メルヒェン・エンド

【メルヒェン、ゲームオーバー】



 マギア・メルヒェン、水色に煌めく魂。

 魔法の性質は『創造』。自分の世界を顕現させたいという我儘の集積。夢見る世界への一途な憧れ。

 欲の根幹は『夢想』。理想の世界を思い描くこと。ままならない現実からの逃避、それは誰よりも真摯に向き合ってきたからこその屈折。理想の世界に至ることは、理想の自分に成長することに他ならない。


 大道寺真由美。

 投資した夢は、「いろいろなものをみてみたい」。







時よ止まれ、おまえは美しいフェアヴァイレドッホ


 魔法の呪文を口ずさむ。無数の白球が組み上がり、少女の背後に巨大な魔本が浮かぶ。開くページから屹立するマネキン女王。その異様な威圧感に、英雄が傷を押さえながら呻いた。


「もう迷わない。もうブレない。私は私の夢を夢想する」


 全快した水色の少女の両腕から、矢印が絡まり合った鞭が伸びた。童話の女王、マーカー・メーカー。真由美が持てるだけの全てを英雄にぶつける。


「りり」


 ヒロイックが両腕を広げて立ち上がった。その十指からは鎖が垂れ、手のひらからは大量のリボンが溢れ出す。神里の英雄は手傷ぐらいでは止まらない。むしろ、手負だからこそ、その脅威が跳ね上がる。


「――――


 水色の宣言。

 どんなに追い詰められようと、英雄は決して折れない。そこに『本物』の煌めきを認める。その上で、下す。その覚悟が少女の背中を押した。


「リロードロード」


 飛び出す。ヒロイックの五指が振るった鎖は女王の腕が絡みとった。降り注ぐリボンの刺突豪雨が分化した水色の矢印が浸食する。

 ヒロイックがリボンを切り離し、指を鳴らした。


英雄鉄槌リヒトゲヴィヒト


 呪詛刻印の進撃を阻む分銅の雨。リボンと鎖の城塞がヒロイックを守る。


「自縛城塞ヒロイック」

「それでもッ!!」


 『創造』、水色の火炎がリボンを焼き払う。だが、塞がれた視界に付け込まれた。真由美の視界に映ったのは英雄の蹴り。


「ぐ――ぅ」


 まともに受ける。鎖に絡められて身動きを封じられたマネキンが強引に拳を振り下ろした。二段蹴りで弾いたヒロイックがリボンを再展開する。


「ナイトッ!!」

「ここで新手?」


 滲み出る腹部の鮮血を手のひらに溜め、真由美の顔に投げつける。下がったヒロイックを取り囲むのは、ペラペラな紙の騎士。魔本から湧いた使い魔どもが真由美への追撃を阻む。投げつけられた血を拭い、真由美が一斉攻撃を命じる。


「りりりり!」


 リボンと鎖と徒手空拳。一体一体は大したことのない相手だ。手負であっても対応された。だが、気が逸れた隙にマネキン女王が鎖の戒めから解かれた。


「りりッ!」


 当然、見逃すヒロイックではない。再び鎖を投げ放つ――――と、マネキンが呆気なく砕けた。


「まさか、魔法で作った⋯⋯ただのハリボテ」


 自分の夢の尽きる先だ。当然ながらその構造は骨身に染みている。再現は容易い。千切れ飛ぶ紙の騎士の残骸が次々と弾けた。鉄の破片。感情の濃淡、性質の転化。『創造』の魔法の緻密な制御が物質の置換を実現する。

 英雄は、足を止められた。

 真正面から敵が迫りくる。

 その双眸からは、覚悟の光が爛々と煌めき――――



「り」


 ぐらり、と。


「りり」


 が崩れるのを感じた。


「りりり」


 存在の根幹が震える。


「りりりりりりりりりりり」



 急造の皮を被せられた自分は、果たしてアレに及ぶのか。終わりのあやかの真実を想起する。偽りの英雄。恐怖する。メッキが剥がれる。自我が叫ぶ。定着しきらない皮のせいか、。自分は英雄ヒロイック。そんな自己矛盾にたっぷり1秒。はっとした時には、既に自縛城砦の内側まで踏み込まれていた。

 英雄の皮を打ち破った真っ直ぐな拳を思い出す。心が乱される。この土壇場で、この絶対的な隙。あやかの死闘がここに意味を持つ。


(違う。私は――――私だ。あの子、メルヒェンも、そうなんだ)


