メルヒェン・カンプフ・リービンウントトード
【メルヒェン、死闘】
感情戦争。
溢れる情念で現実を塗り替える概念戦争。夢であり、欲でもある。命よりも優先される拘りを実現するためにマギアは戦う。より強く、深い想いが現実を浸食するのだ。
究極の自己実現。
信念を成すこと。
情念の赴くままに現実を改変する。共有する世界を、自分の世界で塗り替える。自我があり、理性があり、意志があるからこその高次欲求。
人はこれを『魔法』と名付けた。
♪
ヒロイックを囲うのは鎖の結界。攻めあぐねるうちに主導権は完全に握られてしまった。真由美は鋭い目つきで水色の刀を構える。
「私に足止めされたままでいいのかしら?」
「……貴女を倒すことが私の役目です」
役目。英雄は疑問に瞬きする。
メルヒェンの目的は、ジョーカーの討伐。それが即ち自らの、そしてこの世界の破滅を示すことをヒロイックは知った。だから絶対に阻止しなければならない。
一方で、ジョーカーの討伐がなされれば終わりのあやかも終わりを迎える。ここで各個撃破という布陣も奇妙なものだった。
「そうなんだ。トロイメライはデッドロックに勝てると思うの?」
真由美は力強く頷いた。
ヒロイックは自分を追い詰めた相手を思い返す。派手な突破力に目を奪われるが、彼女の本当の強さは積み重ねた鍛錬の成就にこそあった。
(けど、だったら、やっぱり、みぃなには勝てない。だって――――あの子も同じだから)
積み重ねた血反吐は英雄に匹敵する。そして、ヒロイックとは違って彼女は魔法に頼らなかった。己が身で鍛え上げた槍技はもはや魔法の域に達している。
「気になるわね。じゃあジョーカーはどうやって倒す気なのかしら?」
「さあ? 貴女になら分かるんじゃないですか?」
罠がある。策がある。だが、英雄はその全てを真正面から圧し潰す。不敵な笑みを浮かべながら、鎖の蛇にメルヒェンを襲わせた。マシンガンのような炸裂音。真由美が咄嗟に纏った水色の鎧が穴だらけになる。僅かに覗く肌からは血が滲んでいる。
「リペア」
鎧を再装着、傷を塞ぎながら。ヒロイックは攻撃を止める。メルヒェンの
「痛めつけてもすぐ回復されちゃう」
蠱惑的に微笑む英雄に、真由美の眉が吊り上がった。軽く見られている。侮られている。水色の泡が弾けた一瞬、真由美がロード魔法で死角から突撃する。
(分かり易いわね)
渦巻くリボン。回復魔法持ちのマギア相手には『束縛』の魔法が有効だ。真由美にもそれは分かりきっていたこと。地面から湧き出す槍がリボンを切り裂いていく。
(メルヒェンの魔法は攻撃手段が多過ぎて読み切れない。向こうから突っ込んで手を絞ってくれるなら御の字だわ)
千切れたリボンが丸まった鎖に転化、バネのように弾けて集中砲火を浴びせる。真由美が纏う水色の光。再生魔法と鎧がそれらを阻む。刃を突き立てる真由美に向けられたのは、鎖の盾。
(リボンと弾幕は目くらましッ!?)
クラッシュ魔法。カウンター気味に決めた拳は鎖を砕く。しかし、刀は。
「トロイメライの魔法、併用はできないのね」
強烈な蹴りが真由美を飛ばし、刀を取りこぼす。図星だった。他の魔法をリロードで補強することはできるが、派生魔法を併用することはできない。
「良かったわ。再生しながら突撃されたら、いくらなんでも厳しいから」
「こんのッ!」
水色の炎、分身魔法だ。鎧を纏った真由美が三人。それぞれ多角的に攻撃する。
「無駄なことをするのね」
自縛城塞ヒロイック。その種子は、これまでの戦局で散々ばら撒いてきた。
デッドロックの『幻影』の魔法。分身の上限も、特性も、良く知っている。鎖が翼のように広がった。『幻影』の分身の制御に手一杯で、『創造』の脅威が薄れる。英雄が指を鳴らした。
「
リボンの結界を越えられない。そして、降り注ぐ分銅がノイズを増やす。無茶な動きを続ければ、どこかで綻びが生じるはずだ。ヒロイックはあくまでも冷静にそこを突いた。
英雄の姿が消える。分身の制御で僅かに動きが鈍っていた本物に、鎖つきの大蹴りを。
二人の真由美が壁になる。偽物の真由美が陽炎と霧散しながら、その中から飛び出すのは本物の真由美。
「使ったわね、大技」
隙ができた。真由美の振るう刃をヒロイックは鎖の束で受け流す。目に映る、真由美の背後に浮かぶ大量の小銃が。
「――――――へぇ」
「この状態で撃ち合いに勝てるかしら?」
一斉掃射。ヒロイックの四肢が跳ね上がる。鎖とリボンが銃弾の嵐を逸らし、致命傷を回避する。
だが、真由美の鋭い斬撃が彼女を襲った。湧き出すリボンは地面から湧いて出る槍に千切られ、鎖は鎖に封殺され、止めの一撃を真由美が。
「強いわね、メルヒェン」
(強者の余裕のつもり⋯⋯?)
