き飛ばされたあやかは前傾姿勢で着地する。交錯する視線。絡み合う意志と意志。



「来なよ。あたしはあんたに勝ちたいんだ――――



 名前を呼んでくれた。認めてくれた。

 あの時、心を交わせられなかった。今、こうして戦い、そして、紡がれる世界の終わりに。


(だから違うんだよ、真由美。たとえ『偽物』だったとしても――――きっと、『本物』なんだ)


 その言葉は届くだろうか。いや、届かせるのだ。そのために勝つ。そのために前に進む。

 きっと彼女は気付くはずだ。そして、向き合えるはずだ。

 大道寺真由美の本当の強さは、あやかだけが、本人以上に知っている。


「おおおおおぉぉぉぉ――――ッッ!!!!」


 生命の叫びが漏れる。長短二槍に切り替えたみぃなが迎え撃つ。素早いジャブ。長槍を弾いて前に進む。短槍の突き出し。タイミングをずらされ、あやかに一撃が入る。焼けるような痛み。しかし怯まない。


「倒れな!」「進む!」


 止まらない。命のやり取り。それは生きているから。互いに意志があるから。このぎりぎりの駆け引きは。否定はさせない。ここに示す。


(ここまで、色んなことがあった。辛いことも、苦しいことも、楽しいことだって。傷つけあって、死闘を繰り広げたマギアたちは……きっと分かり合えて、分かり合えなかったりもして)


 あやかの渾身のストレート。みぃなの全霊の突き。

 意志と意志とがぶつかる。血飛沫上げ、銀のグローブごと喰い破かれる拳に激痛が走る。しかし、押されはしまい。


(みんなが皮を被っただけの化け物だったとしても。ただの滑稽な人形遊びでしかなくても。これだけは言い張れる。絶対に否定させない)


 リロード――増幅する想い。

 リロード――先に進む意志。

 リロード――あやかの魔法は。

 リロード――あやかが抱いた夢は。

 応えてくれるはずだ。あやかはさらにリロード魔法を重ねがける。これまでの死闘で紡いできた想いのように。



(この想いだけは、絶対に『本物』なんだ)



 大槍を喰い破る不屈の拳。その一撃は槍の担い手まで届いた。粉々になった槍ごと、みぃなの身体が大きく投げ出される。そして、受け身も取れずに地面に激突した。そのまま赤の少女は起き上がらない。

 決着だ。

 極まった消耗に膝をつく。万感の果て。その充実感に、あやかはにっかりと笑った。



「だから――アタシ、みぃなに出会えて、本当に良かった」

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