 勝てるから戦うのではない。及ぶから挑むのではない。

 掴みたい夢があった。届かせたい未来があった。そんな自分がいるから戦うのだ。現実を塗り替えてでも叶えたい、そんな自己実現の欲。魔法はそこから生まれたのだから。

 マギア・メルヒェンの日本刀が心臓を襲う。

 声が漏れた。


「私、は」

「私はッ!」

「終わりの、あやか」

「マギアッ!」

「英雄ヒロイック」

「マギア・メルヒェンッ!!」

「郁ヒロ――それが私の名前」


 回帰する。在るが儘の自己肯定。

 ヒロの回し蹴りが刀身を砕いていた。地面に足を下ろす前、真由美の両手には既に双剣が握られている。

 十指、鎖。

 手のひら、リボン。

 上空、分銅。


「りりり「私は」りりりりりりりり「負けられない」りりりりりりりりりりりりりり「勝つの」りりりりりりり「絶対に」りりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりり「取り戻す」りりりりり「絶対にッッ!!」


 『創造』の魔法。

 紙の騎士。

 呪詛刻印。

 入り乱れる必殺の嵐の中、二人とも限界を超える挙動をぶつけ合う。鮮血が舞った。真由美も治癒の余裕がない。お互いに傷が増えていく。ヒロイックも捕縛

ではなく、真っ向から打ち倒すことしか考えていない。


(終わりのあやか――)


 存在の根幹。感情戦争。魔法は情念を現実に具現する。


(私がこれまで『偽物』と侮ってきた存在)


 不思議な感覚だった。

 限界を酷使した肉体と対照的に、思考は驚くほどクリアだ。


(彼女たちの積み重ねは、『本物』の経験だった。私がこれまで負け続けていたのは、ネガの精神汚染に阻まれていただけじゃない)


 断言出来る。

 あやかの言いたかったこと。示したかったこと。


(向き合ってこなかった。相手に⋯⋯何より、自分にも)


 だから、勝つ負けるの問題ではない。戦いにすらなっていなかったのだ。


「強いわ――――貴女たち」


 ヒロがボロボロの笑みを浮かべた。被せた皮が少しずつ剥がれていく。それでも攻防は止まらない。真由美に記憶は残っていなかったが、もしかしたらあったのかもしれない。

 この女性に懐いていたことが。

 きっと、ちゃんと向き合っていたら『友達』になれたのかもしれない。

 そう考えるとむず痒い。ここまで削られて、それでも一歩も退かない。そんなすごい人の隣に立てたかもしれない。けれど、もうそんな世界は取り戻せない。

 だから。



「勝つ」


 夢と呪い――――どちらも自分だ。


時よ止まれ、おまえは美しいフェアヴァイレドッホ――――夢心地メルヒェン



 少女が変貌する。今度こそ、正真正銘のネガだ。巨大な魔本にその身を埋めて、理想の夢想に心を預ける。ただ、これは逃避ではない。夢想を具現する。夢を夢のまま終わらせないために。

 生吹いぶく。


「真由美、ちゃん⋯⋯?」

「貴女を倒すためには、こうするしかない」


 巨大な水色のマネキン。童話の女王。稚拙な星空が誇らしい。

 意味を見出した。ヒロに傾きかけていた戦況が逆転する。意識が闇に飲まれる。それでもきっと、この想いは朽ちないだろう。


(託せる相手がいるって⋯⋯いいものね。布石はこれで全部打った。後はアンタが勝つだけよ。自分で言い出したんだから

 ――――ちゃんと勝ちなさいよね、



 星空の結界が、ヒロを飲み込んだ。

 抜け殻になった少女の顔は――――穏やかに微笑んでいた。

















 貴女は本当に高月さんにそっくりで、私の心を惑わしてくる。

 でもね、本当は違うって分かったの。あの人は何でも成し遂げる。けど、貴女はそうじゃない。

 うまくいかない、報われない。

 それでも、足掻いて、藻搔いて、前に進もうと。そんな背中を見て、貴女は貴女なんだと気づいちゃったの。何度も何度も否定しようとして、それでもダメだった。


 私も同じだったから。

 報われない。それでもなんとかしようと頑張るの。


 あやか。十二月三十一日ひづめあやかさん。

 貴女の意志は、私の心を動かした。私はもう大丈夫。どんな結末になっても、きっと最後まで戦い抜ける。だから、精一杯の勇気をありがとう。

 私も、私の決着をつける。

 高月さんは私が倒すわ。必ず救い出してみせる。この世界だって守ってやるんだから。私は貴女の勇者ヒーローになってみせる。


 だから――どうか、のびのびといきて⋯⋯⋯⋯⋯⋯

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