挑発による動揺を誘っていることに、真由美は気付かない。
真由美の刀が心臓を狙う。その切っ先を、鎖を巻いた肘と膝で掴まれる。素早く離した真由美が小太刀の二本を振るう。
だが、英雄を刺すには至らない。両腕両足、ヒロイックの体術が凶刃を捌いた。刃が弾かれ、蹴りと殴打が真由美を襲う。
「ぐっ……!」
照準が狂った。そして一つ狂えばあとはドミノ倒し。真由美の攻撃が次々と撃墜され、マークの外れた鎖が鞭を打つ。小太刀が弾かれた。リボンが真由美を襲う。
「リロードロードッ!」
まるで盾のように。空へと伸びた道に引きずられ、リボンが上空に跳んだ。ヒロイックはバックステップ。距離を取られたくない真由美は、鎧を纏いながら前へ。
「りりり」
(単純な魔力の大きさじゃない。これだけの魔法を自在に操る秘策はなに!?)
舌で転がす、魂の鈴。心を平静に、追ってくる『創造』の脅威に対処する。リペアと鎧のコンボは崩せないが、手数は散らせる。鎖の鞭が鎧を砕く。追う速度が落ちた。さらに下がるヒロイックの懐には、真由美の姿。
「り、りり……ッ!?」
動揺。計算が狂った。
鎧は砕け散り、傷だらけの真由美。しかし、その傷はみるみる塞がっていく。これは、再生というよりも――――治癒。
(寧子ちゃんの魔法!?)
隠していた。
今の一瞬のためだけに。
周到に組み立てられた戦略。
(さぁ、来い。決める――――)
「り、りりり、りりり――――」
十指から鎖が芽吹く。
「「りッ!!」」
読んでいた。
鎖が鎖を絡め取る。
合わせたタイミング、完全の完璧だった。追い詰められたヒロイックは必ず鎖を使う。鎖からの転化を経るリボンでも、直接的な攻撃力のない分銅でも、自分の肉体でもない。
『束縛』の単純発動――――心を縛る鎖に頼る、と。
「まだよッ!」
英雄の目が見開く。真由美の切っ先がブレた。
動揺しているからではない。ヒロイックはリボンで分身を作っているはずだ。攻撃が決まった途端に捕縛するカウンターを。
腹に突き立てた刃を、そのまま真後ろまで斬り抜ける。本命は背後の心臓。後ろから迫る魔力を察知したから。
「惜しかったわね」
腹を抉られたヒロが言った。真由美は気付く。両断した方が分身、ブラフだったのだ。
(最後の、最後に――――?)
この勝負強さ。
神経を
英雄の傷も浅くない。臓物が飛び出ないようにリボンで傷を塞ぐ。
(何で、こんな『偽物』にッ!?)
追撃が来ないまま地面に激突、互いに血塗れのまま転がる。しかし、真由美には『治癒』も『反復』もあった。一方のヒロイックには回復能力がある魔法は無い。
それでも。
「ダメよ、こんなところで――――諦めたりなんかしない」
もう独りではないのだから、と。英雄が立ち上がる。
その双眸に宿る闘志は衰えない。傷を塞ぐ真由美が、傷だらけの英雄に圧倒される。
「メルヒェン、貴女――――」
今のヒロは激しく動けない。しかし、真由美にはもう策はない。今ので打ち止めだ。
「アドリブには弱い、わよね?」
手負の英雄と無策の姫君。
ここからが真に『本物』の戦いだった。
♪
(⋯⋯⋯⋯所詮、人格の皮を被っただけの使い魔に過ぎない)
呼吸を整えろ。
自分に言い聞かせろ。
魂を研ぎ澄ませ。
(『偽物』)
その言葉を思い浮かべる時、どこか心臓が切なくなるのだ。その感覚に恐れを抱く。魂の煌めきが魔法の発露。大道寺真由美は自分の魔法を想う。
模倣。
偽物。
思わず顔を覆ってしまいそうになる。これほどまでの魔法を得て、自分はなんて矮小なのか。偽物、その言葉に自らのコンプレックスが余すことなく詰め込まれていた。
(なんで、勝てない……? 『偽物』ごときがここまでの魔法を――――そうか)
魔法は情念の発露。英雄ヒロイックは、文字通り血の滲むような努力で、その濃淡を自在にコントロールしているのだ。魔法の最大効率。それこそが英雄ヒロイックの真骨頂。
けれど、目前の敵は英雄そのものではない。その皮を被された使い魔に過ぎない。それでも、こんな。
(私には、結局何も出来ないの⋯⋯?)
そんなはずはない。自分になら可能だ。あの人を救うんだ。
ダメだ。攻められない。何を仕掛けようが対応される。勝てない。
矛盾する思考が心を責めたてる。作戦は潰えた。だが、戦いはまだ終わっていない。勝機は見えない。そんなギリギリの勝負。真由美は気付いた。これが本当の死闘なのだと。
(貴女は、いつもそんな戦いを?)
ギリギリの、駆け引きと正面衝突。予定調和なんてありはしない。魂と魂のぶつかり合い。共に戦う相棒は、今までこんな戦いをしてきたのか。
それだけではない。
たかが使い魔と侮った終わりのあやかたちだって。こんなにも追い縋る。決して譲らない。構造を視ることが出来る
「私も負けていられない――――か」
水色の刀を構えて、一歩前に進む。
「力を貸して。勇気を貸して」
『あやか』とあやか。
戦う理由に想いを馳せる。
認めよう。この世界に根付き、生きている魂の色彩たちを。そして向き合おう。自らの全身全霊を賭けて。魂の賭け、それは全マギアに課せられた運命なのだから。
夢も。
欲も。
希望も。
呪詛も。
信念も。
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